唐木英明(からき・ひであき) 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長
1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員などを経て、東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを務めた。2008〜11年日本学術会議副会長。11〜13年倉敷芸術科学大学学長。著書「不安の構造―リスクを管理する方法」「牛肉安全宣言―BSE問題は終わった」など。
メルケル首相が語った「全人口の60~70%が感染する」の本当の意味
しかしそれは国民にとってメリットがあるのだろうか。目に見えるメリットは、今年はインフルエンザとノロウイルスの感染者が少ないことで、それは厳重な対策の副産物といえる。では新型コロナ対策としてはどうだろうか。
新型コロナ騒動は、集団免疫を得るまでは終わらない。そうであれば、厳しい対策により感染者をゼロに近づけようと努力するのではなく、ドイツや英国に倣つて、医療崩壊を起こさないように注意しながら、ある程度の感染を容認して、集団免疫を得ることを考えるべきではないだろうか。そんなことをしたら死亡者が増える、という反対がある。しかし、感染の速度に関わらず、感染者が国民の最低60%にならないと新型コロナ問題は終わらないのだ。重症者の治療法を早期に確立して、死亡率を低下させることが最重要の課題である。
ウイルスが変化する可能性も考えられている。新型コロナウイルスにはL型とS型の2種類がある。L型に感染しても軽い症状で済むが、S型では重症化する。生物学的に言えば、重症化するウイルスは消えてしまい、軽症のウイルスが残るはずである。それは、重症化した人は病院に隔離して治療され、ウイルスは消えるが、軽症の人は感染に気が付かず、病院に行かないから、他人を感染させてウイルスが広がるのである。現在は感染者の約8割が軽症だが、今後、その割合が増える可能性があるのだ。
もちろん、今後、ワクチンが開発されれば、集団免疫を得るまでの時間は短縮されるだろう。それまでは感染者の増加を極力抑えて持ちこたえようという意見もある。どの意見を採用するのかを考えるときに大事なことは、「リスク最適化」である。
リスクの専門家が言うリスク最適化とは、感染者の増加を緩やかにするメリットと、それを実現するための対策によってどれだけの個人的・社会的・経済的な被害が出るのかを勘案して、リスクの総計を最も小さくする対策をとることである。いわば「感染による損害」と「感染対策による損害」のバランス設計だ。
私たちは、将来の見通しが示されないことに最も大きな不安を抱く。どのような対策をとれば、いつごろまでに集団免疫を獲得して、新型コロナ問題が終わるという見通しを政府が示すことで、たとえそれは困難な道であっても、何もわからない現在よりずっと明るい希望が生まれるのではないだろうか。
全ジャンルパックなら14713本の記事が読み放題。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?