今回は生活に関する妄想が中心となります。
お祭りの朝は忙しかった。
夏至を過ぎた太陽が昇る前には皆支度を終え、エンリら女性はパンを焼き、野菜を切り煮物など夜まで持つ料理から作り始め、ラッチモンとブリタ、シューリンガンとグーリンダイらゴブリンの一部は森へ罠猟に行き、残りは畑の見回りや会場準備、焚き火、酒の準備を進めていた。
主に空き家になった家から運びだされたテーブルが
日除けの置かれたテーブルの上には女達の焼いたパンや煮物、軽く炒めて味付けしたナッツ類が少しづつ置かれていく。
その横にはリィジーやンフィーレアが魔法で作った氷を浮かべた井戸水や酒がはいったカメが並べられていた。
例年であればカメいっぱいの酒を作るだけの果物を取ることは難しかったが、今年は森のパワーバランスが変わったこととジュゲムらゴブリンたちの存在が大きかった。ジュゲムたちは森の獣の餌のバランスを崩さないよう広範囲から熟した実を大量に集めてきてくれた。
結果、二日間に渡り皮を剥いた果物を弱火で煮詰めて冷ましてはパン用の酵母を混ぜてカメに移し、剥いた皮はまとめられて砂糖漬けや天日干しされて保存食にしていくという単純な作業を続けることとなり、みな嬉しい悲鳴を上げた。
そんな苦労も日々増していく泡と香りが楽しみへと変えていった。
酒に浮かべられた氷は例年以上に糖度の高い果物が多かったために予想よりも早く進んだ発酵を緩めるためのもので、それでもその量から生まれる泡が折り重なったうたかたが弾ける度に周囲に甘い香りを漂わせていた。
その芳香につらた村人により確実にその量を減らしつつあり今年も蒸留されることはなさそうだった。
ラッチモンたちが生け捕りにした鹿や大きめのうさぎを持ち帰ると、村はずれで締めて吊るし、血抜きをして内蔵を取り除いてから皮を剥ぐ。
不要な内臓の処理は肉食の鳥や小型の獣に任せれば1時間もすれば綺麗になくなり大型獣を呼びこむことは殆ど無かった。
うさぎの肉は日を置くほうが柔らかくおいしくなるが、流石にこの時期は腐敗がまさるためシチュー用として女性に渡し、鹿は丸焼きにするためバレアレ家提供の香辛料とハーブを塗りこんでから、二本の杭を打ち込みグーリンダイ達が広場に運んでいく。
「それじゃあラッチモンさん、ブリタさん、後はお願いします」
「ああ、肉運びは頼んだよ」
ラッチモンはゴブリンたちの獲物の皮もまとめてなめし始める。なめした時に取れる獣脂は集められてロウソクに加工するなど仕事は多く、狩人として新人のブリタはそれを手伝う。
ゴブリンたちも皮をなめすことはできるのだがラッチモンがなめした物と比べると質が悪く売っても大した額にはならなかった。
それ以来私的なもの以外はラッチモンに任せていた。
とは言え料理も怪しいので今からは雑用専門になる予定だった。
◇◇◇
エンリは器に自分で作ったふかしイモを入れて広場に運ぶ。
美味しそうな肉の焼ける匂いを追いかけると汗だくになったンフィーレアが火の調整をしていた。
エンリはコップに冷えた水を入れ差し出す。
「ンフィーお肉番しているの?」
「ありがとうエンリ、うん。スパイスを届けた帰りにおじさんたちに捕まっちゃってね」
「おじさんたちって…」
周りを見渡し日陰で居眠りしている姿を発見し溜息をつく
赤ら顔を見れば酔って寝ているだろうと予測はついた。
「そういうわけなんだ」
苦笑しながらも均一に焼けるように薪を調整し、水を飲む冷えた水が中から身体を冷やしてくれる。
「ンフィーこういうことしたことないんでしょ?大丈夫なの?」
「全く無いわけじゃないからね。それよりもゴブリンの誰かか男の人呼んでもらえないかな?」
「ん?どうしたの、トイレ?」
「違うって…お肉をひっくり返したいんだ」
「ああ、それなら私が手伝おうか?」
「重いよ?大丈夫?」
「試してみるね」
エンリは二本の杭を持ち、持ち上げてみると何の抵抗もなくすっと持ち上がる。
それを見たんフィーレアは見た目より軽いのかな?と思いつつ肉を眺める。
「大丈夫みたい、最近
「わかった、じゃあ一緒にひっくり返そう」
やっぱり…重い??…ンフィーレアは心のなかで声を上げた。
軽々持ちあげるのを見て油が落ち肉が軽くなったと思っていたが、見た目通り肉は重くやっとのことでひっくり返した。
しかし、エンリは涼しい顔をしている。
「(エンリ最近たくましくなったと思ってたけど、精神的なものじゃなくて肉体的なものだったのかな…)」
頭のなかでいろいろと悩むンフィーレアのおでこに自分のおでこをくっつけるエンリ
「少し熱いよ?大丈夫?普段家の中にこもってるのにこんなに長時間おひさまの下にいたからだよ」
事実ではあるが言葉にされると
「…どちらかと言うと焚き火の横にいたから…って言って欲しいんだけど」
苦笑するンフィーレアを、一瞬きょとんとした顔で何度か瞬きしてから言われていることに気付く。
「あははは、ごめんなさい。そうだね…ちょっとまってて」
エンリは水のカメに向かい自分の頭に巻いていた布を外し冷水をかけて一度洗い、もう一度冷水をかけて絞ると、てってってと駆け戻る。
「はいこれ、頭に巻いておくとかなり涼しいよ」
「ありがとう、でもエンリは大丈夫?」
「私は家の中だし替えもあるから。それじゃ他の男の人に声掛けておくからね、また後で」
「うん、また後で」
◇◇◇
太陽が沈み始めてまもなく天頂星が見え始め、朱に染まった空が急激に黒に溶け始めると多くの星が1つまた1つとまたたき始める。
村人たちは皆コップを手に空を見つめ、何人もの人が涙を浮かべ、肩を寄せあっていた。
リィジーは孫が女の子の横に行くのを目で追い優しく笑うと
「最初は悪魔の提案かとも思ったが…来てよかったのぉ」
小声でつぶやくと果物酒を一口含みエ・ランテルよりも深い空を見上げる。
エンリは自分の手を握るネムの力が強くなるのを感じた。
自分ですら未だにあの時の恐怖が消えないのだからネムはどれほどだろうか?とエンリはネムの手を握り返す。ネムは少し震えるとエンリの足にもたれかかってきた。去年の祈願祭では父親がネムを抱き上げ、みんなで空をみあげていた事を思い出しながらネムを見ると、ネムはエンリを見上げ少し前まで良くやっていた抱っこのポーズを取ろうとして手を慌てて引っ込める。
帝国に襲われたあの日から初めてみせるのネムの
ネムの恐怖はエンリとは少し違っていた。
両親以外に今抱きついている姉が死ぬところだったからだ。あの時自分をかばって姉が切られたことを思い出す度に姉が生きていることが夢なのかもしれないという不安に襲われ姉を探していた。
その姉は両親の分も働き食事を作り、畑作業をし、無理をして頑張ってくれているのを見て手伝いたいと願うものの、子供でしか無い自分ではお手伝いをほとんどさせてもらえなかった。そんな
そんな二人を救ったのはゴブリンだった。
あれからしばらく物音が聞こえる度に目を覚ましネムと震えてすごし、獣の遠吠えが聞こえた時は恐慌状態になりながらも
ゴブリン達の手助けでオーバーワークがなくなり、また彼らの見まわりで得られた安心感で不安からくる恐怖が激減して夜しっかりと寝られるようになっていった。
蘇る恐怖からは逃げられなくてもこれだけでエンリの表情は柔らかくなり、ネムも笑うことを思い出した。
彼らがいなければここにいるかなりの人の精神が参っていたかもしれないのに今も祭りに参加せずに見張り番をしてくれていた。
そんな彼らにエンリが出来たことは名前をつけることと食事を準備することだけで、きちんとした恩返しをしたいと悩んでいるが今のところ思いついていない。とりあえずは村人の同意のもと彼ら用のお酒を分け、肉も一番美味しいモモやリブを切り分けて渡していた。
そしてそれ以上の感謝をすべきアインズ・ウール・ゴウンはまだ村には来ていない、来ないだろうと思っていても実際に来ないと寂しい物があった。
◇◇◇
天の川が浮かび上がり始めるころンフィーレアはエンリの横に立っていた。
それだけでエンリは安らぎ、ネムも落ち着いていく。
そして太陽の名残が消え去ると待っていたかのように何百もの流れ星が一斉に振り始めた。
今回で祈願祭終わる予定だったのですが終わりませんでした。
祈願祭は後一話続く予定です。
ところで果物酒ってほっておくと直ぐ酢になりますよね。
これを冷やすために氷を作っていますが、実際にリィジーやンフィーくんは作れるかどうかはわかりません。この辺り妄想ということでお許し下さい。