戦後への対策
「さすがに厳しいな」
本陣に戻った俺はラフタリア達を休む様待機させ、作戦会議を行っている連合軍の所へ向かった。
「おお……盾の勇者様!」
「どうか世界をお救いください」
「お願いします。奴の所為で我等の国は……」
連合軍の上層部の顔色が悪い。
確かに絶望的な状況だ。ここで俺が逃げたら手段が無い。
しかし……なんだ、この手の平返しは。
いや、コイツ等は別の国や地方の兵隊だから俺の事を知らないんだろうけど。
「後方から拝見いたしております。まさかアレほどの再生力を所持しているとは……」
女王が厳しい顔で声を漏らす。
クズは……ここにはいないみたいだな。
まあ、居たら居たで邪魔でしかないけど。
「ああ、俺も勝利を確信したのにな……こりゃあ伝承通りに倒すしかないだろう」
「はい……ですが問題はあの巨体にどうやって乗るか、ですね」
「そういえばさっきから飛竜を見るな」
ここに来る途中、連合軍が飛竜を準備していたのを確認している。
霊亀の背中に乗って体内に侵入する準備をしていたのだろう。
「できそうか?」
「問題は霊亀の使い魔です。さすがにあの数の使い魔を突破して背中に乗ると言うのは至難の業かと」
「ふむ……」
鉄壁の布陣という訳か。
俺達なら霊亀の背中に飛び乗る事は出来るだろうが心臓を封印する方法を知らない。
「一応確認するが、霊亀の封印をする方法は現存しているのか?」
「はい。調査した結果、使う事は可能です」
「俺達にも扱うことの出来る魔法か?」
「それは……」
女王が言葉を濁す。
どうやらできないみたいだな。
そう都合良く事は運ばないって事か。
「そうか……」
「連合軍の魔法部隊の集団魔法で辛うじて再現できるという状況です」
「となると霊亀の体内に侵入して心臓にまで行かないとダメなのか?」
「……はい」
遠隔で唱えられればどれだけ楽だったことか。
つまりは大人数で体内に入るだけの時間が必要と……。
テーブルに乗せた地図で霊亀の居る地点と近くの都市を確認する。
近いな。このままでは巻き込まれる。
「避難誘導は済んでいるのか?」
「……厳しい所です」
「そうか」
近付くだけでも相当な地響きを受けた。地割れだって場所によっては起っているし、こりゃあ大変だぞ。
しかも明確な目的を持って進軍してくる化け物だ。
そういえば……あの必殺技はまだ撃って来ないな。
「霊亀は俺達に放ったあの攻撃を都市に放ったりは……」
「観測されておりません。先ほどの攻撃が初めてかと」
「ふむ……」
霊亀自身も乱発不可の必殺技のようなモノだと考えるのが妥当か。
使うほどの相手じゃなかったのかもしれない。
どちらにしても連合軍が霊亀の背中に乗り込む時間が必要だ。
避難誘導もあるし……。
「進行先の避難はどれくらいで終わる?」
「霊亀が到着までには間に合いそうにありません」
とてつもない被害者を出し続けているな……。
どうする。
俺達が先行して心臓を潰してみるという手段が無い訳ではないが、問題は頭を潰した時と同じ結果になりかねないという所か。
討伐不可の化け物である可能性……。
「そもそも何故人口密集地域を襲っているんだ?」
「目下調査中ですが、どうも食事が目的ではないようなのです」
あの巨体の維持をする為に襲っている訳ではない?
となると何故人を襲っている。
理由が思いつかない。
「というよりもより多くの生命がいる地域に進軍しているのではないかと分析されております」
「どういう意味だ?」
「数度、集団群生の魔物の巣へと向った事が観測されております」
アリの巣とかそういった、魔物の中でも群で襲ってくるタイプの魔物の縄張りに霊亀は進行していた事が数回あったらしい。
となると人間だけを狙っている訳ではないという事か。
こういった怪獣の進軍は……。
俺は作戦会議をしているテントから休憩中のフィーロに視線を移す。
あのフィロリアルの女王なら正面から戦って勝てそうだよな。
どれくらい強いのか分からないけど。
余計な考えだな。
「地上部隊が乗り込む事は出来ないのか?」
「接近するだけで使い魔の攻撃を受けます。空中部隊よりは戦えなくは無いですが……霊亀の背後から乗るとしても難しいです」
案は浮かんだが……致し方あるまい。
「俺が使い魔と霊亀自身の足止めをするから連合軍が乗り込む事は出来るか?」
あの必殺技さえ受けなければ足止めは出来なくは無い。
霊亀も俺達と戦っている時はコチラに意識を集中していて進軍が相当遅れていた。
最悪、避難誘導が完了するまで耐えるという手もある。
まあ、あの攻撃を何度も受けるのは正直ごめんだが。
「もちろん、後方援護は必要だぞ」
「……少々お待ちください」
女王と連合軍の上層部は作戦の決議を行う。
「どうでしょう? 一か八かで行くのは?」
「早すぎる! それなら七星勇者の到着を待つというのが賢明だ!」
「だが、このままでは七星勇者が到着するまでに幾つの都市や砦が犠牲になると思っている!」
「まだ自分の国が被害を受けていないから言えるんだ! 一秒でも早く倒さねばならない!」
随分と荒れているな。
俺としては四聖勇者の立場が危うい現状を改善しないといけないから迂闊な事は言えないんだが。
必ず反論が返ってくるし、カウンターも考えて手を打っておこう。
「その通りだ。アイツを倒して、犠牲者を一人でも減らすべきだ」
「原因は四聖勇者ではないか!」
「では、お前等に尋ねよう。勇者とはなんだ?」
こうなってしまった以上、俺は今までの様に動く訳にはいかなくなった。
盾の勇者は世界を救う正義の勇者という面を押し出して公表しておかないといけない。
例え、自分の心を偽ったとしても。
「そ、それは……」
俺の問いに言葉を濁す人々。
「勇者とは強い力を正しい事に使う、勇気ある者の事です」
女王がこちらの考えを汲み取ったのか即答した。
よし、そっちが解ってくれているのなら、予定通り行こう。
「勇者とは心だ。どの様に絶望的な状況に居ようとも諦めない心、人々を守ろうとする意思が勇者となる!」
一体何者なんだよ、俺は。
自分で言ったセリフだが、これは寒気がする。
生憎と俺はここまで良い奴ではない。
だが、皆好きだろう?
正義とか、守るとか、意思とか、心とか。
「この場にいる全ての者に力が足りないと言うのならば、俺が盾となり力を貸そう」
「盾の勇者様……」
話を聞いていた者が感銘した様な声を漏らす。
可能な範囲で大声を出した。外で聞いていた者も多いだろう。
「盾の勇者様。先程の無礼をお許しください」
「気にするな。貴公の……いや、全ての人々の勇者に対する怒りを、全て俺が受け止めよう」
そして俺は他国の将軍と思わしき人物に手を伸ばす。
「だから、今だけは力を貸してほしい。協力して奴を倒そう!」
「はい!」
伸ばされた手を握った将軍は力強く頷いた。
ちょろいな。
これで霊亀を倒した後の問題は片付いた。
ついでに連合軍の士気も多少高まっただろう。
後は霊亀を倒す算段を立てて、俺が公言通り正義の勇者として戦えば良いだけだ。
「では話を戻す。皆、絶望的状況に屈せず、一人でも多く犠牲を出さない方法を考えてほしい」
……女王が俺を微妙な表情で見ているなぁ。
まあ俺の本性を知っていれば、こんな奴じゃないのは一発だが。
そして女王は一度頷き、会議を再開した。
「七星勇者が到着したとして……霊亀の心臓を封印する方法を習得しているのですか?」
「それは……到着するまでに覚えてもらえば……」
「ならば先行しても問題は無いかと思いますが? どちらにしろ連合軍の進行部隊は行く事になるのですから」
「だが、安全に心臓部に行く為には……」
「それでは犠牲が増えすぎます。一刻も早くあの化け物を封じるのが最優先ではありませんか! 七星勇者の到着を待ったとして、盾の勇者様程に頼りに出来る確証がありますか?」
……連合軍の上層部がそれぞれ言葉を濁す。
そうだ。この原因である四聖の勇者が霊亀に挑んで行方知れずなのだ。七星勇者が参加したとして戦力になるかの確証はない。
俺が先行して生きて帰ってきた事以外、勇者の強さを理解できている者はいないのだ。
「イワタニ様、どうか連合軍の魔法部隊を守りながら霊亀の心臓に行って下さいませんか?」
「元よりそのつもりだ。ただ、その部隊が霊亀の背中に乗り切る間、俺が奴の足止めをするしかないだろう。その間に避難も終わらせてほしい。その分の時間は俺が稼ぐ」
「わかりました。異議はありますか?」
「…………」
誰も声を上げない。上げられるはずがない。
完全に連合軍の空気を掌握したぞ。
後は勝利を掴むだけだ。
「では、準備が整い次第作戦を開始します」
会議が終わり、テントを出るとやや溜息混じりのラフタリアに声を掛けられた。
「ナオフミ様、また何かしたんですか?」
まあわざと外にも聞こえる様な大声で宣言したからな。
しかしこの反応、良く聞こえてなかったみたいだ。
「ああ、カルミラ島の時と同じだ」
「はぁ……何の事かはわかりませんが、納得します」
「お姉ちゃん、ごしゅじんさまね、全ては人々の――」
「黙れ鳥」
ラフタリアがアレを聞いていないならソレで良い。
正直、微妙な顔をされるだけだからな。
ん?
リーシアが上目遣いで俺を見上げている。
なんだこの目の輝き具合は。
「わたし、感動しました! 怖いですが、がんばります!」
フィーロだけではなく、リーシアまで聞いていたのか。
何故ラフタリアが聞こえなかったんだ?
ちなみに答えは水を分けてもらいに行っていたからだった。
まあ水分補給は必要だからな。
そして帰って来ると俺が問題を起こした時の様に周囲の状況が変化していた為だという。
これまで俺が何かすれば悪い事だったからな。そういう風に考えるのもしょうがない。
「さて、会議で決まった事を話す」
「はい」
「俺が霊亀の足止めをしている間に連合軍が背中に乗ると決まった。ラフタリアとリーシアにはその部隊の手伝いをしてもらいたい。フィーロは俺と一緒に戦うぞ」
「はーい!」
「分かりました。ですがナオフミ様は大丈夫なのですか?」
「使い魔の攻撃は痛くも痒くも無い。それに進入班が入り終わったら俺もフィーロに乗って追いつくから問題ない」
最悪、ラースシールドを使って霊亀の攻撃を受けてみよう。
まだ使っていないんだ。ソウルイーターシールドでアレなのだから耐え切れる可能性は高い。
問題は感情に支配されないか……か。
フィーロのお陰で前回は抑えることができた。今回も頼るしかあるまい。
「リーシア、怯えるなよ。もしかしたら霊亀の背中に樹が居るかもしれないからな」
「はい。がんばります!」
恋する少女は現金だな。
「そういえば思っていたんだが、お前は口癖を治せ」
「ふぇえ……」
「それだ。お前は何か自分に不利益があるとソレを口にする。聞いているとイライラしてくる」
「ふぇええ!?」
「お前、喧嘩売っているのか?」
「ど、努力します……」
この口癖を直さないとリーシアは精神的に成長できない。
まずは心から改善していかないとな。
ラフタリアも最初はこんな感じだったから、少しずつ改善していけば良い。