渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

劇画『キリン』におけるカフェ「ランブル」初登場シーン

2019年12月08日 | 公開情報















劇画『キリン』は、時代の時間軸が
交差して描かれている。
カタナを潰したコージは、この後、埠頭
でのブレーキング決闘でカタナを海に
ダイブさせて死んでしまう。
その死んだシーンがコージの登場シーン
だった。
それをコージの妹から聞いたマサキは
コージが死ぬわけはない!と憤激する。
そのマサキはローリングチーム「むて
きんぐ」の01だが、カフェ「ランブル」
に出入りするようになって、だんだんと
人間的に成長して行く。
彼はのちにMCバーンストゥームトゥ
ルップスの看板を背負って走ることにな
る。

二代目キリンも、まだ少年時代の初々し
い頃にランブルのマスター長尾泰三(モヒ
カン)と出会って成長して行く。
二代目キリンの父親は見た目は冴えない
外科医だが、体術使いの達人で、日本の
経済界を陰で牛耳るMCグリフォンの幹部
だ。
ただし、二代目キリンである青年(氏名
不詳)は、MCには一切入らず孤高のまま
だ。
マサキが二代目キリンになるのかと思って
いたが、そうではなかった。

『キリン』は常に過去と現在と未来が
交錯して描かれている。
それはある時は回想シーンとして描かれ
(60年代末期の学生運動シーンとして描か
れることが多い)、またある時は、タイム
リーな時間軸として「過去」が描かれる。
こうした過去と未来を入れ替わり立ち
替わり描く手法は、『スターウォーズ』
シリーズの作品描写に倣ったものだろ
う。
そして、『スターウォーズ』は、確実に
手塚治虫の『火の鳥』の影響を受けてい
る。日本通のルーカスが手塚をスルーの
筈がないし、実際に、『スターウォーズ』
のエピソードごとの順序は時間軸を錯綜
させてわざと製作している。
そのランダムさに法則性はない。

劇画『キリン』は、エピソードごとの
作品描写だけでなく、最終巻まで読んだ
時に初めて全体像が見えてくるという
構成になっている。
よく、第三のキリンのバイク屋の倅の
編をコメディだとして嫌う向きがネット
では多く見られるが、それは『キリン』
を読めていない。
「お前、漫画が読めるのか」とは、同
作者東本昌平の別作品『雨はこれから』
の中でのセリフだが、漫画とは眺める
のもではない。「読む」のである。
作者の表現の世界を。物語と設定と描写
を。
バカにならないと漫画は読めないが、
馬鹿では漫画は読めない。

ところで、俺は来年60になるが、こんな
カッコしてんだけどね(笑)。
ま、バイク乗りってこって。

20代と50代二人。
バイク乗るのに歳なんて関係ねーよ。
歳がどうとか言ってる奴は、大抵は
バイクと無縁の奴らね。
そして、真理が見えない奴。
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