馬鹿にしか見えない王
影に樹たちが下船した事を聞いてから俺達は船を降りた。
その後は馬車で順調に城下町へ到着。
城下町の門を潜ると、丁度、何か催し物をしているようで、門の方へ団体が通り過ぎようと――
という所で我が目を疑った。
クズがマントとパンツだけを着用して恥ずかしそうに歩かされていたのだ。
女王がクズの真後ろに着いていた馬車から降りてくる。
「お帰りなさいませ、イワタニ様」
「え……っと」
ラフタリアはその光景に頭を抱え、フィーロは首を傾げ、リーシアは困惑したままペングーきぐるみを着用している。
「それ……何?」
「馬鹿にしか見えない服のお披露目ですよ」
……裸の王様? あれは馬鹿には見えない服だったが、馬鹿にしか見えない服って何だよ。
意味が二つあって理解に苦しむ。
裸が馬鹿にしか見えないのか、もしくは本当に馬鹿にしか見えない服なのか。
どちらにしても俺には裸にしか見えない。
「何かおかしいの?」
フィーロが疑問をぶつけてくる。
ああ……フィーロはバカだもんなぁ。
本当に服が見えているのかも。
「あの人、裸だね? お祭り?」
……違うようだ。
どうやら俺がフィーロを子供扱いして鳥頭とバカにしていただけみたいだ。
そういえば地味に賢いからな。フィーロは。
少し評価を上げておこう。
「一応聞くけど、なんで?」
「この服が見えるそうですから、着てもらいました」
本当にどっちなんだ?
深過ぎる。
あるのかないのか、どっちなんだよ。
「呆れて物も言えません。あの英知に満ちたアナタはどこへ行ってしまったんですか……」
「ぐぬぬ……」
大層落胆した様子で女王がクズを眺める。
するとクズが俺を親の仇のような目で睨みつけた。
しかし、下手に何か言おうものなら更なる罰が待ち受けているので言えない様子だ。
なんだろう。可哀相以前に何故、この女王の罰を受け入れ続けているのか疑問だ。
俺はクズに近付き尋ねる。
「なあクズ。なんで女王に言われるままなんだ?」
「貴様――!」
怒りをぶつけようとするが女王の目がある所で感情をぶつけることができないのでクズは黙りこむ。
「話したらどうです?」
「ぐ……」
女王がクズに指示を出した。
やはり謎だ。
惚れた弱みか? いやいや、百年の恋も冷めるだろう。
「ついでに俺が罰を与えて良いか?」
「どうぞどうぞ」
「ぐ……妻はワシを愛して罰を与えておるが、貴様は違う!」
「その通りだ。だが、俺はお前が苦しむ所を見たい」
女王の場合は愛なのか? 女王は物凄いドSなのか? で、クズはドMとか?
盛大な性癖披露でもしているんだろうか。
意味がわからない。
「なあ。本当なんでなんだ?」
「貴様には一生分からん!」
そう言いながらクズは勝手に歩いて行ってしまう。
実際全くわからんが、クズにはクズの考えがある様だ。
その様子を城下町の連中は、これまた微妙な表情で見送った。
色々な意味でヤバイなこの国は。別の意味で出国したい。
「……あの人も意図は理解しているのですよ。ただ感情が許さないだけで」
「はぁ……」
夫婦にしか理解できないという関係?
しかし、一国の王をあのような処分をして権威が保たれるって……誰も見ていない所ならわかるが、諸外国に隙と思われないだろうか。
この女王が理由も無く隙を曝すとは思えないが、そこが関与しているのか?
「イワタニ様は先に城に戻っていてください。色々と準備している物もありますので」
「分かった……いや、もう一着の馬鹿にしか見えない服じゃないよな?」
「まさか。カルミラ島へ行く前に頼まれていた品々ですよ」
「分かった」
こうして俺達は城に先に入って、待合室で待機する。
数時間後。
玉座の間に案内された。
元康一行が丁度到着したらしい。
随分と遅かったな。何をしていたんだ。
「お待ちしていましたよ」
女王がそう言うとビッチを見る。クズは……いないな。
まあ居たらいたで目障りだから居ない方が良いが。
「さて、カルミラ島はどうでしたか?」
「四勇者が揃って居る時に聞けば良いんじゃないか?」
「それは少々先でしょう?」
日数的に言えば1週間と少しだが……。
「女王、さすがにアバズレの父親をあんな目に遭わせるのは酷いんじゃないか?」
元康が若干機嫌が悪そうに女王を糾弾する。
ああ、やっぱりあの見世物を見てきたのか。
もしかしたら遅れたのもアレが原因だったりしてな。
「それに見合うほどの罪を我が夫はしたのですよキタムラ様、正直に言いますと幾ら勇者様であろうとも干渉して良い問題ではありません」
「しかし――!」
「ご理解ください。それにアバズレにも多大な……国庫から勝手に引き出した金銭の返済があります」
「くっ」
「キタムラ様はビッチを解雇する事を勧めます」
「ママ――女王様! 私は世界の為に必要な物を購入したに過ぎません!」
親の同情が通じないのを察したビッチは、理屈を捏ねて女王に進言する。
だが。
「流行のアクセサリーに貴金属、服。高級エステの会員クラブ出入りが世界の為ですか……」
女王はビッチが引き出した金の移動先を突き止めていた訳か……というか凄く金遣いが荒いな。
俺だったら速攻で解雇している。
「後、カルミラ島でイワタニ様への魔法攻撃も報告に昇っていますよ。それに対する罰で借金は増加です」
「そんな!?」
「と言う訳で、ビッチと同行するという事はその借金の返済を行うことだとご理解ください」
「ぐ……」
元康の奴、悔しそうな表情になって拳に力を入れる。
これまでの金遣いの荒さに後悔でもしたのか?
「月々の援助金から差し引いた金銭がキタムラ様に支給されます。もちろん。依頼の報酬等でも差し引かれるのを覚悟してください」
「……しょうがない。しかし、借金を返せたら彼女は自由だ! 名前も元に戻せ」
む……元康が何か勘違いしているぞ。
「それとコレとは別ですよ。ビッチは性根が腐っていますからね。世界を救い、更生するまで自由と改名はありませんよ」
「なんて冷酷な奴なんだ!」
「仮にも一国の姫が人を嵌め、実の妹を見殺しにしようとしたのです。まだ軽い方だと思いますが? それとも、キタムラ様はもっと厳しい罰をお望みで?」
これ以上、藪を突くと痛い目を見る。そう察したのか元康は黙り込んだ。
「後、先程の話に少々戻りますが……」
女王が手を上げると、影がルコルの実が乗った皿を出す。
「ビッチ、アナタはイワタニ様と初めて旅に出た夜。イワタニ様が酒に酔って、関係を強要してきたと言いましたよね」
「え、ええ!」
「おかしいですね。イワタニ様は酒に酔わないというのを私は報告で受け取っていますが?」
ルコルの実を見て、元康の顔が若干青ざめた。
これは俺が本当に無実であるのを証明する為の足場固めって奴か? だが……俺が酔わないってどういう情報が行っているんだ?
「酒に酔わない? 何を言っているのよ。どうせモトヤス様を嵌める為に食べた振りをしていたのよ」
「なら食べてみなさい」
ルコルの実を一粒、影はビッチに近づける。
「なんで私が食べなきゃいけないのよ!」
「はぁ……しょうがありませんね。イワタニ様、どうかルコルの実をお食べになってくださいませんか?」
「ん? まあくれるのなら」
若干好物に入っているくらい気に入っている。
値段的に高い物なので俺の金で買うのは躊躇われる品だ。
影が前に出したルコルの実をパクパクと何個も摘む。
やっぱ美味いなこれ。
「う……」
玉座の間に居る影やその他重鎮が口元を抑える。
そんなに気持ち悪いのか? これを直接食うのが。
「では、ビッチも食べなさい」
「だ、だからコイツが食べたのだけ別の実なのよ!」
「はぁ……しょうがありませんね。イワタニ様、ルコルの実を半分に齧って、影にお渡しください」
「おう」
ビッチと間接キスとか思うと不快だが、女王の理屈が本当だと面白い光景が見えそうだから我慢しよう。
俺はルコルの実を半分齧ってから影に渡す。
あ……ラフタリアやフィーロが凄く微妙な顔をしている。
きぐるみを着ているリーシアは……気分が悪くなったのか、後ろを向いて影に背中を摩ってもらっている。
そこまでゲテモノ食いなのか、これは?
「い、いやよ! 絶対に食べるもんですか! 私は絶対に――」
「食べさせなさい!」
「や、やめろ!」
元康がルコルの実を食べさせようとビッチに群がる影を追い払おうとする。
させるか。
俺は元康に近づいて耳元で囁く。
「そうそう、リーシアの事なんだが」
「こんな時になんだ!」
「俺よりも優しそうな元康なら樹の事を忘れてお慕いしたいと想っているそうだぞ。遠くからずっと見ていますだとさ。そう……独占したい程の優しさに触れたとか言って、刃物を磨いていたな」
「な……あ……!?」
「へ?」
リーシアが素っ頓狂な声を出す。
きぐるみを着ているから元康には分からないかもしれないが。
「どこでお前を見ているのかな? きっと今もどこかで見張っているぞ」
「そ、そういえば視線を感じる!」
元康、それは気のせいだ。
リーシアは事態に付いて行けずおろおろしていて、お前だけを見ている訳じゃない。
そもそもリーシアはヤンデレか?
樹の事を好きなだけだろ。
「うわ……あ……ああ……」
元康の奴、顔を真っ青にしてプルプルと呻きながら震えだした。
どんだけ苦手なんだよ。
元康はヤンデレが苦手。
良い弱点を見つけたぞ。今度からこの手で行こう。
フィーロが股間を蹴るよりは有効的だ。
「も、モトヤス様!?」
頼みの元康が固まってしまった為にビッチの奴、驚愕の表情だ。
「今です」
女王の号令に影がビッチを羽交い絞めにして口元にルコルの実を近づける。
「誰が食べるものですか――むぐ!?」
中々楽しい催しの最中だが、女1が楽しそうに笑う瞬間を見てしまった。
ビッチは半ば無理やりルコルの実を食わせられた。
「ああ、他にも宿屋の主人からビッチがイワタニ様の部屋の鍵を開ける所を目撃したと聴いておりますよ。権力で黙らせたのでしょうが、私には通じません」
女王が告げたその瞬間。ビッチの顔が真っ赤になり、その後、蒼白になって倒れる。
「アバズレ!?」
放心から立ち直った元康がビッチに駆け寄る。
「治療院に運ばせておきなさい。死にはしませんよ」
いやぁ。何とも面白い催しだ。
「ナオフミ様、また笑ってますよ」
「悪いな。ここで笑わなければ俺じゃない」
「あっはっはー」
「……フィーロ、何故お前が笑う」
「なんとなくー」
「えと、その、あの……」
リーシアがワタワタと焦っている。
別に落ち着いていれば良いのに……。
「他にも証拠は山ほどありますよ。例えばキタムラ様が大切にしているくさりかたびらの破片を確認させてもらいましょう」
「な、何をするつもりだ!」
「何もしませんよ。ただ、その破片に銘と数字が刻まれているはずなのです。どうかご確認をさせてください」
「そんな物無いぞ!」
「武器防具というのは作り手が魔法で刻む銘が存在します。特に我が城下町に店を構えている者には管理義務として管理数字を施してもらっているのです」
「へー……」
「本来は商業ギルドが装備の売買を行う時に何処の誰が作ったものかを一目で分かるようにしたものです」
それは知らなかった。という事は武器屋の親父から買った武器や防具にも銘があるのか。
「イワタニ様の証言で、くさりかたびらが盗まれたという物があるのですよ。ですから銘と管理番号を確認させてもらいます」
「こ、これはアバズレが俺の為に用意してくれたものだ!」
「ええ、分かっています。信じていますよ。ですが、事件当初に武器屋の主人が疑惑の解消の為にと管理番号証明を依頼しているのですよ」
武器屋の親父……俺の為にそんな事をしてくれていたのか。
だけどクズとビッチによってもみ消されてしまっていたんだな。
「もしも、そのくさりかたびらをアバズレ自身が購入してキタムラ様に贈与したのでしたら疑いは晴れます。ですが……」
間違いなくブラックだろ。そう思いながら俺は成り行きを見守る。
「……分かった。見せてやろうじゃないか」
「では先に銘と管理番号を記載した紙をここに提示します。キタムラ様はご確認ください」
女王が紙を広げて元康に見せる。
元康は大事にしていたくさりかたびらの欠片に刻まれている銘を探した。模様を確認するように見れば読めずとも分かるだろう。
……見つけたみたいだな。元康の顔色が変わる。
「後、イワタニ様にはこれを」
と、一着の服を俺に手渡した。
それは俺がこの世界に召喚された時に着ていた懐かしい服だった。
「シルトフリーデンのとある好事家が発見し送ってきてくれた物です。イワタニ様の物ではありませんか?」
「……ああ。少し汚れているが間違いない」
文化の違いというか、この世界の服とは随分とデザインに差がある。
間違えようが無い。俺が普段着にしていた安物の服だ。
しかもズボンの方まである。
全部合わせても3000円行ったら良い方なのだが、懐かしくて泣きそうだ。
考えても見ればクズが裸で歩かされていたが、この服が無くなった所為でインナーで歩かされた。
まさかクズが裸の王様をしていたのはこれが原因か?
今まで完全に服の事なんて忘れていたが、思い出すとイライラしてくる。
そうだよ。俺はもっと怒って良いんだ。
召喚された挙句、嵌められて無一文。しかも持っていた物まで取られたんだからな!
「ナオフミ様の世界の服ですか?」
「そうだ。まさか戻ってくるとは思わなかった」
ラフタリアが興味深々と服に目を向けてくる。
この服が無くなってからラフタリアを買ったからな。知らないのも無理は無い。
性能的に優秀な装備は沢山あるので使用用途に困るが大事な物だ。
ビッチが金の為に盗んだと諦めていた。この世界からしたら珍しい品なのも事実だからな。
「それは良かった。そこから入手経路を割り出し、最終的にビッチがとある商人を通して売却した事が判明しています」
「デマだ! 辻褄を合わせているんだ! 俺は信じない!」
ま、間違い無いよな。
元康の奴、必死に自分に言い聞かせるように大声を出しながら不快そうに玉座の間から走り去っていく。
難儀な奴だ。
というかアイツ、どこに行ったんだ?
「ちゃんと言いましたからね、キタムラ様ー。追って影から通達がありますので治療院で依頼をお受けください」
そう言って、女王は元康一行が完全に出るのを確認してから扉を閉めさせた。
女1が女2と元康に気付かれないように笑いを思いっきり噛み殺していたな。
女1はわかるが女2はビッチの仲間じゃなかったのか?
あのパーティーは本当怖いな。できればもう会いたくない。
「さて、前座はコレくらいにして依頼の品々を渡しましょうか」
というか、罰を与える為だけに元康達を前座として呼んだのか?
なんかその事実の方が楽しいのだが。
「また笑っています……」
「はは」
「はは……じゃありませんよ」
こりゃあ俺の更生も先は長いな。自分で思うのもどうかと思うけど。
リーシアは困った様な声を出しているな。
ちなみにこんな声だ。
「王女様は大丈夫なんですか?」
「リーシア、間違えるな。アイツは王女ではなく、唯の借金塗れの冒険者アバズレだ」
「ふぇえええ……」
俺を見ているきぐるみ姿のリーシアがぷるぷる震えている。
リーシアからの評価が一気に低下したな。
元々あって無い様な物だが。
「金銭に関しては、前金として銀貨5000枚を、波も近いので報酬はその時に一括で渡しましょう」
5000枚! 多いな、でも元康は4000枚だったか。累計で考えると少ない。
武器屋に走って行って色々買い物するか?
ただ、親父の話だと、特注になっていくんだっけ。
「剣とツメと鎧の注文は一応、専属の鍛冶師に作らせはしたのですが……ちょっと城の倉庫に来て下さい」
「ああ」
俺達は女王に連れられて倉庫へと向かった。