美少女ゲームは死んだ? いや、死んでない!

――皆さんがブランドを立ち上げまでだったり、立ち上げたあとに影響を受けた作品や衝撃を受けた作品はありますか?

山川たぶん、みんないっしょですよ。『痕』や『To Heart』、それにelfやアリスソフトのゲームをやっていなきゃ嘘で、みんなそれらの影響を受けて「これなら俺にもできる」と会社を立ち上げるんです(笑)。

島田すかぢさんはきっかけとなる作品はあったんですか?

すかぢ……とある作品が嫌いで、それのアンチテーゼで作りました(笑)。

一同笑

島田公に言えないやつじゃないですか(笑)。

山川嫌いだけど売れていたやつですか?

すかぢ有名でした。

山川「こんなのが売れるなら俺のほうがおもしろいものを作れるよ」って?

すかぢいや、そういうことではなくて「こういうのは違う!」というわけのわからない使命感に駆られて作ったのが『終ノ空』でした。今思うとバカかって(笑)。

ケロQのデビュー作『終の空』。ユーザーからは三大電波ゲーのひとつと言われている。

――記事には書かないのでどのタイトルか教えてください。

すかぢまず●●●●●でしょ。あと●●●●●(※)。

一同 へー!

※編注:伏字の文字数と実際の文字数には関わりがない。

――もっとベタな作品のアンチテーゼかと思ったら、意外と違うんですね。

すかぢそう思われるんですよ。普通に恋愛ものは好きですよ。『同級生』シリーズとかめちゃくちゃ好きですもの、つまり単なる近親憎悪が創作のきっかけだった。

山川モチベーションはダメな作品を見たときのほうが出るよね。

一同 出る。

山川完璧だと思う作品を見たらモチベなんてわきません。かといって悪い作品ばかり見ていると頭痛がしてきますし、要はバランスが大事なんだと思います。

島田ライアーさんはターゲットという意味ではほかのブランドさんとちょっと違いますよね。

石井路線が違いますね。最初は広報・営業担当に基本的には任せていまして、彼のスタンスは“トップは目指さない”ということでした。当時は、まだ美少女ゲームが売れていたので2作目、3作目のタイトルとしてユーザーに手に取ってもらうことを目指していたんです。あえて発売日も有名タイトルに被せたりしていました。

山川確かにそんなイメージはあります。有名なタイトルの発売日に店舗をチェックしたら「またライアーさんの新作が出てる」みたいな。

島田ライアーさんはこの20年で60作品ぐらい出していますよね。

石井下請けの作品なども含めると、70本か80本は出しています。

すかぢ……うちと対極だ。

島田たしかに、ケロQと枕さんは10作品くらいですか。

山川うちは30タイトルくらいですね。

――そこもそれぞれのブランドで違いますね。

山川だからこの記事をまとめるとき、きっと言っていることがみんなバラバラだと思いますよ(笑)。

――美少女ゲームには、ボリュームも内容もまったく異なる作品の中から、自分好みの最高の1本を発掘する楽しみもあります。

島田ライアーさんも枕さんも、フロントウイングさんもそうですけど、それぞれにしか出せない色合いがありますよね。そういう多様性のようなものが美少女ゲームというジャンルのいいところだと思います。枕さんは、どんな戦略でブランドを運営していたんですか?

すかぢ『終ノ空』から『モエかん』まではブランドを大きくしようと考えて作っていました。

ケロQが2003年に発売した美少女ゲーム『モエかん』。コンシューマ移植に加えて、OVAシリーズも発売された。

島田大きくしようと思って『終ノ空』は作らないでしょう(笑)。

すかぢいやいや実はあれが結構なヒットしたのですよ(笑)。そもそもとして、自分がイラストレーターとしてデビューできなかったから美少女ゲームの仕事をはじめた、という経緯があります。あの時代って一度プロになればどうにかなるんですけど、当時はネットで絵をアップして編集者が吸い上げる、みたいなシステムがまだまだ貧弱で、プロの参入障壁がすごく高かったんです。だからケロQを作ったのは自分たちがデビューするためだけで、じつはかなり初期に解散するつもりでした。僕自体が漫画家になりたかったので、「漫画家になるための布石さえできればいいや」くらいの感覚だったんです。

山川どうして続けていくことにしたんですか?

すかぢたぶん『モエかん』でヒットするまではそこまで美少女ゲームに対する思い入れが強くなかったような気がします。『モエかん』でお金が入って人が集まってきてめんどくさい事ばかり起きて、正直投げやりになっていた。そんなときにインターネット上にアップされている『モエかん』の動画を見たら、自分で作ったゲームなのにカッコよくて思えて、「美少女ゲームって結構おもしろいな」と感じたんです。そこから有名なタイトルをしらみつぶしにやるようになりました。なので、2005年くらいから『素晴らしき日々』制作までにプレイしたほとんどのゲームに影響を受けていると言えます。最近もプレイしていて『金色ラブリッチェ』(※9)や『景(ひかり)の海のアペイリア』(※10)がすごくよかったです。まだ『ぬきたし』(※11)はやってないんですけど。

島田『ぬきたし』や『アペイリア』は下ネタに正面から向き合っていて、作り手自身が楽しみながら作っているように思えます。ああいう作品がここ数年で出てきているのは本当にいいことだと思います。

すかぢ本当に救いですね。

※9……ビジュアルアーツ傘下の美少女ゲームブランドSAGA PLANETSから発売された作品。2020年3月26日にコンシューマ移植版が発売される。
※10……2017年にシルキーズプラスDOLCEより発売された美少女ゲーム。
※11……『抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか?』。Qruppoのデビュー作。

――石井さんのライアーソフトはいかがですか?

石井2005年ぐらいに桜井(※12)が入り始めたタイミングでスチームパンクのシリーズを初めて、これを売り出していこうと考えていましたね。

※12……シナリオライターの桜井光氏。現在はフリーランスで活動中。アニメの脚本も手掛けている。

桜井光氏が手掛けたスチームパンクシリーズは、シリーズ本編として現在6作発売されている。画像はシリーズの方向性を決定づけた傑作『赫炎のインガノック -what a beautiful people-』(2007年発売)より。

島田スチームパンクシリーズも含めて、基本的にはライターさんが「こういうのを作りたいんだ」というものに対して、石井さんが満面の笑みで許可をするという感じですか?

石井利益度外視でやっているところもありますが、おもしろいものを作れば売れるだろうと考えているところもあるんですよ。ただ、我々がおもしろいと思っても世間に受け入れられているかというと……。

島田いえいえ、響いている人はたくさんいますから!

山川美少女ゲームのいいところは、ライアーさんもそうですけど、もっともエッジのとがったオタクの最前線をつねに走ってきたところなんじゃないかなと思います。メイド文化やニーソックスも、もともと一般にはなかったものですし。

すかぢ良くも悪くも、2004年くらいまではどう考えてもエロゲーがオタク文化の中では一番新しかったですね。それは確実なんですけど、ほかのメディアにどんどん流出していってしまったんですよ。

島田フロントウイングさんはアニメーションのオープニングを入れるのも早かったですし、時代に合わせて変えられているんだなと思います。一方で、ライアーさんは初志貫徹みたいな印象があります。

石井本当は流行しているものを追いかけていこうと考えていたんですけど、追いつけないんですよ。それで、あるときに思ったんです。立ち止まる勇気が必要だと。そのうちファッションのように時代が回ってくるんじゃないかと思い、苦しいときもあるけど、いままで我々がやってきたことをやり続けようという考えになりました。

すかぢゲーム規模ではなくてイラストレーターの話ですけど、絵ってTwitterなどのSNSが普及したこともあって、とてつもないスピードでトレンドが変わるんです。それで、あるときに狗神煌さん(※13)がトレンドを追いかけること自体が後追いになって無駄だから、自分の技術を極めていく、という立ち位置に変えたんですよ。これはゲーム会社だけじゃなくてクリエイター全般に言えることで、ダメな時期は絶対にあると思うんですけど、そのときに無駄に追いかけるよりは耐えるというのは真理じゃないかなという気がします。

※13……イラストレーター。『サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-』のほか、『生徒会の一存』の挿絵などでも知られる。

山川クリエイター目線だったらそうですね。ただ、経営者目線だとまた違います。

すかぢ会社が潰れちゃいますからね(笑)。

――宣伝や販売方法で時代にあわせて変えた点、工夫していることはありますか。

山川2010年くらいまでは売り方はそんなに変わらなかったです。違法ダウンロードとの戦いがあったりもしましたけど、普通に8800円でパッケージを売るやり方でした。2010年以降、とくに2015年くらいからはクラウドファンディングで資金を集めたり、全年齢で販売して無料パッチで18禁シーンを追加したりと新しい施策をはじめました。

石井広告宣伝もかける金額が少ないと、いまはあまり意味がないのかなと思っています。昔だったら必ず雑誌に広告を打ったりしていましたが、雑誌も売れなくなってしまったので。

山川2015年以降に、エンタメひとつひとつにかける金額が5億円や10億円と膨らんだこともあって、制作会社としては大丈夫だけど、小さいメーカーやパブリッシャーはもう無理だと悟ったんです。自分はそこから新しいやり方を考え始めました。

石井本当にそうですね。うちはそのときぐらいから下請けの仕事も増やしていき、パブリッシャーとしての機能も残しつつ、制作会社になるという形にしました。

山川これで受け入れ仕事の相手が1社しかない場合は、生殺与奪を奪われているので危険ですよね。いろいろなことやらないと。

――エロがメインの作品としては、いまはダウンロードサイトで販売している安価なもののほうがポピュラーなのかなという印象もありますが、皆さんは“エロ”という要素についてはどうお考えですか?

島田同人が活発ですよね。一方で僕はそれでも商業の方々に頑張ってほしいと思っています。

山川自分は「どんなに売れていてもエロだったらアニメにはできない」と言われたため、脱エロの方向で考えてきました。ただ、最近は自分の会社でアニメを作るようになったため「別にエロでもできるじゃん」と気付いてしまったんです(笑)。エロがツラいのは、プラットフォーム側から締め付けられたら太刀打ちできないところです。ただ、この1〜2年ぐらいで、それがやぶられるかもしれないという気配も若干出ています。今はブラウザでなんでもできるようになっていますし、新しい形でエロを表現するものが出てくると思います。

すかぢユーザーの生活スタイルと、PCでプレイするという美少女ゲームのスタイルが合っていないだけで、端末が選べるようになれば業界全体も変わるんじゃないかと思います。自分はiPadで寝ながら本を読むのですが、ゲームをやるときも寝ながらやりたいんです。もうPCでやるのがツラいんですよね。

山川PCは物事をアウトプットするにはいいんですけど、インプットするには「なんで机の前のお前の角度に合わせないといけないんだ!」となりますね。

すかぢスマホ1つでなんでもできるという時代が来たとしたら、美少女ゲームは一定数の需要はあると思うんですよ。じゃないと、今の若い子がやる理由になりません。技術革新でいきなり状況が変わったりするので、「美少女ゲームが死んだ」と言い切るのはどうかなと思っています。

島田そもそも死んでないですからね!

山川まだ死んだなんて誰も言ってないですよ(笑)。

一同笑

すかぢわかったわかった。じゃあ俺が言おう……美少女ゲームは死んだ!(笑)

島田死んでないんですよ!(笑) 死んでないから、今回アニプレックスエグゼという企画を立ち上げたんです! すかぢさんがおっしゃったように、ライフスタイルに合えばおもしろいと思える人たちが絶対にいるジャンルなので、どうやって遊んでもらうかというところに舵をきっていかないといけないだろうなと思います。

山川外国では自分たちでも投稿できるインタラクティブノベルが大ブームなんです。ほとんどが学園を舞台にしたどうでもいい内容のものが投稿されていて、読んでいるのはほとんどが女子中高生らしいですよ。

すかぢなるほど。もう美少女ゲームも参入障壁をゼロにして、プロもアマチュアも自由に作れる状態にすれば文化として花開くんじゃないですかね。そのくらいのほうが我々もやりがいがあると思うんですよ。素人に負けるくらいだったら我々もその程度ですし、そういう過渡期に達していると思います。

島田近年のゲームだと『ぬきたし』もそうだし、『MUSICUS!』(※14)とか『さくら、もゆ。』(※15)とか、めちゃくちゃおもしろくて。それ以外にもたくさんおもしろい美少女ゲームがあるという状況を考えると、何も悲観することはありません。

※14……美少女ゲームブランド OVERDRIVEの最終作。クラウドファンディングで開発資金を集め、1億円を超える金額を調達したことでも話題に。

※15……『さくら、もゆ。-as the Night's, Reincarnation-』。FAVORITEのアダルトゲーム

――美少女ゲームユーザーが高齢化しているという話も耳にします。

山川美少女ゲーム業界が高齢化しているわけではなく、もっと引いてエンタメ業界全体が高齢化していると思うので、気にしなくていいんですよ。

すかぢこれだけは言っておきたいんですけど、うちのメーカーは高齢化していないんです。プレイヤーからのアンケートハガキの中央値はいつでも20代前半です。美少女ゲーム業界自体が歴史が古いのものですけど、それでも若い子がわざわざ選択してやってくれる文化だというのは誇れることだと思います。ユーザーさんにも感謝したいですね。

島田作品の中のネタなどを見るに、『ぬきたし』を作っている人は若いだろうなと感じます。

石井かなり若いと聞きますね。18歳の子もいるとか。

島田そういった若い人たちが作っているんだろうなと思うと希望ですよね。

――一方で、最近は美少女ゲームの盛り上がりよりも、ブランドの消滅や解散などのネガティブなニュースが話題になることが多い印象です。

山川会社は無くなっても人がいなくなるわけではないですから大丈夫。

島田会社の垣根を越えて、bambooさん(※16)やtororoさん(※17)が『マブラヴ』の新作(※18)に参加するという情報も出ていますよね。

※16……OVERDRIVE代表。
※17……元サーカス代表。『マブラヴ』の統括プロデューサーを務める。
※18……アージュの人気シリーズ。新作として、『Project MIKHAIL』、『Project Immortal』(どちらもプロジェクト名)、『マブラヴ インテグレート』の3作が発表されている。

すかぢ僕はブランドがなくなるって新陳代謝だから別にいいと思っています。うちの会社も含めて老舗ブランドが残っていなきゃいけない理由なんて存在しないので、新しくできたメーカーさんが頑張ってくれるんだったら、そっちにフォーカスしてほしい。

山川別に出力先が美少女ゲームである必要はないんですよね。ブランドがなくなったら「すべてが崩壊した」みたいな見え方になるかもしれないけど、ほかの仕事をしているだけで、敗れ去って消えたわけではないんです。

島田世論がそういうふうに持っていきたいんですかね。

山川なんでお店が閉店することを潰れるというんでしょうね。移転しただけかもしれないし。

すかぢそれでも、30歳前後の方々と仕事をしていると、やっぱり美少女ゲームのメーカーに思い入れがあると感じます。自分たちからするとエロゲー業界の人達なんて、ただ運がよくて波に乗ってきただけの得体のしれないアホな連中なんですけど(笑)、多くの若い子にとってはブランドは自分の青春だったりするんです。たとえば制作チームが解散してしまったminoriさんでいえば、minoriの人たちがバラバラに仕事をすることは全然できますけど、やっぱりユーザーとしてはブランドとしてのminoriさんが好きで、自分が憧れたものが消えてしまった悲しさはあるみたいな。

島田自分の青春が失われてしまうみたいな感覚はあるかもしれないですね。

すかぢブランドを掲げているってそういうものなんだろうなと。

日本と外国の違い

――外国の動向はいかがでしょうか?

山川うちは外国の売上のほうが若干多いです。やっぱり最近になって中国が入ったのが大きくて、日本だとみんなが知らないようなタイトルが外国で2万本弱とか売れていたりします。

すかぢ『サクラノ詩』を翻訳したいと要望が結構来ているみたいですね。

山川Steamで販売したときに日本の売上と差異が出るのですが、翻訳がダメだと人気がある作品でもダメな気がします。ほとんどの要素が文字ですから、そりゃそうですよね。ちなみにうちは翻訳に手間を掛けているので、ちゃんと評価も高いです(笑)。『ATRI』も責任を持って自分たちで翻訳しました。

島田ドキドキ文芸部!』(※19)など海外の人たちが作って話題になっているゲームもたくさんありますね。

山川Sakura Spirit』(※20)は何十万本も売れていてびっくりしました。

※19……チーム・サルバトによって開発されたビジュアルノベル。ネタバレ厳禁な内容が話題に。
※20……Winged Cloudによるビジュアルノベル。Steamの海外製ギャルゲーの先駆け的な存在。

すかぢTwitterで海外のうちのファンと海外のKeyファンが叩き合っているのを目撃したことがあって、昔の日本という印象を受けたんですよ。互いのブランドのファンが叩き合うって、いまの日本じゃほとんど起こらないけど海外で起きている。『Sakura Spirit』発売年を94~95年の日本の美少女ゲーム業界と考えれば、ヒットしたのは妥当なんじゃないかと。ここ2、3年ぐらいですごい勢いで物語が消費されているので、いま同じものを出したとしてもたぶん売れないと思います。

島田Steamのギャルゲーは加速度的に進化しているように思えます。難しいところは価格の考え方が各国それぞれ違うところで、この文量に対して払う金額はこれだという常識は国によって違いますよね。

山川だから外国では短いほうが有利なんです。4MBのシナリオを作って80ドルで売ったりすると「はぁ!?」といった反応が返ってきます。外国のユーザーからすると40ドルが限界なので、短く切ったほうが全然いいですね。

石井確かに、「ゲームはこの値段だ」という文化はそれぞれの国で違いますね。

山川日本はエンタメの値段が全部高いんですよね。

島田いまは中国だったり北米だったり他の国だったり、海外の盛り上がりが逆輸入されるパターンもあるんだろうなと思います。日本ではそんなに盛り上がっていないんだけど、どうやら海外の人たちが盛り上がっているからじゃあやってみようとか。『ドキドキ文芸部!』は海外の人たちの反応が早かったですよね。