いい子いい人優等生に
がんじがらめで生きてたら、
それに疲れて
悪いことしたくなるんだよね
私は社会人なりたての頃、
4人の人と不倫してて。
同時じゃない、順番にね!
…そういう問題じゃないかっ笑
そのことをちょっと前に人に話して、
その時ふと思ったんだよ。
自分のやらかした話って、
優等生にとって
悪い意味で快感なんだって…
なぜか?
通常運転の自分は、
”できる・そつなくこなせちゃう”だから!
崩れる自分ってものを
出すチャンスがないから!
いざ自分の失敗談を話す機会があると、
表面は「あちゃ〜」って雰囲気で喋ってても
内心はウハウハで、
”自分はこんなにできない
ところもあるんです〜!”
ってアピールしまくり。
え、きもい
”できないこと”に憧れてるんだよ、本当は。
できない自分を素直に出せることに憧れてる。
でもそれができなくて、
自分に降参できなくて、
空回る。
だから、
”悪いことができる自分”って、
おいしいんだよ。
「ねえねえ、私って
こんなに悪いこともできちゃうんだよ!」
ってことを聞いてほしい。
「へ〜!キミって実は
そんなこともする人だったんだね!
なんだ〜そうなんだ〜一緒だ!すごいね!」
って認めてほしい。
親近感を感じてほしい。
なんだそれ
本人は失敗談を話している気でいるけど、
周りからしたら
どんな自慢話だよ!って聞こえてんの。
普段はデキる私が、
たまにはこんなこともやっちゃえる♡
っていう自慢話。
もう〜優等生めんどくさすぎ
私のことだけどね
"私はできる子"が土台にあると、
失敗談さえ
鼻にかけた自慢話しかならない。
聞いてて、面白くない。
本人は、
「わたしってこんなに
イケナイこともしてるんですよっ!」
て思ってるけど、それ、
できないことができる
って強調してるだけ。
ほんとご愁傷様。
イタすぎ。
だから今まで、その手の話で
周りが冷ややかな反応だったんやな。
自分が期待してる反応と違うから、
いつも内心は戸惑ってたもんな〜
できるならできる子でいいんだよ。
できないこともできないままでいいんだよ。
自分の中には等しくどちらも存在してる。
きのうまでセッションしてたけど、
自分ができてないって自覚するのって、
とても痛みを伴う。
今まで、できると思ってきた分。
できてると思ってきた分。
無自覚に他人のことを気にして生きてきた分。
私は私が飽きるまで言う。
優等生は、どんなに
「これが優等生だよ」って言っても
気付かないからね。笑
私にはそれは当てはまらない、
もうクリアした部分って思ってるからね。
どれもこれも私。
私はこれからも優等生だし、
優等生のまま、優等生の辞書を作りたい
ゆたにえり