温泉
その後、砂浜で軽く遊んでいる内に日も傾いてきたので宿に戻り、影に日程を訪ねた。
「そういえば会議は何時だ?」
「勇者殿たちの入浴と食後でごじゃる」
「そうか」
風呂と飯を食ったら会議か、どれだけ奴等から情報を引き出せるか、全ては俺に掛かっている。
その前に……。
「じゃあ風呂行って来る」
「あ、はい。私達も直ぐに入浴してきます」
「おう」
と、ラフタリア達を置いて、俺は風呂に入りに行った。
「ふう……」
和風の露天温泉に浸かり、空を見ながら息を吐く。
温泉地でもあるからか、ここの所、毎日風呂に入れるのはスッキリして良いな。
体が重たいのも大分良くなって来た気もする。
まだステータス的には治っていないけど。
なんていうか体がだるいのに慣れてしまっているのかもしれない。
と、気分良く入浴していたのだが。
「お? 尚文じゃねえか」
……元康が浴場に入ってくる。
槍は何処だ?
と、良く見たら凄く小さな槍に変化させて腰に付けている。
やはりそうなるよな。俺も盾をなるべく小さくさせて背中とかにつけているし。
肌身からは外せないが、付ける所は変えられるのが救いだよな。
元康は掛け湯をした後、温泉に入る。
「二日酔いはもう大丈夫なのか?」
「てめえが言うのか?」
「お前が勝手に食ったんだろ。俺は食えとは言ってない」
「まあ、お前の世界も別の日本らしいし、体質の違いってことにしておいてやるよ」
「はいはい」
ま、酔った事無いけど。
そもそも翌日はビッチ共に看病してもらって楽しかっただろう。
二日酔いでそれ所じゃ無かったのかもしれないが。
「おーい。中々良い湯だぞ」
元康が誰かに向かって大きな声をあげる。
誰に言っているんだ?
「そんな事は分かっていますよ。ここに来て何日目だと思っているのですか」
樹とその取り巻きの男共がゾロゾロと入ってきた。
そして元康を見た樹が表情を濁す。
「……アナタには会議で色々と言いたい事があるのですから程々にしてくださいね」
「それはこっちの台詞だけどさ、温泉だぜ? 楽しまなくちゃ」
何を楽しむんだ?
と、思って目を向けるといつの間にか錬やその仲間の男もいる。
まあ、今日は会議だからなぁ。こういう事もあるか。
「ごしゅじんさまー」
垣根を飛び越えてフィーロが男湯に来る。
もちろん魔物の姿で。
「ん? どうした?」
「ごしゅじんさまと一緒に入りたい」
「お前は鳥だ。別の湯に入れ。というか、風呂じゃなくて行水でもしていろ」
「やー」
ワガママな奴だ。
まあ……。
「抜け羽とかはちゃんと処分するんだぞ」
「わーい」
フィーロが俺の隣で湯に浸かる。
「……フィーロちゃんと混浴」
元康が何かいやらしい目でこっちに近づいてくる。
フィーロは俺を盾にして逃げた。
「フィーロちゃん。是非天使の姿に」
「や!」
こいつもしつこいな。どんだけ天使が好きなんだよ。
そもそも鳥と混浴がそんなに楽しいのか? 俺には理解できん。
なんて風に入浴していると元康がはしゃぎ始める。
「でさ、パーティ交換やってみたけどさ。お前等、仲間の子で一番の美人って誰だと思う?」
うわー……凄くくだらない話題を提案した。
旅行じゃないんだぞ。いや、元康からすれば異世界旅行なのか?
錬や樹も微妙な顔をしている。
けど、樹は話を合わせる為に考え出した。
「後さ、もうお前等、ヤった? 俺は……フフ」
元康が果てしなくウザイ!
何をしたいんだコイツは。
というか発言に童貞臭さがあるぞ。本当にモテ男だったのか?
とてつもなく不快な気分だ。入ったばかりだが出るか?
「なあ、尚文、お前はもうラフタリアちゃんとヤッたんだろ?」
「なんで俺に話題を振る」
話し合うような仲でも無いだろうに、コイツは。
というか、女王との一件で俺を親の仇みたいに睨み付けていたのは誰だったか。
この軽いノリが勇者に必要なのか? まさか。
「良いじゃねえか。今回の催しは友好を育む為なんだろ?」
「何を勘違いしているんだ?」
まあ、表向きはそんな風かもしれないが、本当は情報を引き出す為だ。
いや……元康からしたら友好なのか。
女を奪うという字を友好に摩り替えたのだろうが。
錬も樹も覚えがあるのだろう。メッチャ不快な表情で元康を見ている。
「とりあえず俺的美少女ランキングを話そうぜ」
「断る」
「不毛ですね」
「趣味じゃないな」
とは言いつつ、錬も樹も元康を黙らせない。
相手にするだけ無駄だな。
「俺的にはアバズレとラフタリアちゃんとフィーロちゃんとリーシアちゃんかな」
「……」
元康の好みって何なんだよ。
全員種類がバラバラじゃないか。顔が良ければなんでも良いのか。
「そうですね。アバズレさんは何だかんだで元姫ですからね。性格が悪いらしいですが、僕の時は普通に対応していましたし」
樹が話しに乗ってきやがった。
鎧は……何か樹の耳元で囁く。
微妙に聞こえるぞ。
なんか、樹に自分が好みの外見の相手は誰か話している。
どいつもこいつも浮かれやがって。
「まあ、女王は性格が悪いと言っていたが俺も気にならなかったな」
と、錬も便乗した。
お前……趣味じゃないんじゃなかったのか?
「むしろラフタリアさんの方が性格がきついですよね。クソ真面目というか、頭がすごく固いですよ。でも顔は凄く整っていますよね」
「だろー」
「……確かに、顔は良いよな。性格悪いが」
だからなんでお前等、元康のペースに飲まれているんだ。
文句を言うのは簡単だが、相手をしたくない。
というか性格が悪いんじゃなくてお前等のラフタリアへの扱いが悪かったんだろ。
「フィーロかわいい?」
事もあろうにフィーロが俺に尋ねてくる。
「さあな」
「ぶー……」
「俺の中ではフィーロちゃんが一番可愛いよ。だから天使の姿になって――」
「や!」
元康の奴、そんなにフィーロの人型の姿がツボに嵌っているのか?
自分でフィロリアルでも育てれば似た様なのになるだろうに……。
「リーシアちゃんも健気な可愛さがあって良い……樹、羨ましいぞ」
「いや……彼女は……」
樹の奴、なんか照れくさそうにしている。
正義の味方であるために何でもする奴だ。俺の中ではリーシアが、マッチポンプで樹の仲間にされたのではないかという疑惑も膨らみつつある。
「そんな奴いたか?」
錬は視界の外にいたっぽいな。
まあ、樹の仲間って樹の基準で動いていた可能性も否定できないし……錬や元康相手には猫を被っていたのかもしれない。
そもそもリーシア自体が幸薄いというか、自己主張する子じゃないからな。
錬から見れば地味な奴でしか無かったのか。
「という事はみんな俺と同じ認識なんだな」
「まあ、大体はそうですよね。顔だけならですが」
「……」
俺と錬は無言で無視する。
というか、なんなんだろうな、この会話。
いや、男なんてこんな物だが。
「フィーロそろそろお姉ちゃんの方に帰るね」
「ああ、さっさと行け」
「うん!」
と、元気良く頷いたフィーロは垣根を飛び越えて女湯に戻っていった。
さて、そろそろ出るか。
なんか元康がハイテンションで男だけの話を繰り広げそうだ。
「なあ尚文、お前はラフタリアちゃんと何処まで行ったんだ?」
「またか、だからそんな関係は無いって言っているだろ」
「いやぁ。ラフタリアちゃんは想ってるぞきっと」
「何を戯けた事を」
「じゃあ何かアクションとか無かったのか?」
「無いな」
「いや、じゃあラフタリアちゃんが迫ったとかさ」
「迫るとか無いな。そもそもアイツは子供だぞ」
「鈍感か? じゃあさ、ラフタリアちゃんが服を脱いだとか無いのか? 服とか鎧で良く分からないけどプロポーションも良いんだろ?」
相手をしないと何処までも着いてきそうだな。
本当に面倒な奴だ。
「そういえば以前――」
行商をしていた時の事。
温泉地で有名な地方に売りに行った時だった。
宿にやはり温泉があって、風呂に入ったんだ。
「ナオフミ様……」
その日の晩、湯上りのラフタリアが部屋で調合中の俺に話しかけてきた。
何か、タオルを巻いただけの姿で、俺に恥ずかしそうにしていたのを覚えている。
ラフタリアは何を思ったのか大きめの布……タオルを解いて自分の体を見せた。
「ど、どうですか?」
筋肉が程よく付いていて、乳房も前に抱き締められた時には大きいと知っていたし、邪魔になりそうだとかも思った。
なんていうか、ふっくらしていて、何処からあんな力が出るのかとも思ったな。
髪は濡れていたし。
背中に傷跡があるらしかったが、今は見る影も無い。
前に見せてもらった時に、そういった傷跡にも効く薬があったので塗ったからな。
なんか恥ずかしそうにラフタリアは俺に全身を見せていた。
「まあ、大分良くなったんじゃないか? 出会った頃とは雲泥の違いだな」
「え? あの……それだけですか?」
「何かあるのか?」
俺の問いになんかラフタリアが絶句するかのようにポカンと口を開けていた。
「後、何時までも裸になっていると風邪を――」
「あー! お姉ちゃんが裸になってる!」
フィーロが部屋に戻ってきて大声を上げる。
そして着ていたワンピースを脱いで全裸になってこっちに突撃してくる。
「フィーロも混ぜてー!」
「混ぜません! なんですか」
普段は裸のフィーロがいる手前、下手に裸になっている人型の時は脱ぎたがるんだよな。
「という事はあったな」
「この鈍感野郎ーーーー!」
元康が何か怒りの形相で俺に拳を振るってきた。
バジっと拳をつかんで停める。
「いきなりなんだお前は」
「それは露骨なアピールだろうが! 据え膳を食わないとは不届き者が!」
「何を言っているんだ。さっきから言っているだろ? ラフタリアは子供だ。しかもクソ真面目のな。そんな事を考えているはず無いだろ」
下手に関係を持ってみろ、波との戦いのときに妊娠して戦力外。とかになるだろ。
そんな事をあの使命に燃えているラフタリアが望むはずも無い。むしろ嫌悪しているはずだ。
俺はラフタリアが戦いやすいように環境を整えてやる事をモットーにしている。
「筋金入りなのか……信じられねぇ」
元康の奴、なんか勝手に納得して後ずさった。
その後、元康は瞬間的に切り替え、今度は垣根に目を向ける。
「ここは男ならお約束のノ・ゾ・キをするのが勇者としての勤めだよな」
「何が勤めだ!」
「ほら、お前等も気になるだろ?」
こりゃあ正義馬鹿の樹が黙っていないぞ。
「ダメですよ。そんな事をしては」
とか言いながら樹の奴、元康を大きく止めず、近寄っていく。お前もか。
鎧やその他の男も興味があるのか垣根に集まりだしている。
女王よ。別の意味で友好は深まっているみたいだぞ。
「くだらないな」
などと、ほざいておきながら錬は湯船から出ようともしない。
もうコイツ等とは付き合っていられない。
「長湯も程々にな」
俺はいい加減ウンザリしてきたので、風呂から出た。
「なんだよ尚文、付き合わないのか?」
「だから興味が無い」
リアルの女の体を見て何をしろというのだ。
タダでさえ、ビッチを思い出して不愉快になるというのに。
そもそも下手にこんな場所に留まれば、また謂れの無い罪を被せられるかもしれない。
君子危うきに近寄らずと言う。無難に部屋で影とでも話していれば何かあってもアリバイは作れるだろう。
「すげえ鈍感。ラフタリアちゃんの苦労がわかるわ」
「言ってろ」
お前の中のラフタリアは俺にホの字で、関係を持ちたいと虎視眈々と狙っているのだろうが、現実は違う。俺を勇者として尊敬しているだけだ。そんなラフタリアからの期待を裏切って何になる。
まったく……英雄色を好むとは言うが色を好み過ぎるのはどうかと。
元康はきっと、波を乗り越えた後、女関係で揉めるな。
ビッチによるビッチのためのパーティは決壊寸前だし。
「ふう」
湯上りに部屋で涼んでいた。
先程まで影と雑談していたのだが、何やら情報が来たと言って消えた。
やがてバタバタと足音が聞こえてきて、タオル姿のラフタリアが駆け込んでくる。
「ナオフミ様!」
「なんだ? 元康達が覗きをしていたのが見つかったのか?」
「あ、はい! 今、他の勇者と正座しています」
まったく……まあ、影の監視付きだったしなぁ。こういうのは友好を深めるとか言って黙ってそうだけど。
そういえばこの世界での覗きの基準ってどうなんだろう?
俺の世界の基準だと、江戸時代とかは覗き用の穴が銭湯にあったらしいし。
ここは男湯とか分かれていたけど、別の宿とか地方だと混浴とかも割りとあったしなぁ。
「ではなくて! ナオフミ様は?」
「なんで覗きをせねばならない」
俺の返答に何やらガックリとラフタリアが項垂れる。
「他の勇者とお話をして少しは目覚めたのかと思ったのに……」
「目覚める?」
異能力とか盾の真の力とかか?
目覚めたいな。生憎何も無いが。
「お姉ちゃんどうしたの?」
帰ってきたフィーロも項垂れたラフタリアに首を傾げる。
「さあな」
何がそんなにラフタリアを落ち込ませたんだ?
「何を落ち込んでいる。元康に裸体でも見られたのがショックなのか?」
「見られてません!」
「そりゃ良かったな」
「はぁ……もう良いです」
風呂から上がったばかりなのに疲れた表情でラフタリアは戻っていった。
ちなみに戻ってきた後理由を尋ねたが、答えてくれなかった。