カルミラ島ジンクス・流行編
昼過ぎに帰ってきた訳で、ラフタリア達と話をしていたけれど、夕方にはまだ早い。
薬や魔法の勉強をするのも良いが……前と同じく砂浜で遊ぶのも良いな。
と、思いつつ、気分転換に市場を散策する。
「ラフタリアは何か必要なものはあるか?」
「今の所は無いですね」
「フィーロお腹空いた」
「はいはい」
屋台で軽めの食事をフィーロに与えて、散策すると人だかりに遭遇する。
この先は……。
「待ってください。まだ在庫は存分にあるから押さないで、並んでください!」
この声は……詐欺商だな。
儲かっているじゃないか。ジンクスで売るのは大成功のようだ。
「あ!」
ん?
高い足場から並ぶように指示をしていた詐欺商と目が合う。
詐欺商は足場から降りて人ごみを掻き分けて俺の方へ走ってくる。
「盾の勇者様!」
コイツに勇者と名乗った覚えは無いが……まあ、島に勇者が来ているとかは周知の事実だろうし、なんとなく雰囲気が違うのくらいは察したか。
で、盾を装備している勇者となれば分からなくも無い。
「繁盛しているようじゃないか」
「ええ! 全ては盾の勇者様のお陰です!」
「何かしたのですか?」
ラフタリアとフィーロが首を傾けながら聞く。
「ああ、実はな――」
この島に来た初日での出来事をラフタリアとフィーロに話した。
俺が行ったグレーラインの悪行を聞いて、ラフタリアは納得した様に頷く。
「ああ、ですからモト……槍の勇者と来た時には閉まっていたのですね」
もはや様をつける事すらしなくなったのか。
まあ、しょうがないか。
ラフタリアの中で勇者とは尊敬に値しない存在になってしまって来ているんだなぁ。
一応、反省はしているけど。納得は出来ていないのだろう。
俺も呼び捨てで呼ばれたりするようになるのだろうか。
……何か違和感がありそうだ。
「俺にはいつまでも様付けで呼んでくれよ」
「はぁ……?」
様付けで呼ばれ続けるように頑張らないとな。
首を傾げるラフタリアを余所に詐欺商との話を再開する。
「で? 俺に何のようだ? 礼を言うだけとかなら一つでも多く売れ、閉店時間になったら話はしてやる」
「ち、違いますよ。どうか店に来てください」
「何故だ?」
「色々とお礼がしたいのです」
「ふむ……」
儲かっているのだから金回りが良いだろうし、礼というのも少しは期待が出来るか。
一過性の儲け話に心が浮いているのかもしれない。もらえる物は早めにもらっておこう。
後で何を言われても問題無い様に言葉を選ぶとするか。
「わかった」
詐欺商は俺が頷くと、店へと案内した。
……前の仮設テントではなく、ちゃんとした石造りの商店だった。
既に移動済みか。どれだけ儲かっているんだ。
店の前には人の列が出来ている。ジンクス商法恐るべし。
「こちらです」
店の裏手に回り、裏口から店内に入る。中には売り子をしている商人がめまぐるしく動いてテキパキと例のアクセサリーを売っている。
その裏の作業場では、どうも鉱石からアクセサリーに加工している職人が交代制で作っているようだ。
……儲かり過ぎじゃないか? 一瞬で鎮火しないか不安になってくる。
というか、島に来ている冒険者の総人口ってどの程度なんだ?
考えてみると分からなくなってくる。
「近々、島の神を祭る祭壇にも出店ができるんですよ」
もはや、観光名物なのと神社とかのお守り化しだしている。
「で、礼とはなんだ?」
「これです」
と言って渡されたのはブレスレットだった。カルミラ島原産の……。
ミラカブレスレット(経験値アップ小)
品質 最高級
赤い……血の様な綺麗な宝石が施されている。
効果もかなり優秀だ。品質も高い。
「つーか、本当に経験値アップって効果付いてやがる」
「この島原産のミラカ鉱石で作られた最高品質のブレスレットです。是非お礼にと準備していました。あ、付与効果は偶然の産物なので別のアクセサリーにもある訳じゃありません」
まあ、そうだよな。本当に付いていたらジンクス販売じゃないし。
というか経験値アップ系のアクセサリーなんて実在したのか、そちらの方が驚きだ。
「ミラカ鉱石ね」
作業場にあった鉱石をついでに目利きしていた。
どれも品質がよろしくない。なんていうかクズ石ばかりだ。
ここまで戦闘の役に立つのを探すとなると難しいだろう。
「相当高いんじゃないか? 見た感じ、ここまで良い品質を維持するのは難しいだろうし」
「やはり分かりましたか……そうです。ミラカ鉱石は品質の悪さが最大の短所でして」
「ふむ……」
「宝石に匹敵する程となると……」
「こんな希少な物をもらって良いのか?」
「はい。これの単価よりも遥かに良いものを私は盾の勇者様に学ばせてもらいました」
「どういう意味だ?」
俺は商売するなら相手が喜んで金を出すようにしろとだけ注意したはずだが。
「私は今まで、商売とは相手の弱みを握る事だと思っていました。ですが、盾の勇者様の商法を実践してみて思ったのです。ああ、これが本当の商売なのだと」
それまで詐欺商は、客から掠め取るように物を売るものだと思っていた。
だけど、俺に言われた商法をしだしてから、客が嘘のように大金を支払うようになり、それでいてみんな笑顔で商品を買っていく。
恨みを買わず、こんなに気持ちの良い商売があるのだと初めて知ったのだという。
「そんなものかねー……流行は廃れるから、前の生活に戻りかねないのを注意しろよ」
「そこは既に手を回しております。ご安心を」
「お? 何をしているんだ?」
「ちょっとした協力者がいましてね」
と、手で協力者を詐欺商は指し示す。
……アクセサリー商がスマイルで俺に手を振っていた。
お前も島に来ていたのかよ。
「さすがは盾の勇者様、こんな僻地で面白い新たな商法を生み出してくれましたよ」
「この店と商人仲間のスポンサーでございます」
「おまえか……」
金の匂いに敏感なのか? まあ、そうだろうとは思っているけど。
商人なんてそんな物だが、金の亡者の会合みたいで嫌だ。
「今やカルミラ島のアクセサリーはうなぎ登りの勢いですよ。はっはっは」
「まあ、程々にな」
実際に効果は無い訳だし。
最悪、調子に乗り過ぎてこちらに被害が来た場合の対策を考えておくか。
「ええ、ですが。そういう噂で成功した者が多数。誰が真実を追い求めるでしょうか? こちらは宣伝なんてしていませんよ?」
腹黒いオーラを出しつつ、両商人は笑う。
嫌な顔だ。
骨の髄までしゃぶられるな。この島は。
「後は噂に色を加えるだけですよ」
「……何をするつもりだ?」
「それはお楽しみですよ」
「なんとも……」
「盾の勇者様も店を持ちませんか? 私でよければ幾らでも援助いたしますよ。何なら私の店の店長になりませんか?」
「お前の後を継ぐつもりはない」
俺は知っている。
薬屋の店主からコイツが俺に商売ギルドか何かの後を継がせたがっているというのを。
「そうですか。いつでも待っていますから私の店に遊びに来てくださいね」
「……行ったら帰って来れ無さそうだから勘弁してくれ」
「お連れの方にも何か良いものを見繕いましょう」
「お? 太っ腹だな」
「ええ……太り過ぎて破裂しそうなくらい儲かってますので!」
笑いが止まらないって顔で詐欺商はアクセサリー商と一緒にいる。
あれは商売の暗黒面に飲まれている顔だ。
恐るべし、商売。
人に嫌われる暗黒面もあれば人に喜ばれる暗黒面もあるとは……覚えておこう。
結局、ラフタリアとフィーロにもそれぞれミラカシリーズのアクセサリーを貰った。
ラフタリアは剣の柄に付けるストラップ。フィーロは靴紐のストラップだった。
ミラカストラップ(スタミナ回復、中)
品質 最高級
ミラカストラップ(魔力増強、中)
品質 最高級
「なんか悪いですね」
「気にする必要は無いみたいだし、貰っておこう」
奴等の影が笑っているような気がするのは気付かないようにしよう。
アイツ等にはアイツ等の生きる道がある。
後で偽物を掴まされたと暴動が起きても俺は知らない。
もしも謂れの無い罪を上げられても、このアクセサリーを見せて、俺も被害者面すれば良いだろうし。
「一応、何か問題があっても俺たちの所為じゃないからな」
「存じておりますよ。盾の勇者様は心配性ですね。まあそこは商売人としては正しいですが」
「ちゃんと約束は取ったからな。後で責任を俺に擦り付けようとしたらお前等がどうなるか分かっているだろ?」
「「ええ、覚悟しております」」
ハモって言いやがった。
まったく……本当に分かっているのか?