新型コロナウイルス感染症の治療につながるか? 回復した患者の「血しょう」を用いた治験が、ついに始まった

新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の2つの治療法が米国で認可され、治験が始まった。いずれも発症後に回復した患者の血液から抽出された血しょうを用い、ヒトの免疫系が細菌に対抗するために生成する抗体からつくられるものだ。どちらの治療法も、多くのリソースを必要とする重症化を抑えることが期待されている。

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AKIROMARU/GETTY IMAGES

世界的に感染が拡大している新型コロナウイルス感染症「COVID-19」に対する2つの治療法について、米食品医薬品局(FDA)が全国規模での治験の実施と、それと同時並行するかたちで数百の病院において実際の治療に用いる計画を承認した。

この2つの治療薬は、回復期血しょう(血漿)と高免疫グロブリンと呼ばれるものだ。どちらも感染症であるCOVID-19から回復した人の血液から抽出され、ヒトの免疫系が細菌に対抗するために生成する抗体からつくられる。

「これは研究において重要な領域のひとつです。回復した患者の血液からつくられた治療薬の使用により、COVID-19が治癒する可能性があります」と、FDA理事のステファン・ハーンは今回の治験の発表に寄せた声明で述べている。「FDAは、回復期血しょうへのアクセス拡大の促進を目的とし、産業界、学術機関、政府当局間の提携を築くための重要な役割を果たすことができました。このことは、危機に際して米国民を救うため、われわれがいかに団結して迅速な行動をとることができるのかを確かに示した素晴らしい一例です」

100年前からある手法の応用

すでに医師たちは、COVID-19の重篤患者に対してほとんど手当り次第に抗ウイルス薬をはじめとするさまざまな治療薬を投与している。なぜなら、それ以外に選択肢はないからだ。

米国ではCOVID-19専用に認可された医薬品やワクチンは存在しないので、あらゆる新たな可能性に期待がかけられている。科学者たちは有望な複数の治療薬の試験を進めており、回復期血しょうと高免疫グロブリンも対象に加えられることになった。

ほかに治療薬としての可能性が期待されているものとして、エボラ出血熱用の治療薬であるレムデシヴィルや、特に大きな期待がかけられている抗マラリア/免疫抑制剤のクロロキンおよびヒドロキシクロロキンなどがある。

ある疾病から回復した人の血液製剤を使用するという手法は100年前からあり、これまでにもワクチンや抗生物質に用いられてきた。1918年、ポリオに対する血液製剤の使用からヒントを得たマサチューセッツ州のある海軍病院の医師ふたりが、インフルエンザから肺炎を発症した患者にこれを試験的に投与し、十分な効果が得られたことから、さらなる試験が実施されることになった。

有効性に関する実際の研究の質は長い年月においてばらつきがあるものの、医療従事者は重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、エボラ出血熱に対して回復期血しょうを用いてきた。そしていくつかの研究(小規模で予備的なものではあるが)では、回復期血しょうが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にも効果を発揮する可能性があるという結果も出ている。

すでに始まった回復期血しょうの投与

こうした背景から、FDAは既存の患者に対する血しょうの確保を進めると同時に、研究者にはより厳密な研究を開始するよう求めることになった。「これは周知の事実であるかのように思えますが、もしかしたらそうではないのかもしれません。この治療法には、長きにわたってさまざまな特定の利用法が存在してきたのです」と、メイヨー・クリニックの生理学者のマイケル・ジョイナーは言う。彼は今年3月、COVID-19の治療法を模索する研究者による特別連合チームの立ち上げを主導した人物だ。

ジョイナーは今回FDAに承認された治療法に関して、40カ所での治験の実施をとりまとめている。また、科学研究についてはジョンズ・ホプキンス大学の研究者らが中心的な役割を担うことが決まった(ジョイナー自身もまだ医学生だった1980年代に、B型肝炎予防として今回の治療薬の変異形であるガンマグロブリンの投与を受けている)。

すでに一部の病院では、重篤な状態にあるCOVID-19患者に対して回復期血しょうの投与を実施している。これは「コンパッショネート使用」と呼ばれるもので、今回のケースではFDAから緊急の「臨床試験用新医薬品」認可が下りたことで可能になった。コンパッショネート使用とは、患者に対してほかに治療の選択肢がない場合に、通常なら処方を認められない医薬品を医療従事者が処方することを認める制度だ。

ヒューストン・メソジスト病院の病理学および遺伝子医学部長であるジェームズ・マッサーは、ジョンズ・ホプキンス大学の免疫学者で、今回のパンデミック(世界的流行)の早い段階で回復期血しょうの使用を提案したアルトゥーロ・カサデヴァルの友人のひとりだ。マッサーはこの提案に乗るよう病院に働きかけ、ドナーの呼びかけ(新型コロナウイルス検査で陽性が確認され、最低14日間無症状であることが対象者の条件となっている)を進めている。

ヒューストン・メソジスト病院は、すでにコンパッショネート使用による輸血を実施している。「昨日までの時点で4人の患者に輸血しました」と、マッサーは4月2日に語っている。彼はこの時点で、4日には5人目の患者に血しょうの投与を行うことになるだろうと話していた。

効果はあったのか?

では、効果はあったのだろうか?

「実のところ、まだそれを語るにはあまりにも時期尚早です」と、マッサーは言う。「全国的に比較対照試験を実施する必要がありますし、何よりもこれが安全な治療法なのか判断しなければなりません。安全だと考えられる理由は数多く挙げられますが、実際どうなのかはわからないのです」

これまでは、血しょうをこのような直接的なかたちで治療に使用する場合は、基本的に患者1人ずつをベースに実施してきた。しかし、今後はその規模が拡大されることになる。

FDAの承認内容のひとつがアクセスの拡大だ。これは各地の多数の血液ドナーから集めた血しょうを全国各地の数百もの病院に送り、まだ人工呼吸器が必要ではないがCOVID-19の症状が悪化し始めた患者に投与できるようにすることを目的としている。

FDAはジョイナーが所属するメイヨー・クリニックに対し、各地の病院での血しょう利用に対する単一の許可権限を与えた。また、国内では血液の回収および輸送能力において右に出る組織はないとみられる米国赤十字社が、流通を主導するという。

重症化を避けられるか

実際のデータ収集用の治験は、ジョンズ・ホプキンス大学および全米各地の病院で並行して進められる。科学者たちは血しょうによって、人工呼吸器を必要とするほどには症状が深刻化していないCOVID-19患者の状態が改善するのか知りたがっている。

もし改善が見られれば、リソースを多く必要とする重症化を避けることにつながる。また一部では、新型コロナウイルスに接触していながらも感染には至っていない人々に対して血しょうが投与されるという。ウイルスに晒されたあとに実施できる予防策は、感染者と接触することで大量のウイルスに晒され、なかには完全な防護装備を着用せずに業務を続けている可能性もある医療従事者たちにとって、文字通り「救命具」になるかもしれない。

血しょうのコンパッショネート使用に加え、ヒューストン・メソジスト病院は新たに承認された治験体制を導入する機関のひとつだ。ウィスコンシン大学マディソン校も同様で、同大学の麻酔専門医であるウィリアム・ハートマンがこの規定に関する調整を進めている。

「わたしたちは特に重篤な患者をいかに救えるかを探っています。患者の症状を軽減し、感染期間を短縮する方法を見つけるよう取り組んでいます」と、ハートマンは語る。ウィスコンシン大学も、すでにドナーの呼びかけを進めている。「呼びかけを始めてから、わたしへのメールや病院への電話での問い合わせが寄せられています」

困難に挑む専門家集団

実際のところ、ドナーを見つけ、血液から血しょうと高免疫グロブリンをつくり、それを必要としている病院に届けることは、すべての過程のなかで最も困難と言えるかもしれない。そのうえ、それをドナーと提供を受ける患者へのインフォームド・コンセントのガイドライン内で実施し、結果データの追跡を継続しなければならないのだ。

これらを実現させるには、医療従事者、医学研究者、そして献血センターの運営者の協力が必要となる。しかもこの話が1週間も経たないうちにまとまったのだ。

「わたしたちは高い専門性を有し、深い知見をもった人々が所属する全米中のトップ機関と対話を重ねています」と、メイヨー・クリニックのジョイナーは言う。「それにこのような規定に対応し、リサーチやコンプライアンスを理解することができる真の専門家たちがいる数多くの組織とも話し合いを進めているのです」

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感染拡大を防ぐには、位置情報による“監視”も許される? 新型コロナウイルス対策の有効性と倫理

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、グーグルフェイスブックがユーザーの位置情報データを政府と共有する検討を始めた。人々の移動パターンを割り出せればウイルスの拡散に歯止めをかけられる可能性が高いが、その実効性や倫理的な課題、プライヴァシー保護などが議論の的になりそうだ。

TEXT BY WILL KNIGHT
TRANSLATION BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

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ELENA LACEY; DEBORAH KOLB/GETTY IMAGES

グーグルフェイスブックは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を食い止めるために、数百万人に上るユーザーの位置情報データの利用を検討している。感染拡大の状況を把握するだけでなく、6フィート(約2m)の距離を置くといった呼びかけが機能しているか調べるためだ。

データの分析結果は政府機関と共有されることになる。米国政府は今後数週間で、過去に例を見ない公衆衛生の緊急事態に発展する可能性が高い今回のパンデミックを抑え込もうと、必死になっている。

グーグルとフェイスブックの内部関係者によると、データは匿名化されており、ユーザーのプライヴァシーには最大限に配慮しているという。これらの内部関係者たちは、どういった場所に人が集まっているのかを大まかに把握することが、ウイルスとの闘いにおいて必要不可欠だとも主張している。

人々の移動パターンを割り出す

感染の拡大を阻止できなければ、米国の医療システムが崩壊する恐れがあることは確かだろう。ただ、テック大手によるユーザーの行動の追跡を巡る懸念は、これまで以上に高まっている。こうした状況で政府とのデータの共有が実現すれば、プライヴァシーと監視に対する市民の反応を探る上での試金石になるはずだ。

位置情報の集計データを公開している企業は、これまでにもいくつかある。しかし、グーグルやフェイスブックが数百万人に上るユーザーのデータを集計して政府に提供するのだとすれば、それは初めてのことになる。

関連記事グーグルが公開した位置情報の変化から、新型コロナウイルスが「人の移動」に与えた影響が見えてきた

この種のビッグデータからは、人々の移動パターンを割り出すことが可能だ。人の動きがウイルスの拡散にどのような影響を及ぼしているか知るには、データを相互参照する必要がある。ジョージア大学地理空間研究センターを率いるマルガリート・マッデンは、「パンデミックという状況での人々の行動を教えてくれるビッグデータに、研究者として興味はあります」と話す。

「ただ一市民としては、民間企業がこうしたデータを政府機関に提供することに対して、あまりいい気持ちはしません。データがどのように使われるのか完全に理解すると同時に、利用規約に記されている以外のことには使われないと確信できるのでなければ、当局がデータを入手することには不安を感じますね」

集団の行動パターンの分析が重要に

ハーヴァード大学公衆衛生大学院の准教授キャロライン・バッキーは、新型コロナウイルスの感染の広がりを予測する上で、こうしたデータが特に力を発揮するかはわからないと指摘する。ウイルスの拡散経路や正確な感染者数が不明であることに加えて、状況は急速に変化していくからだ。バッキーは過去に、携帯電話の通信データを活用した伝染病の感染拡大モデルについて研究したことがある。

一方で、大勢で集まらないといった政府の指示に人々が従っているかを確認するには、非常に有効だろう。バッキーはまた、感染率が一度下がってから再び上昇するようなことが起きた場合、集団の行動パターンの分析が重要になる可能性があると説明する。

例えば、社会的距離を確保することが感染阻止に実際に有効だと証明されたら、それを再び実施することでパンデミックの再発を食い止めることができるからだ。これは疫学の研究者にとっては長期的な研究テーマとなる。

グーグルとフェイスブックのユーザーデータを活用するというアイデアそのものは、3月半ばに開かれたホワイトハウスとテック大手幹部との会合で浮上した。そして計画は具体化しつつある。バッキーによれば、全体の傾向を調査するためのもので、いかなる個人情報も収集しないという。

また、今後も長期的に人々の動きを監視する予定はない。彼女は「データ利用にはかなり制約があります。それでも、社会的距離の確保という政策の効果を見るには非常に役立つはずです」と説明する。

個人の特定が絶対に不可能な匿名化が重要

グーグル、フェイスブック、Uber、携帯電話各社などは以前から、匿名化した位置情報の集計データを研究者向けに提供している。ハーヴァード大学のバッキーは、ケニアでマラリアの感染拡大予測モデルの作成に携わったことがあるが、この際は携帯電話が発する電波情報を用いたので最大数百メートルの誤差があった。これに対し、グーグルやフェイスブックが収集しているモバイルOSおよびアプリからのデータでは、精度がより高くなるという。

バッキーは位置情報データについて、復元して個人を特定することが絶対に不可能なかたちで匿名化することが重要だと指摘する。「懸念があるのは当然です。ただ、いかなる意味でも個人を追跡するものではありません」

フェイスブックは現在、感染症の拡大をモデル化することを目指した「Data for Good」というプロジェクトを進めている。プロジェクトを率いるローラ・マクゴーモンは次のようにコメントを出している。

「新型コロナウイルスに関して研究者やNPOは、感染拡大の様子を理解し、またそれと戦うために、匿名化したデータを使って作成したマップを活用できます。これらのデータは、データの利用に同意したユーザーから収集されたものです」

感染拡大のモデル化も可能に

今回の政府との話し合いでフェイスブックは、単にデータを提供するだけでない。感染拡大のモデル化にも取り組むようだ。

Facebookのモバイルアプリのユーザーデータからは、シアトルおよび市郊外東部への平日の人の流入が、通常時の半分に落ち込んだことが明らかになっている。この研究はシアトル近郊のベルヴューにあるInstitute for Disease Modelingが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団およびフレッド・ハッチンソンがん研究センターと共同で実施したものだ。

フェイスブックはチャップマン大学などと協力して、感染が集中的に起きているホットスポットのある地域とない地域で、人の動きがどう違うかを調べている。ウイルス拡散の原因となる動きのパターンを見つけたり、新たなクラスター(感染集団)の発生の予測に役立つことが期待される。

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Facebookユーザーの位置情報データから作成された地図。2月22日からの1週間、香港の人の動き(オレンジ色)と新型コロナウイルスの感染例(ピンク色)を記録した。IMAGE BY SHENYUE JIA/CHAPMAN UNIVERSITY

フェイスブックの最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグは3月半ばに実施されたヴィデオ通話による記者会見で、政府機関が新型コロナウイルスの拡大状況を把握するために米国民の通信データを利用しているという報道は「大げさだ」と語っている。グーグルはこの件に関してコメントしていない。

こうしたなか、テック企業は相次いで新型コロナウイルスとの戦いに協力する姿勢を打ち出している。例えば、マイクロソフトリサーチ(MSR)はほかの研究機関などと共同で、コロナウイルスをテーマにした過去の研究に使われたデータを人工知能(AI)で利用できるように変換する試みを始めた。

非常時であれば許されることになる?

感染症の拡大を阻止するためとはいえ、一般のユーザーがテクノロジーを駆使した“監視”にどのような反応を示すのかは不透明だ。ウイルスに感染した可能性のある人を探すために、個人間の接触を特定できるアプリを開発している研究チームもあるという。

位置情報データ以外でも、顔認識ソフトウェア開発を手がけるClearview AIは、感染者と接触した人を割り出すために自社システムを提供する方向で当局と協議を進めていると報じられている。ソーシャルメディアへの投稿を分析してアウトブレイク(集団感染)を割り出すツールを開発している企業も存在する。

世界では今回のパンデミックへの対応に、テクノロジーを積極的に活用している国も多い。中国や韓国、イスラエルは、いずれも個々の感染者の追跡に位置情報を使っている。一方、米国では政府がネットワークプロヴァイダーやIT企業からデータを取得する場合、通常は司法の判断を仰ぐことが必要となる。

ただ、電子フロンティア財団(EFF)の専門家はこれについて、非常事態においては国民の自由を保護するための手続きの一部を省略することは可能との見解を示している。EFFのブログには、「新型コロナウイルス感染症であるCOVID-19の拡大阻止に向けた取り組みが続くいま、ビッグデータの使用の一部は正当化される可能性がある」と書かれている。

「ただし、それは公衆衛生の専門家が医学的に必要と判断した場合に限られる。個人情報を扱う場合は具体的なニーズに対応するものでなければならず、国籍など特定の要件に基づいたデータ収集は認められない。また、事態が終息すれば緊急時の特例はすべて失効する」

ワシントン大学准教授でテクノロジーと倫理の問題を研究するライアン・カロは、「緊急時でもリスクは普段と同じです」と言う。「つまり、政府の行き過ぎた行動、監視国家のような気味の悪いプロジェクト、不十分なセキュリティー対策、特定のモデルが一時的には機能しても、すぐにダメになるといったことです」

カロは一方で、「それでも非常事態であることは確かです。わたし個人としては、より詳細なデータに基づいた政策決定を可能にするために必要なことは受け入れるつもりです」とも言う。これから予想される事態を考えれば、同じ意見の人は多いかもしれない。

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