第2話

 今10月だろ? 知ってる。さっき督促状で見たから。問題は時刻。


 長らく昼夜逆転生活を送っていたのだ。ただならぬ眠気も頷ける。


「飛び出して来てから言うのもなんですけれど、晩餐というには早すぎますよね」

「そ、そうですわね。わたくしちょっと肌寒くなってきましたわ……」


 午前8時の街は当然ながら閑散としている。駅周辺というわけでもないから出勤する社畜どもの影すら見えない。見えてたまるか。


「でも、懐かしいですわね。わたくしの住んでいたところによく似ています」

「へえ。そうなんですか」


 やっべー、会話続かねえ。なんか姫様、ニコニコして俺の言葉待ってるけど相槌以外特に言うことねえよ!


「と、いうか勇者さま? 失礼ですがお金って……?」


 そうだった。危ない危ない、コンビニで下ろしておかなければならないのだった。


 近くにコンビニは、っと。


 寂れた病院や、需要があるか分からぬカプセルホテルと質素なビル。10年前の俺にとっては十分すぎるお誂え向きの都会だった。駅から遠いことも相まって、ここらも潮時だろうなと考えているうちに、あった。


 閑静な住宅街の入り口にぽつねんと立ち尽くす、コンビニ。


「見てください勇者さま! コンビニですわよ! コンビニ!!」

「分かってますって……あっ、ちょっとどこ行くんですか!」


 彼女は、散々コンビニを見つけてはしゃいでおきながら、それとは少し違った方向へと駆けて行った。その靴、ヒールが折れやしないか。


 腹を揺らしながら追いかける……これも筋トレ。果たして彼女の向かった先はコンビニの駐車場。残念ながら俺がコンビニに入ることは叶わないらしい。何故なら。


「ぁあ?! なんだテメエ」

「花本くん、逆ナンじゃないっスか~?」

「うひょ~っ!! さすが花本先輩だぜ! 南中学の頭とってるだけありますねえ!!」


 よくある光景だ。何度こういう風景に出くわして飯を食えない日を過ごしたことか。


 所謂、不良ってやつだ。しかも中学生の。いつも咥えタバコで、しゃがみこんで威圧してきやがるんだ。だから俺はできるだけ殺気を消しながら、相手を刺激しないようにコソコソとコンビニに入るのだが、彼らは相手が弱者と察すると奪い取る生き物なのだ。


 喧嘩に明け暮れた毎日、下剋上の世界。弱肉強食社会の縮図と言えよう。だからこそ。


 ……1回カツアゲされて、泣く泣く家に帰ったんです、ハイ。だからこいつら不良が溜まってるときは飯を諦めます。


 それをなんだ、この姫様は。


「お退きなさい、下賤な民よ。勇者さまがお通りになりますのよ」

「ハァ? 何言ってんだこいつ」


 奇遇だね。俺も同じことを思ってしまったよ。


「ハッキリ申し上げますわ……邪魔よ」


 フン、と鼻を鳴らし得意げに胸を張る姫様。あの、その態度はまずいかと。


「ちょ……」

「調子乗ってんじゃねえぞてめえ!!」


 恫喝。不良3人組が一斉に立ち上がり姫様との距離を詰める。


 本来ならばここで不良が顔を見下し、舐めるように覗き込み、胸倉をつかむところだろうな。だが、そうはいかない。何故なら彼女は異世界人だから。


「なっ、なんだてめえ、見下しやがって!?」

「見上げているのはそちらでしょう。なんですのその態度は、場合によっては実力行使もいとわないですわよ」


 もちろんヒールのある靴を履いているということもあるが……彼女は背が高い。男子中学生風情など、見下してしまうほどに。


「あ、ちょっと……実力行使はやめた方が……」


 この局面になって俺はやっと駐車場に足を踏み入れた。遠巻きに見守っていては男が廃る……そうだろう?


「姫様、ちょっと落ち着いて……」

「姫様ァ?」


 花本と呼ばれた金髪の不良が、愉悦をその口端に浮かべて嘲る。


「てめえ今この女のことを姫様って言ったか? ウケんだけど。じゃあ何か? お前ら良い歳こいて冒険ごっこかよ!! ええ!?」


 そんなことはしていないと反論したかったが……できなかった。


 たしかに彼の言うとおりである。姫様……スズコはどうか知ったことではないが俺は現実を投げ出し28歳の今までネトゲで冒険を続けていたタチだ。この状況がどうあれ、とにかくその事実だけが俺の喉に粘っこく張り付いて否定できない。


 ……要は、図星なのだ。


「てめえさっき、実力行使つったよなあ? 上等だよ、受けて立ってやる」


 ポキポキと指を鳴らす不良ども。テンプレートの如く花本君の配下と見える二人は「やっちまってくださいよ花本先輩!」「オレ、ついでにこの女の服ひんむいていいっスか」などとけしかけている。


 ……服ひんむくだァ!? そりゃちょっと、中学生のおイタにしては限度をこえているだろう! だけど、まだ異世界転生していない俺には「ふぅ、やれやれ。このチカラを解放する羽目になろうとは……あの世で後悔しな」なんて隠し玉もないわけだし。


 ねえ?


 だから、俺なんかが割って入ったところでねえ?


「お、おい! いい加減にしろ!!」

「……魔法詠唱」


 意を決して体当たりを仕掛けた、そのときだった。


「威力倍加!」


 どこかで聞き覚えのある呪文だな、と思ったその刹那。不良たちは粉々に砕け散った! って、これはウソ! 流石にウソだけど。


 目にも止まらぬ勢いで、駐車場を囲うフェンスに叩きつけられ目を回す不良どもの姿がそこにはあった。


 痛快愉快。満を持しての大勝利! と高らかに宣言したいところではある。が、流石にこりゃやりすぎってもんだろう。というか、こっちの世界で魔法なんて使っちゃダメでしょうが。


「流石勇者さま、お見事ですわ。でも、異世界転生すれば今よりもっと、それはそれはもう比べ物にならないくらい強くなれますわよ?」

「……お金下ろしてきます」


 このことについては最後の晩餐でも食べながらゆっくり話すことにしよう。

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