謎の男「私が来た!」
壊された羅針盤「解せぬ」
〈振り子の羅針盤〉、これはユグドラシルにおいて近くのモンスターやプレイヤー、周囲のアイテムに反応し相当レベルを測定するアイテムであった。
自身の魔力反応や姿などをアイテムやスキルで隠すプレイヤーは多々いたが、自身が装備するアイテム全てにわざわざ隠蔽データクリスタルや魔法を使うプレイヤーは珍しい。
なぜならユグドラシルではほぼ全てのプレイヤーが80lv相当以上のアイテムを持っているし、特定のアイテムを遠くから探知する場合は自身への防御系スキルや魔法で妨害でき、近くから測定されるならそのまま反撃すればいいからだ。
アイテムのレベルを測定される意味はほとんどなく、遠くから索敵・感知系のアイテムを普通に使われれば防御魔法やカウンタースキルを使えばいいと考えるプレイヤーは多い。
そこでガーネットが探索でよく使っていた手の一つに、〈振り子の羅針盤〉が近づいてきた存在のレベルを測定し大きく針が動き終える前に壊し、針の初動の速度でレベルを判断することだった。スキルを使わず、測定し終わる前にアイテムを壊すことによって相手のカウンタースキルに感知されず、こちらは何かが近付いてきたという情報を得るのだ。
ガーネットは振り子の羅針盤が反応した男たちの方を見る。
(……何だ? この鎧の男が乗ってる……ハムスター? ジャイアント・ハムスター? ハムスターに騎乗するのがこの世界の一般常識なのか?)
一瞬何を見ているのかわからずに放心したガーネットは、この光景がこの世界の常識なのかと思い影から周囲を見渡す。しかし、周囲の住民も遠巻きに囲んでひそひそと囁いているので、目の前の光景はこの世界でも可笑しい光景なのだろう。
大剣を背負った鎧の男がつぶらな瞳の可愛い巨大なハムスターに騎乗している。中身が屈強なオッさんでも、誰もが振り向く美男子でも、全身を覆う黒い鎧では非常にアンバランスな組み合わせだろう。中身が超絶美少女だとしたら、合わなくはないかもしれないが。
(鎧の人がどういう成り行きでああなったかは知らないけど、可哀想に。いい大人があんな公開恥辱プレイされてたら恥ずかしさで肩身狭いだろうな。周りも立派な魔獣だとか、なんて力強くも恐ろしいとか褒め称えてるし。……えっ? 立派?)
ガーネットは聞き間違いかと思い、周囲から聞こえる声をスキルで集める。ハムスターを見る周囲のざわめきからは、“素晴らしい偉業”やら、“英知溢れる瞳”やら“森の賢王”やら、“立派な魔獣”とかいう黄色い感嘆しか聞こえなかった。
(……俺のセンスがずれてるのか? 改めてそう見ると確かに立派な魔獣に見え……ない、な。うん、どう見てもでかいだけのハムスターだ。えー、いや、えー。…………まぁ、いいや、なんでも。とりあえず羅針盤は何に反応したんだ?)
これ以上考えても仕方がないと思考を切り替えたガーネットは、ハムスターの男の周りの、遠巻きに見ている人たちではない数人の武装した人間たちを見る。彼らの荷馬車からはガーネットが都市の一部で嗅いだ薬草の匂いを感じて思わず顔をしかめた。
針の動いた速さから鑑みるに、彼らの誰か、もしくは彼らの持つアイテムが最低でもlv50相当以上であることは間違いないだろう。それはこの世界に来てから見たレベルとは格の違う存在である。〈ストーカー〉の職には個々のレベルを判別するスキルもあるが、何者か分からないままスキルを使って反撃に合うのは避けたい。
この世界の強者か、それともナザリックの手の者か、もしくは同じユグドラシルプレイヤーか。ガーネットはナザリックでかつて配置したNPCを思い返すが、あのような鎧は見た覚えがない。しいて思うなら赤い布がたっち・みーさんを連想させるアイテムだなと思うぐらいだろう。
そうやって誰がこの世界の強者かを影の中から考察していたが、ハムスターの影から現れた女性によって答えを得る。服装が知っているものと違ったので一瞬わからなかったが、後ろから現れた女性の名はナーベラル・ガンマ。ナザリック地下大墳墓の第九階層を守るよう設定されたNPCで、戦闘メイドプレアデスの一人である。ならば羅針盤はナーべラルに反応したのだろうか。ナザリックのNPCだと気づいたガーネットは警戒心を格段に上げる。
このハムスターに騎乗した鎧の男もナザリックのNPCだろうか。ナーベラル・ガンマ、あれはレベル60程度の魔法詠唱者だっはずだ。バランスを考えるとレベル50以上はある前衛職だろうか、鎧の男は新しく召喚した傭兵モンスターの可能性もあるかもしれない。ガーネットはその正体を探ろうと僅かな情報も落とさないように彼らの話に注意を向ける。
──―「取り敢えずは街に着きましたし、これで依頼は完了ですね」
──―「はい、おっしゃるとおり、これで依頼完了ですね。それで……規定の報酬はすでに用意してありますが……森でお約束した追加報酬をお渡ししたいので、このままお店の方まで来ていただけますか?」
彼らは冒険者と、その依頼主なのだろうか? 彼らの立ち位置を見るとナーべラルと謎の男は仲間のような印象を受ける。男はナザリックから冒険者になるためにこの街に来たのだろうか、それとも鎧の男は現地の協力者か。ならば一体何者なのだろうか──―? そう思考を重ねていたたガーネットだったが答えはすぐ知ることになった。
──―「それではモモン氏はこれから組合の方であるな!」
(ももんし? ──―ももん氏──―ももん、氏──―モモン!?)
モモンと聞いて思い浮かべる名前は一つはしかない。
(え? あれってモモンガさん? なんでハムスターに乗ってるのあの人……。うわー、街中で大の大人が恥ずかしくないのかな。モモンガって名前だしもともと
モモンと聞いて鎧の男がモモンガと結びつき混乱するガーネットだったが、他の可能性もあることに気づく。もしかしたらナザリックのNPCや召喚モンスターがモモンガさんの名前を一部借りてるだけかもしれないのだ。それならばまだモモンガさんの名誉は守られる。
それにあれがモモンガさんだとしたら、モモンガから“ガ”の文字を抜いてモモンと名乗る意味が分からない。偽名として“モモン”と名乗っているとしても、ユグドラシルプレイヤーなら有名なDQNギルド長の名前を知らないはずもないので、ぶっちゃけ一文字違うだけで変わらない。もし近くでアインズ・ウール・ゴウンの名前が出たり、現地人とは違う強さを見せたりしたらモモンガとの繋がりを考えないプレイヤーはいないぐらいだ。それともそれを敢えて狙っているのだろうか? そう思ったガーネットは彼らの会話を引き続き盗み聞く。
──―「申し訳ないですが明日再び組合の方に……時間に初めてお会いしたときと同じくらいに来ていただけますか?」
──―「了解しました」
(はい。モモンガさん確定。完全にモモンガさんの声じゃん……。なんなのモモンって……、いや名前としては悪くないよ? でもなんでモモン? 偽名か? それ偽名の意味あるのか? この世界に対して偽名使う意味ってあるのか? あるとしたら俺みたいなプレイヤー相手だろうけど……、これが名前隠すための偽名だとしたらバレバレだよな。……相変わらず名前に関してはどっかずれてる人のような……。それともやっぱり改名に気づく人間を見極めている?)
ガーネットが大きなハムスターに乗った社会人が街を練り歩くという残念な図を頭に描いている間に、彼らは依頼主の店まで行くメンバーと、魔獣の登録をするメンバーに分かれていくらしい。頭上の冒険者を見逃さないようにロックをつけて、影から抜け出したガーネットは人込みに紛れるようにそこから離れるのだった。
◆
この都市の二つ目の壁を乗り越えたガーネットは音も姿もなく、壁内のかなりを占める広めの墓地に降り立った。
(姿隠して来てるってことは、情報収集なんだろうけど……。いーなぁ
ガーネットは探索役のくせにまともに情報収集ができない己とモモンガさん──―モモンを比較して嘆く。冒険者として、一人の人間として活動できるのなら、わからないことは誰かに聞けばいいし道を尋ねても教えてくれるだろう。目的の場所に行くだけであれこれ思考を巡らせなきゃいけない己の現状と比べると悲しくなる。
モモンガさん自ら情報収集に来たのだろうが、NPCのナーべラル・ガンマがいる時点で他にも来ている可能性は高い。すでにこの都市はナザリックに囲まれてる前提で動くべきだろう。
しかし同時に、この世界が
向こうもこの世界の情報が集まらないうちは派手に動かないだろうから、すぐにこの都市から脱兎のごとく逃げ出す必要性はないだろう。むしろモモンガさんがこの都市に入って慌てて逃げていくものがいないかを監視する者がいてもおかしくはない。というか、ユグドラシルでアインズ・ウール・ゴウンをPKしようと集まる者を炙り出す際の監視をガーネットもよくやっていた。
しかし
そこでガーネットが考えたことは、モモンガさんが冒険者として動いている今夜のうちにこっそりこの都市から脱出し、道の途中で先ほどロックした冒険者が来るまで待って影に入り、王都へと向かうことだった。
冒険者の影に潜んで何食わぬ顔で都市から抜け出せればいいのだが、ナザリックが検問所に監視の目を光らせている可能性を考えるとそれは難しい。影に潜むスキルは、主に敵をやり過ごしたり仲間の影に潜んで奇襲をかけるためのものであり、隠密に関していえば万全とは言い難い。
そこでガーネットが考えたこの都市から抜け出す方法は単純な話で、地下を掘って進むというものだった。真下に300mほど掘り進み、そこから慎重に森に入るまで突き進み、再び300m上に掘って浮上する。そんなめんどくさい、いわばバカみたいな方法まで対策するのは全盛期のナザリックならいざ知らず、モモンガさんしかプレイヤーがいない今はできないだろう。
そういった理由から、ガーネットは地面を掘っても問題がなさそうなこの都市の外周部の四分の一を占める巨大な墓地へと来たのだった。
墓地なんかに特に見るものもないだろうとガーネットは一瞥するだけだったが、事前に下見をしておけば良かったと後悔する。索敵・感知系スキルを一部解放し、新しい<振り子の羅針盤>をイベントリから取り出す。
するとガーネットはこの墓地の地下から多くの反応に気が付いた。何か多くの存在がこの広い墓地に集まっているのが分かる。
「<サイバーフォース> <インフォーメションサイコバリアー> <背徳> <五分の魂> <魔素検査> <魔眼・透視> <熱感知> <生命感知> <重層看破> 」
ガーネットはホムンクルスに関連する数値を上昇させるスキルを使い、周囲に対情報系の電撃系のカウンタースキルを発動させる。自身の防御ステータスを減らすことで索敵魔法の成功率を上げ、自身の生命反応を小さくし分散させる。辺りの魔力の流れを掴み、ニンジャの魔眼を発動させて熱と生命反応を探し、地下深くまで見通せるように魔側にスキルを重ね掛けする。
改造系のスキルで自身を防御し、改めて地面に向けて感知・索敵スキルを使う。そこには150を超えるアンデッド、それに竜の形をした非生命体のなにか、そして幾人かの人間がいる空間に、ここから離れた霊廟から入れる構造があることがわかる。魔力の名残から何かしらの儀式をしているようだった。
(これはアンデッド……だな。モモンガさんの<アンデッド創造>でできたアンデッドか? いや、でもこんな低レベル作っても意味はないよな。もしかしてこの都市の防衛設備の一つか何かか? どうする? この都市を攻撃するためのナザリックの準備だとしたら低レベルしかいないうちに確認したほうがいいのか?)
ガーネットはこのアンデッド達がナザリックのか、都市の防衛力か黙考し、とりあえずアンデッドが何者か確認するだけにしようと考える。無害ならばとりあえず地下に大きな空間があるんだし、そこから穴を掘ってショートカットすればいいかと考えて霊廟へと向かうのだった。
◆
霊廟へとたどり着いたガーネットは石扉をすり抜けて中に入る。ガーネットの目には一つの彫刻が緑に淀んでいるように見え、恐らくそれが中に続くためのギミックだったのだろう。しかし低レベルの仕掛けであり、シーフ、ハイシーフ、アンチトラッパーの職を得ているガーネットにとってはすぐに回復するスキルで素通りできるレベルの仕掛けであった。
仕掛けを無視して中に入ったガーネットは低レベルのゾンビの集団と、呪文のようなものを熱心に確認しあうフードを被った男たち、そして土の中で動かない
暫く辺りを確認したガーネットは、どうやらこの人たちはアンデッドを管理する国のお役人さんのようなもので、ここは陰ながら都市を守る防衛施設なのだろうと判断する。彼らの顔は上の都市の住民と似たような、つまり普通の人間でありナザリックとは無関係だということがわかる。この世界のアンデッドがどういう存在か分からないが、この都市の防衛力の一つとして彼らが管理しているのだろう。
夜遅くまで働く彼らに心の中で敬意を送ったガーネットは、彼らの邪魔にならないよう隅まで移動してクナイで片手から血を流し〈口寄せ〉をする。
「〈口寄せの術〉」
そう呟いたガーネットは血の紋様が異空の鍵を開くイメージを脳裏に浮かび、目の前に2mほどの蛙が現れる。今回口寄せした忍獣は、lv28の五色蛙といい色は黄色で属性は雷と酸の忍獣である。人間達にバレないように蛙に幻術をかけ、イベントリから神器級武器の“雷雲の竜刀・黒”を取り出して蛙を中心に丸い切り込みを作り、蛙はこちらの意図を察して酸を出して地面を溶かしていく。
地面を溶かし始めて一時間経っただろうか、ガーネット達の穴はすでに200mほどの垂直の穴までなっていた。酸で溶けてビチャビチャの泥になったものはフランケンシュタインの怪物のスキル<感電>で焦がして固め、ガーネットの持つ〝かわきのつぼ〟というアイテムで吸いあげていく。出入り口はナザリックで部屋にかけた幻術と同じものをかけることで、依然何も変わっていないかのようにごまかしている。
そのまま蛙と場所を変えながら、二徹の恐怖に怯えつつ穴を溶かして進めるガーネット達だったが、上に新たな生命反応が増えたことに気が付き、蛙を踏み台にして100mを超える高さを飛び越えて穴の入り口へと戻る。そこにはゾンビのような男と、猫のようなマントをした女、それに抱えられた目を怪我した少年が入ってきていた。穴から頭を出して<振り子の羅針盤>を確認すると40lv前後という値が出ておりガーネットは驚く。この二人はこの都市の実力者なのだろうか、都市防衛の責任者か何かだろうか。そんな彼らを出迎えて役人たちが騒ぎ始める。
「カジット様! お待ちしてました!」
「我々、いつでも死の祭典の準備はできております!」
「ふん、バカのせいで時間はない。さっさと始めるぞ、急げ!」
「ただいまー。いやー待たせちゃってごめんねー。途中から楽しくなっちゃってさー。じゃ、あとこれよろしくねー」
そう言って女は少年を男たちに渡し、再び地下から出ていった。その少年の目は切り裂かれており、動く素振りも見せない。
治療でも始めるのか、そう考えていたガーネットの前で男たちが少年の服を脱がしはじめ、やけに透けた服へと着替えさせ、最後に頭に雲の巣に似たサークレットを慎重に被せる。その瞬間、ぼーっと立っていた少年は一つの道具になったかのようにまっすぐと立った気がした。
(…………な、なんだ、こいつら? この国の役人とかじゃなかったのか? いい歳した男たちが少年を脱がせて代わりに透けた服を着させるって、ペロロンチーノさんでもそんなゲームは……やってそうだけど、リアルでやっちゃダメだろ。え? マジで何してんのこいつら? ……ん? てゆーかこの少年どっかで見た気が……)
男たちは少年を霊廟の方へと連れて行き、ガーネットもそのあとを追いていく。
彼らが何をしてるのか気になるのもあったが、この少年に見覚えがあることが引っ掛かっていた。
そして少年を霊廟の中心に置き、アンデッドのような男とやけに緊張した顔つきの部下らしき男たちが囲み始め、手をかざして少年に魔力を送り魔法を唱え始める。
「「「<
その瞬間魔法陣が浮かびあがり、その外、つまり霊廟の外の地面が一斉に盛り上がり始めるのを感じる。それと同時にガーネットはこの少年をどこで見たかをようやく思い出した。そしてそれが指し示す意味に気づいたガーネットは、この世界に来て
(おまッ──、この人間ッ、モモンガさんの
「ふははははは! 素晴らしい、素晴らしい力だ! さぁ! エ・ランテルを死の都市に変えてやろうではないか!」
ガーネットは〈振り子の羅針盤〉をあと50個ぐらい持ってます。
捨てられない症候群じゃなくて、消耗品としてたくさん持ってる感じですね
イメージ的にはパイレーツオブカリビアンのジャックが持ってるコンパスみたいなイメージです
ちなみに反応してたのは、モモンガさんが装備してた聖遺物級のアイテムと死の宝珠です
そして今まで後書きとか、文中で何度か説明しましたけど、このアイテムに出番はもうないかなー、あと一回ぐらい出るかもぐらい?
五色蛙 lv28 色に沿った属性を持ち、接触ダメージがある。目標に向かって自爆する。倒されても爆発する。
イメージ的に赤色は 火 土、青色は 水 氷、黄色は 雷 酸、黒色は 闇 毒、白色は 聖 光 属性って感じですね
真面目な公務員達から、変態集団、そして目の前で化け物(モモンガ)を呼ぶ儀式を始めた(巻き込み)自殺志願者に、ズーラーノーンの好感度が乱高下した回でした。
来週は更新ありません。蓄えはあるけど、先の展開でどっちにするか悩んでるので変えるべきか変えないべきかまだ決めかねてるので
感想、評価、共に励みになります。誤字脱字報告あれば直します。
読んでくれてありがとう