ひろしまトリエンナーレ、空中分解へ。総合ディレクターが辞任し緊急声明を発表
今年初の開催を予定している「ひろしまトリエンナーレ2020 in BINGO」で、総合ディレクターの中尾浩治が辞任。緊急声明を発表した。
総合ディレクターが抗議の辞任。新設される「アート委員会」とは?
今年9月12日〜11月15日の会期で予定されている広島県初の大規模芸術祭「ひろしまトリエンナーレ2020 in BINGO」で、総合ディレクターの中尾浩治(アート・マネジメント・しまなみ代表)が3月31日付で辞任、緊急声明を発表した。
同芸術祭をめぐっては今年3月、実行委員会や企画部会とは別に、展示内容を事前選定する検討委員会設置の方針を県が表明。美術界からは「検閲に当たるのではないか」として大きな反発が起こっている。中尾の辞任と緊急声明は、こうした県の動きに対する抗議だ。
そもそもなぜ県は検討委員会を設置しようとしているのか? その背景には、芸術祭のプレイベントとして開催された「百代の過客」がある。「百代の過客」では、「あいちトリエンナーレ2019」の一企画である「表現の不自由展・その後」に出品された大浦信行の映像作品《遠近を抱えてPartII》(2019)が展示され、広島県に抗議が寄せられていた。
こうしたことを背景に、広島県の佐伯安史・商工労働局長は県議会の代表質問において「観光・地域経済・芸術の、各分野の知見を有する者で構成する、実行委員会とは独立した委員会を新たに設け、開催目的を達成できる展示内容を決定していきたい」「実行委員会の主催イベントであるか否かを問わず、トリエンナーレの枠組みに入るものは、すべてこの委員会に諮りたい」と発言している。
県の検討委員会は、4月10日の実行委員会において「アート委員会」として新設される予定だ。アート委員会を構成する委員は、観光・経済・芸術の各分野から「知見を有する者」を7名程度で、実行委員会が任命。その業務は、県庁観光課職員が主宰する「アート部会」の検討内容をもとに、展示内容を選定するというもので、選定は「原則全会一致」だという。
県の動きに対し、中尾は4月2日に湯崎英彦広島県知事と面談。湯崎知事は「広島は愛知とは違う。広島は芸術祭と観光祭のハイブリッドだ。(新体制で)一流のアーティストが来ないのならしかたない」と発言し、新体制案について再考の意思はなかったという。
その結果、中尾は「当初の趣旨と異なる事業となることが明確になったこと、さらにそれに伴って、表現の自由という芸術にとっての基本理念を脅かすような委員会機能が設立されることを受け、今後、本事業に参加しないこと」を表明した。
すでに実行委員会からは現代美術を専門とする2名が抜けており、加えてキュレーター3名とすでに参加が決まっていたアーティスト約30組(全体の7〜8割にあたる)が不参加となることが明らかになった。これは、同芸術祭の空中分解を意味する。
物議醸す作品を排除
中尾は9日の緊急声明で、アート委員会の「原則全会一致」について、「7名(程度)の内ひとりでも作品を問題視したりネガティブに判断したりすれば、展示から排除できる仕組み」と指摘。アート委員会の下部組織であるアート部会の主宰が美術関係者でなく県庁観光課職員となったことにも触れ、「ともかく少しでも物議を醸す可能性のある作品は展示させないという意図が読み取れる」と批判する。
中尾はこう続ける。「このような体制下で実行されるひろしまトリエンナーレは、はたして『芸術祭』と言えるのか。芸術祭であれば言葉通り、基盤は文化(現代アート)にある。様々な価値観を体現した作品を見、感じ、理解することで国内外の入場者が刺激を受け、想像を豊かにし、日常の世界を超えた外部を見、ときに日常の秩序に疑問を投げかけることを可能にする、そうした芸術との出会いが期待されているはずだ。今回編成された組織とその内容を見ると、観光や経済を最優先にしたトリエンナーレにしたいという趣旨が明確になった。瀬戸内国際芸術祭、岡山芸術交流と共に、瀬戸内海のアート・トライアングルをかたちづくる構想を持っていたが、このままでは、ひろしまトリエンナーレはたんなる観光祭であることが想定されその構想の一端を担うことはできなくなるだろう」。
加えて中尾が重視するのが、「ひろしま」という言葉の意味だ。「原爆が初めて投下された、重い歴史を負った、だからこそ、世界に向けあらゆる発信をするにもっとも相応しい場であり名前である。核保有が常態化する現在の世界に対しても、少数者かもしれない批判的な視点から発言することのできる場である。私たちの世界に広がる問題の数々に対して多様な見方を提供することを特質とする現代アートを基盤にする芸術祭であれば、日本のみならず海外に対しても誇れる文化の集いになるはずであるし、そうすべきである」。
「公になったアート委員会の設立やアート部会の運営は今後開催予定の多くの芸術祭にとって、あるいはこれまでの美術史を彩ってきた意義ある積み重ねに対しても大きな禍根を残すであろうし、世界から批判されることになるだろう。『ヒロシマ賞』という現代美術の世界では国際的に認知された賞がこれまで多くの海外作家たちに授与されてきたが、彼らの名をも汚すことになりかねない」。
ART BASE百島でディレクターを務めるアーティスト・柳幸典も、美術手帖に対して「ヒロシマだからこそ多様な表現が担保される芸術祭であるべきだ」「ヒロシマの人類史的意味を重くとらえて軌道を修正してほしい」と語っている。
中尾は「開催するからにはまともな芸術祭を。できれば違うかたちでもやりたいという気持ちはある」と語る。今回の中尾の辞任と緊急声明で、ひろしまトリエンナーレはどこへ向かうことになるのか。県の反応を注視したい。