by misumi on 7月 1, 20127:22 PM
奈須きのこの新境地――そしてビジュアルノベルの未来へ向けて




坂上:奈須さんはどんどんと仕事の幅を広げていらっしゃいますが、僕は特に『3/16事件』(xxii)における小説「MAGNITUNING」が刺激的でした。これは榎本俊二(xxiii)さんが描いたセリフなしの漫画を小説化するという試みですが、奈須きのこの新しいステージを強烈に見せつけられたという思いでした。

奈須:榎本さんは漫画家として確固とした世界観を持った人だし、上がってきた原稿も凄まじかったので小説化に際してはかなり頭を抱えました(笑)。漫画の表現として新しすぎたので、こっちも新しい小説の表現で闘うか、もしくは丁寧に再現するかのどちらかしかないなと思った。一週間考えた結果、あれと同じセンスを持った新しい表現というのは浮かばず、これはもう十五年間書いてきた自分のスキルを信じて、素直に小説家してみようと。それで面白かったら勝ち、つまらなかったら負け、と自分を追いつめてみた。スピード感を武器にするしかないと思ったので、一行でもかきはじめたら休まず最後まであげるしかない、とも。とてもスリリングな仕事でした。坂上さんの言葉通り、自分の新しい一面をむりやり剥いだ気持ちです(笑)。

坂上:あれは本当に凄かったと思うんですよ。「セリフも説明も一切ない漫画からこんな風にキャラクター設定を作れるんだ」と、テクニックに感動しました。

奈須:それはやっぱり十五年間の蓄積でしょうね。多くの人に見られるとその分経験値も貯まるので、闘ってきた時間が形になってくれたんだと思います。書き上げた時には、身の丈に合わない仕事を受けてしまったと思いつつ、この十五年間は間違いじゃなかったという手応えがありました。

坂上:雰囲気として、これまでの奈須さんのどの作品とも異なるものに仕上がっていたと思います。奈須さんの現代社会に対する見解がさりげなく入っている部分を特に楽しく読みました。今日のお話とも繋がっていますが、「物語が重要視される時代はとっくに終わった。今は個々のキャラクターたちによる呟きと、それを自己補完して再構成する読者たちこそが、最新の享楽者である。」といった文章を読んで、奈須さんはこういう視点も持っているのかという驚きがありました。

奈須:根がミーハーなんですよ。「やらおん」(xxiv)を見て、怒ったり、楽しんだり、悲しんだりしてるし(笑)。でも、そういったミーハー精神があるからこそ、今の感覚から大きくズレないでいる部分もあるでしょう。アラフォーの人間としてはネット以降の文化に対して注目すると同時に危機感も覚える。けれど、そう言えること自体が強みでもあるので、そのこと自体をエンタメにすれば意義も生まれる。ここ一、二年でジジイになった自分を楽しもうというように発想の転換が起こっていますね。

村上:基本的に奈須さんの作品は世界観を共有しているので、全く別の風景を見れたというのはとても面白かった。同じ世界観を用いるというのは、固有結界を張ってその深奥に潜り込んでいくようなところがありますよね。ゲーム制作の場合、同じ思想をスタッフと共有して盛り上げるという形になると思うんですが、榎本さんと仕事をすることで固有結界の外側が提示された感じがします。

坂上:これから先、様々なところで奈須さんの新しい試みを目にすることになると思うんですが、ビジュアルノベルの領域では現在どのようなことを考えていますか。

奈須:まず考えたいのは、今のフォーマットで可能な最高のご馳走を作るということ。『Fate』までははっきりフルコースを作っているという感覚があった。多少趣味の合わない部分があったとしてもこの物量なら満足してもらえるだろう、と料理を出してきたわけですが、次はこれしかないという極上の一品を作ってみたい。それが『魔法使いの夜』です。趣味の違う人が食べても、この料理がよく出来ていることは分かる、というようなADVを目指しています。その後はもう一度大鑑巨砲主義に戻りたいですね。そこに戻って、物語のヴォリュームと質、圧倒的なアクの強さを持った料理を出して、もう一度自分の世界観の是非を問いたい。オタク業界はこの先、速く広い集合知によって物語が作られていく世界になるのか、その中で巨大なタワーを作るようなやり方は通用するのかを、と自分とユーザーに問うてみたい。

武内:僕らが90年代の終わりにゲームを作り始めてから、時代の後押しもあって運よく今の位置まで来ることが出来ました。初めに作った『月姫』という作品を愛してくれたユーザーが今度は敏腕スタッフとして参加してくれることで『Fate』を作ることもできました。その意味でTYPE-MOONというのは非常に幸福で恵まれた環境にあるし、それはもうしばらく続くと思います。ただ、それとは別に世の中はもの凄い勢いで変化していて、それは物語の世界も例外ではないと思います。今でこそアニメは話題の中心になっていますが、2000年くらいにはほとんど話題にならない状況が続いていました。その時に僕らはビジュアルノベルの方で出てきて上手くいったわけですが、ジャンルの勢力という意味において状況は逆転しています。そうしたことを踏まえた時に、自分としてはゲームに執着せず色々なことも試したいと思っています。そもそも当時ゲームを選んだ理由は、それが一番目立っていたからです。ならば十年経って状況が変わった時に拘泥していたくはない。『月姫』の成功は自分たちにとっても宝になっているのでノベルゲームへの愛情を失うつもりはないですが、今アニメが強いのであれば奈須にもそれに挑戦していってほしいとも……

奈須:いやだー(笑)。

武内:虚淵さんを倒すんだよ!

奈須:あんな血も涙もない契約宇宙人と戦えません! スターシップトゥルーパーズは勘弁です!(涙)。

坂上:アニメ以外の映像作品に舵を切ることもあり得ますかね。

奈須:それはありますが、僕としてはどれだけ時代が変わろうと、物語を軸とした結晶が受け入れられるうちはそれを続けたい。その上で、ユーザーからそれはもういいですと言われたら、じゃあユーザーさんが好きな文化で面白いものを作ってみよう、と変わっていければいいわけですから。僕は美少女ゲームが大好きだったし、それで成長してきたのだから、これが通じるうちは最後まで付き合いたいです。このままソーシャルゲームが勢いを増していって、ゲームが安くて間口の広いものじゃないと売れない状況になった時に奈須きのこは邪魔なんですよ。味が濃すぎるので。そうなったら僕は喜んで引退し、アニメ業界に一兵士として入隊したいな……なんて。

武内:まあ、ソーシャルゲームを作る奈須きのこも見てみたいよね。これまでになかったゲームになるんじゃないかと思うし。

奈須:働きたくねー(笑)。 でも、先ほど武内が言ったことは正しくて、90年代まではアニメが王様だったんですよ。それが強くなりすぎて粗製濫造を始めたツケとして2000年くらいにはジャンル人気が低迷した。その隙をついて美少女ゲームが一気に勢いを増した。それまで十年間過酷な状況を生き抜いてきたゲームメーカーが、娯楽の先輩であるアニメ業界を押しのけたんですね。しかし、2004年以降、今度は僕たちゲーム業界の方が怠慢になり、アニメ業界の逆襲をうけた。それが昨年から始まったオリジナルアニメ大攻勢に繋がっているのでは、と個人的に思っています。しかしですね、それならば今劣勢と言われている美少女ゲーム業界、ビジュアルノベル業界にも牙を研ぎ澄ましてる奴が絶対にいるはずなんです。僕はそこに期待したいし、自分でも逆襲の先陣を切っていきたいと思っています。

村上:僕らは奈須きのこやTYPE-MOONに強烈な毒を植え付けられた人間なので、その衝撃を次の世代にも伝えていきたいですね。

坂上:全く同感です。なので、これから先も新しい刺激や面白さを届けてもらえれば本当に嬉しいです。

奈須:そう言ってもらえると僕らも嬉しい。根本には素朴に面白いものを作りたいという気持ちがあるので。ただ、年をとると欲が出てきて、面白いことに加えて意味のあるものを作りたくなる。これは必要ではあるけど邪魔なことでもあるんですね。ユーザーは今までの人生で培ってきたものを反映できる作品を選ぶ。自分の意見、思想をうまく出力できる装置を取り込んでしまうわけですから。なので、作る側は自分の意見を無理に外へ出さなくていい。それで作品を塗り固める必要はないんですよ。ただ根底に意味を持って作っているだけで、読む側はそれをかってに拾って広げていってくれるので。僕らはあくまで、まず面白いものを作る。そこを中心に考えていきたいですね。




プロフィール
■坂上秋成
文芸批評家、ミニコミ誌『BLACK PAST』、『ビジュアルノベルの星霜圏』責任編集。一九八四年生。『ユリイカ』、『早稲田文学』などに寄稿。二〇一〇年度『週刊読書人』文芸時評担当。純文学、ライトノベル、ビジュアルノベル、サブカルチャーが主な領域。jinseiburabura@hotmail.co.jp TwitterID:ssakagami。
■村上裕一
批評家。一九八四年生。現代思想、ネットカルチャー、キャラクター文化論。著書に『ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力』。『アニメルカ』『ユリイカ』などに寄稿。webスナイパーにて「美少女ゲームの哲学」を連載中。u1.murakami@gmail.com TwitterID:murakami_kun


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(xxii)2011年に講談社BOXより発売された、奈須きのこと榎本俊二によるコラボ本。奈須の小説を榎本が漫画化し、榎本の漫画を奈須が小説化するという試みがなされている。

(xxiii)漫画家。シュールな作風を特徴とし、『GOLDEN LUCKY』、『えの素』などの代表作を持つ。

(xxiv)アニメ、マンガ、ゲームについての情報を取り扱う2ちゃんねる系の大手まとめサイト。萌え業界では最も話題になりやすいサイトのひとつである。
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