by misumi on 7月 1, 20127:22 PM
世界とルールへの意識――TRPGからの影響、『東方シリーズ』という新星団、フィクションの役割


武内:先ほどTRPGの話が出ましたが、奈須が優れたマスターだったのはアメとムチの使い分けの上手さがあったからこそなんですね。ルールとして定められている以上、死人を生き返らせたり吹っ飛んだものが直ったりという無理なことは許してくれないんだけど、失った分代わりに何かを用意するという部分に長けていた。そのアメとムチ感というのは奈須がゲームを作る上で常に持ち続けているものだろうなと思います。小説の場合はそれがあまりなく、奈須きのこの原液が色濃く反映されているという印象ですね。

村上:『空の境界』で両義式が手を失った際に、青崎橙子が気楽に義手が与えるというのは計算が合っているように見えて、普通は「おいおい、義手でいいのかよ」と思う場面なわけじゃないですか。そういう違和感が小説では割と素通しされているのに対し、ゲームの方ではユーザーフレンドリーな調整が図られているように感じますね。

奈須:小説においてはロストとビルドが等価値なんですよ。失ったこと自体はキツくても、代わりに得るものもある。ただ、それでもフラットな状態に戻るというだけなんですよね。一方、ゲームの場合はロストした後のビルドに二倍の価値があるように設定しています。何かを喪失して心底ダメージを受けた後で義手に相当するものが与えられ、結果としてプラスになるというイメージです。

武内:アーチャーの腕が士郎に与えられた瞬間がまさにそれですね。

村上:アーチャーの腕はもの凄いチートに見えるけれど、実際にはUnlimited Blade Worksを使えないから能力は限定されているし、使っているうちに精神も肉体もどんどんボロボロになっていく。だから逆に失った腕は戻らないんだという事実を強調しているようにも見える。

武内:それがまさにムチの部分ですよね。一方でキャラクターの隙であったりユーザーへのサービスシーンであったりという部分には明確なアメが入っている。そうしたところにTRPGで鍛えた能力が活きているように思います。実際TRPGにハマっていたライターは多いんですよ。

奈須:星空めてお(xv)さんや虚淵玄さん、鋼屋ジンさんや東出裕一朗さんもそうですね。つーかジンさんと裕一朗さんはイマでも現役だよ、羨ましい!

武内:直接目の前にいる人間を喜ばせるために脳みそをフル動員するという経験を若いうちにしておくと、他人に快楽を与えることと自分自身の快楽とを繋げる回路が出来あがっていくのかもしれません。

奈須:それはよく分かる。TRPGって五人のワンマン集団が「俺にご褒美寄こせ」とマスターに寄ってくるものなんですよ(笑)。なので、物語を制御しつつ如何に五人にアメとムチを与えるかをリアルタイムで考える。物書きとして、なかなかの訓練になりますね。

村上:TRPGを始めた頃はどんなタイプのもので遊んでいたんでしょうか。

奈須:実は最初からオリジナルでした。『D&D』(ダンジョンズ&ドラゴンズ)は面白かったんですが、何しろ中学生には高価だった。そこで先輩から「お前ら貧乏人のためには『T&T』(トンネルズ&トロールズ)がある!」って渡されてプレイしたんですけど、すぐに「D&Dよりつまんね」と飽きてしまって……若さ故の過ちです、許してください。自分ではTRPGの中で当時ハマっていた菊池秀行(xvi)になりたかったんですが、『T&T』ではそれができないと分かった。それなら自分で作るしかない、と思い上がってしまった。結局『D&D』の喜びに目覚めたのはだいぶ時間が経ってからです。オリジナルで考えていても上手くいかない時期が続いて、ビルドを重ねた結果、複雑なものになってしまっていた。そこで友人が「金あるし、『D&D』と真面目に向き合ってみる」とセットを買ってきてくれたんです。改めてプレイしてみたらもう目から鱗でした。シンプルなのにここまで面白いものが作れるのかという驚きがあった。それで、やっぱり『D&D』は至宝ですわ、という結論に達しました(笑)。

村上:僕の印象ですが、『hollow』は新城カズマ(xvii)さんたちの『蓬莱学園』にイメージが近いと思うんです。それが先ほど仰っていたような二次創作の展開の仕方についての話になると、むしろZUN(xviii)さんの『東方シリーズ』(xix)に似てきているように感じます。

奈須:『東方』は、80年代の人間が描いてきた『蓬莱学園』を基本とする巨大学園もの、巨大な箱庭のイメージとは真逆に位置すると思うんですよ。箱庭の場合は、まず敷地を作ってから、この精巧に作られたミニチュア世界の中だったら何でもできるよという形で人々に遊んでもらう作りになっています。一方、『東方シリーズ』の場合は境界とキャラのマスのみを用意しておく。そのマス以外の部分は霧に包まれた完全なアンノウンになっている。たとえば博麗霊夢だったら「楽園の素敵な巫女」「快晴の巫女」といった二つ名や、「空を飛ぶ程度の能力」といった設定があって、それを守っていれば二次創作について誰も文句を言わない。小難しいルールがほとんどないというのが今の時代に合っている。「料理は用意しなくていい。ただ素材さえもらえれば、僕らは楽しく遊べるんだ―――」それが今の声ではないでしょうか。僕らの年代だと『東方』はよく分からない、という人は多いんですが、それは世界の入り口が用意されていないからです。東方は入り口を探すんじゃなくて、ぽん、と飛び込む感覚なんじゃないでしょうか。

武内:僕らが高校生くらいの頃は『ファイブスター物語』(xx)が流行っていたりと、誰かが作った巨大な物語にコミットしていくというタイプのものが多かったんです。けど、『東方』に対するユーザーの反応を見ていると、大きな物語に同化するよりも自分でも介入していじることのできる物語を求めているのかなと思います。

奈須:この間凄く出来のいい『東方』の同人誌を読んだんですが、いい話だなと思うと同時に「でも、このキャラを使わなくても別にいいような……」とも思ってしまった。やっぱり、今はみんな自分の考えた物語を書きたいんだけど、それに適したキャラクターをまだうまく作れない。そうした時に『東方』のような存在があると、完成度の高いキャラクターを使って話を形にすることができる。しかもキャラについて多くのユーザー間で共通認識も成り立っているから、自分の世界について読者に知ってもらうという一番高いハードルも簡単にクリアできる。そこは間違いなく強みです。そうして、いずれ自分だけの世界を描く力を築き上げていけばいい。

村上:そうした自由に動かせるキャラクターとしては『東方』以外にも初音ミクあたりを挙げることができると思うんですが、僕はその最も顕著な例をやる夫だと考えています。あれは語尾に「お」を付けるということ以外、共通認識になっているルールが何もないんですよ。だから図像さえ用意して「お」を付ければ、単なる日記のようなものでもやる夫作品ということになってしまう。これって二次創作的にストーリーを補完したり、何かに参加したかったりという欲望とも異なっていると思うんです。自分の表現ツールが欲しいということなんだろうけど、それだけだと身も蓋もなくなってしまうよなとも感じますね。

奈須:発信する機会が増えたことで、みんなのエゴが肥大して自分も何か言いたいという欲望が強くなっているんだと思います。やる夫やミクはその代表ですが、『東方』は少し毛色が違うようにも思います。ZUNさんは僕たちと同年代らしいですし、やりたいことは近いと思うんです。ただ、シューティングゲームという形式とユーザーの欲望がマッチした結果、『東方』は本当に凄まじい生物へと成長した。あれはスターイーターとも、新しい銀河とでも呼ぶべき存在で、最終的にどのくらいの規模になるのか想像もつかない。僕らはそれを見ながらも、しっかりと星そのものを作っていくことを自分たちの役割にしたいですね。

坂上:今名前の挙がった初音ミク、やる夫、『東方』というのはどれもインターネットが普及した時代と相性のいいものですよね。ここ十年のコンテンツ消費で一番大きく変わったのは、ネット上に用意された場所や素材を利用することでユーザーが制作側として参加できる環境が整えられたという点です。僕はそれが物語の内容にも影響を与えていると思うんですね。最近のライトノベルの流行を見るとそれは分かりやすい。『涼宮ハルヒの憂鬱』以降になると思うんですが、読者が共感しやすい主人公がまず置かれていて、彼とヒロインたちとの平和な日常がサザエさん的に続いていくタイプの小説が非常に多いんです。強力な物語よりも、二次創作として展開しやすい素材が好まれるようになったという印象ですね。けれど正直な感想として、そうしたものばかりが溢れていくのは非常につまらない。単に日常が続くというだけなら僕らの生きる現実と大差ないので、フィクションとしての魅力に欠けてしまう。なので、ユーザーや読者が素材になる物語やキャラクターを求めていることを理解しつつ、どうやって物語の面白さや壮大さを維持していくかということも重要になってくると思います。

武内:本来だったら、読者の共感できるキャラクターを主人公にして色々な世界とつながっていくという物語のタイプは美少女ゲームがやっていたことなんです。だからこそ2000年くらいの美少女ゲームにはヒット作が多かったんですよね。

村上:今の坂上の話をゲームに置き換えると、MMORPG(xxi)が重要な契機になっていたのかなと思うんですよ。具体的にいうと、『ラグナロクオンライン』はメールゲームを潰し、TRPGを弱らせることになったはずです。ツールをダウンロードしてアクセスすればすぐにゲームができるという簡便さ故に、最後にはゲームをする必要自体がなくなって、そこでチャットをしていればOKというような文化になっていった。坂上がライトノベルについて言ったような、物語とは別個に存在する繋がりへの欲望がここにも表れています。僕の個人的な思いとしても、やはりこれだけではつまらない。しっかりとした物語が欲しいし、それがなければどの文化も衰退していくでしょう。

奈須:僕は『東方』が面白くなっていくのを眺めながら、「ああ、ついに物語が敗北しはじめた。俺たちが必要なくなる世界も近いな、フハハ」なんて語っていました。そうしたら武内くんに「そんなカッコ悪いこと言うなよ。世の中をお前が変えてやれ。お前が作る巨大なハンマーで打ちのめしてやれ」と言われ、「かっこいいこと言うっスなあ……」と思ったのを覚えています。でも勝ち負けの話じゃないんですよ、どの娯楽だって面白いんだから。娯楽の在り方は時代に合わせて変わるものですし。いま感じているのは、ユーザーが娯楽を管理したり、その濃度を求めたりする欲望が弱まっているのかな……?ぐらいだし。

坂上:少なからぬ人にとって、フィクションの役割が変わってきているということでもあるでしょうね。『けいおん!』を観て、それを壮大な物語として受け止めて人生が変わるような経験と感じる人ってほとんどいないでしょう。

奈須:いや、『けいおん!』で人生変わった人って結構いると思うんですよ。

武内:でもそこで言う変化っていうのは、巨大な物語と出会ったときに人生観が変わるような経験とは別なんじゃないかな。

奈須:まあ、確かに。『けいおん!』の場合は茫漠とした毎日に光が差し込んだとか、この番組とともに生きていくとかそういった経験としての変化でしょうね。ただ、受け止め方には世代ごとの差が生じていると思う。たとえば僕らは両親が傷を負っていた最後の世代だけど、今の十代半ばの子たちの毎日がどれほどフラットになっているかは想像もつかない。彼らにいきなり岩塩を食えと言っても難しいでしょう。けど、岩塩から作ったスープは美味しく飲んでいる。それに飽きた時に、そういえば岩塩を薦められたことがあったなと思いだして「これ美味くね?」と感じることもあると思う。

坂上:今の若い人たちの場合、ある意味傷を負ってるのが当たり前の状態になっているところがあるはずなんです。毎日が当たり前のように続いていって、その中で圧倒的な絶望があるわけでもないけど希望が明確に見えるわけでもないという振れ幅のない状況に置かれている人が少なくない。そうなってくると、濃度の高いフィクションよりも、気軽に吸収できて友達とコミュニケーションしたり、ちょっとした祭りに使えたりするものをフィクションとみなして活用するようになる。

武内:フィクションには当然暇つぶしのための娯楽という役割もあるわけじゃないですか。そして今はネットが最強の暇つぶしツールなんですよね。ネット上で毎日色んな人間が面白いことを言っている中で、商品として楽しいことを提供するというのはなかなか難しいことだとは思います。

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(xv)元ライアーソフトのシナリオライターであり、現在はTYPE-MOONに所属。『腐り姫』、『Forest』などの代表作を持つ。その個性的な作風は誰にも真似できない、彼だけのテリトリー。『Forest』における演出がビジュアルノベルの可能性を圧倒的に広げるものだったことは間違いない。

(xvi)『魔界都市』シリーズや『吸血鬼ハンターD』シリーズなどの代表作を持つ作家。エロスとバイオレンスを取りいれた作風が特徴。武器、銃器マニアとしても有名。

(xvii)SF作家、ライトノベル作家。『サマー/タイム/トラベラー』(第37回星雲賞日本長編部門受賞)などの代表作を持つ。また、かつて柳川房彦名義で、PBMゲームである『蓬莱学園の冒険!』のグランドマスターを務めていた。

(xviii)同人ゲーム・同人音楽サークル「上海アリス幻樂団」の運営者であり、名高き『東方シリーズ』の制作者。ファンからは「神主」と呼ばれている。

(xix)ZUNによって制作された弾幕シューティングゲームのシリーズ。幻想郷に住む個性的なキャラクターが多数登場する。ゲームとしての面白さの他に、その独特の世界観に魅了されたファンによる二次創作が幅広く展開されていることも特徴。

(xx)アニメ雑誌である『月刊ニュータイプ』にて1986年4月から連載されていたSF漫画。作者である永野護はジャンルについて「おとぎ話」であると公言している。単行本の売り上げは累計800万部以上。

(xxi)「Massively Multiplayer Online Role-Playing Game」の略称。「多人数同時参加型オンラインRPG」などと訳される。
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