輝かしい星が見る夢 ── 奈須きのこインタビュー

2012. 07. 047:05 PM
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 「本インタビューはミニコミ誌『ビジュアルノベルの星霜圏』に掲載されたインタビューを再構成して収録したものです。この度、TYPE-MOONが商業化10周年を迎え、7月7日・8日にはTYPE-MOON Fesが開催されるということもあり、多くの人にこのインタビューを見てもらいたいという気持ちからNETOKARU様の方で掲載させていただく運びとなりました。お楽しみいただければ幸いです。」
坂上秋成


奈須きのこインタビュー(出席者:武内崇、坂上秋成、村上裕一)

奈須きのこ
七三年生まれ。ゲームメーカーTYPE-MOONのシナリオライターであり、小説家。代表作は「月姫」「Fateシリーズ」「空の境界」「DDD」






武内崇
七三年生まれ。ゲームメーカーTYPE-MOONのプロデューサー兼デザイナー。奈須きのことは中学時代からの友人。








 2011年現在において、ビジュアルノベルを語るうえで奈須きのこの名前を外すことはできない。そのように断言できるほど、彼がユーザーに与えてきた影響は大きい。TYPE-MOONのデビュー作となる『月姫』で提示された風景はビジュアルノベルの新しい可能性を突き付けてくるものだった。吸血鬼や魔術といった西洋由来の概念を新しい感覚で捉え直し、日本のキャラクター文化に混入させるような手法の鮮やかさに我々は声を失った。原稿用紙換算で5000枚以上となるシナリオと、総枚数500を超えるグラフィックによって彩られたあまりに美しい箱庭に誰もが魅了された。
 箱庭はその後も広がっていく。月姫のファンディスクである『歌月十夜』、サーヴァントによるバトルロイヤルを描いた『Fate/stay night』、ループというシステムそのものを問い直した『Fate/hollow ataraxia』、伝奇小説であり後に流麗な映像ともなる『空の境界』……これらの作品は登場するキャラクターもゲームのシステムも異なりながら、同時に大枠となる世界のルールを共有している。奈須きのこはシナリオライターであり小説家である。しかし、何よりもまず、彼は世界を産み出す者なのだ。物語の言葉のみならず、グラフィック、音楽、システムといったビジュアルノベルが持つ武器の性質を理解した上で、彼は揺らぐことのない世界を我々の眼前に提示する。彼の作品には理想が描かれている。醜く貧しく汚らわしいこの現実の中で、襲い掛かってくる負の要素の前に幾度も膝を折りながら、それでも美しい願いを抱いて生きていこうとするような人間に向けられた祈りがある。それは生身の人間である私たちにとってあまりにも遠い理想郷だ――それでも、理想を抱いて歩き続ける人間の背中を目にすることで、そこに追いつきたいという願いが生まれてくる。それはあまりにも儚いものであるが故に、何よりも尊い。そして私たちは祈りたいと思う――数多の輝かしい星を産み出した男が、これからも誇り高き夢と共に駆けぬけてくれるようにと。
 本インタビューでは、TYPE-MOONのイラストレーターとして活躍し、奈須氏の盟友でもある武内崇氏にも同席いただきお話を伺える運びとなった。『月姫』から十余年、ビジュアルノベルの最前線で闘い続けてきた男たちによる真摯な言葉がここにある。




坂上:最初に企画趣旨を簡単に説明させていただきます。僕は十年近くビジュアルノベルをプレイしてきましたが、その中でも奈須さんの作品はマルチエンディングやループものといったシステムへの批評性を持ちつつ、膨大な設定や世界観を成立させる手法に秀でたものだと考えています。だからこそ、ビジュアルノベルをテーマに据えた雑誌を作るという時にどうしてもお話を聞きたいという気持ちがありました。

村上:僕や坂上は『Fate/stay night』(以下、『Fate』)をプレイして凄く感動した人間です。これほど面白い作品はそうそうないと思っています。ところが『Fate』の面白さや衝撃を言葉にしようとするとなかなか難しい。これまでのTYPE-MOONや奈須さんに対する語り方は、二次創作のような形で同じ方向を向こうとするか、あるいは思想や批評の言葉で良し悪しのみを語るかという二択になっていて、それが凄く不満だったんです。少なくとも今回僕たちはそのどちらでもなく、批評をやりながらも純粋に奈須きのこ作品を好きな人間として新しい角度から切りこんでみたいと考えています。

奈須:今日はよろしくお願いします。僕や武内にとって最優先となるのは、いかに面白い作品をユーザーに届けるかという点でした。そのため、制作者としてバランスを崩してしまうかもしれない不安から批評界の方々とは距離をとってきた側面があります。ですが、今回は単に『Fate』や『月姫』を語るというだけではなく、美少女ゲームの十年について話してほしいということでした。少なからぬ波紋を作ってきた人間として訓示を残せるかもれしない。そんな思いもあり、今日は自分たちの作品についても語りつつ、ビジュアルノベルの十年というテーマにも繋がる話ができればと思っています。

坂上:初めに状況確認から入っていきたいと思います。まず、ビジュアルノベルの最も基本的なフォーマットとしてマルチエンディングを挙げることができるというのが僕の考えです。『To Heart』(i)が最も分かりやすい例だと思いますが、複数のヒロインが存在し、それぞれのエンディングを目指すというフォーマットは90年代後半から現在に至るまで強力なものとして残っています。同時に、2003年以降は『CROSS†CHANNEL』(ii)や『マブラヴオルタネイティヴ』(iii)を代表として、ループものに分類できる作品が隆盛したという印象があります。最近で言えば『Steins;Gate』(iv)が大ヒットとなりましたし、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(v)(以下、『まどマギ』)も同様のフォーマットに属します。しかし、正直ループものというのは他ジャンルにも目を向ければ目新しい手法ではないし、ループによる一点突破を試みることで物語の精緻さが失われているのではないかというネガティヴな感情を抱いてしまうことも事実です。そうした中で、物語内容に強いこだわりを持っている奈須さんの考えをお聞きできればと思うのですが。

奈須:元々僕は小説家を目指していたので、やはりゲーム性よりも先に物語性を置いてしまう部分があります。ただ、同時に若い頃からのゲーマーでもあるので、ゲームならではの物語形式も考えたいと思っていました。ゲームにおける一番の利点というのはトライ&エラー、つまりはループが可能になるという点です。それはシューティングでもアクションでもノベルゲームでも同じです。同じことを延々繰り返し、失敗した点を克服していく。実際、僕らの人生では失敗したら即座にデッドなのでトライ&エラーが成立しないんですね。ゲームだけがそれを許容する仮想現実になっている。それはノベルゲームにおけるフォーマットにも直結する話です。たとえばヒロインが5人いるとして、それぞれのルートを作った後、それをまとめずに広がったままにしておけばマルチエンディングになる。逆に、多元的に広がった世界をひとつにまとめるのがループものということになります。物語に美学を求めるライターは“意味を放棄した拡散”より、綺麗にまとまった“ひとつの答”を作りたい欲求がある。なので一度はループものに向かうのではないでしょうか。

坂上:マルチエンディングというのは分岐した世界の全てを正解とみなすフォーマットですが、それを統一するようなグランドルートへの欲望を書き手が持つ場合も当然ありますよね。

奈須:グランドルートやループものというのは、ライターの価値観や自身が考える世界の真実を一本にまとめたいという欲望の現れです。それがひとつの箱として美しい形をとれば、ライターも気持ちいいし、ユーザーもその世界の真実と向き合うことができる。そして、たとえ偽りであろうとも全能感や収束感を与えられ、ユーザーの中で物語が永遠になる……と僕は捉えています。先ほど田中ロミオさんの『CROSS†CHANNEL』の名前が出ましたが、あれは自分のツボにはまったということもあって、ループものにおいては永遠に超えられない壁として僕の中に存在しています。

坂上:『CROSS†CHANNEL』の場合、主人公の黒須太一が一人きりになった世界で、届くかどうかも分からない相手に向かって通信を繰り返し、自分の生を真っ当したからこそカタルシスが生まれたのかなと思います。

奈須:そうですね。世界も収束しているし、黒須太一というキャラクターも自身の業の清算に踏み入った。彼は必ずしも誉められた人間ではないし、悪いところもあったけれど、全てを引き受けるエンディングに到達したことでカルマを帳消しにした。性悪説というのがありますが、『CROSS†CHANNEL』では決して善ではない人間が、それでも良い人間になりたいと願うところが美しいんです。物語の形式はネガティヴでありながら、最終的にはポジティヴな空気に落とし込むというバランスが素晴らしい。

坂上:『CROSS†CHANNEL』の登場人物は全員が狂気を抱えており、社会不適合者として存在しています。その中でも最も適応係数が高い「怪物」である太一が、仲間たちを並行世界から元の世界へと送り返し、最終的に自分が人間になれたという実感を得る。その構造は凄く美しいですね。

奈須:ただ、自分は善人になれないと思っていた太一が仲間たちを救おうとすること自体が独善的でもある。彼らからしてみれば余計なお世話と映るかもしれないでしょう。それでも、僕たちユーザーには狂人がとった精一杯の強がりとしての行動が胸を打つものになっている。繰り返す怠惰な日々、トライ&エラーの葛藤。そんな物語性とループものとしてのギミックがちゃんと融合している。何故多元的なヒロインを、何故単一の主人公に対してヒロインごとの物語を作るのか、というノベルゲームの最大の矛盾への美しい回答になっているんです。


2/7ページ 『Fate/stay night』が目指した場所



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(i)1996年にLeafが発売したPCゲーム。セックスシーンよりも日常のコミュニケーションにおける快楽を重視したという点で画期的な作品。現在「美少女ゲーム」という言葉が持つイメージの原点にある作品とも言える。

(ii) 田中ロミオがシナリオを務め、2003年にFlyingShineから発売された作品。何らかの異常を抱えた少年少女たちが、無人の並行世界からの帰還を目指す物語。

(iii)2006年にアージュから発売された。人類を生命体として認識していない地球外生命体BETAに対し、人類が誇りを持って戦いを挑む熱血SFストーリー。あるいは「あいとゆうきのおとぎばなし」。

(iv)2009年にXbox 360版が5pbから発売された(PC版は2010年にニトロプラスより)。偶然タイムリープを可能にする装置を生み出してしまった主人公岡部倫太郎が救えなかった少女のために世界線を超えてもがき続ける物語。2011年にはアニメ化もされている。

(v)2011年放映。制作はシャフト。『新世紀エヴァンゲリオン』以来の社会現象となったアニメ。ある少女が全ての魔法少女を救うためにひとつの希望となるお話。
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