戦後、初めてとなる法律(新型コロナ特措法)に基づく首相による「緊急事態宣言」。
すべての国民に告げる安倍首相の記者会見が4月7日19時から行われた。
しかもほとんどの局が「L字画面」と呼ばれる画面の左側と上下側に「緊急事態宣言」などと大きな字でも情報を報道し、緊迫した状況であることを伝えていた。
その様子は公共放送のNHKだけでなく、あらゆる民放テレビでも生中継された。
なぜすべてのテレビが安倍首相の記者会見を生中継したのか?
NHK
16時50分から「ニュース シブ5時」「首都圏ネットワーク」と夕方は緊急事態宣言一色の報道だった。
19時からの「NHKニュース7」では番組開始と同時に行われた安倍首相の緊急記者会見を番組枠を拡大して20時45分まで放送した。
その後で「首都圏ニュース」をはさんで21時からの「ニュースウオッチ9」では首相会見の映像を振り返りながら、安倍首相本人がスタジオに生出演。こちらも番組枠を拡大して22時30分まで放送した。
22時30分からの「クローズアップ現代+」つづく「ニュースきょう一日」とほぼ緊急事態宣言について放送を続けた。
この間、NHKの画面に登場した映像の大半は安倍首相の顔。音声の大半は首相の声だった。
日本テレビ
ふだんは19時前で終了する夕方ニュースの「news every.」を拡大した。19時から安倍首相の記者会見の生中継を中心に「news every.特別版」として放送した。
MCは藤井貴彦アナ。
20時54分からは夜ニュース「news zero速報版」、21時からはMCが有働由美子に替わって「news zero特別版」を放送。23時からはレギュラーの「news zero」の枠で緊急事態宣言について放送した。小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事が中継で出演した。
TBS
ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「Nスタ」を19時以降も拡大して「Nスタスペシャル 新型コロナウイルスで緊急事態宣言」を20時57分まで放送。安倍首相の記者会見の生中継を中心にして、MCは「Nスタ」の井上貴博アナが務める。スタジオでは「NEWS23」のアンカーマン星浩もコメントする。安倍首相の記者会見の生中継の他に小池都知事の会見映像も入る。
テレビ朝日
ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「スーパーJチャンネル」を19時以降も拡大して20時54分まで安倍首相の記者会見の生中継を中心に放送した。MCの渡辺宜嗣アナが進行して埼玉県大野元裕知事の中継インタビューなども入れる。
21時からは「報道ステーション」をいつもより54分早めに開始して「報道ステーション緊急拡大スペシャル」を23時15分まで放送。吉村大阪府知事、小池都知事が生中継で出演する。
フジテレビ
ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「Live News it!」を事実上延長した形で「FNN特報 首相が緊急事態宣言を発令」という特番を21時まで放送。夜ニュースの「FNN Live News α」は通常通りに放送した。
テレビ東京
18時55分から2時間スペシャルのバラエティー番組「ありえへん∞世界 埼玉人のありえへん生態を大調査!」を放送したが、その冒頭で「緊急事態発令 池上彰が生解説!」を14分半ほど差し替えて首相会見の中継を入れて池上彰がスタジオで解説した。
さらに22時から「緊急報道スペシャル 安倍総理が生出演『緊急事態で日本は?生活は?』」を放送。MCは「ワールドビジネスサテライト」の大江麻理子アナ。安倍首相がスタジオで生出演した他、中継で神奈川県の黒岩知事も出演した。23時からは「ワールドビジネスサテライト」を放送した。
テレビ東京まで緊急特番を放送した。
これはこれまでにない異例なことだった。
2011年の東日本大震災のときはテレビ東京も含めてテレビは「震災特番一色」になったが、テレビ東京まで緊急特番で他のテレビ局と足並みを揃えるのはかなり久しぶりで珍しいことだ。
熊本地震でも西日本豪雨災害も他のテレビ局が「緊急特番」を放送していても、この局だけはバラエティー番組やドラマを放送するなど”独自路線”を貫いてきた。
テレビ東京は、あたかも横並びを嫌って社会が深刻な状況になっても笑いを追求する番組放送に撤する印象だったことでネットでは「さすがテレ東」などと称賛されたりしてきた。
一つには同局の場合は地方局のネットワークが他の民放の系列局に比べて極端に弱いことや報道記者なども数も脆弱で「特番をやりたくてもできない」という事情もあるのが実態だと思われる。
ところがそういうテレビ東京までこの夜は「緊急特番」を放送したのだ。
結果としてNHKからテレビ東京まで横並びで安倍首相の記者会見を放送した。
この記者会見は、緊急事態にあたって政府が国民の私権を一部制限する「緊急事態宣言」を発動するというものだ。
戦前戦中でいえば「宣戦布告」「戦争終了」などの際の国家のトップの行動に近い。かなり権力的な行為なのだ。
だからこそ、このテレビの完全に横並びの感じは実は警戒すべきことなのではないのか?
まるで戦時の「大本営発表」のような“体制翼賛”のにおい。
メディアが一気にこうなってしまう日本という国は大丈夫なのか。
筆者は違和感をもった。
もちろん新型コロナウイルスはあらゆる国民にとって一大事であり、感染拡大の防止に努めないと国家も社会も損失が大きいことは重々承知している。
それにしても・・・「大丈夫なのか」という思いをぬぐえないのだ。
だから、ここでは「テレビ報道」を専門とし、日々の放送をチェックしてきた人間として、「気になること」を書いておきたい。
なぜNHKニュースに安倍首相が生出演するのか?
衆議院選挙や参議院選挙など国政選挙に突入するというタイミングや消費税アップなど何か「政治的な節目」のたびに安倍首相がその日の夕方や夜のNHKのニュース番組に生出演する。
現在は「お約束」のようになっている。
若い視聴者は「首相がNHKに生出演するのは当然のこと」と思っている人が多いかもしれない。
だが、実はこれほど定例行事になったのは比較的最近のことで2012年の第2次安倍政権の登場の後だ。
NHKが安倍首相に出演ほしいと頼んだ?(1)
安倍首相がNHKに出演させろと頼んだのか?(2)
これはいったいどっちなのかと筆者に問い合わせてきた人がいる。
こうした場合にニュース番組へ首相の出演がいつもの「お約束」のようになっているのだから疑問に思うのも無理はない。
だが、この疑問に対する答えは実のところ「かなり微妙」なのだ。
もちろん、日本は全体主義の国ではないし、NHKは国営放送ではない(NHKは公共放送である)ので、「首相がオレを出演させろと頼む(あるいは、指示する、命じる)こと」は通常はない。
だから表面的には(あるいは手続き的には)正解は(1)なのだが、NHKをめぐる状況を考えれば、(2)ではないとは100%断言することはできないことも事実なのだ。
もしものことだが、こういう日に安倍首相を出演させないという判断をNHKの側がしたとしよう(現実的にはあまり想像できないが)。
そうするとどうなるのか?
安倍首相は、言うことを聞かないNHKに対して「強制力」を使うことになる。
「オレを生出演させた番組を放送しろ」と指示することが法律上はできるのである。
「新型ウイルス対策特別措置法」という先日成立したばかりの法律でNHKが「指定公共機関」になっているからだ。
政府がこういう放送をしろ、と「命じることができる」のだ。