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おかしな転生 作者:古流 望

第27章 陰謀は黒くてほろ苦く

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270話 フバーレク家の対応

 フバーレク辺境伯領。ここは神王国においては東部最辺境を守る位置にある。

 かつて敵対していた隣国ルトルート辺境伯領を神王国が併呑した関係で、厳密な意味で国境を接する最前線ではなくなってしまったが、それでも神王国の東部を守る要である事実は変わらない。

 地方の雄として君臨するフバーレク家の当主、ルーカス=ミル=フバーレクは、自分の手元へ届けられた部下の報告に一人頭を抱えていた。


 「ペイストリー殿の件、どうするか」


 ルーカスはとある情報に驚き、と同時に対策の必要を感じていた。

 その情報とは勿論、義弟による大龍討伐の報せである。

 ここ数年、毎年のように大騒動を引き起こしているモルテールン家の義弟ではあるが、今回のドラゴン騒動はこれまでにもまして一大事件である。伝説に聞く大龍を、発見したというだけでも驚天動地の出来事であるが、更には戦い、おまけに勝って討伐を成し遂げたというのだ。前代未聞、未曽有の事態に対して、フバーレク家としても無視は出来ず、方針を決める必要性を感じていた。


 「お祝いの言葉をお伝えいたしましょうか」


 辺境伯に声を掛けたのは若い部下。秘書的な扱いで傍に置いているが、中々に優秀な人物である。先代が戦場に没した際、多くの人間が共に命を落としていて、ルーカスの身の回りには若い人材も多い。その中でも特に目をかけている若者であり、優秀さの表れであるかのように、タイミングを見計らって問いかけられた言葉。これにはしばし黙考したルーカスであったが、考えが浮かんだらしい。


 「それは当然やらねばならないが、まずは急いで特使を送らねばな」

 「特使ですか?」

 「無論だ。それも出来るだけ急ぎでやらねばなるまい」

 「はあ」


 特使というのは読んで字のごとく、特別に送る使者のことだ。モルテールン家とフバーレク家は縁戚同士。半分ぐらいは身内であるからして、御祝い事にも誰憚ることなく使者を送れる。関係を密にすることはリスクもあるがメリットもあるもの。ここで大功をたてた義弟を祝うのは、チャンスであろう。他の人間ならお祝いを述べるにしても順番待ちになりかねないし、殺到しているとあれば祝いでも使者が丁重に拒否されることもあり得るが、流石にフバーレク家ならば最優先で祝いの言葉を受け取ってくれるはずだ。

 他に先んじて交渉の場を設ける絶好の機会。使者を送らない方が間違っている。


 「王都とモルテールン領であれば、どちらが先に着くか、知っているか?」

 「それでしたらば王都でしょう。すべての街道が王都に通じるとある通り、道路が最優先で整備されております。街道近辺も治安が維持されておりますし、多少の費用に目を瞑れば、途中で馬を変えることも出来ます」


 基本的に、街道の類は王都に近い方、或いは王家直轄領に通じるところから優先して整備される。地方の街道は、地方領主の管轄だ。徹底的に整備しているところもあるが、そうでないところもある。残念ながらフバーレク領は街道の整備がされていない土地が多い。

 基本的に平原の多い土地柄、フバーレク領の特産は馬であり、馬に乗る人間にはあまり街道の必要性が無いというのが一点。そして、ついこの間まで国境を隣国と接しており、あまり丁寧に街道を整備してしまうと、いざという時敵に利用されてしまう可能性が有ったというのが一点。そして単純にそこまで整備する必要性と金が無かったというのが一点。

 フバーレク領でも一番優先して整備されていたのは、勿論王都方面に繋がる街道だ。何かあった時の後詰や、食料を始めとする物資の補給など、使い道は多い。ここを蔑ろにするはずがないわけで、必然、一番使用頻度が高く、整備のされている街道ということになるわけだ。

 一番整備されている街道が王都方面なのだから、ここを使って移動するのであれば王都に行く方が南部辺境のモルテールン領に行くより楽なのは当たり前の話である。


 「……モルテールン領へ特使を飛ばすとして、どれぐらいかかる」

 「どれほど大急ぎでやったとしても、二週間はかかりましょう。普通ならばひと月はみる行程です」

 「ふむ」


 モルテールン領に行く場合、幾つかのルートがある。

 一つは、平原を突っ切って南下し、幾つかの小領地を抜けてボンビーノ領まで出るルート。もう一つは一旦西進して王都経由で南下するルート。どちらにしても中継地はレーテシュ領である。

 多少遠回りになるとしても整備された街道を使っていくか、距離的に近くなるが整備不十分な場所を通るか。ここら辺は馬車の有無や交通手段で一長一短ある。天候でも変わるだろう。

 また、レーテシュ領まで南下するにも、主要な街道だけでも海沿い森沿いの二ルートがあり、それぞれに通過する領地が違う。その為、貴族が移動するのであれば、途中の領主との関係性次第で通過時間は変わる。下手に仲の悪い貴族の領地を通過しようものなら、どんな嫌がらせを受けるか分かったものではない。

 そして、それぞれに気象条件も違う。季節によっては海沿いだと強風が吹き荒れる時期があったり、内陸部で雨が多くなる時期が有ったりと、様々だ。

 どのルートを選ぶにせよ、モルテールン領まで行くなら急いだとしても二週間は見るべき。諸々の条件次第では、悪条件が重なって二か月以上かかることもあり得るだろう。

 平均するならば、やはり一ヶ月は見るべき距離にある。


 「何故そこまで急がれるのです?」


 ルーカスが、モルテールン家に特使を送ることを急いでいる。そう感じた部下が尋ねる。


 「それは勿論、龍を買い付けるためだ」

 「龍を?」

 「当家の情報網によれば、龍の血には傷を癒す力があるということだ。これは、捨て置くには惜しい」

 「何と!!」


 部下の驚きも当然だろう。フバーレク家の情報網を使い手に入れた最新ニュースであり、常識がひっくり返りそうな情報なのだから。

 勿論、ルーカスとて貴族である。モルテールン家によって、或いは他の貴族によって、噂や情報が歪められていたり、隠匿されている可能性は頭にある。特に、相手は神童の名も高いペイストリーだ。巧妙に謀を為している可能性は、常に頭の片隅に置いておかねばならない相手だ。

 その上で、龍の血肉を食した人間の傷の治りが早くなったことは、大ぴらに公開されている事実であり、少なくとも詳細漏らさず報告を受けたルーカスは、間違いないことだと断定した。

 龍の血肉に、傷を治す力がある。最低でも傷の治癒を促進させる効果があるのは間違いない。隠すことなく行われた実験で明らかになったのだから、モルテールン家としても龍の血肉を金に換えたい意図があるのだと推察する。


 「当家は戦いの中に身を置く家柄。龍の血を手にできれば、当家の力は確実に増す」

 「それはそうかもしれません」


 フバーレク家は軍家。戦って領土を守ることがお役目の家柄だ。戦いを専門とする以上、訓練を含めて怪我人は絶えない。また、いざ本当に戦うとなれば死人怪我人は必ず生まれ、助かるはずの命が治療が間に合わず亡くなるという場合も多々ある。先代のフバーレク伯もその一人であり、先の戦いで亡くなった多くの部下がそうであったのだとルーカスは知っている。

 いざ死が身近に迫ってきた時、すぐに傷を癒せる手段が有れば、どれほどの助けになるだろうか。喉から手が出るというのがまさにぴったり当てはまる。是が非でも手に入れたいものだ。龍の血は、フバーレク家のような家が手に入れてこそ真価を発揮するはずだとルーカスは断言する。

 何としても手に入れるべき。手に入れなければならない必需品。

 そうとなれば、フバーレク家の当主として、腕の見せ所だ。一番近しい親族として、モルテールン家との交渉で最も有利なポジションに居るのがフバーレク家なのだ。ここで龍の血肉についての分け前を取れないようならば、何のための婚姻政策なのかという話だ。

 量の多寡については交渉の腕次第だろうが、全く手に入らないということはまず無い。最低でも一部の購入権を手にできるはず。それぐらいの信頼関係は、義弟との間にあるはずだと信じる。


 「しかし、当然他家も放ってはおくまい」

 「左様ですな」


 問題があるとすれば、他家の介入だ。他の家が、龍の血という垂涎の品を欲しないわけがない。どのような交渉材料を持ち込むだろうか。もしかすれば、中には丸ごと龍の血を押さえるような力技をしでかすところが居るかもしれない。どうせ転売で稼げるからと、金に物を言わせて買い付けるところが出るか。或いは利権を渡してでも買い付けるか。或いは脅しの材料を手にして強請るか。

 時間がたてばたつほど、他家の介入の危険性は高まる。


 「折角妹という強力な伝手が有るのだ。先んじれば、相当に優位。ここで可能な限り便宜を図らせることが出来れば、リコリスの面目も立つ。その為にも、何よりもまずは先に唾を付けることが肝要だ」

 「はい」


 フバーレク家がモルテールン家に対して切れる最大のカードは、ペイスの妻。リコリスの存在だ。最悪の場合、ルーカスがなりふり構わず彼女に泣きついてしまえば、情の部分で斟酌してもらえるはずだ。幾ら何でも、辺境伯の立場にある義兄が体面をかなぐり捨てて妹にすがっている状況で、素知らぬ顔を出来るほどペイスも薄情な人間ではあるまい。


 「しかし……ひと月か。モルテールン領ではなく王都でカセロール殿と交渉するか? しかしそれだと他家に劣る。最悪はカドレチェク家が出張る可能性も……」


 ペイスが大龍を倒したとはいえ、モルテールン家の当主はいまだにカセロールである。当然、モルテールン家が手にした大物の権利も、そしてその差配も、カセロールがやる可能性は高い。ペイスのことを知らない人間ならばそう考えるし、事実としてモルテールン家の当主はカセロールなのだ。実権を持っている事実は動かせない。

 それに、カセロールにであれば王都に行けば会える確率が高いのも良い。これはほぼ確実に会える。

 モルテールン領に行ったところで仮にペイスが居なければ無駄足である。これほどの大事、ペイスにしても、何かが有って王都に出向いていたとしてもおかしくない。他家との交渉か、王家からの呼び出しか。考えられるだけでも幾つか理由は思い浮かぶ。魔法で飛べるのだから、どんな理由で王都に行っていても、不思議は無いのだ。

 つまり、モルテールン領に出向くのは無駄足になる可能性がある。対し王都に行けば競争相手は多かろうが、無駄足になることは無さそうだ。

 確実性を取るか、より大きなリターンを狙うか。


 「やはり、モルテールン領でペイストリー殿と交渉する方が良い。何とか早めに特使がたどり着くことを祈るか」


 ルーカスは、当主として決断した。

 今回の騒動もそうだが、ルーカスはモルテールン家の内情を知っている。領主代理として実質的にモルテールン領を運営しているのがペイスであることも知っているし、カセロールが重要な決断をペイスに相談していることも知っているのだ。そしてカセロールの性格を鑑みれば、息子の手柄を我が物顔で差配するようなことは無いと思えた。息子の手柄は息子が全て自由に差配すべきだと任せるに違いない。

 ペイスと直接交渉するのが正解。そう結論付ける。

 その上で、どうにかしてモルテールン領に連絡を取りたい。出来るだけ短い時間でモルテールン領に使者を送るにはどうすれば良いか。考え込むルーカスに、部下が一つの提案をする。


 「それでしたら、途中でボンビーノ家に寄るとよいでしょう」

 「ほう?」


 部下からの意外な提案に、片眉をぴくりと上げる辺境伯。モルテールン領にどう行くかを考えていたところで、全く関係ないボンビーノ家の話が出てきた。その理由は何故かと気になる。


 「彼の家には、鳥を使う魔法使いが居ります。交渉次第ではモルテールン領へ急ぎの連絡が可能。もしも先んじて連絡が付けば、モルテールン家に“迎え”を頼めます」


 フバーレク家は魔法使いを二人囲っている。領内外から集めた人材であり、家の力という意味でも大いに役立つ人財である。

 しかし、彼らは戦闘面に極端に偏った魔法使いだ。紛争が続いていたフバーレク家の事情がそうさせたという面もあるし、戦いの場でこそ力を十二分に活かせると言って口説いた経緯もあった。

 魔法使いは戦いに使う切り札。そういう固定観念を持っていたルーカスは、言われてそういえばと思い出した。確かにボンビーノ家は、元ルトルート家お抱えの魔法使いを雇い入れていたはずなのだ。

 鳥を自在に操る魔法使い。敵にしていた時は目障りな相手で暗殺すら検討してたが、味方として使えるのなら利用価値は高い。

 ボンビーノ領からモルテールン領まで、鳥を飛ばせば一日二日で連絡が付けられる。連絡さえ付けば、モルテールン家の魔法で迎えに来て貰うことも可能だと部下は言った。


 「ふむ……しかし、それでは交渉で事前に“借り”を作ることになるぞ?」


 確かに有効な手かもしれない。最速でモルテールン領まで行くなら最善手に思えた。

 しかし、さあこれから交渉しましょう、という相手に対して、最初から一枚カードを渡してしまうのは宜しくない。出来れば借りは作らずに交渉に臨みたいものである。


 「……借りにならぬ者を特使とするのはいかがでしょう」


 そんなルーカスの想いをくみ取ったのか。部下が更なる提案をする。


 「借りにならぬ者?」

 「ご当主自らであれば、モルテールン家が迎えに来るだけの名分が立ちましょう」

 「なるほど!! 名案だ」


 確かに、辺境伯という立場にある人間が、直々に出向くというのは大きい。ペイスにしてみれば義理とは言え兄にあたるわけだし、迎えに来て貰っても借りにはならない。

 辺境伯家当主自ら何日も掛けて足を運んで、迎えを寄越さなかった、などという方がモルテールン家にとっては引け目になる。それを防ぐために、ペイスなりカセロールなりが魔法で出迎えるだろうことは明らかだ。

 上位の人間がわざわざ足を運ぶという点と、迎えに最善を尽くすという点と、それぞれで相殺することになる。

 とても良い手ではないか。ルーカスは膝を打った。


 「では早速」

 「うむ。ああ、ボンビーノ家からの協力が得られない可能性もある。特使を私以外に別にもう一組、大急ぎで送っておくのも忘れぬように。無駄になったとしても、保険はかけておきたい」

 「承知しました」


 早速とばかりに、フバーレク家は動き出した。


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