しかしまわりこまれてしまった!
ナザリックの先の草原を抜けて森をガーネットは歩く。地図もなくあてもない道中だが、太陽が昇り始める場所が東だとすると恐らく西に向かって歩いているだろう、ということはわかっていた。その道中は既に日が落ちて、周囲は月明かりと星明かりのみとなっていた。
ガーネットの持つ指輪を切り替えれば睡眠は不要になるかもしれないが、そのアイテムが本当に効くのかは不明である。睡眠が必要ないと思って起き続けたら、ある日突然コロッと死んでしまうかもしれない。
そう思ったガーネットは睡眠をとるためにクナイで3mほどの穴を掘って、夜はそこで寝ることにした。クナイはもともと土を掘るのも
湿った土が身体に着き、体温を奪われそうだが、不思議なことに体温が変わる気配はなく、この真夜中でも問題なく寝れそうである。
月明りしかない森で一人地面に横になると、森の不気味な静寂が襲ってきて不安になる。こうなると
森に入ってからガーネットは、ユグドラシルでゴブリンやオーガと言われるモンスターや大きな蜘蛛のようなモンスター、5mはある大蛇などを見かけたが、隠密を使って彼らに近付けば、顔の前で手を振っても気付かれる様子はなかった。索敵や看破能力を見る限り、レベルを判定する
どう贔屓目に見ても、
できれば知的生命体で、周囲の地理や地名を把握してる人間に話しをしたいが、ガーネットには
(まぁなるようになる、……かな?)
ナザリックで捕まっていた騎士達は人間だった。つまり少なくとも国か、人間のいる集落のようなものがあるのは間違いがないだろう。
……ガーネットはいつの間にか寝てしまっていたようで、森が騒めき始めて目が覚める。嫌な夢でも見たのか寝汗が酷かったので
そのまま暫く当てもなく森をまっすぐに進んでいると、森が終わり再び草原が見えてくる。その数百m先には木の塀で囲まれた村のようなものと、村の周りには畑のようなものが見え、中からはいくつかの生体反応を感じる。
軽く身なりを整えて、振り子の羅針盤を持って村の周辺をぐるりと一周するが、羅針盤は灰色を指しておりレベル5以上の存在もアイテムも存在しないことがわかった。また、徐々に隠密のスキルを解除して近づいてみるがこちらに向かってくる存在もいない。
敵意のないことを示すために
「すみません、私は少し道に迷ってしまってこの辺りの地名を知りたいのです。教えてくれませんか?」
なるべく敵意を持たれないように男に話しかけるが、男はこちらを見るなり石像のように固まり動きを止める。嫌な予感が当たってしまったのだろうか、と思いながら短くない時間が過ぎ、ようやく男が口を開いた。
「ぁ
「……ぁ?」
男が一文字だけ発して止まり、そもそも言葉が通じるのかどうかという疑問が今更ながら思い当たる。異世界で日本語が通じるとは限らずこちらの言葉が通じなかった可能性もあり、もしかして男はこちらが何と言ったか分からなかったのかもしれない。ガーネットは身振り手振りを交えて再び伝えようとする。
「ぁぁぁぁぁぁァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア化け物だあああアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?!!!? 」
突如、男が悲鳴のような声を出して村に響き渡る。男は後ろに倒れた状態のまま小便を漏らし、手足を器用に使って蜘蛛のように畑から村へと後ずさりながら逃げていった。
一方、ガーネットは頭を抱えて叫びたい気分であった。いや実際に頭を抱えてうずくまっていた。
文字通り設定だけだったNPCが設定通りに生きて動いている。ならば自分も設定通りになっていない保証がどこにあるだろうか。
フランケンシュタインの怪物──それは
男の怒号を聞いて村からこちらを覗いた子供たちが悲鳴を上げ、一人の女が泡を吹いて気絶した。
静かで平和的な村は一転し、阿鼻叫喚の様相と化し、突如地獄の悪魔に襲われたかのような事態へと変わっていくのだった。
「早くあの冒険者達を呼べ!」
「あのー」
「早馬を出すんだ!」
「その前に女子供を避難させろ!」
「せめて村の名前だけでも──」
「汚らわしい化け物め! 何を企んでいる!」
「急いで槍をもってこい! 門扉を閉めろ!」
「あ、はい、すみません」
鐘が何度も鳴らされて村中に響き渡り、村からは煙が昇る。勇気のある子供からは石が投げられ大人からは矢が放たれる。幸い目視で避けれる速さで威力も大したことなかったが、気持ち的に避ける気持ちになれずに石が当たる。しかし石が当たった箇所は何ともなかったが、心が痛い。
ガーネットは消していたスキルを再び使い、隠密活動を再開させた。
「消えたぞ!
「なんだと! ならばあれが暗闇の邪蛇か!」
「我ら人間を舐めるなよ! 刺し違えてでも子供達は守る!」
何やら盛り上がり始めた村人達に背を向けてガーネットは森へと帰る。この世界には人間しかいないのだろうか、日本語が通じることがせめてもの救いか。そんなことを考えながらガーネットは森へと戻って行くのだった。
◆
「口寄せの術!」
ガーネットは森に入ってすぐの場所で待っている間、一人でナザリックでは確認ができなかったことを一つ一つ確認していた。ナザリックで確認できたことは主に二つ。幻術がユグドラシルの頃よりも応用が効くようになったことと、グラフや表を見なくてもなんとなくでどれぐらい隠れられているか、見られているかがわかるようになったことだった。図面やグラフで画面が覆われていたユグドラシルと比べると、非常に動きやすくなったという感覚がある。
ガーネットは戦闘を捨てたことを補助する為にとっている職業レベルがあり、それがテイマーの上級職の口寄せ師である。口寄せ師はニンジャの職業を取っていないと得ることができず、テイマーの職業を取っていないと口寄せする忍獣との契約イベントをこなすことができないという職業であった。ガーネットは職業構成を特化させるために目的の忍獣との契約イベントを終えた後にわざとPKされることでテイマーの職業レベルをなくして、再び口寄せ師の職を得ている。
口寄せ師は1lvにつき一つの忍獣と契約できて、イベントで手に入るlv50以下の忍獣は一度に多く口寄せできるが、lv50以上の忍獣は一度に一体しか召喚できないが希少な能力を持っており自分でテイムしないといけない。
ガーネットが使える忍獣は5種類おり、そのうちの3種類がイベントで手に入れた低レベルの忍獣である。
LV10の財宝探知をする八咫烏
LV10の敵感知を目的とした三眼鴉
LV28の色に沿った属性攻撃が出来、標的に向かうと自爆する五色蛙
忍獣はレベルが低いほど少ないMPで多く口寄せできるのが特徴で、これらの大抵は敵への目眩しやターゲティング晒しに使われる。
残りの2種類は実際にテイムして捕まえて厳選に厳選を重ねた高レア忍獣である。
LV85の火・毒への完全耐性を持った回復役の瓢箪蝦蟇
LV90の
口寄せする忍獣の最もいいところは、イベントで手に入れた忍獣であれば一度に口寄せできる上限が多いことと、普通のテイマーで手に入れた獣と違い、例えモンスターがやられたとしても異空に帰るだけですぐに再召喚できることでMPが続くかぎり召喚することができることである。広範囲攻撃には弱いが、一対一の遭遇戦や逃走の際に目くらましとして非常に役に立つのだ。
今回召喚しようと試みている忍獣は、LV85の瓢箪蝦蟇。5mほどの巨大な黄色い蛙で、口の中に入って移動することで召喚主を回復することができる忍獣である。これが使えるか使えないかでこれからの行動に大きく違いが出る実験だったが、なぜか上手くいく気配がない。
「なんでだ? ユグドラシルではこう、地面についた手から赤い紋様が現れてそこから出てくる感じだったけど……、ん? 赤色?」
もしやと思い、昔聞いた漫画をまねて指を少しだけ噛み切ろうとするが思ったよりも歯がたたず、仕方なくクナイで掌を少しだけ切って血で馴染ませる。そして血で濡れた手を地面に当てて再び叫ぶ。
「〈口寄せの術〉!」
今度は血が何かしらの紋様を描き始める。その血の紋様が異空との鍵であることが理解でき、鍵を開ける感覚が脳裏をよぎる。そこから大きく煙が現れ視界が高くなる。足元から出てきたのは5mほどの巨大な黄色い蛙、瓢箪蝦蟇だった。視界の隅では先程から見ていた変な蛇人が驚いているのが見て取れる。そしてこの蛙との間に、何故か言うことを聞いてくれるという不思議な繋がりを感じた。
血を流した手を見た蛙がベロを伸ばし、傷ついた掌を舐める。すると、先程まで切れていた傷はすっかりと塞がり生暖かい粘液を残して治っていた。
(これ、毎回手から血を流さないといけないのか、普通に痛いしちょっと面倒くさいぞ……お、やっときたか?)
そうして実験の成功に満足していると、森の入り口から10人ほどの人間の集団がやってくるのがわかる。さらにこの森から少し離れた所には一人の男が身を隠している。
村で化け物扱いされてから、あえてここから遠く離れなかったのは理由があった。それは、村人達のレベルが低いこの世界に実力のある警察機構のような存在、もしくは武力組織、又は兵器などがあるのかどうかを知りたかったからだ。
それに実力者ならば話をすることはできるのか、顔さえ見られなかったら話は通じるのか、幻術の自分の姿ならば話すことはできるのか。知りたいこと試したいことはまだまだある。
そもそもガーネットにはナザリックを出てからの目的は二つあった。
一つは探し物を、そしてもう一つが、ナザリックに対抗できる組織や集団、国を見つけて味方になってもらうことだ。
人を殺すだけでなく当然のようにバラバラにして実験に使うことを許容するモモンガさんと話すには、何かしらの後ろ盾か組織、又は贈り物でもないと心もとない。
ちなみに一番いいのが自分と同じようなユグドラシルプレイヤーを味方にすることだ。ユグドラシルプレイヤーならフランケンシュタインの怪物ということにも引かれずに味方になれるだろう。
瓢箪蝦蟇とフランケンシュタインの怪物、どちらの方が恐れられるのかは分からないが、一応蛙を隠しておきたいと思う。
そんなこちらの意図を察したのか、体から酸のようなものを出してずぶずぶと蛙は地面に沈んでいき器用に体を土で隠し始める。
「〈半身隠し〉〈覗き見〉〈遠吠え〉〈回響の界廊〉〈闇眩まし〉〈我慢〉〈多重残像〉」
身体の右半身が透明になり、ガーネットの眼が遠くの景色まで透けて見えるようになる。遠くへと距離を無視して話しかけれるスキルを使用し、音の出所を誤魔化し、どこからか現れた闇が身体を覆っていく。2回まで攻撃を受けても隠密が解除されないスキルを使用して、魔法で自身の幻影を作り出す。そのまま自分の幻術を引き連れて森にやってきた人間たちの元へと向かうのだった。
10人からなる人間の動きを木の上から見てみると、統制のとれた動きで全員が何かしらの武装をしていた。
羅針盤が示す色は緑色か黄緑色で、およそ10lv〜20lvぐらいの強さだと分かる。
武器を持っただけのlv1の集団というわけではないことへの安心感があるが、銃や兵器などではなく剣や弓を使っていることへの僅かな失望感が勝る。
レベルの低さ的に、ここは俗に言うRPGなどの〈はじまりの町〉のような場所なのだろうか? また彼らが辺り一帯の実力者なのだろうか。知りたいことは多々あるがとりあえず彼らに対して声をかける。
「あー、私は少し先の村に行って追われた者です! 少し聞きたいことがあります! まず皆さんは私を討伐しに来たのでしょうか?!」
まず知りたいことはフランケンシュタインの怪物の声だけで恐れられるのか、そもそも会話できるのか、である。先ほどの村では考えなしに話しかけて没交渉になってしまったが、姿さえ見せなければ交渉できるなら今後取れる手段も増えるだろう。突然聞こえてきた声に驚いたのか集団の動きが止まり一斉に武器を構え警戒するかのように陣形を作りだした。
「そうだ! 我々は貴様が何者か調べに来た冒険者だ! 貴様は何者だ!」
「私はただ道に迷った者です! この辺りの地理を教えてくれないでしょうか!」
「姿も見せない者に答えることなど何もない! 敵意がないことを示したいのならばその姿を見せろ!」
「……わかりました! 今からそちらに行きますが、私に敵意はありません! なので皆さんも攻撃してこないでください!」
「いいだろう! 出てこい!」
リーダーらしき者が後ろの仲間のほうをチラと見て後ろの人間が弓矢を構える。攻撃の意志は消えていないが、どうやら姿を見せなければ発狂はされないし会話もできるのがわかったので次の確認に移る。
魔法で作った自らの幻影を彼らの元へと歩かせ、自分は森の外で草原に身を伏せている男のもとへと駆けていく。後ろに一人だけ隠れている男が万が一の時に逃げる役目なのだろう。
伏せている男の背後に立ち、幻術の自分を10人の冒険者とやらの前へと動かしてどうなるのか観察する。
「ッ、お、お前みたいな化け物を信じられるか阿呆が!! <武技 兜斬り>!」
「〈武技 突貫〉ッ!」
「〈
「〈
……どうやら幻術の姿で話しかけても敵対されるようで、姿を見せた瞬間に聞いたことのある魔法や知らない攻撃が繰り出されるのが聞こえる。しかし彼らの剣は手応えもなくすり抜け、矢は後ろに刺さり、樹木同士が絡み合っていた。
幻術に向かって攻撃されたのを確認して草原に隠れてた男を平手で叩く。地面に顔を叩きつけられて鼻血が出ているが上手い具合に気絶してくれたようだ。
戦闘能力に優れてないと言っても、ガーネットは前衛職の忍者である。純粋な戦士で考えたらLV60ぐらいの力はあるし、防御力だってLV50ぐらいはある。速さだけなら純粋な戦士職でも上位に食い込むし、あの防御ガン無視した忍者、弐式炎雷さんと同じくらいはあるのでレベル20以下しかいない人間に負ける理由がない。だから顔を地面にぶつけるほど叩いたのは力加減に慣れてないだけで、決して人間からの反応にイラついていたわけではないだろう。そういうことにしておこう。
(このアバターの外装、嫌いじゃなかったんだけどなぁ。設定で醜いとされてるからってここまで嫌わなくても……。しょうがないと分かってても、少し腹立つな。あー、先行き不安だなー)
そんな暗雲とした気持ちを胸に、鼻血を出して倒れた男を肩に抱えて、幻影と戦っている男たちの元へと急ぐのだった。
忍獣。オリジナル設定。ナルトの口寄せみたいなイメージでお願いします。1日の限度回数がないのが強み。以下書けなかった妄想という名の説明
八咫烏。より課金してるプレイヤーへと突っ込むので無課金同盟殺しと呼ばれる。運営からの課金しろというメッセージ
青生生魂マンダ。ヒヒイロカネが取れる鉱床に稀に出現するが、他のプレイヤーとの取り合いが原因でテイムするのが難しい。その巨体によって遠くからも他のプレイヤーチームに見つかり、高い耐久力によって契約するのに時間がかかる。他所にテイムされるなら殺してしまえ思考になってテイム前に殺されるのが常。もしテイムするなら鉱床全体を占拠しなくてはいけない
振り子の羅針盤 モンスターやプレイヤー、アイテムの相場レベルを20段階で測定。
あ、前回?のあらすじの「?」は誤字じゃないです。つまりはそういうことです
感想、評価、共に励みになります。誤字脱字報告あれば直します。
読んでくれてありがとう!