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メイドな俺と執事な彼女

作者:シロツミ

「お嬢様、朝ですよ。起きてください」


 扉を二回ノックしてそう呼びかけるものの、反応が返ってこない。仕方がないので、「入りますよー」と声をかけてから扉を開け、中へと入る。すると、すでに起きていたようで、ベッドに腰を掛けて小さくかわいらしい欠伸(あくび)をする少女の姿がそこにあった。


「お嬢様、おはようございます。もう、いつものことですけど、起きているなら返事をしてくださいよ」

「別に良いだろう?君はうちの家、より正確にいえば私に仕えるメイドなんだ。ご主人様のささやかな嫌がらせに付き合ってくれたっていいだろう?」


 ―――栗生珠希(くりゅうたまき)、この日本という国単位でみてもトップクラスの大富豪、栗生家の長女で、フランス人と日本人のハーフで、ブロンドの髪に整った顔立ち、小柄ながらもすらりと伸びた脚を持ち、また頭脳面でも栗生家の名に恥じず、全国トップクラスの学力を持つ、まるで漫画にでも出てきそうな完璧超人女子高校生、それが彼女である。

―――そう、完璧超人なのだが…。


「ほら、いつもの通り着替えさせてくれ給え」

「ちょ、またですか!毎度のことですけど、着替えくらい自分でしてくださいよ!」

「そんなこと言われてもなぁ。我が家の伝統として、服に毒やらなんやらが付着していた場合を警戒して、備え付きのメイドに管理してもらった服を着せてもらうというものがあるのだから、しょうがないだろう。―――分かるだろう?栗生家に長年メイドとして勤めている家系、長谷川(はせがわ)家の君になら」


 ―――そんなことはこっちも分かっている。だからと言って、納得できない事情というものもこちらにはある。


「だからって、お嬢様だって分かっているでしょう!!」

「ん~?何のことか存じ上げないな?」

「俺が、(おとこ)だってことですよ!!」


 ―――長谷川家は、栗生家の初代からずっと、メイドとして勤めてきた。元々は、今のようなメイドとご主人様という関係ではなく、友人に雇われた家事代行という立場だったらしい。栗生家の当主は海運業にて成り上がり、長谷川家の家事代行が勤めていた家を売って豪邸を購入し、その際に家事代行やなんかも一新したそうなのだが、そこでの家事代行が言い方は悪いが、大変使えなかったそうで、再度長谷川家に家事代行を頼み、期待通りの仕事をしてくれた栗生家は大いに感謝し、そこから栗生家と長谷川家の関係が始まり、年月が経つにつれ段々とその関係と変わっていき、今では長谷川家は女の子が生まれた場合、必ず栗生家にメイドとして仕えさせることになっている。――そう、なってしまっているのだ。

しかし、現在、栗生家には珠希という仕えるべき存在がいるのにも関わらず、長谷川家には仕えていない女性はいない。そんな状況に陥った時に、どこでバカの遺伝子が混じったのか、栗生家の現党首様がバカなことを言い出した。

―――確か、珠希と同じくらいの年の男の子がいたよな?よし、そいつにメイドをさせよう。

正直、嫌で嫌で仕方なかった。しかし、本気でボロボロと涙をこぼしながら俺に泣きつく両親の姿と、俺の一存で栗生家と長谷川家の関係を終わらせかねないというプレッシャーに負けて、依頼を了承し、そこから周りにバレぬよう名前を変えた長谷川(ゆい)という女の子としての俺のメイド人生が始まった、始まったんだけど――――。


「ほう、君が長谷川(ゆう)か。私は栗生珠希、君がこれから仕える、いわゆる君のご主人様だ。これから、よろしく頼むね」


 ――――俺は運の大変悪いことに、この栗生珠希(ドSクソ野郎)に仕えることになってしまったのだ。

こいつの性格の悪いこと悪いこと、俺の事情なんて全部知っていて、両方の家のトップも共に俺はメイドという立場だが、事情が事情ということで、別にメイドとしての衣装、メイド服を着なくてもいいと許可を出してくれているのだが、こいつは俺のご主人様として、『何処に連れて行っても恥ずかしくないように、私に仕えているときは常にメイドの格好をしていなさい』と命令してきやがった。

そのせいで、俺はこいつに仕えているときは、常にメイド服を着ていないといけないし、それだけでなく、何処に出ていってもご主人様が恥をかかないように、メイドとして違和感がないようウィッグをつけて女装までしなければならなくなってしまっている。

 ―――この、クソ野郎め…。

思い出しただけでも腹立たしい、そんな思い出をつい思い出してしまってジロッと珠希を威嚇する。

そんな俺の様子を確認した上で、こいつはニタニタと口角を上げながら、言葉を口にした。


「ああ、もうこんな時間か。唯、私を学校の制服に着替えさせてくれ」

「はあ!?お前、もう俺をおちょくるのもいい加減にしろ!!」

「何を言っているんだ、唯?私はただメイドに着替えさせてほしいと頼んだだけだぞ?私と君の家の関係において、このお願いは特別おかしいものだとは思わないが?」


 ―――くそっ!!だったらそのニヤケ面を少しはどうにかしやがれ!!

そう心の中で口にするものの、うまい解決策は思い浮かばす、俺はこいつを着替えさせることとなった。


◆◆◆◆


 ―――ああ、疲れた。

着替えの最中にも、珠希が明らかに意図的に俺のことを挑発してきたせいで、肉体的にはともかく、精神的に無茶苦茶疲れた。

 もうここで思いっきり伸びでもして、珠希の悪口をひたすら口にしてやりたいもんだが、両家の関係上、そしてメイドとしてもそんな行動は許されない。思いっきり無理をして、背筋を伸ばし廊下を一人の女性として歩く。

 ―――すると、一人の男性とすれ違った。


「おはようございます。三木谷(みきたに)さん」

「おはようございます。長谷川さん、何度も言っていますが、『さん』付けはやめて下さい。私はただのバイトで、あなたとは身分も立場も違うんですから、下の名前でも、好きに呼び捨てにしてください」

「いえ、私とあなたはご主人様、この家においては珠希様に仕えているという対等な立場なんですし、栗生家に仕えるものとして相手に敬意を払わないなんてことはできませんから。本気で呼び捨てを望むようなら、三木谷さんから私を下の名前や呼び捨てで呼び捨てにしてください。そう呼んでくださったら、こちらも同じ呼び方で返しますので」


 俺の言葉に、目の前の青年は思わず苦笑いを見せる。

―――三木谷純(みきたにじゅん)さん、肩辺りまで伸びた黒髪を一つにまとめている、身長は180㎝程だろうか?俺と同い年の高校生らしいのだが、今時の高校生にしては、結構、体もがっしりしている印象の、若干細目ながらも整った顔を持つ青年だ。

そんな彼を見て、思わずため息が漏れそうになり、必死にそれを飲み込む。


「それじゃあ、また」

「あ、はい」


 45度ほど頭を下げ、挨拶をして互いに歩き出し、彼の姿が見えなくなったところ辺りで「はあ…」とため息を吐いた。

―――ああ、いいな。高身長で格好良くて、俺にないものをたくさん持っている。

格好良くて、しっかりしていて、礼儀正しくて、かといっていじられるとかわいい反応を示すなんて、まるで世の女性たちが持つ理想の男性としてのイメージを体現しているようだった。

そんなことを思うと、ついまたため息が漏れそうになり、慌てて飲み込む。

―――俺はあいつじゃないんだ。男として生活できないストレスを、あいつにぶつけるなんてことはあってはいけない。

 珠希だけじゃなく、俺もこの後学校があるんだから、さっさと仕事を終わらせて学校に行かないと、と思い、俺は再び足を動かした。


□□□□


 ―――ああ、なんで私こんなことやっているんだろう。

鏡に映った自分の姿を確認して、私は思わずため息をつく。

―――180㎝もある身長に、肩幅もかなりがっしりとしている。男性物の服を着て、肩まで伸びた黒髪を一つにまとめてしまえば、もう男にしか見えない。

その事実を確認して、再度「はぁ…」とため息を吐く。

―――私、三木谷純は女なのだ。

なぜこんなことになってしまったのか、それは少し前まで遡ることになる。


◆◆◆◆


「ねえねえ三木谷さん、バレー部に興味はない?あなたの身長があれば、初心者でもすぐ活躍できるようになるよ」


 高校に入ってから、この手の勧誘がものすごく増えた。もちろん、父親の転勤によって岐阜の田舎から東京という日本でトップの都会に出てきて、接する人数自体が増えたのもあるが、岐阜では周りが気にしていることを知っていて、無理に来なかったというのもあるのかもしれない。

無視するわけにもいかないので、「ごめんなさい」と頭を下げて、ダッシュでその人から離れる。

 ―――私、三木谷純はこの身長が、この体がコンプレックスである。

周りの人は「背が大きいと高いところにも手が届くからいいよね」とか、「スタイル良いからいいじゃない。私なんて短足だよ」などと言ってくるが、良いところなんてほとんどない。

背が大きいから、そこら中に頭ぶつけるし、体が大きい所為で女性物の服はあまりサイズが合うのが売ってなくて、男性物を買うことになるし、良いことなんてほとんど、いや全くない。

 この身長の所為で、高校生活においてもつらい毎日を過ごしていたのだが、ある日仲の良い友達があることを提案してきた。


「純ってさ、コスプレとかって興味あったりしない?」

「―――え?」

「純にね、この執事のキャラクターのコスプレ似合うと思うんだよ!今年の夏にさ、一緒にコスプレしない?」


 その友達の言葉に私は衝撃を受けた。

―――彼女が言ったのは、執事のコスプレ、つまりは男装が似合うということだ。だったら、いっそのこと開き直って、普段から男装してしまえばいいんじゃないだろうか。

今までこんな体だから、かわいい服、女の子らしい服に憧れを持っていたが、いっそのこと開き直って男性の服を着てしまえば、男性としても大きめの私の体は映えるだろうし、楽しいかもしれない。

 そうして開き直るという選択肢が思い浮かんだのだが、執事のコスプレが似合うというの自体が、一緒にコスプレをしたかった友達のお世辞ということもあるかもしれない。

 そういうわけで、とりあえず本当に似合うのか第三者の意見を聞いてみたいと思い、私は執事喫茶のアルバイト募集に応募してみた。

―――ここで、私は二つも大きなミスをしてしまった。

 一つ目は、執事喫茶に応募したつもりが、間違えて本物の執事募集のバイトに募集してしまったこと、二つ目は羞恥心に負けて男として履歴書を出してしまったことだ。

 ―――性同一性障害であるとかでもなく、完全な女であるのに男として振る舞う、振る舞いたいと、赤の他人に知られるのが恥ずかしく感じてしまい、やっておいてもばれないかな?と偽りの性別で履歴書を提出してしまった。

この二つのミス、いやまずそんな行動を起こしてしまったこと自体によって、私はその後大変苦しむこととなった。


―――私が間違えて履歴書を出してしまったのは、なんとあの大富豪、栗生家のバイト募集だった。

この事実に気づいたとき、まずあの栗生家が執事をバイトなんかを募集するのかと驚いたものだが、あくまでも清掃やなんかのバイトで、執事の衣装こそ着ているものの、所謂清掃のバイトとして雇う人を探していたらしい。

そんな大富豪に対して、私は性別を偽った履歴書を出してしまったのだが、なんと一次面接を通過することになった。

その事実に浮かれ、「受からないって分かってはいるけれど、受かっちゃったらどうしよう?こんな豪邸で働けるなんて、みんなに自慢できるよ」なんてウキウキしながら二次面接会場を訪れ、二次面接が始まった瞬間―――――私の気分はどん底に落とされた。


「―――君は、一体何の目的で我が栗生家に身分を偽造してバイト募集に応募なんてしてきた?スパイ行為か?それとも、誘拐でも企んでいるのか?」


 ―――私が身分を偽ったという事実は、相手にはとっくの昔にばれていて、この二次面接会場に呼び出されたのも、この件について私に問答をするためで、本当に呼び出された者たちとは会場も別だった。

 私は、自分のやらかしてしまったことの重大さをそこでやっと理解して、ひたすらひたすら謝り倒すのだが、相手はそんなことで許してくれたりはしない。

―――何処の業界にも顔の利くっていう栗生の家で、こんな大きなやらかしをしてしまったのだ。私の人生、ここで終わりかな?

そんな風に絶望していると、扉が開き、私と同年代ほどの少女が部屋の中に入ってきた。


「珠希様!?なぜこんなところ!?」

「いやぁ、栗生家に身分を偽造して送ってきたなんて馬鹿がいるって話を聞いたもんで、ちょっと興味があって来てみたんだ」


 周りの人の反応を見ると、少女は何やらすごい立場の人のようだった。少女は、周りの大人の静止も聞かぬままこちらへと近づいてきて、椅子に座る私を見下ろすように口を開いた。


「で、君が噂の子かな?名前はなんて言うんだい?」

「み、三木谷純です」

「ほう、純ちゃんか。じゃあ純ちゃん、なんで君は栗生家に対して身分を、性別を偽った履歴書なんて送り付けてきたんだい?」


 少女のこちらを除く目は、なんとも表現できぬプレッシャーがあり、言う気もなかったが、とても嘘・偽りなど吐けるような状況ではなかった。

正直に言うということに羞恥心を感じ言い出しにくいものの、言わないわけにはいかない。

私は、正直に目の前の少女に対して偽った訳、そして栗生家にそんな履歴書を送った訳をしゃべった。


◆◆◆◆


「あはは、はは、あははははははは!!」

「た、珠希様。お気を確かに」

「これが笑わずになんていられるか!スパイでもなんでもなく、ただの間違いで身分を偽った履歴書を、この栗生家に対して提出するなんて。――ふ、ふふ、あっははははは!」


 目の前の少女は、さっきまでの威圧感なんてどこへやら、お腹を抱え込むようにして大声で笑った。

しばらく待ち、少女の笑いが止まった後、少女は先ほどまでのキリっとした表情を取り戻した上で、口を開いた。


「では改めて、君は一体自分が何をしたか理解しているかい?」

「えっと、自分が勝手に偽った履歴書によって、栗生家の皆さんに迷惑をかけてしまいました」

「ああ、本当に分かっていないのか。『最近の若者は~』ってセリフは、老人どもが適当に吐いているだけと思っていたが、あながち間違いじゃないかもしれないな」


 そこで一息置いた後、少女はニヤッと不気味に口角を上げながら、再度言葉を紡ぐ。


「―――君がやったのは、私文書偽造罪という紛れもない犯罪だ。これからの私たちの行動一つで、君を少年院にぶち込むこともできる」

「―――え?」


 ―――少年院、ぶち込む、犯罪、逮捕。

これまでの人生で考えたこともないようなワードばかりが登場し、頭が混乱する。私の人生はどうなってしまうのか、視界が急に真っ暗になったような錯覚に陥り、訳も分からなくなる。


「―――ごめんなさい!お願いです!許してください!」

「謝ったところでどうにもならないだろう。これは、君がやらかしたミスだ。責任を取るのは当然君だろう」


 その言葉を聞き、私ががくんと落ち込んだのを見てから、少女は再度、言葉を紡いだ。


「―――だが、あることをするならば、君を警察に差し出したりはしないと約束しよう」

「―――え!本当ですか!私、何でもします!」


そう私が口にすると、少女はさらに不気味に感じるように、口角をグイっと上げた。


「―――君には、私専属の執事となってもらう」

「珠希様、それは―――!」

「―――ん?君は私に意見するのかい?」

「―――…いえ、なんでもありません」

「それじゃあ、話を戻そうか。君には私専属の執事となってもらう。―――ああ、高校はやめる必要はないよ。もちろん給料も払うし、放課後と土日祝日だけ来てくれればいいから」


 少女は、スーツを着込んだ周りの大人をじろっと見つめて黙らせた後、再度こちらを向き言葉を紡いだ。

その条件に、思わず私は歓喜した。

この二次面接会場に来た時点で、もし受かったならここで働こうと思っていたのだ。それでいいのなら、全然大丈夫だ。

そう思って、少し心に余裕が出て、ひきつった顔が若干元に戻ると、少女はきょとんとした表情を見せ、こう言った。


「何『これだけでいいんだ。良かった』見たいな表情しているんだ?」

「―――――え?」


 なんで?それだけじゃないの?頭の中を(はてな)マークが支配する。


「まさか。それだけだと、あなたにとっては、給料の良いバイト先が見つかって、そこで働くだけなんですよ?そんなのが条件として成立するわけがないじゃないですか。

――――本当の要求はこれだ。今、ここにいるメンバーと私の両親以外は、あなたが履歴書を偽って出したなんて事実は知らない。だったら、ここにいるメンバー以外には、その事実がばれないように、バイト生活を送ってくれ」

「――えっと、すいません。ちょっとどういう意味か、よく分からないです」

「簡単に説明すると、君は、君が女だって事実を隠して男として、うちにバイトに来てもらう。もし、誰かにバレたりしたら、その時は、こっちから君に対して訴訟を起こす、ということだ」

「は、はぁぁぁあ!?」

「あ、そういえば自己紹介がまだだったな。私は栗生珠希、栗生ホールディングス取締役の栗生雄介(くりゅうゆうすけ)の一人娘になる。以後よろしく頼むな」


 そんな衝撃的な発言を残して、その少女、栗生珠希は去っていった。

そこから、私は性別を隠しつつ、執事として生活を送ることとなった。


◆◆◆◆


 そうして、執事として雇われることになったのだが、その三か月後に父さんがまた転勤することとなって、私は珠希様にそういうわけで辞めさせてくれとお願いしたのだが、逆に珠希様から「君は両親の転勤についていきたいのかい?この土地にやってきてから友達だって出来ただろう。それに、ついていくとなると、ついていった先の高校へ編入手続きをしなければいけなくなる。結構めんどうくさいぞ?両親とは、長期休みを利用したり、ちょっと無理すれば土日を利用したりすれば、合うことができるだろう。―――改めて、君は本当についていきたいのかい?」と聞かれて、仲良くなったみんなと別れることと、移った先でまた仲のいい友達ができるだろうかという不安から、「こ、ここに残りたいです」とついその場で思ったことをそのまま口にした結果、彼女は「そうか。ならばこちらから居住スペースなどの生活環境を提供しよう。こちらとしても、こんなにすぐに辞められては困るし、君はかなり頑張ってくれているからな、個人的にも惜しい。できる限りのサポートはしよう」と言って、その翌日に栗生家の人がうちの両親にも直接あいさつに来て丸め込まれてしまい、私は栗生家の敷地内に住むこととなり、その結果、今までの放課後と土日以外に、朝も学校に行く前に働いてから学校に行くようになった。


「はあ…」


 思わずため息が漏れる。

 ―――いや、別に待遇やら何やらには、特に不満はない。

ついため息が漏れてしまったのは、バレたら警察に突き出されるとはいえ、周りの人をだましている罪悪感と、もう一つは――――。


「おはようございます。|三木谷さん」


――――噂をすれば、もう一つの理由がやってきた。


「おはようございます。長谷川さん、何度も言っていますが、『さん』付けはやめて下さい。私はただのバイトで、あなたとは身分も立場も違うんですから、下の名前でも、好きに呼び捨てにしてください」


 ―――長谷川唯さん、私と同い年の高校生だという、珠希様専属のメイドさんだ。

唯さんはすごい人で、私はとても手が出せない炊事に関しても手を出しているらしく、珠希様の朝ご飯と晩ご飯、さらには学校に持っていくお弁当に至るまで彼女が作っているらしい。

 そんな完璧な彼女を見るたびに、勝手に圧倒的なまでの女子力の差を見せつけられた気になって、ついつい溜息を吐いてしまう。彼女も女性にしては大きめで、身長は165㎝らしいのだが、家事は何でも出来ていつも冷静、それながらちょくちょく見せるかわいらしさなど、まさしくできた女性を体現しているような人なので余計にだ。


「いえ、私とあなたはご主人様、この家においては珠希様に仕えているという意味では対等な立場なんですし、栗生家に仕えるものとして相手に敬意を払わないなんてことはできませんから。本気で呼び捨てを望むようなら、三木谷さんから私を下の名前や呼び捨てで呼び捨てにしてください。そう呼んでくださったら、こちらも同じ呼び方で返しますので」


 続いて飛び出してきた言葉に、私は思わず苦笑いをしてしまう。

―――こんな真面目でしっかり者の女性に対し、性別を偽った状態で接しているのだ。とても相手を呼び捨てにすることなんて出来ない。

そうやって苦笑いのまま黙っていると、長谷川さんが「それじゃあ、また」と言って頭を下げた。それに合わせて「はい」と返事をし、こちらも頭を下げ、互いに自分の向いていた方向へと歩き出す。

―――この罪悪感を払うためにも、しっかりと仕事を頑張ろう。

私は、私自身にそう誓い、気合を入れて掃除をした後、着替えるために一度自分の部屋へと帰り、その後学校へ向かった。


□□□□


 祐も純もいない、登校中の車の中において、私、栗生珠希はクスクスと思い出し笑いをしていた。

あんなことを言って彼女を脅しはしたものの、正直、例え彼女が女だということが周りにバレようとも、私に彼女を訴訟しようなんて気はさらさらない。

それにバレたとしても、周りも私に騙されてかわいそうという反応を示すくらいで、彼女を糾弾するものなどいないだろう。

なのに、どうして嘘までついて彼女を雇ったりしたかといえば、単純に面白そうだからだ。

うちの家にはもう一人、性別を偽って務めている者がいる。そいつと彼女は互いに私専属のメイドと執事であるため、顔を合わすことがとても多い。彼らは互いに互いの性別のふりをしているので、彼らの演技は彼ら自身が顔を合わせたとき、とても必死なものとなる。

そんな様子を見るだけで、もう面白くて面白くてたまらない。

 それに、何が一番面白いかって言えば――――――。


◆◆◆◆


「あ、祐君おはよう。今日は結構ギリギリだね」

「いや、ちょっと準備に手間取っちゃってな」

「あれ?今日何か特別必要なものなんてあったっけ?」

「あ、いや、何でもない。忘れてくれ」

「む、そう言われると気になっちゃうな」


◆◆◆◆


―――――別に何の細工もしていないのに、彼ら二人が同じ学校に通い、しかも同じクラスの隣通しの席に座っているのだ。面白くてたまらない。

―――二人はこれから一体、どんな関係になっていくんだろうか?お互いの正体がお互いにバレるのだろうか?

 まだ見ぬ未来を想像して、口元を隠して笑った。





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