魔導国冒険者組合史   作:塩梅少年

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時系列は10巻の後あたりです



新米冒険者の門出

 ◆

 

 

 後に大虐殺と称されることになる王国と帝国の戦争から数週間。魔導国の首都となったエ・ランテルの城壁の前に広がる平原を、五人の集団が進んでいるのが見える。五人のうち、ただ者ではない雰囲気を醸し出す四人が前を進みその後ろを多くの荷物を背負った少年が続いていた。

 見識のある者が見れば最後尾の一人を除いて、彼らの持つ武器は魔法の輝きを宿し、身に纏う装備は特別な物であることがわかるだろう。また目ざとい者が見れば前を歩く四人の胸元には冒険者の証であるプレートがなく、逆に後ろを歩く少年には銅のプレートがあることに気付くだろう。

 

 全身を高価な武装で固めた四人の正体は帝国で元オリハルコン級冒険者チームとして名を馳せた〈四獣〉というチームであり、帝国の冒険者組合から話題の魔導国の冒険者組合へと移転を望んで移動している者たちであった。魔獣の毛皮や鱗を使用した鎧に身を纏った彼らの顔には幾重もの死線を乗り越えたことによる自信が漲っているのが感じられる。

 

 稀に生まれる白い虎の魔獣がアンデッド化し、死を撒き散らす魔獣と化した稀少なモンスター、〈呪白虎(スカー・ホワイトタイガー)〉の毛皮で身を包むのは、かつて帝国の魔法学院を優秀な成績で卒業した後に冒険者という茨の道を選んだ魔法剣士の青年、チームリーダー“バイフ”

 討伐に第三位階相当の治癒魔法が使える神官が必要と言われる、猛毒を吐く凶悪なモンスター〈バジリスク〉の羽根を衣にした手足の長い男は盗賊“ズクエ”

 オリハルコン級の耐久度を持つといわれオーガを食す獰猛な魔亀、〈巨大暴亀(クラッシュタートル)〉の甲羅で背中を守り戦うスキンヘッドをした大柄な男は、盗賊〈ズクエ〉の弟、モンク“シュアン”

 あらゆる魔法抵抗が高く、〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉と並んで魔法詠唱者(マジックキャスター)の天敵と言われる〈清涼竜(リフレッシュドラゴン)〉の鱗で出来たマントを着用した老人は魔法詠唱者(マジックキャスター)“チンロン”

 

 チーム名の由来ともなった彼らの魔獣の防具らは、彼ら自身が戦った戦利品であり、彼らの強さと経験を窺うことができる。

 そんな歴戦の猛者の後ろを歩き、彼らの分の荷物を一人で背負う少年は、虐められてるわけでも彼らの奴隷というわけでもない。彼は帝国の名も売れていない銅級冒険者であり、彼らのように魔導国の冒険者へとなるためではなく、アンデッドが支配する噂の魔導国を一目見たいがために、駆け出しの冒険者お馴染みの仕事、“荷運びのポーター”として彼らの荷物を運んでいるのであった。

 

 

「おい、魔導国が見えてきたぞ」

 

 

 リーダーであるバイフが叫び、他の四人の視界にもエ・ランテルの三重城壁が見えてくる。しかし彼らの目に最初に入ってきたのは有名な城壁ではなく、その城壁を遥かに超えるサイズの、左右に置かれた超巨大な骨組みであった。

 エ・ランテルが王国であった頃には聞かなかった建築物の存在に、噂伝いだけだった魔導国の存在を直に感じる。目に入った建築中の建物についてリーダーのバイフが情報通の魔法詠唱者のチンロンに問いかける。

 

 

「十中八九、例の魔導王が作るよう命じたんでしょうけど、一体何を作ってるんだ? チンロン爺さんはなにか見当がつきますか?」

 

「儂にもさっぱりわからんの。しかしアンデッドがすることを我々生者が考えても詮無きことじゃが、あそこまで馬鹿でかいとは何じゃろうな? エ・ランテルは城塞都市として既に充分な防壁を備えている。もしかしたら像か何かでも作らせているのではないか? アンデッドの王が人間の都市を支配したことを示すためにな。ふん、いずれにせよ碌なものではないじゃろう」

 

 

 そう言ってチンロンは建築途中の建造物を若干憎悪を含んだ目で睨む。その目はまるでかつての仲間の仇を見るような眼差しであった。剣呑な雰囲気を感じとった盗賊ズクエは周囲を確認して周囲に何もなしということをジェスチャーで仲間に伝える。周囲にあまり聞こえないぐらいの声でズクエはチンロンに話しかける。

 

 

「チンロン爺さん、周りに誰もいないと言っても、ここはもう魔導国に近いんだから敵対しかねない言動は控えてくださいよ。昨日みんなで話し合って一応は魔導王を信用するって決めたばかりですし。

()()皇帝が魔導国の属国になるという噂が意図的に流されているのを見るに帝国は魔導国には敵わないと、そして()()皇帝が帝国を売り渡すぐらいには信用できる寛大な人g……アンデッドであるはずだと。リスクを覚悟してでも得られる物があると結論を出したじゃないですか」

 

「うむ、兄者の言う通りだ。仮にもアンデッドとはいえ、これから支配下に入ろうとする者の目ではないな。さすがに最低限の礼儀は弁えないといかん。礼儀も備えた謹厳実直な冒険者が俺たちが目指す理想であろう。それともチンロン爺はかのアンデッドの王に怖気付いたから帰りたいのか?」

 

「ふん、わしは貴様らが親の腹の中にいる頃から冒険者をやっているんじゃ、舐めるんじゃないわぃ。強大な力を持つからという理由で逃げるような腰抜けではないわ、魔導国の冒険者組合を最大限利用して成り上がってみせるわ」

 

 

 魔導国を利用するというチンロンの発言に軽く同意するように頷く三名。魔法一つで二十万もの兵を蹂躙した魔導王を恐れていないような発言に、彼らの話を後ろで聞いていたポーターの少年は、不思議そうに質問を投げかけた。

 

 

「み、皆さんは魔導王が怖くないんですか? 王国の民衆をたった一つの魔法で殺しつくした悍ましいアンデッドって噂ですのに……」

 

 

 その少年の質問に、リーダーであるバイフが代表して答える。

 

 

「……正直怖いさ、でも怖いから何もしなかったら俺たち冒険者は人々を救えない。恐怖を乗り越える勇気と、ピンチも利用する度胸を持たなければ、正義の味方は名乗れないし、人類の英雄には届かない。

 もちろん魔導王がエ・ランテルの民衆に危害を加えてるのなら勝てずとも立ち向かうぐらいの恐怖は感じてるよ」

 

 

 彼ら〈四獣〉の四人は〝英雄になる〟という同じ夢と目標を持った者が集まったチームであった。オリハルコン級冒険者まで駆け上がり、幾多の敵を倒し人々を救ってきてすでに早数年。彼らの勇敢な戦いぶりは、常に周囲から称賛されてきた。

 しかし、彼らは今まで国の危機を救うような〝人類の希望〟と称される帝国の〝銀糸鳥〟や〝漣八連〟などのアダマンタイト級冒険者や、帝国の切り札である第六位階魔法を行使するフールーダに比類することはできなかった。

 

 英雄という誰もが憧れ一度は目指す目標に、ここまで順調に来れた彼らは才能の限界という壁に突き当たっていた。変わらない現状と手が届かない夢に挟まれて燻っていた時に、王国では僅か数か月で長年の目標であった英雄(アダマンタイト)級になった二人組の冒険者が現れ、今のまま(努力だけ)ではどうにもならないという現実を感じ取っていた。

 

 そう行き詰っていた彼らの元に、超越した力を持つ存在が冒険者を集め支援しサポートするという情報が入ってきたのだ。それは彼らにとっては一生に一度あるかないかの機会(チャンス)としか思えなかった。

 その情報が嘘でないことがわかったその日に皆で話し合い、ある人物の頼みと重なったこともあり、その翌日には帝国から移動する準備を始めた。

 

 バイフの質問に答えなかった他の三人の表情も彼の意見に同意というものだった。強大な存在に対して一歩も引かずいざとなったら立ち向かう覚悟のある彼ら、元オリハルコン級冒険者という一握りの強者になってもなお高みを目指す彼らに少年は感嘆した。そんな少年に対してバイフは逆に質問を投げ掛ける。

 

 

「そんなに魔導王が怖いんだったら君はなぜわざわざ僕たちについてきてまで魔導国に行くんだい? 別に君は魔導国に拠点を変えるつもりはないんだろ?」

 

「……僕は単にアンデッドが支配する国とはどういうものか知りたいだけなんです。でも、僕だけじゃ魔導国に一人でいく勇気もありませんでしたから今回は渡りに船でした。

 帝国で有名な先輩方がいくと聞いて共に行ければ怖くないかなと思いまして。魔導国を一目見たい思っただけで、皆さんのように立派な志しや信念があるわけじゃないんです。ただの知的好奇心なので」

 

「ふーん、確かにお主には魔法も剣の才能もあまりない。己の力に自信が持てるまで鍛えてたら数十年は経っててしまいそうだしのう、しかしアンデッドの支配する国を見てみたいだなんてお主も変わり者じゃのぉ」

 

 

 チンロンの強者ゆえの発言を軽く笑って流す。アンデッドとは恐怖の存在であり忌避されるものである。アンデッドが支配する魔導国を見たいと言った者は数いれど、その大半はエ・ランテルの民が虐げられてないか心配したり、敵国を調査するための物言いであり、知的好奇心からそういう者は少年の周りにはいなかった。

 そう言ったチンロンにリーダーのバイフが軽く拳を入れているうちに、一行は魔導国へと歩を進めるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 簡単な手荷物審査と講習を受け、リーダーのバイフが魔導国の冒険者になりに来たという旨と入国する人数を答え、魔導国へと入国する。どうやら彼らが魔導国の冒険者へとなるためには、簡単な筆記試験と体力試験があるようだ。

 魔導国に入ってすぐに、魔導王が支配するという生者への憎しみと殺戮への期待が灯ったような全身鎧(フルプレート)の警備兵に出会ったときは心臓が止まったかと思ったが、彼ら〈四獣〉達にとっては魔導国の冒険者組合への期待を高めることになったらしく、案内の間にも熱く語り合っていた。

 

 彼ら〈四獣〉が()()()を兵士に渡し入国の手続きを終える。お勧めの宿屋を教えてもらい城壁の中に入った先で待っていた光景は目を疑うものであった。

 事前に言われたことではあるがアンデッドの馬車が走り、エルダーリッチが都市を歩き回る姿を見たときにはまるで冥界に来たかのような錯覚を覚えた。そして都市に住む人々に笑顔はなく、まるで活気はない。

 

 銅級冒険者の少年はポーターとしての報酬を貰い〈四獣〉の面々の試験を応援し別れた後、城壁の兵士に教えてもらった宿屋へと行く。

 元オリハルコン級冒険者の四獣のようにエ・ランテルで最も有名な宿屋、黄金の輝き亭に泊まれる金があるわけがない銅級冒険者の少年が行く先は、かつてこの都市の若手冒険者達が多く泊まっていた酒場を兼ねた宿屋である。

 魔導王がこの都市の支配者となって以来ほとんどの若手冒険者が村や別の都市に逃げ出して店は閑古鳥が鳴いているらしく、かつての活気がなくなった宿屋では店主が酒を飲む日々が続いてるらしい。それゆえ今では格安の値段で泊まれるようだ。

 なけなしの貯金とスケッチブックと筆を握りしめ、初めて見る他国の都市を眺めながら少年は歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 飲んだくれの主人の愚痴を聞きながら、アンデッドの馬車や街を歩く警備兵士のスケッチをしながら宿屋に泊まり、エ・ランテルを観光する日々も一週間が過ぎた頃。噂の魔導王を一目見ることは叶っていないが、少年は金が心許なくなってきたので帝国へと帰る準備を始めていた。その時、少年を訪ねて一緒にエ・ランテルまで来た〈四獣〉が宿屋へとやって来た。

 

 何用かと疑問に思って尋ねたところ、入国審査で彼らが質問に答えた際、〈魔導国の冒険者組合への加入希望の人数〉と〈魔導国へ入国する人数〉を混同して答えたことで面倒なことになっていたらしい。端的にいうと少年にも魔導国の冒険者加入審査に参加してほしいそうだ。

 それぐらい融通がきかせられないのか、あの時担当した兵士に事情を説明してもらえば何とかなるんじゃないかと聞いたところ、彼ら四獣もそう考えていたようだが、その時に担当した兵士は魔導国に既にいないらしく、他の兵士から合格しても入らなくていいし人数合わせでいいから連れて来てくれと泣きながら頼み込まれてしまったらしい。

 少年は知らない仲でもないので、彼らの頼みを引き受けることにした。それに加入するのに試験が必要な冒険者に、銅級冒険者が受かるはずもない。そう考え彼らの頼みを承諾したのであった。それに運が良ければ、試験の最中に魔導王の姿やまだ見たこともない異形の生物を見ることができるかもしれない。

 

 試験会場の部屋には20人ほどが座れる机があり、部屋の前面の黒板に「時間になったら座るように」という意味の言葉が帝国語と王国語で書かれてあった。

 人数合わせだという話はここまで案内した試験官に伝えたので、あとは軽く受けて帰るだけだ。〈四獣〉の面々はこれから行われる試験について真剣に話し合っている。

 この都市で出会ったのだろう、他にも魔導国の冒険者組合へと加入するために帝国から来た元冒険者やワーカーと思われる屈強な人達とも話し合っていた。少年は彼らの邪魔にならないように隅の席へと座る。

 自前のスケッチブックに今日見たエ・ランテルの街並みを書いて試験が始まるまで時間をつぶすことにした。

 

 時間前に皆が席に座り、黒板に書かれた時刻になったと思ったのも束の間、誰にも気付かれずにスーツを着た男が黒板の前に現れていた。現れた男は蛙とも人ともとれる顔をしており、エ・ランテルでアンデッドばかり見ていた彼は新鮮な驚きを受けた。

 誰も男が部屋に入ったところを見ていないという静かな驚きが他の受験者間に走り静寂が支配する。部屋を軽く見回した蛙は満足そうに顔を歪めた。おそらく笑ったのだろう。

 少年は初めて見る種族に目が離せない。見たことも聞いたこともない未知の種族を見れただけでも来た甲斐はあったのだろう、そう考えていると男が話し始めた。

 

 

「さて、我らが敬愛なる魔導王陛下が治める魔導国の冒険者へとなるために遥々やってきた諸君。今回君たちの筆記試験官をさせて頂く私の名前はデミウルゴス、短い時間ですがよろしく頼むよ。

 まず始めに聞かなければならないことがあるのだが……この中に帝国語と王国語、どちらも読み書きができない者はいるかね? 『もしもいたら正直に手をあげてほしい』」

 

 

 どこか威圧感のある声を上げたデミウルゴスと名乗った男が再び一人一人観察するように見渡すが、手をあげる者はいなかった。

 帝国は王国よりも識字率が高く、特に帝国では冒険者の代わりとして騎士団が活躍しているので、帝国の冒険者の多くが文字の読み書きを習得して仕事の幅を増やそうとする。よって実力のある帝国民はだいたいが文字の読み書きができるのである。

 この中で最も弱いと思われる少年もある程度の帝国語の読み書きを学んでおり、つまりはここに集まっている彼らの中に読み書きができない者はいなかった。

 

 

「いないようだね、それでは今から試験について説明するが、もしわからないことがあれば話の後に挙手して聞きたまえ」

 

 

 デミウルゴスという試験官は一呼吸置き、今日行われるテストについて話し始める。

 

 

「さて、魔導国における冒険者組合の位置付けは国の機関の一部であり、一言で言うのなら未知を既知にすることを目的とした機関である。

 今から行う試験は簡単な質疑応答の筆記と、基本的な能力の確認と基礎体力の計測だ。筆記といっても志望動機や簡単な常識があるかの確認なので安心して受けてほしい。魔導国の機関に愚者を入れるわけにはいかないからね。

()()()()()()()()目指す者としてただ試験に望んでくれればそれでよい。逆に言えば()()()()()()()()()()常識がない者は落とさせてもらう。

 その後行われるのは君たちの能力の計測だ。筆記で落とされても、特異な才能を示すことができたら免除することもありうる。

 それらを通して合格した者だけが別室で魔導国冒険者組合に関しての詳細な説明を受けることができる。勿論話を聞いた後に冒険者に入りたくないと思って辞退しても構わない。再び試験を受けるのを待つとしよう。

 魔導国冒険者組合に関しての詳しい質問はこの試験に合格した者のみしか受け付けない。一応国の情報機関という位置づけになるので情報漏洩は避けたいからね。さて、ここまでで質問のある者はいるかな?」

 

 少年は周囲を軽く見渡すが特に質問をする人はいないようだった。

 今の説明は、詳しいことを知りたかったらまずは試験に受かってからにしろ、と暗に言ったにすぎないのを皆理解しているのであろう。

 そして落とされる可能性のある試験だと知り受験者の顔つきに真剣味が増したようでもあった。

 しかし試験管の説明を聞いた少年は、四獣やここに集まった受験者の考えている冒険者と、魔導国の言う冒険者の間に違和感があることを感じとっていた。

 

 

「それでは今から用紙と筆記用具を配るので、名前と質問に対する回答を書き終わったものから私に用紙を提出してくれ。

 名前はすぐ書いてもいいが、それ以外を書き始めるのは私の合図を待ってからにしたまえ。そして終わった者から後ろの扉から外に出るように。部屋の外には、次の試験を担当する者がいるから彼らの言うことに従ってくれ」

 

 

 そうしてデミウルゴスと名乗る試験官が用紙と筆記具を配り始める。少年にも紙が渡され自然と試験官の顔が近づいた。蛙のような顔からするとトードマンの一種なのだろうか? しかし帝国で吟遊詩人(バード)から聞いた話とはかなり印象が違う気もする。

 少年は魔導国の冒険者組合になる気はもとよりないので、適当に書いて終わらそうと考える。名前の欄には帝国の冒険者として使っている名前を記入した。

 これは彼の本名ではない、家族に居場所を知られたくなくて冒険者として通名を使っているのだった。本来なら平民の彼の名は二つでてきているが、彼の使う名は一つだ。

 名前を書き終えた少年の耳に試験管の声が聞こえる。

 

「皆に回ったようだね。それでは始めてくれて構わない。『()()()()()()()()()()()()()()()()』」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 ……、

 

 

 

 

 

 ……、

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ふと気づけば思っていたよりも筆記に時間がかかり、書き終えたのは受験者の中で一番最後であった。常識について問う試験と言っていたが、志望動機や目標について書く欄が多く、真面目に書きすぎたようだ。今更適当に書いて早く終わらせればよかったと気づく。

 時間を無駄に浪費したことを軽く後悔し、次に案内されたのは少しだけ広い運動場のような場所であった。

 そこでは複数の蜥蜴人(リザードマン)の亜人の前で人を見立てたであろう案山子に魔法を打ち込んだり、武技で岩を砕きアピールをしている〈四獣〉の面々や、重装備を着て走ったり、巨大な剣で武技を繰り出す他の受験者達がいた。おそらくあの蜥蜴人(リザードマン)たちが次の試験官なのだろう。彼らの首元には何かのネックレスが付けられている。蜥蜴人(リザードマン)をこんなに近くで見るのは初めての経験であった。

 扉から出てきた自分に気がついた、氷のような剣を腰にぶら下げた蜥蜴人(リザードマン)が近づいてくる。近づくだけで自分よりも強い強者であり、〈四獣〉の先輩達に近い実力であると予想できた。冒険者を続けていたら彼ら(蜥蜴人)のような亜人ももっと見れるのだろうか。

 

 

「君が最後の受験者だな、俺は蜥蜴人(リザードマン)のザリュース・シャシャだ。基礎体力測定の試験官の一人を任されている」

 

 

 そう言って手を前に差し伸べてきたのでこちらも挨拶をしながら普通に握り返す。するとこちらを見る蜥蜴人(リザードマン)の眼がなぜか変わったような気がした。

 

 

「筆記お疲れ様、これから君の基本的な筋力や持久力を計測させてもらう。その後に君のアピールポイントや特異なタレントがあればアピールしてくれ。今、先に試験を終わらせた彼らがやっているのはそれだね、準備運動などは必要かい?」

 

「いえ、大丈夫です。すぐに始められます」

 

(岩を砕き、雷を出し、傷を癒す。世界をまたにかける冒険者は彼らのような存在なんだなぁ。今日は自分の体力を知ったことを収穫にして帰ろう)

 

 

 そのように考え、準備された基礎体力測定を順にこなしていく。今だなお自己アピールする先輩達と比べ、自分のアピールできることもは特にないのですぐに測定が終わり運動場を後にする。試験官に従って待合室と書かれたプレートの部屋で呼ばれるまで待機することになった。

 

 別室で一人待っていると、名前が呼ばれた。他の人がまだ自己をアピールしているのに名前を呼ばれたということは、大方の予想通り落ちたのだろう。はたまた名前を書けば受かる、ただ常識があるかどうかを尋ねた形式だけの試験なのかもしれない。

 名前を呼ばれ、部屋を移動する。案内された部屋にいたのはカエル顔の筆記試験官のデミウルゴスであった。彼に促されるまま椅子に座る。

 そして彼のカエル顔が満面の笑みに変わった気がした。試験に落ちたのではないのかという疑問を顔に浮かべたのがわかったのかデミウルゴスは拍手をしながらこう述べた。

 

 

「おめでとう、君は見事合格だ」

 

 

 そう言われ、一瞬頭が真っ白になるがすぐ答えに行き当たる。すなわちこの試験は先ほど思い当たった後者。一般常識さえあれば受かる類の試験だったということだ。ゆえに試験が終わった者から合格が言い渡されるのだろう。しかし元々魔導国の冒険者になりに来たのではないので話を断ち切ろうとする。

 

 

「既に話を聞いていると思いますけど、僕は元々魔導国の冒険者にはなるつもりはなかったんです。ですのでありがたいお話ですが辞退させてもらいます。僕の才能じゃあ、先輩たちのように支援される価値もありませんから」

 

 

 そう言って席を立とうとするも、デミウルゴスさんの手のジェスチャーで止められる。わざわざ勧誘する価値もない、実力も入る気もない者を引き止める理由が何かあるのだろうかと疑問に思いながら座り直すと、衝撃のことを言い始めた。

 

 

「君は何か勘違いしているようだが、今回の試験で合格したのは20人中君を含めて三人だけだ。君の言う先輩とは一緒にこの試験に臨んだ〈四獣〉のチームのことかな? 彼らは全員不合格だ。魔導国は()()()()()()合格を出したし、勧誘しているんだ。できれば最後まで話を聞いてから決めてくれないかな?」

 

 

 絶句した。オリハルコン級の実力者達が落ちて、受かる気もなかった銅級冒険者の自分が合格する──? 何かの間違いが起こったとしか考えられなかった。〈四獣〉は冒険者として帝国の規範とされるほどの人格者達で経験も実力もあり、彼らが落ちて自分が受かる理由が考えられない。思わず立ち上がり試験官に問いかける。

 

 

「な、なんでですか?! 俺はただの銅級冒険者ですし、武技も一つしか習得できてません! 才能だって特に見つからなかったし、特別な才能(タレント)があるわけでもありません! 何かの間違いじゃ──」

 

「『落ち着きたまえ』。意図的に説明していなかったのだが、まずは君の勘違いを訂正しようか。我々魔導国、いや我が親愛なる魔導王陛下が求めている冒険者とは、今まで君たち人類がやってきた冒険者とは根本的に質が異なるものだ。そもそも我々は君たちに力や才能を求めているわけではない」

 

 

 試験官(デミウルゴス)の言葉を聞いた途端、落ち着きが戻り始める。力や才能以外に、冒険者に求めることがあるのだろうか? 

 

 

「なぜなら魔導国は冒険者に頼らずとも国を守っていける。この都市の冒険者に仕事がなくなっていることは聞いているかい? 私たちは冒険者(君達)にモンスター退治をしてもらいたいわけではない」

 

 

 

 かつては冒険者の溜まり場だったと言っていた宿屋の店主の愚痴が思い起こされる。そして胸の奥である期待が膨らみ始める。彼のいう冒険者とはもしかして──という淡い期待が

 

 

「魔導王陛下が求めている人材、それは未知を明らかにし、そこで出会った者達と友好的な交流を作れる人材だ。

 それは決して他者を殺し崇められる英雄ではないし、国民をモンスターから守る希望でもないし、悪を懲らしめる正義の味方でもない。

 例えば先ほど君が語った四獣のメンバー、彼らは帝国の冒険者としてモンスターを殺し人々を守ることに慣れすぎてしまっている。

 強い敵と遭遇した時に友好ではなくどうやって殺すかと敵意を向けてくる者には魔導国の代表を任せることはできない。

 そしてなにより彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼らが興味あることは英雄という理想に近づくことだけ。

 その点君は非常に素晴らしい。未知を明らかにするという探究心の高さ、そして武器を持った亜人に対しても敵意を持たず向き合える友好的な性格。君こそまさに魔導国の冒険者として相応しい人物だと総合的に判断したのだ。彼ら(四獣)は落ちて、君は試験に合格したのだから、もっと誇ってくれてもいいんだよ?」

 

 

 試験官(デミウルゴス)が優しく続ける。凝り固まっていた常識が溶かされるような感覚がした。

 

 冒険者とは選ばれし強き存在なのだと──、それでも世界を知りたくて──。

 世界を巡る権利は才能ある者にしかないと──、才能がなくても冒険がしたくて、家族の制止を振り切ってまでなった冒険者。

 

 しかし現実は非情なものである。強くあれば見たいものが見れるのに、知りたいことが知れるのに。しかし弱き者には許されない。持たざる者には権利がないのだと思い知らされてきた。

 

 しかし彼の主(アンデッドの王)は言っている。探究心こそ冒険者だと。冒険には、英雄も希望も正義もいらないと──

 思わず涙が溢れそうになり、しかし、今なお現実(幸運)を理解できない頭が言葉を紡ぎ出す。

 

 

「でも、俺すごい弱いですよ、せっかく支援してもらっても、俺にできることなんて、何も──」

 

 

 口から溢れるのは否定の言葉。そんな幻想なんてないのだと、夢見る世界はないのだと、否定する材料を探してしまう。しかし魔導国はすぐに肯定した。

 

 

「我が親愛なる魔導王陛下が欲する人材はただ一つ、〝未知を求め、世界を知りたいと思う者〟ただそれだけです。あなたはもっと行動力のある人物だと思っていたのですが……ではそうですね『正直に答えてください』

 あなたは、未知の世界を知りたいですか? 我が主人の魔導国が作る冒険者組合に興味はありますか?」

 

 

 蛙顔の試験官の後ろに、アンデッドの王が手を差し伸べる姿を幻視する。未知を求めるかの王とはどのような人物なのだろうか、それを自分は何も知らない。この都市に来たが姿も見てもいない。

 しかし、この都市に来た時の自分とは違う。なぜなら知ったからだ。アンデッドの王の思想の一端を。求めるものはここにあると。

 

 

「知らないことを知りたいです。魔導国の冒険者に是非とも入りたいです」

 

 

 先ほどとは違い、心から勝手に正直な言葉が出てくるようであった。

 そしてその返答に対して試験官(デミウルゴス)が破顔する。その笑顔につられて思わずこちらも破顔した。

 

 

「わかりました。では魔導国の冒険者について詳しい説明を始めたいと思います」

 

 

 そう言い、試験官(デミウルゴス)はいくつかの書類を机の上に並べ出す。すると大事なことを思い出したかのように尋ねてきた。

 

 

「そういえば筆記試験で書かれた君の名前は冒険者用の通名かね? 魔導国の正式な書類を使うので、君の正式な氏名を教えてくれないか?」

 

「はい、私の名前は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけ魔導国が求める冒険者に大事なのって、モンスター殺す技術とかより、地図作る技術や、豊富な知識なんじゃね?
10巻でモックナックが報酬とか強い武器を冒険者は求める〜のあたりで、それって本当に魔導国が求める冒険者かなぁと思って書きました


↓以下細かい設定
〈四獣〉のメンバーは適当です。
中国の四神の青龍、朱雀、白虎、玄武をそれぞれ中国語読みにしただけです。

リザードマンのネックレスは〈敵意感知〉の魔法かかったネックレス的な物で、亜人に敵意を持つかどうかの試験です。体力測定とかは建前で本質はそこにあります。ンフィーレアレベルの希少タレントなどがあった場合は、勧誘の流れ

冒険者組合に加入できるまでのルート
1.筆記試験に合格
2.支配の呪言効かない(レベル40以上)場合(試験を真面目に受けてるかどうかで判断)
3.希少タレント
4.落ちたことにごねた受験者がデスナイトにタイマンで勝ったら
…ですかね?

個人的に真面目に魔導国の冒険者考えて、こうなるのかなーとかの妄想は
試験と面接に合格した人たちが
①地図学②採集学③民族学④歴史学⑤モンスター学⑥生態学⑦地質調査学⑧防衛学⑨危険察知学
みたいな資格を取れる専門学校に通うことを許可されて、そこで一定の資格を得てやっと冒険(仕事)に出れるみたいなイメージでした。
才能ない人は学力方面をやっとけみたいな
あとは武力は上級レイスとか連れて、緊急連絡用に自害用のアンデッド(死んで連絡)を連れて行くのかな?アインズ様のアンデッドだと大変だから、パンドラのアンデッドかななどと妄想



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読んでくれてありがとー

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