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【書評】

国策落語はこうして作られ消えた 柏木新(しん)著

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◆戦争へ 権力の介入と忖度

[評]奥山景布子(きょうこ)(作家)

 時に「読むのが辛(つら)い良書」に出会ってしまうことがある。本書がまさにそうだ。

 <五人廻(まわ)し><明烏(あけがらす)><権助提灯(ごんすけぢょうちん)><紙入れ>……。現在寄席などで頻繁にかかる人気の噺(はなし)だが、これらが一九四〇年に「時局柄にふさわしくない」として高座にかけることを自粛され、いわゆる「禁演落語」五十三席の中に入っていたことは、ご存じの方も多いだろう。

 全国民の目を戦争へと集中させようという権力側の意向と、それを忖度(そんたく)、自粛せざるを得なかった当時の落語界の動向については、著者の前著『はなし家たちの戦争』に詳しい。

 禁じられる落語がある一方で、奨励された落語があった。それが本書で取り上げられている「国策落語」である。

 著者は戦前の情報機構の動きを史料によって丁寧にたどり、一九四〇年に設置された内閣情報局がいかに大衆芸能に介入したかをつまびらかにしている。

 <出征祝><大陸の花嫁><報国妻賢><黄金動員><緊(し)めろ銃後>……。

 題名から容易に察せられるとおり、これらは戦争遂行の世論形成のために作られた新作落語である。あらすじや作者の詳細も提示されていて、史料価値も高いが、読めば読むほど辛くなる。

 これら「国策落語」が「禁演落語」と最も異なる点は、落語界側がある意味「主体的に」参画した跡が容易にたどれてしまうことだ。

 常に大衆と対峙(たいじ)し、好みを肌で感じ、それに応じた芸を作り出していく落語家。時代を読む能力と順応性、創造力に恵まれた彼らは、哀(かな)しいことに、権力に忖度した「国策落語」の作り手としても、優れた手腕を発揮してしまう。

 落語の持つ風刺性や批判精神が封じられ、時代を「読み」「乗る」ことばかりが暴走していく過程は、ため息なしに読むことができない。

 危うくうかつに、誰でもが時流に棹(さお)さしてしまいがちな昨今。戒めとして、この本を当分、常に視界に入るところに置いておこう。校正に甘さがあるのが残念である。

(本の泉社・2200円)

1948年生まれ。話芸史研究家、演芸評論家。著書『落語の歴史』など。

◆もう1冊 

柏木新著『はなし家たちの戦争』(本の泉社)。Kindle版(電子書籍)

 

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