始まりの0時
-DIVE TO GAME-
帝暦2XXX年――
世界の大半を支配した通称“大帝国”は恐るべきGAMEを開始した。
征服した国々の支配を磐石にする為、反逆の芽を摘む為、見せしめとも言える残酷なショーを大々的に開催したのだ。
狂気としか思えぬ、その内容とは――
属国となった国々からランダムで“プレイヤー”と呼ばれる国民を集め、最後の一人になるまで殺し合わせるというもの。
大帝国はそれらを世界中に放映し、公のギャンブルとした。
誰が勝ち残るか、二番目に残るのは誰か、最初に死ぬのは誰か?
残虐かつリアリティ溢れる内容はある種、映画などを遥かに超えたものであり、大帝国の民――神民の心を鷲掴みにしていったのだ。
全世界へ流されるGAME――そこでは幾多のドラマや悲恋が生まれ、生き残る為に、何の恨みもない他人を殺す“剥き出しの人間”の姿を見る事が出来た。
人間競馬、人生ゲーム、蜘蛛の糸、GAMEには様々な呼び名が与えられ、暇を持て余した大富豪達がGAMEへと注ぎ込む莫大な賭け金は、次第に国家の重要な資金源と化していった――
選ばれる側の“国民”は日夜、恐怖に怯え。
見る側の“神民”は、狂気の娯楽に酔い痴れた。
「GAME」
勝ち残った一人に与えられるのは莫大な財産――そして、神民への切符。
但し、それ以外の参加者に待っているのは例外無く、死であった。
■□■□
西暦2016年 日本――――
「このイベント、懐かしいな……」
今まさに、そんな恐ろしい“ゲーム”に参加している男が居る。
だが、彼の表情には怯えも恐怖も無い。
彼の名は大野 晶 ――何処にでも居る社会人である。
勝手知ったる何とやら、とでも言うべきか。
彼はこのゲームを個人で運営している男であり、全てを知り尽くした会場に恐るべき何物も存在しなかった。
何よりゲームはPC画面の中にあって、現実に何の影響を与えるものでもない。
「長い趣味になったな」
ぽつりと、消え入りそうな声で男が呟く。
このゲームが動き出したのは2001年、世はインターネットの黎明期であった。
そして、今や2016年である。15年ものの骨董品、そう呼んで良いだろう。
その長い歴史も――――今日で終わる。
男はカタカタとキーボードを叩き、時にはマウスを激しく動かし、ゲーム画面を次々に切り替えていく。
その様を見ている限り、特に目的らしい目的はないのだろう。
ただ、画面に映る全てを網膜に焼き付けようとしている――そんな姿だった。
(もう少しで0時か…………)
いつもはゲームの開始を告げる時刻だが、会場には男一人しか居ない。
0時になればサーバーの契約が切れ、ゲーム会場は丸ごと消し飛ぶ。男は大勢での別れではなく、一人での別れを選んだのだ。
(15年は長すぎたな……)
義務教育より長い期間のゲームなど、普通に考えればありえない事だ。
現にゲームが始まった当時は中学生だったような子らが、今では立派な社会人となっているのだから。
中には結婚し、立派な親となった者も居るし、海外へ行った者も居る。其々が責任ある立場となり、自由な時間を失っていったのだ。
――それらはある意味、健康的と言うべきだろう。
男とて例外ではない。
かつては自由気ままにゲームの改造へ熱中し、時には睡眠すら忘れてゲームの運営へ没頭していた男も、年月と共に立場が出来上がり、仕事に大部分の時間を取られるようになっていった。
「次はどのエリアに行くかな……」
男はこのゲームのラスボスとも言えるキャラへログインし、時間ギリギリまで各地を歩く。時にそこは住宅街であったり、辺鄙な寺であったり、底の見えない深い池などであった。
その一つ一つが、男にとっては忘れ難い場所なのだろう。
23:58:20
「九内、お前もお疲れ様」
男が画面内のキャラへと話しかける。傍から見ればちょっと怖い光景だ。
画面の中では、優に肩まで届きそうな長い髪をした男が居る。
歳は軽く40を超えているが、その**は極限まで鍛え抜かれたものであり、その容貌は何処までも鋭い。
設定では大帝国の高官にして、この悪名高いGAMEの主催者でもある。
――九内 伯斗 (
このGAMEによる犠牲者 ( ――4143792人という膨大な流血と嘆きを生み出した、大帝国における魔王。
終焉の時を迎えるこの時であっても、その顔には酷薄な瞳が張り付いており、浮かべている冷笑はまるで変わらない。
九内の姿に何か感じるものがあったのか、男が軽く身震いする。
「まさか、最後の瞬間をお前と過ごすなんてな……夢にも思ってなかったよ」
男は九内の鋭い視線から逃れるように、それだけを言った。
その言葉を受けても、九内の表情は変わらない。当たり前だ――彼は操作されなければ動けない、ただのNPCに過ぎないのだから。
だと言うのに、男は何かから逃れるように矢継ぎ早に言葉を吐き続けた。
「何だか不満そうな面だな? 言っとくけど、お前がラスボスだろうが魔王だろうが、リアルには勝てないんだよ。まだ遊び足りないってんなら、勝手に続きをやってくれ――俺は明日に備えて寝るさ」
23:59:50
「じゃあな、九内。それと、お休み――――XXXXXXXXX」
00:00:00
男が万感の思いを込めて目を閉じ、次に開いた時――
視界に映ったのは“大森林”であった。
そこは神が見放し、天使が絶望する世界。
どうか驚かないで。
そして、聞いて欲しい。
耳を澄ませば聞こえる筈。
0時のベルはいつだって、“君”の始動を告げる音色なのだから――――
帝暦2XXX年――
世界の大半を支配した通称“大帝国”は恐るべきGAMEを開始した。
征服した国々の支配を磐石にする為、反逆の芽を摘む為、見せしめとも言える残酷なショーを大々的に開催したのだ。
狂気としか思えぬ、その内容とは――
属国となった国々からランダムで“プレイヤー”と呼ばれる国民を集め、最後の一人になるまで殺し合わせるというもの。
大帝国はそれらを世界中に放映し、公のギャンブルとした。
誰が勝ち残るか、二番目に残るのは誰か、最初に死ぬのは誰か?
残虐かつリアリティ溢れる内容はある種、映画などを遥かに超えたものであり、大帝国の民――神民の心を鷲掴みにしていったのだ。
全世界へ流されるGAME――そこでは幾多のドラマや悲恋が生まれ、生き残る為に、何の恨みもない他人を殺す“剥き出しの人間”の姿を見る事が出来た。
人間競馬、人生ゲーム、蜘蛛の糸、GAMEには様々な呼び名が与えられ、暇を持て余した大富豪達がGAMEへと注ぎ込む莫大な賭け金は、次第に国家の重要な資金源と化していった――
選ばれる側の“国民”は日夜、恐怖に怯え。
見る側の“神民”は、狂気の娯楽に酔い痴れた。
「GAME」
勝ち残った一人に与えられるのは莫大な財産――そして、神民への切符。
但し、それ以外の参加者に待っているのは例外無く、死であった。
■□■□
西暦2016年 日本――――
「このイベント、懐かしいな……」
今まさに、そんな恐ろしい“ゲーム”に参加している男が居る。
だが、彼の表情には怯えも恐怖も無い。
彼の名は
勝手知ったる何とやら、とでも言うべきか。
彼はこのゲームを個人で運営している男であり、全てを知り尽くした会場に恐るべき何物も存在しなかった。
何よりゲームはPC画面の中にあって、現実に何の影響を与えるものでもない。
「長い趣味になったな」
ぽつりと、消え入りそうな声で男が呟く。
このゲームが動き出したのは2001年、世はインターネットの黎明期であった。
そして、今や2016年である。15年ものの骨董品、そう呼んで良いだろう。
その長い歴史も――――今日で終わる。
男はカタカタとキーボードを叩き、時にはマウスを激しく動かし、ゲーム画面を次々に切り替えていく。
その様を見ている限り、特に目的らしい目的はないのだろう。
ただ、画面に映る全てを網膜に焼き付けようとしている――そんな姿だった。
(もう少しで0時か…………)
いつもはゲームの開始を告げる時刻だが、会場には男一人しか居ない。
0時になればサーバーの契約が切れ、ゲーム会場は丸ごと消し飛ぶ。男は大勢での別れではなく、一人での別れを選んだのだ。
(15年は長すぎたな……)
義務教育より長い期間のゲームなど、普通に考えればありえない事だ。
現にゲームが始まった当時は中学生だったような子らが、今では立派な社会人となっているのだから。
中には結婚し、立派な親となった者も居るし、海外へ行った者も居る。其々が責任ある立場となり、自由な時間を失っていったのだ。
――それらはある意味、健康的と言うべきだろう。
男とて例外ではない。
かつては自由気ままにゲームの改造へ熱中し、時には睡眠すら忘れてゲームの運営へ没頭していた男も、年月と共に立場が出来上がり、仕事に大部分の時間を取られるようになっていった。
「次はどのエリアに行くかな……」
男はこのゲームのラスボスとも言えるキャラへログインし、時間ギリギリまで各地を歩く。時にそこは住宅街であったり、辺鄙な寺であったり、底の見えない深い池などであった。
その一つ一つが、男にとっては忘れ難い場所なのだろう。
23:58:20
「九内、お前もお疲れ様」
男が画面内のキャラへと話しかける。傍から見ればちょっと怖い光景だ。
画面の中では、優に肩まで届きそうな長い髪をした男が居る。
歳は軽く40を超えているが、その**は極限まで鍛え抜かれたものであり、その容貌は何処までも鋭い。
設定では大帝国の高官にして、この悪名高いGAMEの主催者でもある。
――
このGAMEによる
終焉の時を迎えるこの時であっても、その顔には酷薄な瞳が張り付いており、浮かべている冷笑はまるで変わらない。
九内の姿に何か感じるものがあったのか、男が軽く身震いする。
「まさか、最後の瞬間をお前と過ごすなんてな……夢にも思ってなかったよ」
男は九内の鋭い視線から逃れるように、それだけを言った。
その言葉を受けても、九内の表情は変わらない。当たり前だ――彼は操作されなければ動けない、ただのNPCに過ぎないのだから。
だと言うのに、男は何かから逃れるように矢継ぎ早に言葉を吐き続けた。
「何だか不満そうな面だな? 言っとくけど、お前がラスボスだろうが魔王だろうが、リアルには勝てないんだよ。まだ遊び足りないってんなら、勝手に続きをやってくれ――俺は明日に備えて寝るさ」
23:59:50
「じゃあな、九内。それと、お休み――――XXXXXXXXX」
00:00:00
男が万感の思いを込めて目を閉じ、次に開いた時――
視界に映ったのは“大森林”であった。
そこは神が見放し、天使が絶望する世界。
どうか驚かないで。
そして、聞いて欲しい。
耳を澄ませば聞こえる筈。
0時のベルはいつだって、“君”の始動を告げる音色なのだから――――