ジルクニフ日記   作:松露饅頭

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番外編 影の悪魔の優雅な休日 前編

 私はシャドウデーモン。

 階層守護者たるデミウルゴス様の配下の悪魔にして、現在は守護者統括であるアルベド様の命を受け、ここバハルス帝国帝都に派遣されている。

 

 任務は皇帝ジルクニフの周辺での情報収集。

 基本は2日を1セットとし、1日24時間を皇帝の周囲に密着、その後仲間と交代したら2日目は報告書の作成・報告と、残りの時間を帝都内に拡大して諜報活動を行う、と、これまでは決められていた。

 

 しかし、今、ナザリック地下大墳墓の偉大なる支配者であるアインズ・ウール・ゴウン様の命により、状況は変わった。これまでの任務シフトに変更が加えられることとなったのだ。

 これまで通り2日を1セットとすることは変わらないが、これを3回繰り返すと、間に1日の「休日」なるものを挟む、と新たに定められた。つまり、7日に1度「休日」が巡ってくることになる。

 

 この「休日」にはナザリックへの奉仕をしてはならず、「自分の躰と精神のリフレッシュを目的とした行為」のみが許される。

 これは非常に困ったことで、至高の方々への奉仕を目的として創造された我々に対して、至高の方々への奉仕をしてはならないと言うのだから、これはもう拷問のようなものだ。この二律背反を前に、いったい何をどうすればいいのか、考えただけで混乱し憂鬱になってしまう。

 だが、冷静に考えれば、あの究極の智謀の持ち主であり、いと慈悲深き御方でもあるアインズ様の命令なのだから、単に我々を苦しめることが目的とも思えず、きっと私ごときでは思いもつかない遠謀深慮があることは疑いようもない。

 不安もあるが、まずは命令に従い、「休日」なるものを実際に体験してみるというのが正しい判断なのだろう。

 

 その、私にとって初めての「休日」が、今回の任務明けにやって来る。

 

 

 夜明け前の深夜、交代の仲間がやって来ると、私は皇帝の寝室を抜け出し、無事に隠れ家にしている帝都内の一軒の空き家へと戻る。

 

 実は今回の任務では、危うく失態を犯すところだった。

 夜中、敬愛するアインズ様フィギュアで色々なポーズをつけて見惚れている内に、つい楽しくなって笑い声を上げてしまい、それを〝激風〟とか言う騎士に聞かれてしまったようなのだ。

 翌日になって〝激風〟が、「あの人形、夜中に笑うんですよ!」と皇帝に青い顔で訴えていたが、幸いにも皇帝は寝ぼけたのだろうと言って取り合っていなかったので助かった。

 あの皇帝、一度寝ると少々のことじゃ朝まで起きないからな。

 

 しかし、こんなミスを犯すとは、初の「休日」を前に、自分でも気付かない内に動揺があったのだろうか。報告書には、そんなことも包み隠さず全て記載する。怒られるかも知れないが、己の保身の為にアインズ様に対して隠して良いことなど何一つ無い。

 それが私ごときシモベに対して「任務」という奉仕の悦びを与えて下さった、至高の御方への忠義というものだと心得ている。

 

 報告書を書き終えて提出すると、残りの時間を利用して帝都内の冒険者組合や犯罪組織のアジト、幾つかの貴族の屋敷などの巡回を行う。こういった細かい諜報活動から重要な情報がもたらされることもあるので決して手抜きはしない。

 しかし、今日に限れば幸か不幸かたいした成果も無く隠れ家に戻ると、いよいよ「休日」の時間となる。なんだか追い詰められた気分だ。

 私はタイムカードを押して、残っていた仲間達に一通り挨拶すると、隠れ家を後に我が家(ナザリック)への帰路についた。

 

 

 さて、ナザリックへと帰還はしたものの、いったい何をすればいいのか、さっぱり見当も付かないのには困ってしまった。

 最初は我等デミウルゴス様配下の直轄の持ち場である第7階層の赤熱神殿に向かったが、デミウルゴス様は相変わらず忙しく飛び回っておられるようで御留守とのこと。

 代わりに留守居の魔将(イビルロード)の方々に一時帰還の御挨拶と、自分が「休日」であることを告げると、御三方共なぜかやや困惑した様子ながら、「全身全霊をもって全力で休日を過ごすように」と激励された。

 

 しかし、恥を忍んで「休日」の具体的な過ごし方を聞いたのだが、魔将の方々も具体的には把握されていないご様子で、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)様曰く「と、とにかく頑張れ」としか言って下さらず、お気持ちは有難いのだが、あまり役には立たない。

 嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)様曰く「一日遊んでいても良いのでは?」という御意見もあったが、現在ナザリックにいる人間を道具に「遊ぶ」ことは禁止されているし、帝都や王都など、この世界の人間を使って遊んでは、後で任務にどんな影響が出るかわからない。「大丈夫だろう」との勝手な判断で失態を犯し、後で叱責されるなどは考えるだに恐ろしい。

 確かに「人間を使って遊ぶ」ことにかけては我々悪魔の得意とする所だが、人間という道具を入手するアテが無い現状では難しいというのが結論だ。

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)様曰く、デミウルゴス様は休日に「日曜大工」という行為をされているらしいが、残念ながらその詳細まではご存知ないそうで、プルチネッラ殿がおられれば何かご存知かも知れないという話だったが、残念ながらプルチネッラ殿もデミウルゴス様と共に外出されている。

 

 魔将の御三方はデミウルゴス様が戻られたらご相談してみようという話で纏まったようだが、それでは今回の私には間に合わない。

「何もしない」という手もあるが、「退屈」は悪魔を殺す。至高の御方に失望されることの次に恐ろしいのが「退屈」だ。故にこの手段は絶対に取れない。

 考えれば考えるほど途方に暮れるが、ふと、他の階層の方々にも御挨拶をしようと思いついた。

 実際に何か用でもなければ他の階層に行くことなど滅多に無いし、「自分の好奇心を満たす」という意味に於いて「休日」の条件にも反することはないだろう。

 

 他に良い名案も思い浮かばない、ということもあり、まずは直上の第6階層を目指すことにして私は行動を開始した。

 

 

 第6階層に到着すると、目の前には階段のある建物に隣接した巨大な円形劇場(アンフイテアトルム)があり、他に目を向けると、少し離れた場所に捕虜収容所などを兼ねた多目的ログハウスがあるのがわかる。

 しかし、確かこの階層の守護者であられるアウラ様とマーレ様御姉弟は、原生林の森の中にある40m以上の巨木を利用した住居(地下2階地上8階のビルと言ってもいい)に御住いされているはず。

 詳しい場所がわからないのでどうしようかと迷っていると、闘技場の警備員兼掃除夫であるドラゴン・キンが、階下からやって来た予定外の訪問者(私のことだ)の様子を探りにやってきた。

 

 事情を話すとすぐに納得してくれて、生憎とアウラ様は御留守で、マーレ様のみ御在宅だが、それで良ければマーレ様の元まで案内してくれると言う。

 仕事の邪魔をしては悪いので場所だけ教えてもらえばいいと、一度は辞退したのだが、「休日」を全うするのに助力は惜しまないから任せてくれと、どうしても引いてくれなかった。

 彼の熱意に、あまり拒絶しても悪いと思い、それではと道案内を頼むことにする。

 

 道すがら彼と話すと、彼も「休日」には困っているそうで、実は既に1度経験したものの、何をすればいいのかわからずに1日をボーッと日光浴だけで過ごしてしまい、至高の方々への奉仕ができなかったという思いに苛まれたそうだ。

 これは同じ、至高の方々への奉仕を目的として、「そうあれ」と創造された者同士、その気持ちは良く解る。

 

 マーレ様の住居に着くと、マーレ様にも御挨拶と、これまでの事情を話し、御言葉を頂いた。

 私の説明には全く興味を示されなかったが、こちらの挨拶が済むと「そ、それじゃ頑張って下さい」と仰って下さった。階層守護者の方に直接激励の御言葉を頂けるなど、シモベたる私にとっては身に有り余る光栄だ。

 もし「休日」というものが無ければ、こんな機会など訪れることは無かっただろう。この素晴らしい「休日」というものを考案されたアインズ様には感謝の言葉も無い。

 私ごとき者の為に貴重な時間を割いて頂いた御礼を幾重にも言いつつ、ウキウキした気分でマーレ様の元を退出すると、案内してくれたドラゴン・キン殿にも丁寧に礼を言い、彼と別れて第5階層へと向かう。

 

 別れ際にこちらの手を強く握り締め、「頑張れよ」と笑って送ってくれたドラゴン・キン殿とは、共に死地をくぐり抜けた戦友との別れのような、そんな友情が芽生えたように思えた。これも「休日」の効果なのだろうか。

 

 

 第5階層に到着すると、コキュートス様のいらっしゃる大雪球へと向かった。

 到着すると大雪球を守備する雪女郎(フロストヴァージン)の方々に訪問の意を告げるが、残念ながらコキュートス様はリザードマン達を連れて外出中ということで面会叶わなかった。

 

 仕方なく、代わりに雪女郎の方々へ挨拶を済ませたら次の階層へ向かおうと思ったのだが、「丁度食事時なので食べていきなさい」と言われ、せっかくなので焼きたてのパンと温かいボルシチをご馳走になった。

 雪女郎の方々によると、冷え性には野菜、特に根菜類たっぷりのボルシチが最高だそうで、雪女でも冷え性になるのかと少し驚いたが、本当に良い勉強になる。別に食事は必須ではないが、やはりナザリックの食事は外とは違う格別の物だと実感した。

 

 食事をしながら、いい機会だと思って、雪女郎の方々に「休日」の過ごし方について尋ねてみると、既に「休日」を経験した方から、一日を「休日」用に開放された第9階層で過ごしてみたという貴重な情報を頂いた。

 本来なら第9階層は至高の方々の御住いであり、任務という例外を除いては、これまでは我等シモベごときが入って良い場所ではなかったのだが、現在は慈悲深きアインズ様の御厚情によって、我等シモベであっても「休日」中は第9階層の娯楽施設区画に入場しても良いことになっている。

 

 実際に第9階層を体験した雪女郎の方は、「あそこは天国よ」「貴方も絶対に行くべきだわ」と強く勧められて困ってしまった。

 悪魔の私に天国へ行けと言われても、素直に「はい」とは言いにくいではないか。もちろん、天国というのが言葉のアヤだということは承知しているが、悪魔の矜持というものもある。

 

 それはともかく、たまたま入った「ネイルサロン」という施設で、あのプレアデスのソリュシャン・イプシロン様と御逢いできたのは夢のような出来事だったわ、と仰っていた。

 なんでも「守護者に仕える者は身嗜みも一流でなければいけないわ」と仰って、恐れ多くも爪の手入れをして頂いたのだそうで、見せてもらうと近頃アインズ様のペットとなったハムスケ殿の顔が可愛らしく描かれていた。

 小娘のようにはしゃぎながら「一生の宝よ♪」と嬉しそうに見せてくれた雪女郎の方を見る、他の雪女郎の方々の目に嫉妬の炎が上がる。そしてその炎は私の目にも浮かんだだろう。

 なぜなら戦闘メイドのプレアデスの方々は、至高の方々によって特別な容姿を与えられた特別の存在であり、我等シモベ達のアイドル的存在でもある。

 それぞれ個人のファンの派閥もあって、こう見えて私はソリュシャン様派なのだ。ファンクラブ会員証だって持っている。

 

 我々シャドウデーモンの仲間内では、やはり本性が不定形ということもあるのだろうか、ナーベラル様派とソリュシャン様派が拮抗しているが、仲間の一人などはソリュシャン様派だったのに、任務でナーベラル様と直接話す機会を得られた上に、ご褒美まで頂いたとかで、それ以来熱烈なナーベラル様派になってしまった。

 私もその日のことを覚えているが、任務で出掛けた彼が、えらくボロボロになって隠れ家に帰ってきたことを思い出す。あの時、彼と行動を共にしていた仲間は口を閉ざして教えてくれないが、何があったのだろう?

 

 まあ、それはそれとして、参考までにと、初めての「休日」のコキュートス様の様子を教えて頂いた。

 当初は日課である鍛錬を行おうとされていたが、「それは至高の方々への奉仕であり休日に反するのでは?」との意見に同意され、しょんぼりと自室で悩んでおられたらしい。

 しばらくは「ウー」「アー」と唸り声が聞こえていたが、やがて静かになったと思ったところ、「某ニオ任セアレ・・・」だの「ココハ爺ガ・・・」「若モ立派ニ・・・」などと一日中ブツブツと声が聞こえたそうだ。

 そんな一日を過ぎたコキュートス様は、それはそれは張り切っておられたそうで、最初に多少悩んだとしても、リフレッシュという「休日」の目的を易々と極められる辺り、流石は階層守護者と言うことなのだろう。できればその秘訣というものを直接御本人からお聞きできなかったのが残念で仕方が無い。

 

 食事が終わると御馳走になった礼と、多数の有益で貴重なお話を伺えたことに感謝して大雪球を後にした。

 次の目的地は第3階層だ。

 

 

 3階層に到着すると、玄室の扉をノックし来意を告げる。

 生憎とシャルティア様は9階層のアインズ様の元へ御出座しになっていると言うことで、こちらにはいらっしゃらなかった。

 これまでお会いできた階層守護者はマーレ様だけということで、何とも効率が悪いようにも感じられるが、元々アポイントを取っているわけでなし、偶然お会いできれば幸運という程度のことなので気にしない。色々と見聞きして歩くこと自体が目的なのだから。

 

 代わりに配下のヴァンパイア・ブライドの方々に御挨拶をしたのだが、ここで奥に招かれ、これまでとは逆に「休日」について色々と、いわゆる逆取材を受けるような形になってしまった。

 

 部屋に通されると新鮮な血(あまり好みじゃない)を勧められ、矢継ぎ早に質問の雨を浴びる。

「奉仕」をしてはならず、「自分の躰と精神のリフレッシュの為の行動のみ許される」という条件は、我々の存在意義と相反するようで非常に難しい。皆この矛盾する条件に、どう折り合いをつけるか、必死で頭を悩ませているのだ。

 私はとりあえずこれまでの行動の経緯を説明したが、一体参考になったのかならなかったのか。第9階層へ遊びに行くという選択肢には興味を惹かれておいでのようだった。

 

 ちなみに、シャルティア様は既に「休日」を消化しておられるそうで、「休日」にはアルベド様、アウラ様と共に何処かへ出掛けられていたそうだ。

 なるほど、誰か気の合う者と一緒に過ごすというのも、一考の価値のある行動かも知れないが、しかし、誰と?という疑問に対する答えが浮かばない。

 

 さしたる収穫も無かったことに少し落胆しながら3階層を辞し、これからどうしようかと思案しながら再び4階層へ向かう階段の前で思わぬ再会があった。

 以前、帝都の諜報活動の際に知遇を得た、恐怖公の眷属の彼とバッタリ遭遇したのだ。

 思わぬ偶然にどうしたのか尋ねると、なんと彼も「休日」なのだと言う。我々は無事の再会を祝し、お互いに「休日」を如何に過ごしたかを情報交換し合った。

 

 彼は流石に爵位を持つ恐怖公の眷属だけあって、「休日」の過ごし方を心得ているようで、先ほどまでは同じ「休日」中の眷属(数が多いので同じ日程の眷属も多いそうだ)達とカードゲームに興じていたと言う。

 もちろん私とて悪魔の端くれ、人間を相手にするのにカードゲームは嗜みの一種だ。ポーカーやブラックジャック、ブリッジなど一通りは心得ている。

 ちなみに上流階級でブリッジと言えばコントラクトブリッジというゲームのことだ。庶民の行うセブンブリッジとは別物なので間違えないようにしたい。

「カードはブリッジを?それともポーカー辺り?」と聞くと、彼は「最近はコイコイを」と言っていた。ああ、カードってそっち・・・。

 

 それはそうと、これから9階層で過ごすべく向かう所だったらしい。

 以前、彼の同僚が9階層で騒ぎに巻き込まれた(同僚に過失は無かったそうだ)ことがあり、以来、公の眷属は9階層への進入自重を通達されていたが、「休日の娯楽施設区画」に限ってはそれも解除されている。彼自身は9階層は初めてだそうで、非常に楽しみなのだそうだ。

 至高の御方々のいらした空間に入れるということは、我等シモベにとって光栄なことであり、彼の気持ちは良く解る

 私も初めて警護の任務で9階層へ配備された時の、喜びと重圧に身震いが止まらなかった気持ちを思い出す。同時に彼より先に既に9階層へ入ったことがある、という事実を少しだけ自慢に思った。

 

 シャルティア様の例に習い、良い機会なので一緒に連れ立って9階層に向かうことにする。

 同行を申し出ると、彼はニッコリ笑って(多分、笑ったのだと思う)快諾してくれた。

 移動速度に差が有るので、彼には私の肩に止まってもらい、これまでの出来事などを語り合いながら、我々は9階層へと向かった。

 

 

 




シャドウデーモン編の前編をお贈りしました。
この後は通常進行のジル君日記を挟み、その後で後編という形を考えています。予定は「予定」でしかないですけどね(笑)

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