大ヒット漫画『ゴールデンカムイ』監修者が「アイヌ文化」を徹底解説

ゼロからわかる「カムイ」とは?
中川 裕 プロフィール

そして神窓という神聖な窓から家の中にその頭を入れ、準備ができるまで火のカムイとよもやま話をしてもらい、それから盛大な儀式が始まります。お酒や御馳走(ごちそう)を捧げて祈りの言葉を唱え、歌や踊りやユカ「叙事詩」などを聞かせて歓待し、イナウと呼ばれるヤナギの木などで作った木幣などをお土産として持たせて、カムイモシに送り返します。

「ゴールデンカムイ」12巻113話より 野田サトル/集英社

クマのカムイのほうはそのお土産をもらい、人間から感謝の祈りを捧げてもらうことで、カムイモシで良い暮らしができることになると考えられています。クマはそのために人間の世界にやってくるのであり、つまり、狩りというのは、人間の一方的な都合によるものではなく、ギブアンドテイク――お互いの利益になることだと考えていることになります。

なんと都合のよい考え方だと思われるかもしれませんが、それでは現代の日本社会に住む人々は、日々ウシやブタやニワトリを殺し、その肉を食べていることをどう思っているのでしょうか? 自分たちがそれらの動物をどうして殺してもよいことになっていると考えているのでしょうか? 

たいていの人は考えたこともないだろうと思います。自分たちの手で屠畜を行っていない――自分の食べているものが他者の命だと考える機会がないからです。

「ゴールデンカムイ」3巻24話に、大変印象的な場面があります。自分が手負いにさせたシカが必死に向かってくるのを、戦場で傷を負いながらも生き延びようとする自分の姿と重ね合わせてしまい、どうしても銃の引き金を引くことができなかった杉元に向かって、シカを仕留めたアシパが解体しながら、腹の中に手を入れてみろと言います。

「鹿は死んで杉元を暖めた。鹿の体温がお前に移ってお前を生かす。私達や動物たちが肉を食べ、残りは木や草や大地の生命に置き換わる。鹿が生き抜いた価値は消えたりしない」

「ゴールデンカムイ」3巻24話より 野田サトル/集英社
 

これは「新しい」時代のアイヌであるアシパの言葉ですが、言わんとしていることは、アイヌの伝統的な考え方とつながっています。人間は他者の命によって生かされている。それを常に意識し、自分を生かしているものに感謝して生きなければならないということです。

狩猟民であったアイヌは、そのことを常に考えなくてはならず、それが動物たちを客として迎え、感謝して送り返すという世界観となっていったのだと思います。