大ヒット漫画『ゴールデンカムイ』監修者が「アイヌ文化」を徹底解説

ゼロからわかる「カムイ」とは?
中川 裕 プロフィール

カムイの中のカムイ――クマ

カムイと呼ばれるものは、このように数多くありますが、中でもカムイを代表する存在と言えば、やはりクマでしょう。クマはキムンカムイ「山のカムイ」と呼ばれますが、北海道のアイヌ語ではただカムイというだけでクマを指すこともよくあります。

このクマも、山奥のカムイモシ「カムイの世界」で霊魂の状態で暮らしている時には、人間と同じ姿をしていますが、アイヌモシ「人間の世界」に来る時には毛皮のコートを着、大量の肉を人間へのお土産として抱えてきます。そして、人間世界のイウォと呼ばれるところにやってきます。

イウォというのは普通「狩場」と訳されますが、アイヌの考え方に即して言えばカムイと人間が出会うところ――つまり、狩りをするところばかりでなく、川や海で魚を捕る場所もイウォですし、山菜を採る場所もイウォです。そこに人間もでかけて行って、カムイと交流するわけです。

実際には毛皮や肉を得るために、人間がクマを狩りに山に行くということなのですが、観念の世界においては、クマのほうから人間のところに遊びに来るのだと考えられていました。そこで人間は自分のところに来てくれるようにお祈りをして、招待状を出します。その招待状というのは人間の放つ矢のことです。

矢を受け取るかどうかはクマの気持ち次第。クマに気に入られた人間の矢は受け取ってもらえますが、気に入られなければ受け取ってもらえません。つまり、矢が当たるかどうかは、その人物がクマに気に入られているかどうかであり、人徳の問題だということになります。普段からカムイに敬虔(けいけん)な態度をとり、お祈りやお供物を欠かさないような人間のところに、獲物たちは客として訪れてくれると考えるわけです。

 

もちろん、矢を受け取ったら死んでしまうわけですが、それはクマの側からすれば、招待状を受け取って、肉と毛皮を土産として差し出したことを意味します。人間はそのお土産をいただき、そこから霊魂を迎えるために、解体を行います。毛皮に刃物を入れて剝(は)がすのは、いわば客のコートを脱がせている気持ち。そしてお土産の肉をいただいて、皮を畳んでその上に頭を載せて、村まで運んできます。

「ゴールデンカムイ」12巻113話ではそれを御輿(みこし)のようなものに載せて来る場面が描かれていますが、縄をかけてひとりで背中にかついでくることも多かったようです。

「ゴールデンカムイ」12巻113話より 野田サトル/集英社