大ヒット漫画『ゴールデンカムイ』監修者が「アイヌ文化」を徹底解説

ゼロからわかる「カムイ」とは?
中川 裕 プロフィール

先ほど述べたようにカムイが霊魂の姿で暮らしているカムイモシは、空を飛ぶ鳥や雷などのカムイでは天空にあり、魚やシャチなどの海に住むものでは水平線のかなたにあり、クマやキツネなどの山に暮らすものでは人間が足を踏み入れないような山奥にあると考えられています。

そして、「ゴールデンカムイ」の取材協力者であり、樺太アイヌのアイヌ文化研究者である北原モコットゥナさんによると、山や海のカムイもそこからさらに天界に行くことになっているのだそうです。つまりすべてのカムイは、おおもとをたどればカント「天」からやってくるのだということです。

また、「役目なしに降ろされた物はない」というのは、カムイというものはすべて理由があってわざわざこの世界にやってきているのだという考え方です。そのひとつは先ほど述べたように、お互いが自分の持っているものを与えて、お返しに相手から自分では作れないものを手に入れるという、いわば「交易」のためということであり、もうひとつはカムイモシから何らかの使命を帯びてやってくるということです。

たとえば火のカムイは人間に光と熱を与え、食材を人間が食べられるように調理してくれます。また家の真ん中にある囲炉裏(いろり)に座って、家の守り神とともにそれぞれの家を守っており、クマなどのカムイがその家を訪れた時(つまり獲物として狩られて、その頭が家の中に運び込まれた時)には、その家のホスト役として客のカムイの応対をして、話を交わします。

さらに人間がカムイたちに祈りを捧げる時には、その仲立ちをして、「これから人間がこれこれこういうお願いをするから聞いてやってくれ」というような、いわば根回しをしてくれます。そのようないろいろな役目を果たすために、火のカムイは、新しく家が建てられる時にカムイの世界からその家に招かれるのです。

あるいはシマフクロウという鳥は羽を広げると全長二メートルにもなる、日本最大のフクロウですが、コタンコカムイ「村を守るカムイ」と呼ばれ、村に厄災が及ばないように監視する役目を負って、天界から村の近くの森に降り、その大きな目で夜中じゅう村を見守っているのだとされます。

 

このようにこの世界にやってきているすべてのものは、何かの理由があってそうしているのですから、むやみに邪魔者扱いしてはいけません。バッタのような日本社会では害虫と思われているものでも、実は村を見守るカムイであり、それをひとりの娘が杵(きね)でたたき潰そうとしたおかげで、バッタたちは怒ってよそへ移ってしまい、そのためにその村は人が絶えてしまったというような物語もあります。