彼らの身につけてくるものはまた、人間へのお土産でもあります。火は人間に光と熱をもたらしますし、クマのカムイは毛皮と肉を、樹木のカムイは樹皮や木材を、山菜のカムイたちはもちろん食糧や薬を人間たちにお土産として持ってきてくれます。
それらは人間が自分の手で作り出すことは不可能であり、カムイたちに持ってきてもらわなければ手に入りません。人間はそのお返しとして、カムイに感謝の言葉を述べ、お酒や米の団子といった、人間の手を経なければこの世に存在しないものを、カムイに贈り物として捧げるのです。
いわば人間とカムイ(=環境)はお互いがお互いを必要とするパートナーなのだということです。人間は何もない空間で生きることはできず、環境からの恩恵によって生きています。そしてそれを当たり前のものと思わず、その恩恵を感謝して受け取ることによって、環境を悪化させないように配慮することができるようになります。
たとえば、獲った獲物の肉を食べ残すようなことは、強くいましめられていました。それはカムイからもらったお土産を粗末にするということであり、それを知ったカムイに「そんなことをするのなら、もうあそこの家に土産を持っていくものか」と思われると、動物たちが姿を見せなくなり、飢饉(ききん)という最も恐ろしい災厄がもたらされるからです。だから、必要以上に動物を殺すことや、樹木や山菜を採りつくすようなことは、自然に控えられたわけです。
これは簡単に現代社会の抱えている問題に行きつきますね。過度の森林伐採によって土砂災害が起こったり、大量の食糧が食べ残されて捨てられている一方で、多くの人が飢えていたりする現実。これはアイヌ的な考え方から言ったら、カムイとの関係がうまくいっていないということに他なりません。
カント オㇿワ ヤク サㇰ ノ アランケㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ
(天から役目なしに降ろされた物はひとつもない)
この言葉は、「ゴールデンカムイ」コミックスの表紙カバーの袖のところに毎巻書いてあるものです。アイヌ民族出身で初めて国会議員を務めた萱野茂(かやのしげる)さん(1926~2006年)の愛用していた言葉で、アイヌの世界観をよく表しています。