カムイというのは、このように人間をとりまいているほぼすべてのものを指しています。こうした考え方を持っている人たちからすれば、テレビやパソコン、冷蔵庫や車などもカムイだということになるでしょう。こうなってくると、カムイを「神」と訳すのは、ちょっと待ったということになりそうですね。
「自然」と訳してもよさそうな気もしますが、家や舟、臼や杵、鍋や小刀といった人工物もまたカムイであり、人間のまわりにあって、人間が生きるために何らかの関わりを持っているすべてのものを指しますので、「自然」でもやはりぴったりきません。むしろ「環境」と言ってしまったほうがよさそうです。
アイヌとは「人間」を指す言葉ですが、アイヌの伝統的な考え方の根幹にあるのは、アイヌとカムイが良い関係を結ぶことによって、お互いに幸福な生活が保たれるということです。カムイを「環境」に置き換えると、「人間」が自分をとりまく「環境」と良い関係を保てれば世界がうまくいくということで、私たちにとっても大変納得のいく考え方ですね。
アイヌは世界を理解するのに、いわばあらゆるものを「擬人化」してきました。カムイは私たちの目からはクマやらカラスやら炎やらに見えていますが、それは彼らが人間の目に見えるようにまとっている「衣装」だと考えられています。
カムイたちは本来はカムイモシㇼ「カムイの世界」というところにおり、そこでは人間と同じ姿をして暮らしている、すなわち、クマもカラスも火も木も草も、みな人間の姿で食事をしたり結婚したり、彫刻したり裁縫したりして生活しているということになっています。
ただし、それは霊魂の状態であり、人間の目には見えません。彼らが人間と関わりを持つためにアイヌモシㇼ「人間の世界」にやってくる時には、人間の目に見えるように衣装を身につけてきます。
火のカムイであれば、六枚の赤い着物を帯で結び、さらに六枚の赤い着物を上に羽織ってやってきます。私たちの目に見えるのはその一二枚の赤い着物であり、それが炎だということになるのです。