進まない新型コロナウイルス検査 福岡伸一「望まれる簡易検査キットの開発」

AERA dot.2020年03月05日07時00分

進まない新型コロナウイルス検査 福岡伸一「望まれる簡易検査キットの開発」

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。前回に引き続き、今回も猛威を振るう新型コロナウイルスについて取り上げる。

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 コロナウイルスは、RNAが脂質二重膜とタンパク質からなる外套(がいとう)に包まれているタイプ。脂質二重膜は、宿主(つまりヒト)の細胞からウイルスが出芽する際に奪いとったものなので、普通のヒト細胞膜成分と同じ。つまり、石鹸やアルコールで簡単に破壊できる。

 中身のRNAもきわめて不安定な物質で、自然界ではすぐに壊れてしまう。ヒトの皮膚や唾液、汗などの体液にはRNA分解酵素が大量に含まれているので、それがRNAに触れると簡単に壊れてしまう。なので、実験を行うときは、対象となるRNA(たとえばウイルスRNAや動物細胞のRNA)を損傷しないよう、研究者の方が、すごく気を使っている。マスク、手袋、ガウン、頭髪カバーなどで自らを封じなければならず、RNA実験を行う専用の部屋を作っている研究室もあるくらいだ。

 新型コロナウイルスの検出に使われているのは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術である。相手は、一本鎖RNAなので、まずこれを鋳型にして、逆転写酵素、つまりRNAからDNAを合成する特殊な酵素でDNAを合成する(ちなみに、この逆転写酵素はもともとウイルスから見つかったもので、発見者はノーベル賞を受賞。日本人研究者の寄与もあった)。

 次にこのDNAを鋳型に、相方(あいかた)のDNAを合成して、二重らせんDNAにする。さらに加熱や合成をほどこし、DNAは倍加。これらを何度も繰り返すと無限にDNAが増幅――と、ひょうたんからコマのような方法が「PCR」である。繰り返し加熱が必要なので、DNA合成には、海底火山近くから採取された菌の耐熱性ポリメラーゼが使われる。

 さて、いくら何百万倍に増幅されるとはいえ、DNAは目には見えない。そこで増幅結果を可視化する必要がある。ここでも画期的なアイデアが生み出された。それが現在、検査に使われているリアルタイムPCRだ。

 ウイルス特有の2カ所の短い遺伝子配列(プライマー)を選びだし、その間でPCRを行って、あいだに挟まれる遺伝子を増幅する。このとき、あいだに挟まれる遺伝子配列にぴったり結合するような第3の短いDNAフラグメントを用意しておく。そのDNAは、単独だと自分の頭で自分の尻尾を噛むようなしかけ(クエンチング)がほどこされていて、そのままでは発光しないが、PCRで増幅された遺伝子に結合するとクエンチングが解けて発光し、陽性反応を起こすようになっている。すごいですよね。

 ただし、前回も書いたように、PCRは鋭敏すぎるので、症状がない人でも、少しでもウイルスが存在すれば陽性となりうる。PCR検査には、原理に精通した熟練のオペレーターを必要とし、反応に一定の時間を要する。自動装置があるとはいえ、処理能力に限界もある。

 今後望まれるのは、現在、インフルエンザのテストで使われているような、抗原・抗体反応を利用した簡易検査キットが早く開発されることだ。これはウイルスの表面タンパク質を調べているので、ある程度、ウイルス量がないと陽性にならず、その点、PCRみたいに鋭敏すぎて困ることもない。

 新型コロナウイルスのゲノムはその全容が解明されているので、表面タンパク質に対する抗体ができるのも、そんなに遠くないはずだ。

○福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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