サカナクションの「マッチとピーナッツ」を聴いて。

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サカナクション
ビクターエンタテインメント
                                       2019-06-19

今回は2019年6月19日に発売されたサカナクションのアルバム「834.194」に収録されている「マッチとピーナッツ」を取り上げてみたいと思う。この曲は2019年4月の幕張メッセでのライブで初めて聴いたのだが、”ラーラーラ、ラーラーラ…”の部分で、山口一郎がひじを動かすような振り付けをしていたのが印象に残っている。やたらと「ピーナッツ」という歌詞が繰り返される曲だなぁと思った。アルバムが発売されてから改めて聴いてみると、なんだか「Stayin' Alive」(Bee Gees)っぽい曲だなと思い、アルバムの紹介記事(参考:「834.194」アルバム全体の感想&レビュー記事)に書いたのだが、あとでインタビューなどを見聞きすると、本人もそのつもりで作っていたことがわかった。
歌詞や歌い方もどこか洋楽っぽいというか、癖のある歌い方をしているように感じた。「ピーナッツ」という語感の楽しげな響きが印象的で、”ただ「ピーナッツ」って言いたいだけ”の楽曲のようにも思える(笑)。この曲で歌われているのは、サカナクションの曲の中では珍しい”男女関係のもつれ”であり、女性が離れて行ってしまったあとの男性の情けない感じ、女々しい感じが、じめじめとした空気感の中、シュールに描かれているような、そんな作品である。

※参考記事
ライブ感想@幕張メッセ 2019年4月 (834.194)6.1chサラウンド公演


※参考 雑誌『TV Bros 2019年6月号』


山口一郎のインタビューの中で、この曲に関連がありそうなところを引用してみる。

(歌詞の作り方についてインタビュアーに聞かれて)
「たとえば、貧困問題に対して物申したいからそれを歌詞にしようとか、僕はそうやって歌詞を考えたことがないんです。僕は、ですけどね。お風呂に入っていて、少しずつお湯を出していると、だんだんお湯が溜まってきて、表面張力を破って溢れ始めるじゃないですか。そうやって、何がこぼれ出ているのかも分からないけど、自分に溜まっていた感情がこぼれ出す瞬間があるんです。そこには、社会的なことも個人的なことも、いろんなものが混ざり合っていて、それを歌にしているんです。だから、「これを歌いたい」と思ったことがないんですよ。」

(この曲について)
「歌詞の内容は、誰もが感じたことのある何気ない感覚を歌にしつつ、言葉としてのリズムを保つように考えて。でも、何て歌っているのかわからないくらいが良いかなと思って、歌詞カードを見て、初めて「こう歌ってるんだ」って分かるような感じにしています。」

※参考 読売新聞 2019年7月13日掲載記事
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(略)山口の歌詞は全てを説明しない。聴き手に想像の余地を持たせ、リズムに溶けていく。例えば「マッチとピーナッツ」という曲の歌詞に、湯呑みが登場する。「身近だけれど、物としての湯呑みと、湯呑みという言葉の響きが釣り合ってない気がする。『You know me』っていう英語にも感じるし」。(略)

※参考 雑誌『MUSICA 2019年7月号』


インタビューの中でこの曲に関係のある部分を引用してみる。
(山口)「たとえば”マッチとピーナッツ”という曲だったら、最初の楽曲的なコンセプトがBee Geesとジュディ・オングだって言ったから、歌詞をどこに着地させるかっていうところで僕はつげ義春の世界観にしようと思って」
(インタビュアー)「ははははは、さらに狂うね。」
(山口)「昭和の、湯呑みで日本酒を飲むような感じ?」
(インタビュアー)「寂れたスナックみたいなね。」
(山口)「そうそうそう。その世界観が良い意味でアンニュイになるなと思って。そこでちょっとスカした、ダンスミュージックにありがちな歌詞になるんじゃなくて、アンニュイな世界観をきっちり歌にできるとハマるだろうなっていうのがだんだん見えてきたというか。(略)」
(※)アンニュイとは:けだるそうな、退屈、倦怠


※参考 ラジオ『サカナロックス!』2019年6月21日放送分
「ニューアルバム『834.194』発売!完成までの6年間を振り返ります。」
https://www.tfm.co.jp/lock/sakana/index.php?itemid=13184&catid=17&catid=17
構成作家の諏訪勝氏との対談形式のラジオ番組(Gyao!で『サカナロックス!外伝』として放送されたものの編集版)。この曲に関する部分を引用してみる。
 
山口「「マッチとピーナッツ」っていうアルバムの曲は、Bee Geesっていう「Stayin’ Alive」とか、70年代の超モンスターディスコバンドですよ。そのBee Geesとジュディ・オング。」

諏訪「「魅せられて」。」

山口「そう。これが、「マッチとピーナッツ」のBメロの部分なんですよ。"心が こぼれた"のところ。」

諏訪「わかる!……でも、これ聴いている人が誤解するかもしれないけど、まんまやっているとかじゃなくて。パクったじゃんとかの世界じゃなくて。」

山口「世界観の話。」

山口「ジュディ・オングだと思って聴いてみて。」

諏訪「本当だ……広がってる!(笑)」

山口「なんとなくわかるでしょ?」

諏訪「いや、っていうか……それで作れているメンバーがすごい!これは。この例えで、こうですねってやっているメンバーがすごいよ!一郎くんの中にある音楽と映像込みで鳴っているものをキーワードとしてメンバーに渡して、今のサカナクションが鳴らす音としてあの曲ができているとしたら、俺はメンバーがすごいと思う。」

山口「そうそう(笑)。で、セッションでこんな感じじゃない?っていうのができて、歌詞を入れていくんですけど、「マッチとピーナッツ」は、Bee Geesとジュディ・オングに合う歌詞ってなんなんだろうって……僕がたどり着いたのは、(漫画家の)つげ義春だと思ったんです。」

諏訪「『ねじ式』!」

山口「ははは(笑)。『紅い花』とか。漫画っていうものがただ単なるエンターテイメントじゃなく芸術だった時代のシュールさ。それを混ぜ合わせると面白いことができるんじゃないかと思って、"深夜に噛んだピーナッツ 湿気ってるような気がしたピーナッツ"って。そのコンセプトが、つげ義春×Bee Gees×ジュディ・オング。」


※参考動画
Bee Gees 「Stayin' Alive」



ジュディ・オング 「魅せられて」



※参考 つげ義春(漫画家)
紅い花 (小学館文庫)
つげ 義春
小学館
1994-12-01


山口一郎が話題に出した、つげ義春『紅い花』という作品を図書館で借りて読んでみた。なんというかシュールで不気味な雰囲気で、夜に読むと眠れなくなりそうなので、昼間に読むことをおすすめする(笑)。つげ義春について全く詳しくないが、作品群を見るに一昔前の日本の様子を描いた作品が多いと感じた。ある種のノスタルジー、昭和感を感じる作品だった。


●「マッチとピーナッツ」(2019年6月19日発売アルバム「834.194」収録曲)

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曲の舞台は昭和の寂れたスナック。付き合っていた(いい感じだった)女性が自分のもとを去ってしまい、その苦しみを紛らわそうと深夜に酒を飲みにやってきた主人公。お通しの「ピーナッツ」をつまみつつ、「マッチ」に火をつけ、タバコをくゆらせる。彼女とのこれまでのことを思い出しつつ、感傷に浸っている。

「深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 あの子が先に嘘ついた
 
 深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 外の月がビー玉

 深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 あの子の方が真剣だった

 深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 湯呑みに余った水が

 また
 
 こぼれた

 心がこぼれた」(1番Aメロ、Bメロ)


この曲で気になるのは「湿気」というキーワードだ。「ピーナッツ」「マッチ」「湿気」に弱い。当然のことながら、「湿気」によってその二つの価値は下がり、劣化してしまう。「湿気」「水」「こぼれ」るという描写は、この曲の湿度を上げていて、じめじめとした陰気な雰囲気を演出するのに一役買っていると思う。

Aメロの「深夜に噛んだピーナッツ 湿気ってるような気がしたピーナッツ」のフレーズは何度も繰り返される。昭和の日本の寂れた雰囲気ながら、「ピーナッツ」という外来語的な響きが繰り返されるところが”良い違和感”を生んでいる。

3行目の歌詞、「あの子が先に嘘ついた」「外の月がビー玉」「あの子の方が真剣だった」を見てみる。「あの子」というのは付き合っていた(いい感じだった)彼女のことだと思われる。最初は「あの子の方が真剣だった」のに、いつからか形勢逆転、愛想を尽かされてしまった。男の悲哀を表現している歌詞だと思う。「外の月がビー玉」の部分は、あまり意味はないと思われるが、この日が丸い月=満月であったことが読み取れる。

「湯呑みに余った水がまた こぼれた 心がこぼれた」はBメロでもありサビでもありという部分。「湯呑みに余った」のは状況的には”酒”かもしれないが、ここでは「水」ということになっている。上記の『TV Bros』山口一郎のインタビューを見ると、「自分に溜まっていた感情がこぼれ出る瞬間がある」と言っている。「水」「心」(=感情)を重ねて表現しているのだろう。この主人公は感情を普段から溜めこんでいるらしく、限界まで溜めこまないと溜めこんでいたことにすら気づかない、そんなような人物なのだ。「あの子」がいなくなってしまったことにより、初めて自分の感情に気づけたのだろう。しかし、それすらも「水」(酒)に溺れることによってごまかそうとしてしまい、自分の感情としっかり向き合おうとしていないのだ。


こぼれた心。強がりな主人公のひそかな思いとは…?

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「どっかに飛んだピーナッツ
 湿気ってるマッチでつけた火が
 テーブルの上 照らした

 どっかに行ったピーナッツ
 いつかのあの幸せみたいに
 またどこかへ消えてしまって

 深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 あの子の方が真剣だった

 深夜に噛んだピーナッツ
 湿気ってるような気がしたピーナッツ
 湯呑みに溜まった水が

 また

 こぼれた

 心が

 こぼれた」(2番Aメロ、Bメロ)


「どっかに飛んだピーナッツ 湿気ってるマッチでつけた火が テーブルの上 照らした」とある。この「どっかに飛んだピーナッツ」「ピーナッツ」「あの子」と重ねて表現しているのだろう。「ピーナッツ」をつまんでいたら、「どっかに飛ん」でいってしまった。このスナックは暗いのだろう。どこにいったのかさっぱり見えない。そこで、タバコ用に持っている「湿気ってるマッチ」で火をつけて明るくしてみた。しかし、「いつかのあの幸せみたいに またどこかへ消えてしまって」とあることから、その「ピーナッツ」はついに見つからなかったことがわかる。「いつかのあの幸せ」というのは意味深だが、おそらく「あの子」と過ごした日々のことを暗示しているのではないだろうか。

歌詞カードではこれで終わりになっているが、実際はBメロの部分が何度も繰り返され、最後に転調して「ランランラン…」のフレーズが繰り返され、さらに盛り上がって終わる。Bメロの繰り返しの部分は感情が本当に「こぼれ」てきてしまったかのように感じられ、切羽詰った感じがより伝わってくる。1番では平静を装っていたが、2番ではついに感情が溢れてしまったのだろう。溢れた感情は一つではない。寂しさ、悔しさ、悲しさ、後悔…様々な感情が混じり合っていたのだろう。Bメロで繰り返されるフレーズとラストにかけての盛り上がりで、聴いている我々に強く訴えかけてくるものがある。寂しいとか悔しいとか、具体的に口にしてはいない。口にすることはそれを認めることであり、主人公のプライドが許さなかったのかもしれない。この曲はじめじめとした陰気な雰囲気はあるものの、コミカルな曲でもあり、女性に振られた自分を自虐的に笑うような曲でもあると思う。”こんな惨めな俺、笑ってやってくれよ…”的な(笑)。そんなところも、自分の感情と向き合えない主人公の特質が表れているなと思う。見ないふり、笑ってごまかす、酒でごまかす…そうやって自分自身から逃げている主人公。次に素敵な彼女が現れても、またしても振られてしまう未来が透けて見えるようだ(笑)。


「マッチとピーナッツ」
歌手名:サカナクション 作詞・作曲:山口一郎

歌詞サイトはこちら

※「834.194」収録曲も
 



 








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※ライブのレポ&感想記事
ライブ感想@幕張メッセ 2019年4月 (834.194)6.1chサラウンド公演
ライブ感想@六本木 2018年12月 魚図鑑ゼミナール・ビジュアルライブセッション
ライブ感想@幕張メッセ 2017年9月 10周年6.1chサラウンド公演

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