第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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普通のバルブロを書くのが意外と難しいのは何故でしょう。




バルブロお兄様

 

 

 

 

 朝食会を緊張しながら無事に終えた悟。しかし、長い一日はまだ始まったばかりであった。

(やっと解放されたか·····食事は美味かったけど、精神的に来るよなぁ·····。お偉いさん·····しかも一国のトップ連中相手なんて俺には荷が重いよ)

 人目がなければ、大きく伸びをしたり肩をグルグル回したいところだが、それは無理だった。

 部屋を出ようとした悟とラナーに向かって、髭を生やした立派な体格の男がニヤニヤしながら近寄ってきた。

(ゲッ·····アイツかよ·····ラナーの兄上か····あの顔つきはろくなことにならないな)

 先程の食事会中も、夜のハッスル発言をするなど品位がない男であり、悟としてもあまり関わりたくないが、今後義理の兄になるらしいし無視もできない。悟はサラリーマンとしてああいう顔つきをした上司の無茶ぶりに何度も泣かされている。

 

「第一王子のバルブロお兄様です。見た目通りの筋肉馬鹿ですわ。ちなみに頭の中も筋肉。脳みそは小さな木の実くらいかしら。ちょっぴりオマケ程度しかありませんわ」

 何気に辛辣なラナーの言葉に、悟は内心苦笑しながら、どう対応すべきか考えていた。今までの人生で王子どころか企業のお偉いさんともほとんど話したことなどない悟にとってはなかなかハードルが高い。

 

「ナザリック公、ゆうべはお楽しみだったそうだな?」

 ニヤつくバルブロ。公共の面前で聞く話だろうか。どうやら先程のハッスル発言をまだ続けるようだ。

(こいつやっぱり心臓を握り潰してやろうか?)

 悟は一瞬右手を握りこみ、第九位階魔法である〈心臓掌握(グラズプ・ハート)〉を唱えそうになっていたが、さすがに自重する。

(いきなり、婚約者の兄で王子を殺しちゃだめだよな·····)

 しかし仲良く出来る自信もなかった。

「·····昨夜は色々と政策を纏めていましてね。王子にもわかりやすいようにしないといけませんし」

 何気にお前馬鹿だから簡単にして詳しくしないと行けないんだよ! とディスってみる。実際には悟も政策など何もわからないのだが。

 

「政策も大事だが、体を動かすのも大事だぞ? これから弟になるお前に俺様が直々に剣の手解きをしてやる。30分後に練兵場へ来い」

 言葉の意味をバルブロ語として訳すと·····。

【妹に手を出したんだろ? だったらお前は俺の子分だ。言うことを聞け】

 ということだ。悟にディスられたことには気がついていない様子。やはり脳が足りないのだろう。

(一回殺して、復活させたら改心して良くなるかな?)

 たしか昔読んだ中にそんな小説があったな·····などと考えながらも悟は顔には一切出さない。これが営業マンとして鍛えたポーカーフェイスの賜物だ。内心はドキドキしているのだが。

 

「楽しみにしております、バルブロ王子」

 そう答えたものの内心では悟は困惑していた。ラナーの話ではバルブロは王族一の剣の使い手であると聞いている。対する悟は剣など扱ったことはないのだ。それにひとつ懸念点もある。

 どうやら悟は、ユグドラシルのアバターであるモモンガの能力を受け継いだ状態らしい。

 レベルはカンストの100。覚えた魔法も全て使えるようだ。もちろん全部を試したわけではないが、使える魔法は全て頭に入っている。試しにいくつか発動したところ何ら問題なく扱えた。

 だが、まだ試していないのが装備だ。ユグドラシルでは職業によって装備できる出来ないがあったのだ。

 モモンガは魔法職。当然重たい武器や鎧は装備出来ない。つまり今の悟も剣を装備出来ない可能性がある。

 不死者(アンデッド)の王であるオーバーロードであったモモンガから、見た目は人間のサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックになったことで多少の変化はあるかもしれないが、懸念点であることに変わりはない。

 

「ラナー、私は準備のため自室へ」

 悟は、ラナーの部屋には戻らず自分に割り当てられた客室へ入り装備をテストすることにする。

「では、参りましょう」

 一人で戻るつもりだったのだが、ラナーは悟と手を指を絡ませる恋人繋ぎで握り、悟の部屋へと歩みはじめる。

「え、あっ? ええっ?」

 悟は困惑しながら、引き摺られるように歩みだす。この様子を見ていたメイド達は、ナザリック侯はすでにラナー様の支配下にあると判断。瞬く間にその噂が尾ヒレをつけて広まっていく。ラナーと悟が昨晩寝室を共にしたという話と、今回の話がごっちゃになるまでにはそう時間はかからなかった。

 最初はナザリック候は、早くも尻に敷かれているという話だったはずが、最終的には、ラナー王女はナザリック候の上になって初めてを迎えられた。 と変節されて。

 

 もちろん、事実無根なのだが。民は噂好きである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来たか」

 悟が準備を整えて練兵場に入ると、バルブロが既に準備万端整えていた。ウォーミングアップを終えたのだろう。体からは湯気が出ているように見える。

 

(うはぁ、確かに筋肉凄いな)

 悟から見てもバルブロの体は出来ていた。袖がない仕立てのよい貴族服──たぶん稽古用──を着込み、むき出しになった両腕は筋肉が隆々している。悟のイメージする王族というのは貴公子然とした線の細い美男子か、でっぷりと肥えた贅沢の塊の二種類だったが、そのどちらでもない。バルブロは、体を鍛えることには力を入れている。武を尊ぶ気質もあり、王族よりは戦士という印象を受ける。

 

(戦国武将ってこんな感じだったのかもしれない)

 ふとかつてのギルドメンバー、弐式炎雷、武人建御雷を思い出す。

(あれだけ鍛えていれば、ポージングとか似合うだろうな·····体じゃ負けているなぁ·····)

 それにたいして悟は、なんとも青白い体だった。筋肉は人並みにあるようだが、バルブロとは厚みに明らかに差がある。例えるなら格闘家と一般サラリーマンくらいの差が。

(怪我しませんように)

 そう祈り悟は木剣と皮の盾を掴み、練兵場へと足を踏み入れた。確認したところ重い槍や、斧は無理だが、どうやら普通の剣くらいは装備できるらしい。

 練兵場には、バルブロの取り巻き連中と思しき貴族連中の他、暇を持て余す貴婦人方とそのお付きのメイドの他に、歴戦の戦士と思われるた男が一人いる。彼はいつでも飛び出せる位置を取り、万が一のことがないように目を光らせていた。

 この男の名は、ガゼフ・ストロノーフ。国王の信頼厚い忠臣であり、王国戦士長の地位にある周辺国家最強と噂される戦士だ。

(万が一があってはならないからな)

 国王の命により、バルブロと悟の稽古を見守っている。

 バルブロの腕前は王族一だが、強さとしてはガゼフの戦士団の足下にも及ばないレベル。ガゼフなら容易に止められる力量だ。

 問題はナザリック候の力量だろう。ガゼフはよく知らないし、噂でも剣の技量までは聞こえてこない。大貴族にありがちな圧政などもなく、悪い評判は聞こえてこない。というより、あまり話題にならない人物だった。つい先日までは。

(ラナー様の婚約者か·····おそらくお助けすることになるだろうな)

 ラナーの婚約者になったことで急に有名になったナザリック候。見た感じはとても弱そうに見える。ガゼフは、彼を助けに入るのだろうとイメージしながら二人の様子を見ている。

 

 

「サトル頑張って」

「ああ」

 ラナーの声に頷くと悟はバルブロと対峙する。

(うーん、向かい合うと威圧感あるな)

 初めて剣を握る悟には緊張感が漂っている。観戦者にとってそれは、バルブロに威圧されているように見えたらしく、取り巻き連中は「王子、相手はビビってます!」とニヤニヤしながら声を上げていた。

 

「こりゃ兄上の勝ちかな·····」

「私はそうとは限らないと思います」

 隅っこでこっそりと観戦しているのは、ザナックと一人の貴族。ザナックとともに悟を品定めに来ていた。

 

 

「行くぞ、モヤシ」

 バルブロの第一声はこれだった。

(この世界にもモヤシはあるのかァ·····そう言えばなんでみんな日本語で会話してるんだ? 文字は全く違うのに)

 悟が今更なことを考えていると、バルブロがいきなり斬りかかってくる。初手から上段からの斬り下し。モーションも大きく悟を完全に舐めてかかっているのは明らかだった。

「うおっ!」

 悟は左に軽く上体を動かし、ひらりと鮮やかにその一撃を回避すると何気なくカウンターで胴を横凪に払った。

 

「なにぃ! 」

 バルブロは悟が反撃してくるとは思っておらず、防ぐことはできない。何の抵抗もなく悟の木剣はバルブロの腹部をジャストミート!

 

 グワァラゴワガキーン! 

「グおおおおおおおお·····」

 今までに聞いたことがないような炸裂音と共に、重量級のバルブロの両の足が宙に浮き上がる。そして、そのまま20メートル先の練兵場の壁まで吹っ飛ばした。

 

 ドゴォン!

「ぐはあっ·····」

 凄い音とともに壁に激突したバルブロが崩れ落ちる。

 

「えっ?」

 驚いたのは仕掛けた悟本人だ。彼はただ、胴を払っただけのつもりだったし、人ってあんなに飛ぶのかと呆然としている。

「すごっ·····」

「お、王子っ!」

「サトル、カッコイイ!!」

 見た事もないような光景に色々な声が飛ぶ。

(なんという一撃。剣撃というよりは打撃に近いと思うが、あの距離まで人を飛ばすのは並大抵のことじゃないぞ。ナザリック候は英雄の域にいるのか!?)

 そんな中、冷や汗を垂らしていたのは、今の状況を戦士として理解できるガゼフだ。彼が知る限りあの芸当を出来るものはいない。ガゼフ本人でも難しいだろう。

 

 

 いくら魔法職とはいえ100レベルともなれば基礎体力が違う。ただの王子であるバルブロとの差は、宇宙とノミほどの差がある。

「グギギッ·····なかなかやるではないか」

 今の一撃を受けて立ち上がるバルブロもたいしたものだが、それだけだ。

 

「くらえええっ!」

 バルブロの反撃はあっさりかわされ、強烈なカウンターがまたもバルブロを襲い再び吹き飛ばされる。

(うーん、俺もしかして·····)

 悟はふと気づいたことがあり、せっかくだから一つ試すことにする。

「サトル、凄い」

 ラナーは婚約者がこれほど剣を使うとは思っていなかった。

(サトル·····初めてお会いした時から凄く惹かれる方でしたけど、まさかこんな力まであるとは·····ふふっ·····それにしてもバルブロお兄様·····いい気味ですね。スカッとします·····)

 

「くそっ、ちょこまかと。貴様も男なら逃げずに受けてみよ」

 強烈なカウンターをくらいながらも立ち上がるバルブロ。タフさだけはたいしたものだ。もっとも実際には悟が手加減をしているのだが。剣を振るう間に感覚的に掴んだものがある。

 

 

「受けてあげますよ、全力でどうぞ」

 悟は両手を広げ無防備に体を晒す。

「サトルっ!」

 ラナーが悲鳴混じりの声をあげ、バルブロはニタリと嫌らしい笑みを浮かべる。

「容赦せんぞ!」

 悟の脳天目掛け唐竹割りに剣を振り下ろす! 

 パキイ! 

「えっ!」

「なにぃ!」

 悟の体に命中する前に何かに弾かれ、バルブロの剣が砕け散る。

「ぬおおおおおっ! スクリュードライバー!」

 悟は呆然とするバルブロの腹部に回転させた剣を突き立てた。

「ぐはあああっ」

 バルブロは腹を抑えながら前のめりにダウン。意識を失っているのは間違いない。

「ふっ、こんなもんだろう」

 悟は血も着いていないのに木剣を血振りして腰の鞘に収めようとしたが、そもそも鞘がなくカッコつけそこねた。

(やはり物理攻撃無効化Ⅲの効果があるんだな。バルブロのレベルはせいぜい10あるかどうかだろう。レベル60以下の攻撃を無効化するわけだし、この程度は避けるまでもなかったな)

 ちなみに、ラナー王女の婚約者が乱暴者のバルブロ第一王子をコテンパンにやっつけたと噂が広まるのに一日もかからなかったそうだ。

 この国は次期国王が決まっていない。

 第一王子のバルブロは、頭の悪い乱暴者。第二王子のザナックは見た目の悪い小者と国民には思われている。

 王の長女を娶ったペスペア侯も温和な性格に加え領地経営の確かさなどから一部貴族からは推されているが、王家の血を引かないことが弱味となり支持が足りない。

 今のところは七大貴族筆頭のボウロロープ侯の娘を娶り、そのバックアップを受けている長子バルブロが有利で、次点がペスペア侯、最後に第二王子ザナックだろうか。どれも一長一短、帯に短し襷に長しといった感があり、現国王ランポッサⅢ世も決めかねている。ザナックは頭がよく政治向きではあるので、逆転の目はあるにはあるのだが·····。

 

 そんな状況の中一人のダークホースが登場する。その名はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。黄金と呼ばれ国民に愛されている第三王女の婚約者である。見た目もよく、武においてバルブロを一蹴する力を持つというのはアピールポイントになっているし、さらにはラナーとの関係が人気の理由だった。悟本人は思っていないが、美形度が割増された結果ラナーと似合の美男美女。そして、仲の良さから王国の若い男女を中心に二人に憧れる流れが出来ている。

 だが、それを悟はまだ知らない。







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