「……」
沈黙のまま、どれくらい時間が過ぎただろう。ちっとも動く気配のない影に落胆する。半透明の仕切りの向こうには、席に着くより前から見知った影があった。意図して気配を消されれば確かにすぐ見失ってしまうけれど、隣に妙な変装を施した金髪と緑頭がいるのだ、気付かないほうがおかしい。
(暗に消えろって言ったつもりだったんだけどなー……通じてないのかバックれようとしてるのか、私が気付いてないと思ってるのか)
ていうか黒子くんに緑間くんに黄瀬くん大ちゃんって、近隣組が大集合か。愛されてんなあさつき。妹は安心しています、この中の誰にだってさつきを預けられる、ていうかとっとと引き取ってくれ。現実逃避なのかだいぶ違う方向のことを考えながら、口をついて出そうな言葉をサイダーで流し込んだ。向かいに座る二人は、まだ考え込んだ顔で黙ったままでいる。
私から話すしかないのかな。一応は、話題は考えてあるのだけれど。今話し始めれば、仕切りの向こうにいる三人にも聞かせることになる。そして黒子くんは、火神くんに繋がっている。
「……」
こういうのを、未練がましいと言うのだろうか。
彼に恋をしていたわけではない。近いものではあったのかもしれないけれど、今抱いている感情はどちらかというと物悲しさに近い。私は自分の姉とうまく付き合えなかったばっかりに、中学校の三年間、嘘をつき続けてきたために、今そのツケを払わなきゃいけないために、無関係で知り合えたはずの友人を一人失おうとしているのだ。もう二度と会う機会が無いとしても、せめて彼の記憶の中でくらいは、『いい奴』になりたかった。一緒に過ごした時間を、自分にとってのものと同じように、楽しい思い出として取っておいて欲しかった。
(……どうにか黒子くんにだけでも席を外してもらう事は…… どっちにしろ無理か、話す相手はさつきなんだし、大ちゃんもいるんだし)
たとえ全員を追い払えたところで、この二人から話が行くことだろう。仕方ないな、彼らはオトモダチだから。無数に繰り返した言葉を、随分久しぶりに思い浮かべた気がして自分でも意外に思う。仕方ない、彼らは友人同士だから。仕方ない、自分はその枠組みに入っていないのだから。
「……」
最後まで、その枠には入れなかったな。そして今、その可能性を自ら捨てに行くのか。切なく思うのに――口元が、笑う。痛いと思うのに、悲しいと思うのに、不思議な清々しさがある。仕方ないよ、だって私はこういう奴で、こういう奴として生きるって決めたんだから。
決めた覚悟と、これまで吐き続けた嘘の代償として、引き受けるべき痛みの一環だ。仕方ない。その言葉を、ようやく受け入れるような気持ちで深く息を吸った。
「……私から先に話すね。誤解されてるみたいだから言っておくけど、私、特にバスケに興味ない」
「え?」
「は?」
「高校でバスケ部に入らないのはそれが理由。中学時代も特に興味なかったけどね、さつきと大ちゃんとお父さんお母さんがうるさかったから」
「……なんでっ、そんなこと言うの!!」
その反応は予想してた。テーブルに叩きつけられた両手が商品を揺らすのを、ジュースだけは非難させる。その仕草がまたさつきを怒らせたのを感じたけれど、仕方ないだろうラージサイズ買っちゃったんだから。こぼしたら大変なんだよ。
そのまま、カタカタと震えていた両手が、やがて俯いたさつきの顔を覆う。泣いているんだろうなあ、とぼんやり私でさえ思うのに、大ちゃんは呆然と私を見ている。隣の女子が泣いてんだから慰めるくらいしてやったらどうかね。私が言えた義理じゃないんだろうけど。
(それにしても疲れる……怒鳴られるのは予想してたけど、まさか泣くとは思わなかったわ……)
まだ少ししか話してないのにどれだけ時間をかける気だ、つーかもしかして、さつき話し合う気はあんまり無いのかなあ。正直それはそれで構わない気はしてきたが、人を巻き込んでいる以上は一応の解決を試みなければならない。キセキの連中に待ち伏せられるのも鬱陶しいし、家の中でじっとりした視線を向けられるのも煩わしい。
細い肩を震わせる様子をテレビの中の出来事のように感じながら、自分の肩を少し揉んだ。溜息が重い。
「……言わなかったし、バレないようにしてた私に非があるよ。そこは謝る、ごめん。悪かった。受け入れて欲しい。私はバスケどうでもいい」
「……じゃあなんで、三年もマネージャーやってたんだよ」
「流れ? 始めちゃったら引っ込みつかなくなった感? あと当時はちょっと憧れてる人もいたから、それもある。男子を目当てに部活やるような、君らが軽蔑するタイプの女子ですよ私は」
「桐皇でだって手伝って、」
「断れる状況だったと思う? 委員会まで来て先輩の前で涙目でお願いお願いってされんだぜ? 先輩だって内心どう思ってても『ここはいいから』って言うわそりゃ」
「……っずっと、嫌だったって言うのっ……?」
「……まあ、うん、そうだね。桐皇バスケ部を応援したいとは思うけど、マネージャーやるほどではないかな。ていうかさつきは何をするにしても私を巻き込む癖をどうにかして欲しい」
ごめん。特に重苦しくはなく告げると、さつきはせっかく上げた顔を悲しむというよりどうしていいのか解らない表情にして俯いてしまった。整理をつけるにはやはり時間が必要かもしれない、……一週間置いたはずがあの夜と全く変わらないテンションで接せられている以上、時間の問題でもないのかもしれないが。双子の姉をなだめるためにはどうしたものか、名前は少し考えたが今考えるべきことではないなと後回しにすることにした。余裕があれば彼女をなだめるところまでいきたかったが、意思疎通の段階すら危ういのだ、今は伝えるべきことと聞くべき事だけ済ませなければ。
「突然で驚いたよね、ごめん。でも知っておいて欲しかったんだ。私は君らの友人の条件には当てはまらないだろうし、そんな価値もない」
「……それこそお前の決めることじゃないだろ。友達に条件なんて作ってねーよ俺は」
あまりに素早く返ってきた言葉に、ふっと笑いが漏れた。訝しげな視線を向けられて、それにも笑みを返す。いい人だね、大ちゃん。知ってたよ。大ちゃんなら多分どこかで私の興味の薄さを解ってもいるだろうし、幼馴染だ。十数年の情がある。きっとそんなふうに言ってくれると知ってたよ。だけどその言葉が感動を伴うには、私達は離れすぎてしまったんじゃないかな。それが美しい台詞になるのは、私達が親友だったり、それに属するものであった場合だ。週に一度話すか話さないかの間柄じゃ、そりゃ変わりようがないよねとしか言えない。
ただまあ、他の人はどうかなあ、なんて。確認する意味もないので話を進める。
「言い方を変えるわ。皆さんもそうだろうし……っていうかキセキの皆さんがどう思ってようが関係なく、私はキセキの皆さんを友達だと思ったことはない。大ちゃんとさつきはともかく、他は同級生が精々だわ。よってこの前のような同窓会には巻き込まないで欲しいな、呼ばれても来られても困る」
「……なんで?」
久しぶりに声を発したさつきが、それまで何度も繰り返したのと同じことを言う。けれどその響きが違うように感じられて、ああこれが一応は双子の絆ってやつなのだろうかと感じる。それを思うには随分、皮肉な状況だけど。今、さつきが発した『なんで』は、ちゃんと言葉が続く種類のものだ。
「なんで――そんなこと、言うの? 帝光の時、名前が遠かったから? 誰も名前を省みてなかったから?」
(あ、やっぱ一応わかっちゃいたのね)
「……そんなこと、」
「あるよ!! 自覚なかったの大ちゃん!? あのときは誰も名前を気にしてなかった! 名前にばっかり負担かけてたッ!」
「そこはマネージャーというか役割分担の話だし、さつきはさつきでキツかったの知ってるから気にしてないよ。そもそも私がバスケ好きを気取ってマネージャーやめなかったのが原因でもある」
「みんなつまんなそうに試合して、強さに溺れて傲慢になって、相手のことも同じ部活の中のことも、チームのことさえ全然見てなかったっ……!」
「概ね同意だけど聞いてる?」
「でも、でもね。今は違うんだよ名前っ……」
(ダメだ入り込んでいる)
基本的には頭もいいし勘も悪くないのに、どうにも私関係になると短絡的っていうか思考停止っていうか猪突猛進っていうか……。思い込みが激しいっていうか……。ちょっと想像してなかった方向に話が進んでしまい、どうしたもんかと思っていると大ちゃんが深刻そうに俯いた。弱々しく絞り出すような声で、悪い、と紡がれる。何がだ。大ちゃんも同じように思い込んでる感じ……?
「試合、見たでしょ? みんな、この一年で――変わったんだよ」
(……ほぼ全部見てないとか……さすがに言いにくい……)
「大ちゃん、大ちゃんはね、チームプレイするようになったんだよ。やっとマトモにバスケするようになったんだよ、前みたいに、」
「……うん」
「きーちゃんがね、また楽しそうにバスケするようになったの。先輩後輩の関係とか、監督とか、誠意とか、ちゃんとわかるようにもなって」
(さつきにも上下関係わかってないクズ野郎だと思われてたのか彼は……)
「ミドリンがね、入るかわかんないシュートも打ったんだよ。仲間を信頼してなきゃ絶対できないプレイをしてたんだよ」
「緑間くんは元々自分にも他人にも誠実な人でしょ」
「むっくんがねっ、走ったんだよコート内で! 絶対負けないって言い張って、ゾーン入ったんだよ!」
(むしろ今まで走ったことなかったのかよ……確かに記憶にはないけど……)
「赤司くんが――前みたいに、笑うようにも、なって」
(……確かに途中から雰囲気変わったけど私への態度はずっと一貫してたから、そのへんはなんとも……)
「……テツ、くん、が」
言い募っていたさつきが、そこでぽろりと涙を落とす。きれいな丸い雫。作り物じみた水滴が、なめらかな白い肌を滑ってテーブルに水玉模様を描く。決して慌ててはいなかった自分自身が、更に少し冷えたような気がした。
「……テツくんがっ、みんなのこと、戻してくれたんだよ……」
「……うん」
「今ならきっと、もう大丈夫だからっ……あのころ出来なかったことも、今はきっと大丈夫だから」
「うん」
「だから、……だから名前、もう一回、始めよう……?」
泣きながら微笑む顔は、誰に見せても健気な美少女そのものだ。真隣で一言一句聞き逃さずにいたはずの大ちゃんも、真剣な眼差しをこちらへ向けてくる。きっと仕切りの向こうでも、三人が同じような表情をしていることだろう。美しい友情、青春。そして敷かれるレールの名前は同調圧力。
私はクズだ。知っている。知っているから隠し続けた。レールの上を動く台車に乗って、求められるよう振舞い続けた。緩やかな自殺だと、たぶん気付いてはいなかった。膝の上に置いていた手を浮かして見る。テーブルの下で翳ったそれは、今も僅かに震えている。手の震えも力加減の下手さも、頻度は格段に減ったけれど、多分すぐには治らないだろう。代償だ。自分を騙し続けた後遺症だ。
――私は結局、さつきより自分を選んだわけだ。
ふとそう思い浮かんで、首を振った。そう言ったら、花宮さんはきっと叱ってくれると思った。アホか、人間誰でも自分が一番かわいいんだよ。そう、当たり前のことみたいに言ってくれる。それでいいって言ってくれる。だからもう――怖くない、ことはないけど――大丈夫だ。私はクズで、そういう自分を受け入れると決めたんだから。責められようが罵られようが、頑張れる。
「……さつき」
その瞳に、ぱっと光が差す。大ちゃんが一度瞬きをする。許されると信じている様子が伝わってくる。そりゃそうだよな、ここは普通『私こそごめんね』『改めてよろしく』とか続くシーンだ、期待しないほうがおかしい。
もう一度、静かに深呼吸した。双子の姉。異性の幼馴染。仕切りの向こうにいる三人とは違う、少なからず近しくて、大切な人達だ。どんなに揉めても重要人物だ。同じように、思ってくれるかな。私が私の思うように応えても。
「皆さんの活躍と仲直りはよかったねと思うけど、私には一切関係ない」
少しでも柔らかく聞こえるのを期待して微笑みながら言ってみたけれど、空気の凍る音を聞いた。
「……名前、そんな、まだ怒ってるの?」
「前提が違うっていうかー……元々怒ってないよ、私」
「けっこう酷い扱いだったのに!?」
「そうでもないよ。友達でもないんだから喋らないのも気にしないのも普通でしょ。私がキセキの同窓会に巻き込むなって言ってるのは、怒ってるからじゃなくて純粋に彼らのことが心底どうでもいいからなんだって」
「で、でもきーちゃんには、何でも話せるって言ったってっ」
「そりゃ黄瀬くんに軽蔑されようが嫌われようが痛くも痒くもないからね!? 包み隠す意味もないよ!」
ていうかなんでそんな些細な台詞まで伝わってんだよ! こいつらのネットワーク怖い! うかつなこと言えない!!
「す、好きな人いたんでしょ!?」
「中学時代の!? なんでキセキの誰かだって思うの虹村先輩だよ!」
「名前、好みのタイプは優しい人って言ってたじゃん!」
「優しかったじゃん虹村先輩! あと好きっつーか憧れだよ! 話す機会もほぼなかったけど平等に優しくて厳しくてかっこよかったもん! 虹村先輩に『あいつらのこと頼むな』って言われたらそりゃ頑張っちゃうよ! でもそれだけだよ!」
混乱した顔で口を開けたまま喋るのをやめてしまったさつきに、私も溜息をついて背もたれに体重をかける。
――そうか私は、私は『キセキメンバーに憧れてるけど仲違いしちゃって悲しくて距離を置いてた子』みたいな扱いだったのか……そうなのか? 少なくとも私が彼等に抱いている距離感が、実際よりずっと短いと勘違いされてたことはよくわかった。なんてことだ。
「……だ、大ちゃんは?」
「大ちゃんはなんだかんだ言ったって半分家族みたいなもんだし嫌いじゃないよ。私もマイちゃん好きだし。ザリガニ取りは卒業したけど好きだったし」
「きーちゃん……」
「嫌いってほどじゃないけど好きではないなあ……うっすら軽蔑はしてる。灰崎くんのがまだ印象いい」
「は、灰崎くん?」
「怖いけど趣味が悪いってだけで常識的ではある」
「ミドリン」
「すごい人だなーとは思うよ、同じクラスにいてくれると安心かなって感じ」
「むっくん」
「感じ悪い。関わりたくない」
「赤司くん」
「すごい人だし頼りになるけどちょっと怖い」
「て、テツくんは……?」
「好き嫌い言うほど親しくないのでなんとも……真面目かつ頑固そう」
「……かがみん」
「優しいし可愛いしカッコいいし、なんていうか安心感あるよね。誠実っていうの? 見てるだけで癒される気がする。さわやか。信頼できる。コーラ奢りたい、タオル渡したい」
「一人だけなんか違う!!」
「だって火神くんとは友達だったし言えることも多いよそりゃ……あと例え時間がかかってもちゃんと謝りに来てくれたっていうのは高ポイント」
盗み聞きとか、成り行きでしかしなさそう。
そう、わざとらしくゆっくり言ってみたのに、発せられる声がない。そろそろムカついてきたなあ。未だぽかんとしているさつきや大ちゃんはあまり頼りにならなそうだし、鈍感だと思われてるのも若干腹立つ。さつきへの返答はつい思うまま言ったけれど、そういえば印象は今も更新され続けているのだ。伝えてもいいかな。わざわざ聞きに来たんだから欲しくない情報を入れるのだって覚悟の上だろう。いいか。と思い、仕切りの張ってある壁を蹴飛ばそうとして――擦りガラスの部分をノックするに留めた。マジバクルーの経験が店内環境を悪化させることを拒否している……これが職業病……。
「どっかの誰かさん方と違って、ねぇ? 聞いてんだろ、部外者ども」
立ち上がって仕切りの向こうを覗き込む。緊張が走るのを肌で感じる。とはいえそれほど怒ってはいない、ただただ呆れているだけだ。さつきが呼んだんだか彼らが来たがったんだか知らないが、趣味が悪い。自分のことを棚に上げて言うけど趣味が悪い。
「……気付いてたんですか」
「むしろどうしてそれでバレないと思えるのか」
まさか真剣に気付かれてないものと思っていたのか。たかが姉妹喧嘩に巻き込むなって誰か一人くらい言ってもいいのよ? くだらねーアホかって思ってる奴だって居るだろ。まあでもさつきは愛されてるからな、仕方ないな。恋は盲目だから。それに、似たようなことがあっても、これまでは確かに苦笑して許してきたのだ。仕方ないなあ、さつきは。そう笑って。その行動の根底が愛情ではなく諦念だと、たぶん自分でも気付いていたのに目を逸らし続けていた。他に手段は無いと思い込んでいた。
「『大ちゃんについては』妥協する、つった時点で席外してくれるの期待したんだけどね、バレてないつもりでいたのか。バレてないだろうし相手が私だからいいだろうってか。つくづく誠意がねーな私に対して」
「……すまない」
「……緑間くんにはちょっとガッカリしたわ。まあでも私に幻滅されたところで問題はないんだろうけど」
「……そんな言い方ないんじゃないスか? そりゃ黙って居たのは悪かったかもしれないっスけど」
「かもじゃなくて悪いんだよ。そうやって論点ずらして人をあげつらうの、下品だからやめるといいよ。つーか誰が発言を許可した? 私はバレてるよって伝えたかっただけで君らと議論したいわけじゃないの、そのための席でもないの。好きなように盗み聞きしてりゃいいじゃん、さっきまで、み、た、い、に?」
語尾にハートマークをつける勢いで、声色だけは媚びた女の子のように可愛らしく言う。黄瀬くんが嫌う仕草だ。そこに含まれるものを――今までの態度は全部が全部、わざとですよってことを――感じ取ったように、彼は軽く俯いて浮きかけた腰を椅子の上に戻した。おや、怒って殴りかかってくるのを期待したけど、さすがにそこまで馬鹿じゃないか。残念だ。
「桃井さん」
面倒なの残ってたーあ。私が椅子に戻るとほとんど同時、席を立って回り込んできた黒子くんが深く頭を下げる。すみませんでした。そうはっきりと告げる声は誠実でまっすぐだ。なのに何故だ、ちっとも心に響かない。サイダーに口をつけると、氷はほとんど溶けていた。
「すみません、確かに――ボクも、あなたを軽んじていました」
「うん」
「でも、わかってください。わかってあげてください。桃井さんは、決して悪気があってしたことじゃないんです」
「……」
「テツくん……」
「仲直りして、それで皆で遊びに行こうって。そのために頑張るからって――」
「私を置き去りにしてるくせに巻き込んでイイ話始めるのやめてくれないかな」
あと、頭上げて。迷惑だから。口にした声が変わらず乾いている。さつきが怒ったように眉間を寄せる。時間帯を早めに指定して正解だった、人目が少ない。
「で、さつき。さつきが声かけしたらしいけど、その結果が今なわけだけど、どう思う」
「……えっ」
「……」
「……て、テツくんは、私を庇ってくれてるだけで、悪いのは私だから、」
「それも否定しないけどそういう話じゃないわ」
ムカついたらぶっかけようと思って無色透明のサイダーを注文してたわけだけど、さすがに黒子くんとかさつきにするのは気が引けるなー……黄瀬くんがいいな黄瀬くん。さっきと同じ声で『ヒュー、水も滴るいい男ッ!』って言いたい。心底馬鹿にしたい。ああ、こんな妄想をしている暇じゃなかった。現実逃避にも程がある。
「黒子くん気付いてないかもだけどさ、この様子って他から見たら『なんか知らんけど男の子に頭下げさせて放置してる偉そうな女子』になるわけ。私から見たら、そうやって周囲の圧力使って『いいよ』って言葉を引き出そうとしてるに過ぎない」
「……そんなつもりじゃないです!」
「うん、知ってる。悪いと思ってるのもさつきを庇いたいのもわかったから、もっかい言うわ席に戻れ迷惑だ。誰が発言を許可した、盗み聞きは咎めないから黙ってお座りしてろ。それができないなら消えろ」
……冷静なつもりだったけど、私もしかして結構怒ってるのか。親指で力強く仕切りの向こうを指し、戸惑った顔で俯いた彼にそれ以上の視線を向けない。まあそうだよなー、人前で謝罪する連中は周囲の圧力使ってる自覚がないんだよなー、知ってた! 知ってたけど気に入らないわ!
「……名前、テツくんは悪気なんかないし、私を庇ってくれただけなんだよ。名前にひどいことしようなんて思ってもいなかったんだよ」
「知ってる」
「じゃあっ、あんな言い方しなくたっていいじゃない! 周囲の圧力とかなんとか、考えすぎだよ! そんなひねくれた考え方しないで、素直に聞いて許してあげれば――」
「……そうやって上から目線なくせに被害者根性たくましくて自分では何もしないで周囲を味方に付けて、すぐ泣くところが嫌いだよ」
ぽつり。溜息と一緒に落とした言葉が、さつきの胸を切り裂いたのを感じる。
今までどうやっても向けてこなかった刃が、やわらかく包んできたはずの悪意が、まっすぐにさつきを切り裂いたのを感じる。その感触に自分でも驚いて、苦しく、なった。
「……名前……?」
「ごめんね、ひどいこと言ってるね。でもこれ以上オブラートに包めない」
「名前、」
「泣くのは仕方ないよ、涙は出るもんだし、そこは謝る。けど、概ね本音。それで悪気がないとか最悪。謝れば許されるもんだと思ってるのも傲慢だし、許さない奴が悪いみたいな扱いも嫌い」
痛いはずなのに、辛いはずなのに、さつきを傷つける言葉はつらつらと落ちていく。それら全てが嘘偽りない私の本音だということが不思議で、少し怖かった。
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2014.08.20
2014.08.20