「……あの人達、多分っていうか絶対に、普通にやっても上手いですよね」
「せやなあ。キセキがいなけりゃ優勝候補でおかしくない」
「無冠の五将、でしたっけ」

 ウインターカップ予選の最後。
 今吉先輩や桜井くん達と並んで誠凛対霧崎の試合を眺めながら、ふと思って言うと先輩方から『何を言っているんだお前は』という視線が飛んできたけれど、今吉先輩はさらりと肯定してくれた。確かにラフプレーが売りの選手なんてマトモにやったら勝ち目がないというイメージがあるけれど、見たところ身体能力は充分だしテクニックもある。大ちゃんや火神さんのような野性味のあるものではなく、どちらかというと洗練されていると言ってよさそうなスムーズさだ。そしてそれは、どんなに才能があったとしても弛まぬ努力でしか身につかない類のものだ。
 無冠の五将――キセキの世代と呼ばれる連中がいなければ、彼らが時代を作っていただろうと囁かれるプレイヤーの総称。神様はたまにこういうことをする。スケートだってサッカーだって将棋やボードゲーム、ビジネスの類だって、時代さえ違えば天才と持て囃されただろうに、という人はどの業界にもいる。気の毒に、なんて凡人が思っていいのかはわからないけれど。

(……しかし今日も清々しいまでのラフプレーです霧崎の皆さん……)

 小細工も大技も挑発も惜しみない。審判どこに目ェつけてんだ、という野次が少し前に飛んでいたが、全くだ。観客の大半は呆然としていて、桐皇と同じく敵情視察と思わしき高校生達は不快そうに眉間を寄せている。気持ちはわかる。わかるけれど。
 やっぱり怒りも軽蔑も沸いてこないのが、我ながら不思議ではある。ちらりと見ると、桜井くんはむしろ自分のほうが痛そうに顔を歪めて、今吉先輩は普段と変わらない薄い笑みで見下ろしていた。
 桐皇が霧崎と試合をしたときは、どうだっただろうか。私は自分とさつきのことで頭が一杯で、あまり余裕は無かったけれど――他の選手はともかくレギュラー達は、あまりギスギスしていなかったように思う。……ラフプレー耐性とか選手にもあるのかな。経験がものを言う部分も多少あるかもしれない。
 あのときや前回の泉真館戦と比べ、今は周囲の反応を見る余裕がある。客席は完全にぽかんとしているか、誠凛がんばれの声を上げているかだ。たまに私達みたいに無感情そうに眺めている人達もいるけれど。私に見えているのだから、当の選手達に見えていないはずがない。前回、客席で吹き出した私に気付いていたのだから、集中しすぎて見えてないってことも無いだろう。そしてそれでも繰り返されるラフプレー。普通にやっても上手いのに。審判は笛を鳴らしてはいないものの、精神的には完全アウェイ。の中で、またもや小細工挑発たまにストレートに暴力。どんなに中傷を食らってもすっとぼけて活き活きとラフプレー。メンタル強すぎる。

(こんだけブーイング受けたら嫌にならないのかな、百歩譲って暴力が好きなんだとしても喧嘩は喧嘩としてした方が色々スムーズだろうに)

 中学時代の同級生なんかは喧嘩の方が楽しくなっちゃった結果バスケをやめたと聞いている。そっかー寂しいけど仕方ないな人それぞれの趣味だからな、と思ったものだ。私にはわからないけれど、何にだって分野があるしルールもあるのだろう。
 ……これも一応ルールには反していないのか。いや、反してるけど『審判が指摘しなければ行われてることにならない』っていうのも立派なルールだからなあ……。著作権だってルール的にはアウトだけど『訴えられない限りはオッケー』というのがある。文化祭のポスターやローカルなチラシに漫画やアニメのキャラクターを描いても問題ないのと同じだ、というのは私にスポーツマンシップが無いからこその発想になるのだろうか。いやでも隙を突くのもテクニックのうちでして……ファウル取るのもテクニックのうちだしファウルとられない範囲を見極めてギリギリまでやるのもテクニック……あっそれか、狙いそこか。審判の目をかいくぐってラフプレーして相手の精神ゴリゴリ削ったりせこせこ点を稼いだりして勝つのが好きなのか、じゃあ仕方ないね! それがプレイスタイルで主義主張なら仕方ない! 把握しました!
 思わず無言のまま深く頷いた私に、桜井くんが心配したように目を向ける。すかさず苦笑して、なんでもないよと伝えるつもりで首を振った。どうもさつきと仲直り(らしきもの)をして以降、桜井くんとの距離が近い。友達としては別にいいんだけど、言ってくれたことは嬉しかったしお菓子は美味しかったけど、これ異性の友達同士の距離感じゃない。選手とマネージャーとしては普通かもしれないけれど、私は桐皇マネージャーではありません、そこをお忘れにならないでいただきたい。今日はバスケ部のバスに乗せてもらったし文句は無いけどね!
 性格悪いな、と自分で思う。
 ……さつきを受け入れるように、素直になるように、自分の嫉妬を消せるように。努力をしてみても、私の性格は一向に改善しない。

(方針間違ってるのかなぁ……桐皇のバスケ部を嫌いなわけじゃないし、バスケ自体には相変わらず興味が無いけど。さつきに優しくしたいのも本当なんだけど)

 何を、間違えているんだろうか。さつきを上手に肯定できれば、私はクズじゃなくなれるかと思ったのに。
 バスケの試合から自分の性格について意識を飛ばしていたところ、また派手な展開があったらしく周囲がざわめいた。黒子くんが怒っている。おお、黒子くんも怒鳴ったりするんだびっくりした……。何を言ったかはよく聞き取れなかったけれど、花宮さんが全力でおちょくっているのはわかった。だからこの場面でその顔ができるって花宮さんメンタル強すぎる。黒子くん、真面目な人だから言葉で伝えようとしてるんだろうけど、多分その人は宇宙人と思って接した方がいい……。おそらく心底から楽しんで敢えてのラフプレーを行っているので何を言っても無駄だと思います、新しい意味のほうの確信犯ってやつだと思います……。

(……好きなことを好きなようにやってるから)

 バァカ、だけちょっと聞き取れた。私も言われたなあ、口癖なんだろうか。

(それが世間的には褒められたことでなくても、ちゃんと判ってるから)

 霧崎の人達が花宮さんや黒子くんを眺めつつ手も口も出さない。ただじっと見ている。花宮さんの主張や趣向は、彼らと一致しているのだろうか。だからあんなに綺麗なパスワークができて、なんか違和感のある話だけど、チームワークがしっかり成立しているんだろうか。

(だから、あんなに堂々としていられるんだろうか)

 ――なんでそんな羨ましそうな顔してやがる。
 不可解そうな声を思い出して、自分の顔に触れる。羨ましそう。羨ましそう、か。私は今も、そんな顔をしているだろうか。下衆野郎。誰かがそう言った。反論はない、多分百人に試合を見せて聞いても百人が彼を下衆だと断言するだろう。私も反論するつもりはない、たぶん本人も。

(……あ、)

 泣きそう。
 少しだけ俯いて目を閉じ、そこにある熱が引くのを待つ。それから先は、試合を見ることに集中した。



 傍目には重症そうな負傷者を一人出して、誠凛が勝利した。
 個人的には花宮さんが悔しそうだったのが意外だ、バスケはどうでもいいんだと思ってた。誠実でも誠実じゃなくても好きなことには変わりないってこと、か? 不誠実だけど好きって、なんかややこしいというか業が深い話ね……。理解者少なそうだなあ、かわいそうに。

(……、かわいそう?)

 その単語が引っかかって、桐皇メンバーについて歩いていた足が止まる。
 かわいそう、だろうか。花宮さんは。彼らは。理解者が少なくて?

(…………)
「名前ー、どうしたんー?」
「っ、はい! すいません!」

 立ち止まっていた私に、前方から声がかけられる。いけない、つい考え込んでしまった。彼らを見ていると妙なことばっかり考えてしまう。正体がわからないのに、なんだか引っかかる、ということが多い。あと私のクズさがオープンになりがちだ。今回の試合は笑ってしまわないで済んだけれども。
 ……さつきの言ったとおり、だけど違う意味で、霧崎と関わるのは危険かもしれない。

(まあもう、どっちにしろ接点は無いんだけどさ……タオル返しちゃったし、応援しますとは言ったけどメルアドとか交換してるわけでもなし)
「桃井さん、試合中も具合悪そうでしたけど、もしかして体調悪いんですか?」
「いや大丈夫、ごめんね。少し考え込んじゃってただけなの」

 心配してくれる桜井くんにへらっと笑ってみせて、隣に立って歩く。
 周囲を見回してみたけれど霧崎の人は見かけなくて、これでいい、とも、なんだか寂しいとも感じて、そんな自分がなんだか不思議で。微妙な気分のままバスに乗り込んだ。


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2014.07.10