「名前はマネージャーじゃないんだからね!? どうしてそうワガママばっかり言うの!!」

 そのマネージャーじゃない人間に手伝いさせてる奴が言うなー。ブーメラン突き刺さってますわよーお姉様ー。というツッコミは内心だけにしまいこみ、モップを抱えていた名前はベンチで巻き起こされている争いの声にそっと苦笑した。
 数十分前、またもや先輩の前でお願い手伝って名前お願い! に涙目コンボを食らってなし崩し的にバスケ部でモップをかけています桃井名前です、いっそ違う部活に入ればいいのかと考え始めました。何部がいいかなー……なんてぼんやり現実逃避している暇はない、ここにいる以上は床を磨かなければならない。帝光もそうだったが桐皇も強豪校の大型部活、部員や設備の数に対してマネージャーはいつも足りないのだ。

「おうおう、今度はなんの話や」
「さあ解りません……あ、そこ濡れてるんで退いてください。拭きます」
「んー。桃井は何の話か聞いて来んでええの? 名前出てたろ?」
「正直あんまり知りたくないんです……嫌な予感が……」
「とか言いながら今日も手伝ってくれてる桃井が好きやで!」
「ドリンクあっちですよ」
「冷たい!」

 休憩時間だというのに絡んでくる先輩を普段通りにあしらい、モップがけを続けて、さてそろそろ話を終えてくれたかとベンチへ視線をやるとむしろ人数が増えていた。『名前』や『妹さん』に続いて『頼めば』といった言葉が聞こえてくる、その声は主に姉や青峰で、たまに部員やマネージャーのものが混じる。溜息をついてみても、じっとりと重くまとわりつく暑苦しい空気を払えない。
 ろくなことが起きていない予感がする。予感というより確信か。ポケットに突っ込んでいた自分用のペットボトルに口をつけ、汗を拭った。夏本番というにはまだまだ早いのに、体育館内は気絶しそうな熱気に満ちている。何でマネージャーでもないのにこんなところに、という恨み言は連ねすぎてもう飽きた。いっそマジで対処法として別の部活に入ろうか考え中である。それはそれでバイトとの兼ね合いがなあ。っていうかバイトない日だったからいいけど、バイトある日にこれをされたらどうすればいいやら。

「桃井!」
「……はーい」

 先輩に声をかけられては仕方ない。うんざりしながらもベンチへ近寄ると、未だ言い合っていたらしいさつきと大ちゃんが睨む顔をそのままこっちへ向けた。うわあとばっちりの予感するう。

「名前! 青峰くんのワガママなんか聞かなくていいんだからね!」
「一番ワガママ言ってる奴が何言ってんだよ。俺のは強制じゃねーし」
「青峰くんは名前に甘えすぎなの!」
「だからそれはお前が言うな」
「私は名前のお姉ちゃんだからいいのー!」
「……で、どういう話ですか?」

 全く説明をする気配がないので、私を呼びつけた先輩その人に顔を向けて質問する。
 彼は見るからに面倒そうな顔を二人――というより、大ちゃんに向けたまま、吐き捨てるように答えた。

「お前が来るなら次の試合に出るってよ」
「……、え?」
「だから! 名前はマネージャーじゃないの! 大ちゃんのワガママで振り回さないで!」
「むしろ何でお前が怒ってんだよ。嫌なら名前が断りゃいいだろ」
「そういう問題じゃないの!!」

 ああはい把握。『私がいるなら』試合に出る、か。……そりゃまあ、さつきとしては面白くないだろうな。青峰くんのワガママなんか聞かなくていいんだからね。そう言って私に向けている表情が、どんなものかは自覚していないに違いない。感情さえ、もしかしたら。
 大ちゃんはどうせ適当なサボリの口実に私の名前を出したんだろうけど。
 ……あー馬鹿馬鹿しい。
 きゃんきゃん言い争いを続ける二人を横目に時計を見上げると、休憩時間が残り二分。私が途中で外れたぶん大急ぎで仕上げてくれたマネージャー達に小さくごめんと謝って、お詫びの代わりにモップを集める。片付けて、次の仕事に移らなければ。私が輪から外れたのを先輩も見ていたけれど、どちらにしろ今は話にならないとわかったのだろう、溜息をついていた。
 さつきと大ちゃんが二人とも桐皇に来たのは本当に良いことだったのかなって最近思うよ。まあ私だけ違う学校に行けていたらベストだったんだけどね。一人暮らしならなおよし。だけどまあ、うちの両親がさつきならともかく私にそれを許すとは思えないし、考えるだけ無駄か。
 今が高校一年生。
 卒業まで二年と半年。

(……長いなぁ……)

 モップを薄暗い用具室へ片付けて、すぐに体育館に戻ろうと踵を返す。その場にあった人影に、思わず声をあげそうになった。

「うわっ、……桜井くん? びっくりした」
「スミマセン、驚かせて」
「ううん。それより休憩時間終わっちゃうよ? 戻らなくていいの?」
「すぐ戻ります、けど、」
「うん?」

 名前にとって同じクラスの桜井は、部活がなくても比較的話すほうだ。最初は、大ちゃんのパートナーかーお疲れ! ドンマイ! 程度の印象だったが、ある日こっそりと姉の差し入れ予告(忠告)をしたところ後日お礼として可愛らしい手作りマカロンをもらって以降は『いい人』認識でさえある。かわいいもの好きであるらしい彼の趣味に協力することも多い。

「どうするん、ですか」
「……何が? さっきの試合の話?」
「ハイ……」

 何故か落ち込んだ様子の桜井に疑問を抱きつつ、名前は特に迷ってもいない様子で『どうしよっかね』とだけ答えた。そのあっさりした返答をはぐらかされていると受け取ったのか、幼い顔立ちを拗ねたように歪ませる。

「完全にサボリの口実にされてるよねー。そりゃさつきも怒るよ」
「……そういうんじゃないと思います」
「ん? そう? でもまあ、別に大ちゃんいなくても困らないんじゃないかなーと思ってたけど」
「……え」
「だって別に、大ちゃんナシでも勝てるでしょ。先輩たちいるし、桜井くんだって強いんだからさ」

 苦戦したとしてもインターハイには出られるだろうし、出てしまえばこっちのものだ。仮に夏がダメでもウィンターカップがある。インターハイはどうやらウィンターカップに向けての盛大な予選って面もあるようだし、そっちで勝てばいい。そこまで行ったらむしろ大ちゃんのほうが出たがるだろう。大ちゃんが出たがらないということはその程度の試合やゲームってことだし、大ちゃんがいないからって勝てないんだったらそれはそこまでの話だ。
 ていうかチームプレイのスポーツなのに個人主義っていうのがよくわかりませんね私としては! まあそんなの学校カラーなんだろうしプレイスタイルっちゃプレイスタイルなんで口出しする気はないですけど!
 そのあたりのことは一切口に出さず、何故かぽかんとしている桜井くんの肩を押して体育館へ向き直させる。ちょうどよく、休憩時間終了の合図が聞こえた。

「ほら桜井くん、練習に戻らなきゃ」
「あ、の、桃井さん」
「うん?」
「……青峰さんがいなくても、来てくれますか?」
「……逆じゃない?」
「逆じゃないです」

 そうでしたっけ。逆な話だった気がしますけど。
 ていうか大ちゃんがいたところで行く予定はないですけど……って流石に言えないなプレイヤー相手に……。大ちゃんと違って桜井くんは真面目ないい子だしなー。この前もらった熊さんマカロン可愛くて美味しかったし、新しいお店の情報交換もしてるし……。

「……大ちゃんは関係なく、桜井くんのこと応援してるよ」

 よしナイスチョイス。ナイス話題そらし。見に行くとも行かないとも言ってません。よし。応援はしてなくもないしね!

「桃井さんっ……」
「ホラ本当に練習始まっちゃうよ! 大ちゃんなしで勝つんだから頑張らないと! ね!」

 背中をぐいぐい押して今度こそ体育館に戻らせる。
 いやあいい仕事したわ私、ホントいい仕事したわ。先輩達のところへ戻っていく背中をあたたかく見送り、仕事へ戻る。ベンチでは未だ言い争いが続いていて、成長しねえなコイツら……とうんざりするのはまあ、いつものことだ。しかし大ちゃんとさつきは本ッ当にいつまでもくだらないことを言い合うなあ昔から……。

「大ちゃん、さつきも。みんな困ってるからそのへんにしようよ」
「だって青峰くんが!!」
「つーかさつきはどうでもいいんだよ名前はどうすんだって聞いてんだよ!」
「どうでもいいって何!!」
「あーもー……」

 もう放置して帰るか、そうするか。ここで行くって言っても行かないって言ってもブーイング出るに決まってるし。どっちにしろ行く気ないし。
 先輩でも誰でもいいからこの二人をどうにかしてよバスケ部の皆さんよお。助けを求めるつもりで振り返った、直後、

「っぼ、僕も、桃井さんに来てほしいです、っスミマセン! 呼ばれてないのに首突っ込んでスミマセン! でも来て欲しいですベンチにいて欲しいですスミマセン!!! お願いします!!」

 酷い裏切りを受けた。
 直角に頭を下げた桜井くんをそのままにしてさつきと大ちゃんに視線を戻すと、二人も驚いているらしく目を丸くして桜井くんを見つめている。まさか入ってくるとは思わなかったよね、私もだよ。ていうか二人を止めに来てくれたんじゃないのかよ。

「なんや面白いことやってんなー。仲間に入れてや」
「後輩を練習に戻してくださいよ先輩」
「桃井が今ここでハイって言ったら解決な気がせえへん?」

 悔しいがその通りだ。
 未だ呆けているさつきと大ちゃん、頭を下げたままの桜井くん、状況を見るに今『ハイ』と答える分にはどこからも文句は出ないだろう。……私が別に乗り気じゃないこと、以外はどこにも問題ない。舌打ちのひとつもかましたいがかませない状況である。
 結局グダグダながらもベンチ入りが決定し、またもや『もうマネージャーやればいいじゃん』攻撃を受けることになった。


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2014.06.17
桐皇もちょっと書きたいという