圧倒的な力なんてつまらないもんだ。
 一撃ですべての戦闘を終えるヒーローが言っていたことを思いながら試合を見下ろす。大ちゃんがコートに入って数分、観客席まで静まり返っているような気がした。

(……かわいそうに)

 誰が、かもわからず、思う。
 火神さん達、誠凛のバスケ部に対してか、大ちゃんに対してか、決して弱くはないはずなのに大ちゃんが入って以降空気と化した桐皇のバスケ部に対してなのか。私なんかに同情されたかないだろうけど。深く息を吐き、背中を丸めて手すりに肘をついた。
 ――それにしても、胸を占める落胆だけはどう処理すればいいものやら。ほとんど無意識に、視線で赤毛の長身を追う。がっかりしているのは、彼にではない。彼がいると、多少なりとも好意を抱いている相手がいると知っていながら、やはり試合自体にほとんど興味が持てない自分自身に対してだった。

(火神さんがやってるんだったら多少は違うかと思ったけどなー……)

 前半、それなりに盛り上がった。興奮もした。けれどそれは、ワールドカップの時期だけサッカーファンになるような性質のものだと理解している。
 ……まあ、選手が知り合い、親しい、だけで身を入れて見られるようならずっと前にそうできているに違いなかった。姉がいて幼馴染がいて、かつては憧れた人もいて、今はクラスメイトや顔見知りがいるスポーツだ。やはり興味や才能の問題なのだろう。
 バイトを始めて世界を広げて、新しい人と知り合って、人間的に成長! 脱・クズ! なんて考え方が甘かったか。何度目かの溜息が重い。そもそも知人の試合を見て自分のことしか考えられてない時点でお察しってか。手すりにもたれかかっていた身体を起こし、軽く首を回した。試合時間も残り少ない。喉も渇いたし、出入口が混む前に退出するとしようか。そう思って肩の鞄をかけなおし、

「桃井」

 ――聞きたくなかった声を聞いた。

「え? あ、マジで桃井サンだ。お久しぶりっス!」
「……緑間くん。黄瀬くんも、こんにちは」

 っていうか、なんだか最近は会いたくない奴にばっかり再会するな……。あ、今日に限ってはバスケ関連だからか。やっぱバスケ鬼門か。
 桐皇っすよね、なんでこんなトコにいるんスか? 小首を傾げながら問われる、その言葉の意味は『マネージャーなのにベンチへ入っていないのか』だろう。答えず曖昧に笑んでいると、私ではなく緑間くんが答えた。今はバスケ部マネージャーではないからだろう。大げさに驚く黄瀬くんを、まあまあと窘めながら苦笑する。今は、か。まあそうだね過去はマネージャーやってたからね今後一切やる気ないけどね。そんなわざわざ言わないけどね!

「なんでやんないんスか!? 青峰っちも桃っちもいるのに!」
「ちょっと……成績が問題で……遅くまで体育館にいる余裕ないっていうか……」
「えっあっ変なこと聞いてスミマセンっす……」
「冗談だから! 謝らないでよ!」

 軽く笑う、黄瀬くんも笑う。黄瀬くんは全然好きじゃないけど、軽薄で楽だ。

「黄瀬くんはバスケ続けてるんだよね? モデルもやって学生やってバスケもやって、なんてすごいよねえ」
「いやーバスケ以外はそれほど努力しなくても出来るんで! キツいのは部活くらいっスよ」
「あはは。黄瀬くん器用だもんねー」

 マジそーゆーところ軽蔑するわー。努力しなくても出来るモンは出来るで別にいいとは思うけど、それを言っちゃうあたり軽蔑するわー。

「そういうことはまともな成績を取ってから言ったらどうだ」
「な、なんで緑間っちがオレの成績知ってるんスか!」
「お前の態度と中学時代の成績を見れば想像がつくのだよ」
「ちょっと緑間くん、あんまり黄瀬くん苛めちゃダメだよ。黄瀬くんは違うところに才能があったんだってば。ねっ」

 会話に入ってきた緑間くんとの間を笑いながら仲裁する。懐かしいなーこの適当なやり取り。好ましい懐かしさではないけどな!
 中学時代、へらへら笑いながら仲裁役ばかりこなしてきたことを思い出して舌の奥が苦くなる。黄瀬くんは入部当時から最後までそりゃあ酷いもんだった、と、思い出が生々しく蘇る。当時は本当にさつきとダブルで私のヒットポイントを削って行ってくれたもんだった。
 あーなんだか無性にバイト行きたい。なっちゃんに会いたい。たまにお客さんで来てくれる、なっちゃんの好きな人とかもなーお友達とかもなー……会いたいなー安らぎが欲しいわ……。

「桃井サン優しい……!」
「……桃井は黄瀬に甘すぎるのだよ」
「そう?」
「あ、でもそれオレも思ってたっス! 桃井サンってオレには他より余分に優しいっスよね!」

 ね、なんで?
 少し顔を覗き込んで、おそらく彼の中では甘い声色と顔で囁く。しかしその目が僅かに嘲笑を帯びていることに、気付かない訳もなく。……つくづく感情というものは目に出やすいなと、思う。学習させてくれたこと、警戒させてくれたこと、くらいには感謝するべきなのだろうか。
 目に力が入ってしまわないよう意識して、照れたように笑った。

「うーん、まさか追求されるとは思わなかった。ていうか私はそんなにわかりやすかった?」
「え、マジっすか?」
「内緒なんだけど、ね?」

 そう言って顎を少し引く。黄瀬くんが嫌う、媚びた女の子のような仕草を作る。ご自慢のきれいな顔に、今はもうありありと浮かぶ蔑視に、今度は作り物ではなく笑えた。

「黄瀬くんってさ、さつきに似てるから。なんとなく肩入れしちゃうんだよね」

 恥ずかしいから、さつきには本当に内緒ね。
 そう付け加えると同時、黄瀬くんの背後で緑間くんが吹き出した。聞きつけた黄瀬くんが赤い顔を、怒ったふりをして振り返る。二人とも仲いいねえ。にこにこ天然キャラぶって言うと、どこが! と同時に声が飛んできた。

「……えー、でも、似てるっすかぁ? オレと、桃っちぃ?」
「似てるよー。ねえ緑間くん」
「俺にはわからんのだよ」
「似てると思うけどなー。なんかこう、オーラ? が」

 本当に、な。
 類似点を挙げようとすれば多分いくらでも挙げられるけれど、口に出すほど迂闊な人間じゃないつもりだ黄瀬くんテメェと違ってなぁ! 初対面時にファン扱いされた挙句、苗字名乗って嘘ついてると決め付けられたことは忘れてねーぞコラァ。

「そうっスかねぇ……」

 黄瀬くんが、それでも満更でなさそうにベンチのさつきを眺めているのを見て、更に口には出さない言葉を内心で続けた。
 ――あと私、嫌いな奴にはできるだけ親切にする主義なんで。黄瀬くんみたいに、うっかり冷たい目で見ちゃってもフォローできるようにね。
 うむ、改めて性格が悪いな私。

「じゃ、私、学校の友達と合流するから。バイバイ」
「オレの試合もお楽しみにー!」
「あはは、うん!」

 別に見る予定ないけど!

「桃井!」
「……?」

 首を傾げて、立ち去りかけていた足を止める。
 本当は無視したい気持ち満タンだったけど、この距離でこの音量ではそれも不自然だ。

「緑間くん?」

 よく言えばノリがいい、悪く言えば軽薄で流されやすい黄瀬くんと違って、緑間くんはこういう笑い話では誤魔化されてくれない。

「……お前はいつまで、逃げているつもりだ」

 何からだ。逃げるって。何から。
 唇を引き結んで、困ったような顔をする。意味はよくわかってないけどまあ大体の察しはつく――けど――キセキの連中は一人残らずポエマーあるいは中二病ってやつなのだろうか……。まあリーダーポジションの赤司くんがアレだったもんなあ。朱に交われば赤くなるってか。赤司だけにってか! ……特に面白くなかったわ。いやこの寒々しさが逆に笑えるとかそういう展開を……
 微妙な顔になったのを俯いて隠した、のをどう受け取ったのか、緑間くんはそのままの声で続けた。

「お前がいくら逃避しようと、それがお前の問題である以上、向かい合うときは必ず来る」

 ごめん何の話? え、逃げる云々ってバスケの話だと思ってたんだけど違うの? 私の問題? クズ? いやそっちは別に逃げてないな。

「逃げ切れはしないのだよ」

 何それ怖い。何の話! そろそろマジで! 何の話!?
 そして黄瀬くんもなに深刻そうな顔で『桃井サン……』って呟いてんの!? お前絶対わかってないだろ流されやすいのも大概にしとけよ!

「……、バイバイ」

 ひきつる顔は、今は隠さなくてもいいだろう。空気を読んで苦笑を向け、今度こそ離れる。
 自販機前に着いた途端にさつきからメールが入ったので、あと五分は気付かなかったことにしよう。喉渇いた。


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2014.06.13
黄瀬の扱いがひどい。と思ったら全員ひどかったのでまあいいかと思い直しました。