大体同じ曜日か、多少変わっても同じような時間帯にやってきていたお客さんが、ここのところ来ていない。
 それだけの、話なのだけれど。……チーズを補充しそうになって箱の中に余っているとか、ふとした瞬間にボックス席に視線を向けてもあの赤い髪が見えないことに、不満――ではないけれど、なんとなく寂しさを覚える。なんて言えばなっちゃんにからかわれるのは目に見えているので、とても言えないのだけれど。
 なにかあったのかな、怒らせるようなことしちゃったっけなあ。いやいや黒子くんは結局答えてくれなかったけれど、バスケ部だとしたら大会前だ。どうやら大ちゃん達に勝つ気でいるらしい黒子くんと同じチームだとしたら練習とかそれなりに厳しいに違いない。合宿だってあるかもしれない。そう思って気にしない努力をする。ていうか一介の店員がお客さんについてやたら心配するのも変な話だもんね……来なくなるお客さんとか別に珍しい話でもないんだし。
 それでもモヤモヤ考えてしまって、気にしてしまって。なっちゃんはからかうというより心配してくれているようで、それもなんだか申し訳なくて。
 このタイミングで訪れたシフトが入っていない日、は、正直とてもありがたかった。居ても居なくても気になってしまう、もっと冷静にならなければ。

(とりあえず今日はブラブラ遊ぼう……一人だけど! ぼっちだけど!)

 真面目にバイトをしているおかげでお金もそこそこあるし、久々に買い物でもしようかな。さつきは朝から張り切った様子で出かけていったので家でダラダラしてもいいのだけれど、どこ行くの何しに行くの誰と会うのなんて聞かれず外出できる機会も貴重だ。
 夏休みに備えて水着でも買おうか。明るい色のマニキュアも見たいかもしれない。涼しそうな服も見たい。甘いコーヒーも飲みたい。
 考えているうちに楽しくなってきて、自然と足取りが軽くなる。

(ひとりも結構、楽しいよね)

 中学時代に何かの間違いで一軍に混じった時は真剣に地獄だったもんなぁ。
 苦虫を噛む様な気分の思い出を、笑い、笑えるようになった自分に安心して、前に進む。そういえば欲しいものがあったんだと思い出して、目当てのお店へ向かった。



 結論として、素晴らしい休日だった。ひとりの時間を満喫し、好きなお店へ行って好きなものを見て買って、好きなものを食べる。満足の溜息が零れる程度には幸せな時間だった。
 ――まぁ、全部が全部そう上手くいくはずがないよねえ。
 ばったり会った幼馴染を前に、溜息がひとつ漏れた。

「人の顔見るなり溜息ってどういうことだよ」
「いやー会うとは思わなかったから。さつきが張り切って出かけてったから、大ちゃんと会うのかなって思ってた」
「んな四六時中一緒にいれるかよ」
「あはは、そっか」
「お前は? 買い物?」
「そう。ひとりだけどねー」

 寂しい奴だなと軽い口調で言われ、うるさいですうと口を尖らせる。少し笑った大ちゃんが、持ってやるよ、と私が答えるより先に紙袋を取り上げた。

「大ちゃん、いいよ、そんな重くないし」
「いーんだよ」
「どっか行くとこなんじゃないの?」
「用事済んだ」
「……じゃあ、ありがとうございます」

 持つだけ持ってスタスタ歩き出してしまった大ちゃんを、小走りに追うとすぐにスピードが緩められる。
 ……モテるんだろうなあ。粗野でガキっぽいけれど、こういうことを自然にできてしまうのは、男子としてレベルが高い。

「テツの、相棒のとこ行ってきた」
「ん? 今日?」
「おー。テツの新しい光っつーから、どんなもんかと思ったんだけどな」

 光て。
 レベルは高いけど、光て。
 その言い回しまだ続いてたんだ……。影になって支えるまではほうほうなるほどと思えたけど光だの新しい光だのになると流石にちょっと解んなくなるっつーか怖いっつーか引くっつーか……ポエマーなのか中二病ってやつなのか判断に迷うわ……。
 そしてその言い回しを違和感なく使えちゃう大ちゃん……いやいいけど、人の趣味はそれぞれだけど、うん……モテるだろうなーって思ったのをちょっとだけ思い直そう。

「ダメだな、ありゃ」

 あっ表現に気を取られて真面目に聞いてなかった。

「そうなの?」
「全ッ然。怪我差し引いても大したコトねーわ」
「……そうなんだ」

 ていうか怪我人なのか相手。そりゃ大したことなくなるんじゃないですかね怪我の程度にもよるけど。
 斜め後ろから見る横顔、と呼ぶには少し角度のついている顔からは、表情が失せていた。寂しいとかがっかりとか、悔しいとか、そういった感情が読み取れない、ただただ目の前に在る物をそういうものだと享受しているような。――つまらなそうな顔だ。

(つまんないならやめればいいのに)

 と、いうのはさすがに単純すぎる意見だとわかってはいるけれど、でも。結局のところ『自分の感情』よりも優先される事柄なんか無いと知っている。バスケ理由での入学だって、別に退部を理由に退学にはならないだろう。あ、でも大ちゃんの成績だとちょっと進学が心配か……いやでも転校だってあるしなあ。そう考えると、つまりは『続けたい』ってことなんだろう。つまらないけど、続けたい。
 昔の、勝てても勝てなくてもバスケが好きでしょうがないって顔を大ちゃんはしていない。強くなって、勝って勝って勝って、練習さえしなくなって、それでも勝てて、たぶん今は好きかどうかもわからなくて、苦痛もきっと少しはあって。それでも。
 ――『好きだった』想いだけが、今も大ちゃんにバスケを続けさせている。
 愛情とか、思い入れとか、そういったものが無い、ただただ手をかけた記憶だけがあるような。空洞化したものの方が不思議と手放せないものなのだと、なにかの漫画で読んだことがある。読んだ当時は、そういうもんなのかなーとぼんやり思うだけだった記憶が、目の前の光景に現実感を持って胸に迫る。

「名前は」
「うん?」
「名前は、さつきみたいに言わねーのな」
「……練習しなよとか、真面目に試合しなよとか?」
「そう」

 興味ないからねえ。――って、今の大ちゃんに言うのは……うーん、元マネージャーとしてはナシだし幼馴染としてもナシだな。うん。
 

「やりたくないのにやったって怪我の元だよ」

 楽しいだけじゃ続かないだろうけど、楽しくなくちゃ続かない。
 第一練習するかしないかなんて自分で決めるべきだ。他の部員の立場を考えると、やる気のないレギュラーとかその場にいるだけ邪魔だし。
 やりたい、と、やりたくない、の間で揺れている大ちゃんを、問答無用に引っ張るのが必ずしもいいことだとは思わない。とはいえさつきはさつきで大ちゃんのことを思って、考えて、そういう行動に出ているんだろう。動かしてくれる人がいなきゃ揺れることだってできない。いつか大ちゃんが真剣にバスケに戻りたいと思ったとき、さつきの行動はきっと実を結ぶんだろう。

「こんなこと言うと怒られるかもだけど、私は大ちゃんがバスケやってなくてもいいからね」
「……あ?」
「バスケやってようがやってなかろうが、私達は幼馴染じゃないですか」

 それは変わらないはずだ。私がバスケ部に入っていなくても、大ちゃんが真面目にバスケをやっていてもやっていなくても。
 私は、『バスケをやっている大ちゃん』だけと接してきたわけじゃない。
 にこり、笑いかけると、不機嫌そうな顔が脱力してゆがめられる。それを戸惑っているときの顔だと知っている。

「まーやる気が出たときのために準備くらいはしといたほうがいいんじゃないのって思うけど、寝たいんなら寝とけばいいんじゃない? そのうち寝るヒマもなくなるかもだし」
「……よくわかんねぇ」
「私は私なりに大ちゃんの味方だよってことだよ」

 我ながらものすごい大雑把に締めたな会話を。
 とはいえ大ちゃんと会うとバスケの話ばっかなんだよなあ……まだマイちゃんの話の方が興味を持って聞いてられるんだけど、今更そんなこと言えないしなあ。せめてこの会話を終わりにしたいんだけど。
 不可解そうに首をかしげた大ちゃんが、ゆるゆると笑みを浮かべる。苦笑めいてはいるけれど、笑顔だ。うん、よかった。嘘をつきまくっているし隠していることも山ほどある、そのほとんどはさつき関連だ。だから無条件に好き大好き大事な友達って言える間柄ではないけれど、私達の間には幸い『幼馴染』という言葉がある。数少ない身近な人には、そこそこに幸せでいてほしい。

「……そういやお前、次の試合見に来るんだってな。さつきが騒いでた」
「うわあ確定になってるう……予定入るかもって言ったのにぃ……」
「お前はどうせ予定が入ってもさつきを優先すんだろ」
「あっはっはっ」

 ひどい誤解だ、ある意味では誤解じゃないけどひどい誤解だ。やっぱ手放しで友達だとは言いにくい。

「一応俺も出るから、損はさせねーよ」
「ああそう、じゃあ期待しておこうかな。黒子くんと相棒さんにも」
「火神って奴もなー、大したことねーだろーけど」
「…… えっ?」
「ん?」
「かが、み?」
「……知ってんのか?」
「いや、えー……わかんない」

 わからない、けど。
 黒子くんと同じチームで、『カガミ』さん。

「……赤毛?」
「……知り合いか?」
「いや、知り合いってほどでは、ない、けど……そっか、そういや黒子くんとの試合だもんね。そっかあ」
「……」

 火神さん、見られる、のか。
 学校としては敵だけど、遠目に見るだけだろうけど、話とかできないだろうけど、でも、見られるのか。そっか。

「…………用事あんなら俺からさつきに言うけど」
「え、いや、たぶん平気。うん、平気」

 ちょっとだけ楽しみになったなんて、さすがに現金すぎる話か。


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2014.06.08
青峰のことはわりと好き(比較対象:キセキ)なようです