安部菜々17歳   作:hatibe

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問十二、トップアイドルに出会う確率を求めよ。ただし、そのアイドルはこちらに気づいていないものとする

1/プロフェッショナル北条

 

 北条加蓮の朝は早い。規則正しい生活習慣が人を作る、という格言を信条とする加蓮にとって、一日のスタートは極めて重要である。

 加蓮の朝は、水を飲むことから始まる。寝ている間に失われた水分を補うため、キンキンに冷えた水……ではなく、お腹を冷やさないよう若干温くなった水を飲み、渇きを潤す。

 少し人心地つくと、次に行うのは入念なストレッチだ。体と頭にスイッチを入れるためには、適度な運動を行うのが最適だ。加蓮は最近なんちゃってヨガにハマっており、動画サイトに投稿されている『日野茜のヨガマーシャルアーツ』を見ながら、見よう見まねで体を動かす。

 そしてかいた汗を流すべくシャワーを浴びると、母の作った朝食がお出迎えだ。

 黄色、赤色、白色、緑色。彩り豊かな料理は、食べる者の食欲を増進させる。少し薄味の味付けは、食べる人の健康に気を使って作られていることが窺え、それだけ加蓮が母親から愛されていることの証左であった。

 美味しいご飯を食べたら身支度を手早くすませる。普段であれば、ご飯を食べた後はスマホ片手にソファでゴロゴロと寝っ転がるのだが、今日は飛鳥とダンスレッスンをする約束をしていた。

 そのため、身支度を済ませた加蓮は、カバンを引っ提げると事務所に向かうために家を飛び出したのだった。

 

「おはよー。あ、飛鳥もう来てたんだ」

 事務所に着くと、二宮飛鳥の姿をすぐに発見した。特徴的なシルエットは、遠目からでもすぐに見つけることができる。

 飛鳥も加蓮に気づいたらしく、破顔して、そして怪訝そうな顔をした。

「ああ、おはよう加蓮……待てそれは何だ?」

「何が?」

「君が両手に持っているものだ」

「タピオカミルクティーとポテトだけど?」

「……君は、カロリーの化身か何かか?」

「いや、これからダンスレッスンするんだから、このくらい食べとかないとふらふらになっちゃうでしょ?」

「そ、そういうものなのだろうか……」

 ポテト、約300キロカロリー也。タピオカミルクティー、これもまた約300キロカロリー也。

 ちなみに、300キロカロリーは成人男性が軽めに1時間走って消費する量である。はたしてこれから行うダンスレッスンで加蓮が本当にそのカロリーを消費しきれるかどうかは神のみぞしる所だ。

「それにしても君は、本当にポテトが好きだな……」

「だっておいしいんだもーん」

「よく飽きないな……健康に悪そうだけど」

「え? ポテトは健康にいいよ?」

「なんだって?」

「いやだから、ポテトは健康に良いんだって」

「外国人みたいなことを……」

「いやほんとだって。完全栄養食だから、ポテトは。アイルランドの人はジャガイモと牛乳だけで生活してたんだからね?」

「なんだその知識は!? 一体誰がそんなことを……?」

「友達」

 

 読書子:アイルランドで有名なのは、ジャガイモ飢饉ですね

    :当時の人々はジャガイモを主食としていたので大打撃を受けたそうです

    :往往にして特殊化の果てにはこのような困難が待ち受けているものですね

  水仙:へー

    :てか、ジャガイモが主食・・・?

 読書子:はい。ジャガイモは生産性が高く、栄養価が高いですから

    :乳製品と合わせれば、人体に必要な栄養素の大半は摂れますからね

    :そのため当時の人々は、ジャガイモと牛乳を毎日食していたそうです

  水仙:あ・・・じゃあポテトは体にいいんだ

 読書子:……そういう見方も、あるかもしれません

 しみず:あるの…?

 

「その友人に是非とも会ってみたいものだね……」

「私も会いたいけどねー……」

 と、二人が会話に花を咲かせていると、長身の男がぬっと現れた。

 長身でガタイが良く、少し強面。されどその見た目とは裏腹に、低姿勢を崩さぬ男が。

「おはようございます、二宮さん、北条さん」

「あっ、プロデューサーさん。あれ、どうしたの? そんな外行きの格好をして」

 普段からフォーマルな格好をしているプロデューサーだったが、今日は殊更に渋目のネクタイと背広をしている。どこかいつもと様子が違った。

「ああ、いえ。今日は、お客様がお見えになるので」

「お客様? 偉い人?」

「いえ、一般の方です。今日、事務所の見学がありまして、そのため」

「事務所の見学……?」

「はい。ああ、見学の際、お二人のダンスレッスンにお邪魔することになるかもしれません」

「はあ、まあ私はいいけど……」

「ありがとうございます」

 それでは、と言い残してプロデューサーは出迎えのために部屋から出て行った。

 残された飛鳥と加蓮の二人は、

「で、見学って何の見学……?」

「さあ……?」

 と首を傾げながら、ダンスレッスンをするべく移動したのだった。

 

 

 

2/鷺沢文香御一行

 

 鷺沢さんがアイドル事務所にスカウトされてから数日後。鷺沢さん、橘さん、そして僕の三人は、アイドルプロデューサーを名乗る人物の厚意に甘えて、アイドル事務所なるものに訪れたのだった。

 訪れた、と当たり前のように言っているが、そもそも何で僕ら三人が揃いも揃ってアイドル事務所に来ているのかついて語らねばならないだろう。

 発端は、鷺沢さんの一言から始まった。

「……アイドル事務所での見学会、ですか。都合が良いかもしれませんね……」

「都合が良いって……?」

 あの後、落ち着きを取り戻した僕らは、かのプロデューサーが話した内容を整理していた。

 まず始めに、鷺沢さんをアイドルへスカウトしたいということ。そしてその為に、事務所の見学ツアーを開催すると言うことだ。事務所の名前は、美城プロダクション。そう、まさに話題にあげていたアイドル大手企業のトップオブトップである。嘘だあと二人して疑ってかかっていたのだが、渡された名刺には正しく美城プロダクションという名が堂々と書かれており、鷺沢さんが超大手事務所のアイドルへの切符を手にしたことがそこに証拠として残っていた。

 といわけで鷺沢さんが諸手を挙げて、『私、アイドルになります!』となると思いきやそうでもなく、鷺沢さんはアイドルになることに対しどこか乗り気ではなかった。

 本人曰く、「古書店の面倒を見なければなりませんから……」とのこと。叔父から古書店を預かってる身として、そうそう簡単に別のお仕事を引き受けることは出来ないという。じゃあどうするのか、という話になり、先ほどの鷺沢さんの発言に戻るのである。

「アイドルへのスカウト……お引き受けするにしろ、お断りするにしろ、見てみないことには始まりません。それに……」

「それに?」

「お友達を連れて行って良いと言っていましたから……」

 そう言って、鷺沢さんはニコリと笑った。

 僕も頷いて、

「ああ、確かに……橘さんにとって良い機会かもしれないね」

 と言うと、鷺沢さんがスパーンとずっこけた。

「……だ、大丈夫?」

「…………ええ、確かに、ありすさんにとっても良い機会となるでしょう」

「あの、何か声低くないですか……?」

「……ええ、わざと低い声を出していますから」

 そう言う鷺沢さんにはうっすらと殺意の波動が宿っていた。

 

 とまあ、そんな具合で僕ら三人は見学ツアーに参加することになったのである。

 正直なところ、僕が彼女らに付いて行って良いのかと言う疑問はあったのだが、『まさか、ありすさんのお目付役が行かないなんてこと、ありませんよね』という水も凍るような声と、プロデューサーさんから僕の同行があっさりと許可されたこともあり、一緒に付いていくことになったのだった。ちなみに、橘さんは事務所への見学ツアーに行くという話をした瞬間に『行きます!』と言った。橘さんのアイドルになるという意思は本物のようだ。

 

 そして、事務所に着いた僕らは、目の前にデンと構えた建築物を目にし、感嘆の声をあげた。

「すご……現代美術館みたいだ」

「まるで、近代図書館のようですね」

「わあ……国立博物館みたいです」

 三人が三人、それぞれ勝手な感想を抱きながら目にしたのは、明治初期に造られた近代西洋建築を思わせるご立派な建物だった。

 白煉瓦で飾り立てられた外装、シャンデリアが吊るされピカピカに磨き上げられた大理石の床。まるで、華族のために造られたかのような凝りすぎなまでの豪奢な建物、それが美城プロダクションであった。大企業すごい。

 VISITORと書かれたカードをつけて、正面玄関の近くで時間を潰していると、巨躯の男性がこちらに向かってくる姿が見えた。遠くからでも見て分かるその姿、まさしく先日古書店に訪問してきたプロデューサーその人であった。

 男は、やってくると会釈をしたのち、

「お待たせして申し訳ありません。鷺沢さんに、橘さん、そして清水さんですね。本日はよろしくお願いします」

 と真顔で言った。

 

 

3/犬も歩けば

 

「――それでは事務所内をご案内させていただきます、気になる所がありましたら言ってください」

 会議室に通され、簡単な会社説明を受けたのち、僕らはプロデューサーさんに連れられて事務所見学ツアーを開始した。

 プロデューサー曰く、この美城プロダクションというのはアイドル事業部のみならず、芸能部署各種を取り揃えた複合的な事務所らしい。そのためかどうかは知らないが、建物の豪華さに比例するように、中の設備も大層豪華だった。

 レコーディングスタジオにテレビ収録のスタジオ、ネイルサロンに果てはマッサージルームと、事務所ではなく商業施設の間違いなのでは?と勘ぐってしまうほど、ありとあらゆるニーズに応える準備がそこにはあった。

 また、当然ながら、レッスン用の設備も完備されていて、さっき通されたボイスレッスン用の部屋では、橘さんが目をキラキラと輝かせながら、『ああ、ここなら歌の練習がしっかり出来ます……!』と嬉しげに言っていた。尚、鷺沢さんは、『……ちなみに、図書施設はありますか……?』と読書子パワーを発揮していた。プロデューサーさんが若干苦笑いしていたのは記憶に新しい。

 

 お上りさん気分で彼女らの後に続いて歩いていると、プロデューサーさんが立ち止まり、

「次は、ダンスレッスンの光景を見ていただきたいと思います。今、所属アイドルが丁度レッスンをしている最中ですので、イメージを掴む上でも見ていただければと」

 と言って、ノックをした後に部屋のドアを開けた。

 そこには、

「1、2、3、4……加蓮! 少しテンポがずれてる、右への出だしが気持ち遅くなってる」

「右ね、右。わかりましビャァ」

 エクステを靡かせる少女と、なんか、奇声を上げる見知った顔がいた。

 嘘でしょ。





工事中です、もうちょっとまってね




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