猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

報道と現実との乖離~私たちが戦っているのは感染症ではなく差別とだ!~


(約4400文字)
水曜に1日休み、木曜に事務長に車で迎えに来てもらい、病院に行く。自分は一応検査で陰性だったが、感染病棟で働く限り濃厚接触者であり続けるからタクシーも使えない。
事務長に、『夜勤明けの看護師がお腹がすいているだろうから差し入れがしたいと思ったけど、自分が狭い店に入ると迷惑になるから行けない』というと、『コンビニでおにぎりとかいろいろ買ってくるので、先生が買ったことにしてください』とコンビニでたくさん買い物をしてくれた。病棟には『「これ、私から」…ってことにしておいてと事務長から』と伝えると皆笑った。
それから、外出も作業療法もなくなり部屋で過ごしてもらっている患者さん達のためにお菓子を、嚥下機能の悪い人にはわたがしをと頼むと、事務長は『いい駄菓子屋さんを知っているんで、お昼に買いに行きますね』と言ってくれた。こんな多忙な中、二つ返事で引き受けてくれる素敵な事務長だ。

木曜には感染者はさらに増え、病棟内の感染患者は7人になっていた。検査はほぼ終了に近づき、患者さんの容態は安定していた。このまま新たな陽性者が現れないよう〇病棟の患者さんのバイタルを注意深く追いつつ、4階陽性病棟の患者さんが重症化しないで経過してくれれば、2週間で収束に持っていけるかも…

医療者達は、あからさまな差別やバッシングにあったりもしたけれど、同時に激励のメッセージもたくさん届いた。心理士さんが外部から頂いたメッセージを紙に貼って届けてくれた。検査を受けに来た某クリニックの先生からはケーキ30個差し入れが届いた。

今回のことがあってから、多くの医師が出勤をやめ、多くの看護師がこの病院を去った。これを責めることはできない。彼らにも生活があるのだから。でも、病院に残って働いているスタッフ達は、みな激務の中文句ひとつ言わずきびきびと働いている。医師や看護師は資格職であり、1つの職場にしがみつかなくても、どこででも働ける。職場を去ろうと思えば去れるのだ。でも、去らないのは、ひとえに患者さんを救いたいため。みんな命をかけているし、看護師によっては家族に接触しないよう車中泊を続けている人もいる。病院と家との行き来以外は行動制限をしている。こんな医療者を差別しバッシングするのは本当にやめてほしい。看護師の中には手術を控えていたのに、病院に入れず延期となったものもいる。必要な治療が受けられず困っている医療者も他にいる。敬遠するのはわかるけど、言い方もひどかったりする。差別する人は、自分もまた差別される側にまわる可能性があると言う自覚がないのだろうか。


金曜にまた会議があり、月曜に来られた大学病院の感染症の専門家がまた来られた。この先生が、月曜に言っていることと金曜に言っていることがまるで違っていたためこっちは大変当惑した。
月曜の時点では、『治療としては、症状の出ている人にはタミフルや抗生剤で対応』ということだった。私は抗インフルエンザ薬としてはアビガン以外は効かないということをどこかで読んでいたが、アビガンはまだ一部の病院で臨床研究が始まったばかりで手に入らないから、タミフルでもある程度は効くという現場の専門家の言葉を一縷の望みとしていたのに、金曜の時点でこの先生は『コロナ陽性患者にタミフルなんて無駄ですよ』と言い放った。新しい感染症だから、現場の認識が二転三転してしまうのはしょうがないとしても、それをこちらの勘違いのようにしれっと言われた。他にも矛盾点がいろいろあったのだけど、このプライドの高い先生の機嫌を損ねると、今後の有用な情報やパイプが絶たれてしまう恐れがあるため、なるべく心証を悪くしないように皆が耐えた。
高熱や咳症状が出ていた患者さんに始めていたオセルタミビルを中止した。これで治療としてできる選択肢が一つ減ってしまった。

ほかにも悪いことに、月曜の時点では『軽症患者の転院はできないが、酸素投与を検討する時点で重症化の可能性があるため、その時は転院が可能』とのことだったのに、実際には酸素投与が必要な患者さんの転院を拠点病院が受けてくれなかったということだ。患者さん達は、最初は安定していたが、木、金と夜間に高熱が出て呼吸状態が悪くなる患者さんが数名出てきたのだ。視察に来た人たちは、日中のデータだけみて落ち着いていると判断されたのか知らないが、患者さんは夜間に悪くなるのだ。今重症ではないものの容態は決して落ち着いてはいないのだ。

そんななか、一応疑わしい濃厚接触者全員の検査がいったん終了した。しかしこれは終息宣言ではない。ここから2週間は注意深くさらなる感染者を出さぬよう気が抜けない。困るのが、これ以降の発熱者については基本的にはPCRをしてくれないのだ。発熱した患者さんについては、医者が採血とレントゲンを見て、コロナによるものか他かを判断しなければいけない。この日もそんな発熱患者さんの採血とレントゲンを見て、陰影はあるが片側性で、過去のこの患者さんの肺炎パターンと酷似してるからコロナの可能性は低いけど、一応〇病棟の方の個室に入れて、抗生剤治療を開始して…と、精神科医だっちゅーにこちらでそこまで診断しないといけない。国が派遣を要請したとかいう専門の医師・看護師チームがいつ来てくれるのかという連絡も入らず。今週中には来ないようだ。

気が重い仕事は、陰性患者さんの肺炎の鑑別だけでない。陽性患者さんの採血・レントゲンを見て、軽症化で経過してくれるのか、やばいタイプか見なくてはいけない。くりかえすが私は精神科医であって、呼吸器科の医師ではないのだ。これまで読影したレントゲンの数なんて内科の先生に比べればたかがしれている。それに加えて、相手は未知の感染症だ。自分の病院に入れたくないのはわかるとして、何で誰も助けようとしてくれないの?
孤立無援のまま、自分が論文で見たコロナ肺炎パターンの像を頼りに時間をかけて、症状・採血結果・レントゲンを見ていく。7人のうち、微妙なレントゲン像と明らかにヤバいというレントゲン像の2名のCTを撮る。この明らかにヤバい像の持ち主は、意外にも熱も高くなく呼吸症状も悪くなく食欲旺盛という、画像さえ見なければ軽症タイプかと思う患者さんだった。しかしCT像を見てぞっとした。これは重症化しててもおかしくないような典型的なコロナ肺炎像だった。ある病院の権威ある専門家の先生にCTを見てもらい、『今はけろっとしていても、いつ急に重症化してもおかしくない』というコメントをもらい、保健所に連絡し、この患者さんはその日の夜に転院となった。実際、転院となるちょっと前くらいから呼吸状態が悪くなってきたので、1日遅れていたら危なかったかもしれない。

一介の精神科医でも明らかにわかるようなCT像でも、専門家の先生にコンサルを仰いだのは、精神科医がどんなに窮状を訴えても転院を引き受けてくれないからだ。専門家の『お墨付き』をもらうことでやっと交渉できるのだ。でもこの患者さんは、こんなCT像を出すまでもなく、もともとハイリスクなのだ。80歳、糖尿病持ち。それなのに、ここまで増悪が予想されるCT像を持ち出して、専門家のお墨付きをもらって交渉しないと入れてくれないって、どうして? 陽性患者さん7名は1人は50代だけど、あとはみんな高齢者でリスクが高い。それなのに、重症化しても人工呼吸器も人工肺もない(あったところで使いこなせない)せいぜい点滴や抗生剤や酸素投与くらいしかない病院で、呼吸器疾患を見慣れていない精神科医がずっと見続けるのおかしくない?
この頃の県内の陽性者数が50名くらいで、8割が軽症としたら、せいぜい10名くらいしか拠点病院に入院する必要はない。軽症だった看護師2名と家族はすぐに入院できた。でも、重症化リスクのあるここの患者さんは入院できない。軽症で基礎疾患のない若い人だって入院しているのに、重症化しそうなうちの患者さんには病床がないって、差別じゃないの?

いつも精神科医精神疾患を持つ患者さんはことあるごとに差別される。精神科医は何かと目の敵にされ、精神科医の診察は99%が誤診なんて本がベストセラーになり、いつも叩かれる。そして精神疾患を持つ人は、事件を起こした犯人に精神科通院歴があるとわかるや、精神疾患持ちは怖い、と。精神科医精神疾患患者も社会的スティグマを被っている。そこにコロナによる差別がかぶさると、差別の構造がいっそうあらわになる。確かに精神科医の中にはどうしようもない人もいるけどね、内科の先生もこっちが患者さんの診察依頼をお願いすると、精神科ということで露骨に嫌がる人結構いるよ。お願いだから、精神科医だから〇〇だ、とか、精神疾患持ちだから△△だ、と主語を大きくせずに、一人一人を見てほしい。どんな属性の人にもいい人も悪い人もいるじゃないの、外国人もそう。


金曜の夕方は、少し時間に余裕が出来たので、自由を制限されている患者さんの病室をひとつひとつ巡回して、説明と協力のお礼を言って、ミニピアノでリクエスト曲を弾いて回った。不自由をかけているのに患者さんはみんな優しく、ピアノに喜んでくれた。驚いたのが、いつも誰に対しても怒っていて暴力がちなある患者さんがリクエストをしてくれて、ありがとうと言ってくれたこと。音楽の力ってすごいなぁ。


看護師と冗談を言って笑い、患者さんの前では笑顔を絶やさないよう心掛け(といってもマスクしてるから、目だけ)そうやって、長い一日が一応終わり当直室に戻ると、プレッシャーと恐怖で体が震えた。声を殺して泣いた。自分が感染することなど、もう怖くはない。もちろん迷惑が掛かってはいけないから、最大限注意はしているけど。怖いのは、自分の判断が患者さんの生死を左右することだ。医者をやっている限りこれまでもそれは多少なりともあったけど、感染症は、自分の判断ミスで多くの人を危険にさらしてしまうかもしれない。夜中に急変してしまうかもしれない人達を抱えて、今の時点で何の手も打てないなんて…

土曜の朝、感染病棟に行く。やはり夜間に熱が上がった人、呼吸状態が多少悪くなった人がいたが、朝は再び落ち着いていた。せめてもの救いは、彼ら全員が食欲旺盛なこと。いざという時の体力となる。水曜から微熱があると言って休んでいた男性医師が検査で陰性であり平熱になったとのことで出勤した。そのため私は帰れることとなり家に帰り、一日爆睡した。


今日は院長が日当直のため、今日もお休みをもらった。この1週間で2㎏痩せて、『わーい!』と喜んだけど、今日はふかしたジャガイモを4個立て続けに食べたため、体重はすぐ戻るだろう。あと2週間は倒れずにがんばる。全てが終われば、2,3日ぶっ倒れてもいいから、せめて今だけは…。

ではまた。