(約5000文字)
*この記事はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません、たぶんね。
土曜日に例の知らせをA病院から受けた私はB病院にこれを伝え、とりあえず現時点では水土勤務について2週間の休みということになった。
日曜に電話が鳴った。A病院の院長からだった。明日の日勤と夜勤は自分がするから休んでもいいよ、という。日勤だけでもします、と車に乗っけてもらって月曜朝に職場に向かう。
日曜の夜も院長が当直していたことがわかり、「やっぱり私が当直もします」と、当直もすることにした。しまった!お泊まり用のものを何も持ってきてない。まあ何とかなるさ…
病院内はおおわらわ。
事務長に、もう会議をして院内のマニュアルを作ったか尋ねると、まだと言うので、早いうちに会議を開いてもらうように頼んだ。
発覚は土曜の夜。なのに、月曜になってもまだ急務であるはずの発熱者・疑わしい人などのゾーニングができていない。
なんで? 日曜の日直医は何をしていたの?
あの土曜の夜から、院長は市長や保健所などと、対外的にわちゃわちゃしてて忙しかった。そんで、土曜の夜から日曜夕方まで当直に入っていた医者は何をしていたかというと、土曜の夜に『看護師がゴロニャ感染』の一報が入るや、『こんなんなら当直に入らなかったのに!』と病院側にえらく立腹し、当直室に閉じこもり、翌朝も一歩も出ず、回診も行わず、カルテを当直室まで運ばせ、『著変なし』とのみ記入して帰ったようだ。こういうときに人間性って出るなぁ。怖いのはわかるけど、この24時間全く発熱者の隔離などをしなかったのは、自分のことしか考えてないのでは、と思ってしまう。この時間のロスが、あとあとの泥沼を招くのに、知ったこっちゃないってことだね。自分が当直に入っていればよかった…
くだんの病棟に行き、発熱者、陽性者の近くにいた人、その他熱はないが疑わしき症状がある人などをリーダー看護師とピックアップし、検査の優先順位を決める。
会議が始まる前に、通常の病棟業務を秒で終わらせる。そして自分も検査を受ける。綿棒で思いっきりぐりぐりやられて鼻がめっちゃ痛い。
医局会議スタート。出席者は事務長、次長、院長、男性常勤医、猫の5名。
猫:発熱者、陽性者の近くにいた人、その他微熱でも咳など疑わしき症状がある人のゾーニングを今すぐしたほうがいいと思います。
男性常勤医(以後、男医):今日の17時に大学病院から感染症の専門の先生が来られて、指導をしてくれるから、自分たちが下手に動くよりは、指導を待ったほうがいいのでは?
猫:患者さんは部屋でじっとしていてと言ってもできず、マスクもきちんとできないので、待っているこの数時間、抵抗力の低い高齢者の周りをうろうろ動き回られるのはハイリスクです。すぐに彼ら用に1フロア使ったほうがいいと思います。
事務長:でも4階のフロアは、保健所から病棟としての許可をもらっていないんです。
猫:保健所に問い合わせてみてください。非常時だから許可が下りるかもしれません。
男医:でも他の階も使うとなると、看護師を分けなければいけなくなって、看護師の負担が増すのでは?
猫:隔離が遅れて感染患者が出てきた方がよけいに看護師の負担が増します。それに看護師だけに任せず医師もやればいいと思います。17時に専門家の意見を聞くまでの時間、とりあえず5階のホールに発熱者でじっとしていない人達、疑わしい人達を集めて、私が彼らをみてます。
かくして、5階ホールに37度5分以上の患者さん、疑わしき患者さんが数人集められた。熱の割には元気な彼らは、作業療法も中止で、テレビもないその部屋に不満がいっぱい。というわけで、患者さんの状態を診つつ、ひとしきり、フリスビーで輪投げをしたり、ボール投げをしたり、ミニピアノを弾いたりして過ごす。時々バイタルチェックするも熱以外は呼吸状態も特に問題ない。こんなに元気なら大丈夫なように見えるけど、わからない…彼らも、疑わしきものとして、優先的に検査を受けた。
さてごはんだごはんだ。と食堂に行くと、なんじゃこりゃぁ!というしょぼい弁当。食事を出している会社が職員の出勤を止めて、使い捨ての容器に乏しい内容の食事を入れてよこした。肉も魚も入っていない、副菜だけ3種類ほんのちょっと入った弁当…。それでも健康な人間はいいが、アレルギーの人などこれまで細分化していたものが、すべて一緒くたの弁当になったため、栄養師が大急ぎでアレルギー含有の確認をする始末。みんな時間をずらしてぼっち飯。世知辛いね…
保健所から4階を病棟として使用する許可が出た!よっしゃ!
これで、マスクを外して動き回る人達から身体的リスクの高い高齢者を守れる。
少し遅れて18時頃、専門家グループが到着。ゾーニングや発病者の対応などについて話を伺う。現時点では、拠点病院の病床数が減少しており、発病者が出ても重症でなければそのままここで見ていくしかないだろうとのこと。転院のめやすは、呼吸困難が現れ酸素化が必要となるタイミングだそう。治療には今のところは、肺炎に対しての抗生剤とタミフルが一応ある程度の効果があるということでこれを使う。呼吸症状に効果が見られたという吸入ステロイドのオルベスコ(シクレソニド)は残念ながら現在買い占められていて在庫が手に入らない状態であり、他の吸入ステロイドでは効果はないとのこと。買い占めって、どこのどいつだ!?
こうして、専門家の意見をもとに、院内ゴロニャ対策マニュアル作成。
19時に、待ちに待った検査結果が届いた。今日勤務している濃厚接触者である職員と疑わしい患者あわせて約20名。
全て陰性!
やった!これで2週間辛抱すれば切り抜けられる!みんな安堵の笑顔で喜び合った。
20時30分頃、隔離拘束診。
夜のリーダー看護師と話をする。看護師は、勤務出来る人が減り、激務の中で慣れないイレギュラーな仕事を何とかこなしている。それなのに、職場を知られている人は、マンションのエレベーターであからさまに避けられたりと、世間の人からバイ菌を見るかのように差別される…と、普段元気で明るい看護師も落ち込んでいる。
「しんどかったら、いつでも話を聴くからね」と伝えると、
「せんせー、これが終わったら飲みに行きましょ!」と若い女性看護師。
「おっしゃ!せんせーは金持ちやから、なんでもおごったるわ。みんながんばってるから、これが全て終わったら、寿司でも肉でもうまいところに行こう!」と思わず見栄を張る。
「肉がいい!肉ー!」と夜勤の看護師達がはしゃいで笑いながら、涙目になっていた。
みんな精神的にぎりぎりの状態だ。
午後11時頃、横になるも、頭が興奮して眠れない。ついつい頭の中で、明日のシミュレーションをしてしまう。
明日、朝一で○病棟の体温測って、発熱者を4階に、発熱者の近くにいた人達も準じるリスクとして…でも、なんとか食い止めれそうじゃない…?
しかし、午後12時にかかってきた電話が、この楽観的観測をずたずたにしたのである。
「今、保健所から…陽性でました…○○さんと看護師の□□さん…」
最悪だ…
〇〇さんは2月末に38度台の高熱を出された患者さん。熱以外はなんの症状もなく元気そのもの。レントゲンも特に異常なく、採血結果も炎症系・血球等に特に問題なし。呼吸器、消化器、尿路から蜂窩織炎等くまなく調べるも異常なし。脱水かなぁ…などと皆首をかしげていた人だ。水分摂取で特に何もすることなく熱が下がったということもあり、この頃県内の感染者の公式発表は1人いたかどうかという時期だった。外出することもなく、面会者も来ないこの患者さんの感染をその時はとても疑う状況ではなかった。
しかし、その後も37度台の謎の微熱が続いていた。月曜には平熱だったのだけど、検査数を追加できるということがわかったため、午後から彼も含む一定数の患者と看護師を追加検査に出したのだった。
病棟に行き、〇〇さんを個室に隔離後、彼の近くにいた人をピックアップ。彼は常にデイルームに出ている人で、38度台の発熱時も、部屋に戻るように言っても聞かず、その後もずっとデイルームにい続けた。不幸中の幸いは、彼が車いすであったため、居場所がほぼ固定されていたことだ。彼の周りに座っているメンバーもほぼ同じ車いすメンバーで、容易に特定できる。朝になり彼らが動き出す時間に、彼らもゾーニングし、検査を受けてもらう。
ある程度の段取りがついたため、『今から一緒に彼のいた場所を中心に消毒をしよう。』と言うも、看護師に『先生はもう休んでください!』と言われ、休むことにする。
午前2時台。ふだん寝つきがいいのに、脳が興奮して眠れない…
一瞬眠れていたのに、PHSが鳴る音の幻聴か夢かでがばっと飛び起きる。それからまた眠れないままに、少しうとうと…
6時。
起きていろいろして病棟に向かう。
〇〇さんの濃厚接触患者と火曜日新たに37度5分以上出た患者は4階に移して、検査。
昨日は院長は早めに帰ってもらい、男性医師は会議出席と外来の電話業務に従事してもらったため、私が全病棟を行き来していたが、火曜は男性医師と女性医師が来てくれたため、感染者の出ていない2つの病棟の通常業務は彼らにしていただき、私はゴロニャ関連業務に集中することにして、感染者のでた〇病棟と、疑いのある人を隔離している4病棟のみを行き来、未感染病棟には立ち入らないことにした。この病院は非常勤も合わせると10数名の医師が勤務しているが、感染拡大を避けるためにも、しばらくは3名の常勤医と私くらいで仕事を回すことになる。いつもは火曜は13時まで勤務していたが、当面は17時まで勤務することにした。
午後から、37度台だった4病棟隔離のある患者さんが38度台になる。採血結果が〇〇さんにそっくりで嫌な予感がする…
17時頃から医師3人で軽く申し送り等をし、車で家まで送ってもらった。いつもは電車通勤の間にブログ閲覧などをするのだけど、車で送ってもらっている間はそれもできず、コミュ障なので、そこまで普段親しくないと車での他愛ないおしゃべりが苦手なので、とてもありがたい反面疲弊する。
20時ごろ帰宅。その後の記憶がない。起きたらちゃんと着替えていたので、一応いろいろしたのだと信じよう。長い2日間がこうして終わった。
んで、今日。B病院がお休みになったので、こうしてゆっくり過ごしている。昨日1日4病棟で過ごした患者さんと未検査の職員の検査結果については、まだニュースで何も出ていないため、陰性だったのだと思うけど、検査の提出数が各地で激増したため、検査結果が出るのが大幅に遅れるということも聞いている。まだ結果が出ていない可能性もある。陰性であってくれ…4病棟で過ごした彼らは、あれほど言ってもマスクを顎につけたまま動き回り、私に近づこうとする。私は95Nマスクをつけていたけど、やっぱ疲れるわ。
11時40分。疑惑の4病棟隔離の患者さんの感染が確認された。これで看護師2人。患者2名。戦いはこれからだ。でもいたずらに恐れることはない。重症化リスクの高い患者さんから遠ざけることができれば、たいていは軽症で経過するのだから。昨日1日彼に関わってた自分の体温を今測ってみる。35.8度。よし!
でも今日は頻回に検温をしよう。なんせ最前線にいたのだから。
ある病院に勤務する医師の重症化の報が入る。喘息持ちの自分はかかったら重症化するのだろうか。万一のことを考え、猫のことや銀行のカードの番号など具体的なことを含んだ内容の親へあてたメールを保存しておき、何かあれば送信できる状態にしておく。部屋を掃除する。そして今日もおいしいものを食べる。大丈夫!私は負けない!
ではまた。