実は韓国の場合も、2019年夏に日韓関係悪化が顕在化する1年前の2018年7月以降、すでに減少傾向はみられていた。背景には、東アジアの国々の政治不安や米中対立がもたらす経済的要因があるだろう。もっとも、中国だけは2桁の伸びを続けており、相対的に存在感を増している。

◆問題は「数」の話ではない

 だが、本当の異変は数の話ではない。観光庁が集計する訪日外国人消費動向調査をみると、2017年の旅行消費額(推計値)4兆4162億円に対し、2018年の4兆5189億円と年間で1027億円(2.3%増)の伸びにすぎなかったのだ。これは訪日外客数の伸び率が8.7%増だったことと比較しても、相当小さいというほかない。

 2019年は昨年より若干回復しているようだが、ここ数年の消費額の伸び率を並べてみると、中国客の「爆買い」が話題になった2015年こそ驚くべきものがあったが、それ以降は訪日客の増加にともなって消費額が伸びていないことがわかる。その原因は「1人当たりの消費額」が相対的に減少していることにある。

<訪日外国人の消費額の前年比推移>
2015年 前年比71.5%増
2016年 同7.8%増
2017年 同17.8%増
2018年 同2.3%増
2019年1~9月 同8.2%増

 これまで政府は、訪日外国人を多く日本に呼び込み、消費してくれることで得られる「経済効果」を旗印にインバウンドを促進してきた。だが、もはや数が増えても、消費額は増えるとは限らないのであれば、その前提は崩れたことになる。もし本当にそうなら、訪日外国人を増やすことの意味はどこにあるのだろうか。それを考えるべき段階に来ているのである。

 それは数値目標のみを掲げ、「数を追う」ことを重視してきたインバウンド戦略の変更を迫られているということでもある。外国人観光客の消費行動にのみフォーカスするのではなく、彼らの存在の多様な価値を理解し、その活力を日本社会に還元する方策を考えること。数を求めるより中身の充実を図ることこそ、これから取り組むべきインバウンド戦略の方向性であるべきなのだ。

 インバウンドはもはや観光の話だけでは収まらない、いくつもの希望と難題を併せ持つ21世紀的現象なのである。

<文/中村正人>
インバウンド評論家。訪日外国人の国内外の動向とその増加が日本の社会にもたらす影響や変化を観察するブログ「ニッポンのインバウンド ”参与観察”日誌」主宰。近著に『間違いだらけの日本のインバウンド』(扶桑社)。他著書多数

【中村正人】
インバウンド評論家。訪日外国人の国内外の動向とその増加が日本の社会にもたらす影響や変化を観察するブログ「ニッポンのインバウンド ”参与観察”日誌」主宰。近著に『間違いだらけの日本のインバウンド』(扶桑社)。他著書多数