シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
――え゛?
今、何を言われた?
(昇級試験……で、これを?)
「あ、あの……」
「なんだ?」
思わず右手を上げ、教師に教えを乞う様に固い声で質問を投げかける。
「今年の昇級試験は、トブの大森林で行われるんですか?」
「去年もそうだっただろう?」
「……いえ、でも今年は死の都があるから、場所を変えるって学院で噂が――」
「今のところ陛下は予定通りなされるつもりだ。とりあえず近日中に国境警備の強化も行われるし、少なくとも帝国側の森林に関しては問題ない。まぁその薬草が生えてるのはかなり奥地のようだが」
魔法学科の昇級試験は文字通り、学年を進学するためには欠かせない実技試験だ。
人数は五人から八人まで。そのメンバーを集められなかった時点で試験不合格という厳しいもの。社会に出た時のための団体行動ができるか、準備段階から厳しい評価が下される。
そして帝国騎士の随伴の下、帝国外の目的の地点まで旅をするという内容。当然モンスターとの戦闘も想定されている。戦闘、ルート選択など道中の様々な行動内容が採点の対象となる。今日に限っては彼女の存在で上書きされてしまったが、エ・ランテルが死の都となった件と併せて学院はその噂に事欠かなかった。
ジエットの視線が震える手で持つ紙と、バジウッドの顔の間を何度も往復する。
「その、昇級試験で……この薬草を?」
「あぁ。それでブラッドフォールン様を誘ってみてくれ。女一人誘う度胸が無いって言うのなら、陛下自らが橋渡し役を買ってくださるそうだ」
今でも思い出せるあの衝撃的な光景。
シャルティアと皇帝が仲のいい友人のように話していた魔法学院の食堂、その光景がジエットの中でバラバラと崩れ落ちていく。
その言葉を言われてジエットの胸中に浮かんだものは『謀殺』の文字。
皇帝は――鮮血帝は殺すつもりなのだ、シャルティア・ブラッドフォールンを。なぜ直接的な方法を取らないのかはわからないが、わざわざジエットのような平民を使う辺り、何か理由があるのかもしれない。
(ていうかこれって完全に不味いじゃないか……平民で協力者なんて用が済めば――)
自身も殺される。
その事を理解した時、地面が崩れた様に足元の感覚がなくなり、全身の血が一気に抜け落ちた。
「あー待て待て。頭の巡りが早いのは結構だが、その顔色はまだ早い」
「……え?」
完全に自分の人生の終焉を見ていた視線を戻し、目の前でパタパタと手を振る騎士を見つめた。
「暗殺とかそういうのを考えていただろう? 違う違う、大きな誤解をしているぞ」
「誤解……ですか?」
「あぁ。だいたい殺す目的ならわざわざ坊やを呼び出して、薬草を取ってこいなんて言うわけないだろ。何もせず昇級試験中に静かに行動に移すのがいいに決まってる」
「そう、ですね」
実際このまま帰ればジエットはそれを防ぐか逃げるために、何か行動を起こしていただろう。
国をまるごと相手にしての逃避行など、想像するだけで冷や汗が流れる。
「その薬草を坊やの班が持って帰ることができれば、当然試験は最高の点数で合格。望めばそのまま最高の成績で学院を卒業させて下さるそうだ」
「え゛?」
思わず間抜けな言葉が漏れた。
「母親の病を癒すアイテム、なんなら治療の面倒も国として診てくださるとのことなんだが、どうだ? 他のメンバーにも相応の報奨を用意する」
「それは――」
願ってもないことです。
そう続けることは当然できなかった。うまい話には相応のリスクがあるのは当然だ。その報酬を受け取るためにはトブの大森林――手元の報告書にある薬草の生えている場所に辿り着き、しかも無事に戻ってこなければならない。ネメルを含めたジエットの班のメンバーでは万に一つも無理な話だ。そして皇帝相手では無理だからと言って断ることもできない、八方塞がりに近い状況だった。
「その……、随伴する騎士の方は誰が?」
半ば救いを懇願するように、恐る恐る尋ねる。
「まず随伴する騎士には俺かニンブル、場合によっては二人とも付くことになる」
「え!?」
「アダマンタイト級がやっと成功した依頼だそうだからな。他の騎士も
その言葉に僅かな幸明が見えた気がした。
安堵することはできない。だが帝国四騎士を、皇帝直轄の騎士を随伴として付けると言ってくれているのだ。皇帝自身にとっても相応に貴重な人材のハズ。少なくとも何かの捨て駒にされるという可能性は低くなった。
「あからさまにホッとした顔をしているな」
「あ、申し訳ありません」
「いきなりこんな話を持ってこられれば警戒するのが至極当然だ。気にするな」
「その……皇帝陛下はこの薬草を欲している。ということだと思いますが、なぜただの生徒を……?」
――なんで騎士団や冒険者を使わないんですか!? 皇帝陛下ならアダマンタイトやオリハルコンの冒険者に依頼する事だってできるでしょ!
続く言葉を心の中にしまい込み、慎重に相手に尋ねる。本音を言っていい相手とそうではない相手、ジエットくらいの年齢であればそれくらいの分別はつく。
「あぁそれはな、陛下が坊やに興味が沸いたそうだ」
「え……? お、おれに?」
思わず背がピンと伸びてしまう。
「食堂で他の二人を庇って啖呵を切っただろう? あれが大層気に入られたそうでな、丁度良いタイミングで実技試験とこの薬草の件があったので坊やに任せてみようという事になったそうだ。騎士としての資質があるかどうか、見てみたいとのことだ」
その言葉で一気に後悔の津波がジエットを飲み込んだ。
ネメル達を咄嗟に庇った行為、あれで皇帝に要らぬ興味を持たせてしまったのか?
そのせいでこんな話を聞かされて、結局ネメルを危険な目に合わせることになってしまったのか?
だったらどうするのが正解だったのか? そんな後悔が次々とジエットの胸中に湧き出す。
「まぁ理由については他にもある。そんな苦い顔をする事は無いぞ、あの食堂での挨拶は俺も感心したしな」
「そう、ですか……」
ジエットの心中を察したのだろう。
向かいの席から伸ばした手で肩をポンポンと叩き、後輩を気遣うような顔を向けられた。そしてその表情がすぐにニヤっとした形に変わる。
「へこんでいる坊やに良い知らせだ。フールーダ・パラダイン様にもご同行頂くようお願いする事になっている」
「ぱ、パラダイン様がですか!?」
「あぁ、これで少しは安心できただろう?」
安心なんてものではない。
帝国一の大魔法使い。生きる伝説。帝国史における最高の偉人。呼ばれる異名は数あれど、今この場において相応しいのは最強の英雄だろう。その力は帝国軍、つまり一国の軍に匹敵するとも言われている。目の前の人物には申し訳ないが、騎士の一人や二人が増えるのとは訳が違うのだ。
「ブラッドフォールン様が行くとなれば、あの方も嬉々としてついて行くだろうからなぁ……」
「シャル――あの、ブラッドフォールン様とパラダイン様は……どういうご関係なのでしょう?」
ジエットの肩に乗せていた手を戻し、しょうがないといった風にため息を吐くバジウッド。
ブラッドフォールン様が行くとなれば――その言葉に反応し、思わず踏み込んだ質問を投げる。
「……すまん、それは本人たちに聞いてくれ」
「あ、わかりました」
言えない、じゃないんだ。
初めてあからさまに目を逸らしたバジウッドに違和感を覚えたが、よく考えればそれ以上に重要な問題に思い至り口を動かす。
「で、ですがその、ブラッドフォールン様をお連れして本当に宜しいんですか? 危険なのは変わりないわけですし……」
フールーダ・パラダインが護衛として付いてきてくれるとはいえ、帝都の外に出るということ自体が危険な行為だ。彼女が本当に皇帝の友人であるというのなら、むしろ止めるべきなのではないか? そう言外に告げた質問だったが、相手から帰ってきた答えは予想外のもの。
「あぁ……心配ない。シャルティア・ブラッドフォールン様は――少なくとも
「……え? バジウッド様より……ですか?」
「……」
無言でコクリと頷くバジウッド。冗談を言っている表情ではなかった。
「嘘、ですよね?」
「いや、そういう反応なのはわかるが本当だ。この距離で対峙しても俺では剣が届かん」
バジウッドが目線を動かしたのはジエットとの間の机。
今の二人の距離はその机を挟んだもの。お互い手を伸ばせば握手も楽にできる距離しかない。
「……あの方は
「自身ではそう仰っている。実際手合わせして頂いたわけじゃないんだが、俺より強い剣士が一方的にやられたそうだ」
「……」
「それにその剣士に俺は今朝、試しに手合わせを申し込んだんだがボコボコにされてな。他にも根拠はあるが……少なくとも俺は疑っちゃいないぞ」
「そうですか……?」
そう言われてもすぐには信じられない。
魔法を使うものにとって相手との距離は絶対だ。遠距離で攻撃できる、それだけで近接攻撃しかできない相手との優劣が発生する。逆に武器が届く距離となれば魔法を発動する前に切られて終わる。子供でも分かる単純な話のハズだ。
それに――朗らかに話しかけてくるお姫様、そんな印象を今日一日で抱きつつあったジエットにとって、帝国四騎士の話と言えど眉唾な話にしか聞こえなかった。
「まぁ、これはすぐにわかるさ」
「はぁ……」
ジエットの訝しむ反応に特に機嫌を損ねることなく、むしろ当たり前の反応だと頷くバジウッド。
「それで、どうだ? 行く気になってくれたかな?」
「……その、俺一人で決めるのはちょっと……今すぐ決めなくてはいけませんか?」
小さな声で恐る恐る確認する。
現状ジエットの所属する班にはネメルを始め、他三人のメンバーがいる。正直彼らの意志を無視してこんなことを一人で決めたくはない。
「すぐに快諾するようでは頭が空っぽの人形と変わりない、と陛下も仰っていたからな。来月までまだ間があるし少し時間が掛っても構わない」
ホッと胸をなでおろす。
「ただブラッドフォールン様に話す時はくれぐれも紳士的な誘い方を頼むぞ。あと俺との連絡方法を伝えておこう――」
♦
「はあぁー……なんなんだよ今日は……」
包んでもらった料理を盗まれないように抱え、フラフラと風に揺れる小枝のように夜の帝都を歩く。
おそらくジエットは今日という日を絶対に忘れないだろう。
人生最大の衝撃が幾つもの塊となって襲ってきた日だった。今までの十六年の人生をすべて合わせても、今日一日でこの体に刻み込まれた衝撃には遠く及ばないのは確実だ。
「試験どうするんだよ……ネメルにもみんなにも、なんて言えばいいんだ……」
フールーダ・パラダインが――あの帝国最強の英雄が本当に同行してくれるのであれば、頷いてくれるメンバーもいるだろう。特にネメルはジエットの家へ来て母親と話す機会が多い。成功すればジエットの母親の治療が期待できるとなれば彼女は無理にでも頷いてしまうだろう。
――いっそ俺一人だけで行かせてもらうか?
ネメルを、他の生徒を巻き込まずに済む方法はこれくらいしかない。
例え皇帝が承諾しても規定人数に満たないため試験は不合格、生きて帰ってこれても最悪留年か退学もありえる。だが、元々冒険者やワーカーになって治療費を稼ぐことを考えてはいたのだ。ランゴバルトという心配のタネがない今なら、ネメルが一人学院に残っても問題は起こらない。
それにフールーダ・パラダインも同行する騎士も、足手まといになる生徒は少ない方が戦いやすいに決まっている。シャルティア・ブラッドフォールン――あの少女が来なければ、フールーダ・パラダインも同行しないようなことをバジウッドは言っていた。その辺りを確認した後に、彼女に頭を下げて同時に皇帝の許可を引き出せれば、彼女と二人のパーティーに加えて護衛達という事も可能なのではないか?
(でも本当にシャルティア様ってそんなに強いのか? 全然そんな風には……)
ふらつく体で頭だけをフル回転させながら小道に入る。
何度か細い道を曲がりいつもの集合住宅へ、そして自宅の扉が見えてきたところで安堵のせいか、それとも明日からの不安のせいか盛大なため息を吐き出した。
ジエット君に興味♂を持ったなんてそんな事有るわけない(理由については前々話読んでどうぞ)
ジルクニフは三十年前の資料を参考にしているので、ザイトルクワエとの交戦は予想していないと思われ。封印中でもたまに触手が暴れるそうなので、ジエット君が触手プレイの被害に遭うくらいは想定しているかもしれませんが
そして盛大にフラグをぶっ刺しましたが順番的に次章主人公?の爪切りさんが先なんすよ…