夏風邪
「げほん、ごほん!」 リナがオレの目の前で咳を繰り返す。
どうやらリナのやつ、夏風邪を引いたみたいだな。 どうせ暑いからって窓開けたまま寝たりしたんだろーが‥‥
「夏風邪は何とかしか引かないんじゃなかったのか?」 「うっさい‥‥ゲホゴホゲホ!」
「お、おい大丈夫かよ」 「あによ、誰の‥‥ゴホゴホゴホ!」
咳はひどいものの、幸いにして他の症状‥‥熱とか‥‥は出ていない。
でも、問題なのはその咳で。 あまりにひどい咳のせいで、まともにしゃべれないんだ。
もちろん、呪文なんて使えない訳で。 当然のように旅に出るのはリナの風邪が治ってから、って事になった。
リナは旅に出たがってたんだが‥‥今のリナじゃ、野宿なんてさせて風邪が悪化したりしたら困るし、何よりリナはトラブルメーカーだ。
こーゆー時に限ってトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。
呪文が使えない今の状態で、トラブルに巻き込まれたら‥‥本気で命に関わるからなあ。
「ゲホゴホゲホ!」 相変わらず咳き込むリナ。 苦しそうで見てられない。
お医者さんは大したことない、って言ってたが‥‥大したことあるじゃないか。
なんとかしてあの咳を止めないと‥‥ でも、医者のくれた薬飲んでても止まらない咳をどうやって止めればいーんだ?
‥‥そうだ。確か、オレが小さい頃、同じように咳が止まらなくなった時、ばーちゃんが飴買ってくれたよな。
不思議とその飴舐めたら、すぐに咳が止まったんだ。 よし、すぐに買ってこよう!
「リナ、オレちょっと買い物に行ってくるから」 「あによ、どこに‥‥ごほごほ!
あたしも行く‥‥ゲホゲホゲホ!」 「ほら、いーからお前さんは宿で大人しくしてろって。
いくら熱がないからって出歩いてたら、いつまで経っても風邪が治らないぞ!」
オレの言葉に、リナは不満そーにしていたが、それでも大人しく部屋で待っててくれる事になった。
‥‥やっぱり咳がつらいんだろーなー。 早くなんとかしてやらないと!
オレは飴を捜して街を歩いた。 ‥‥そー言えば、あーゆー物ってどーゆー所に売っているんだ?
普段は飴なんて買わないから、分からないぞ。 ‥‥こーゆー時は誰かに聞くのが一番だよな。
オレは通りかかった女の子を呼び止めた。 「すみません。ここらに飴を売っている店はありませんか?」
「飴‥‥ですか」 男のオレが飴を欲しがってるのがよほど不思議なんだろうか。
その女の子は首を傾げるばかりで答えてくれない。 「ああ、オレの連れが風邪ひいちまって‥‥咳が止まらないんだ。
で、飴をなめさせてやれば、咳が止まるかと思ってさ」 「あ、そーゆー事ですか。でしたら‥‥いいお店がありますよ。
こちらへどうぞ」 どうやらオレをその店まで案内しれくれるつもりらしい。
女の子は先に立って歩き始めた。 「すみません」 オレはその女の子の後に付いて歩き出した。
少し歩くと‥‥やがて、不思議な店構えの店が見えて来た。
薬を扱っている店みたいなんだが‥‥なぜか色んな飴が置いてある。
はて、これは何のお店なんだ? 「すみませ~ん。のど飴貰えますか?」
「はいよ」 女の子の声に応えて奥から出て来たのは‥‥年老いたおばあさんだった。
うわあ、この人一体いくつなんだろう。 顔がしわの中に埋もれてるぞ!
「のど飴が欲しいのかい?」 「ええ、この人の知り合いが咳がひどいらしくって‥‥」
おばあさんと女の子のやりとりで、オレは我に返った。 そうだ、ぼんやりしてる場合じゃない!
リナに飴を買って帰ってやらないと! 「あの‥‥連れが咳がひどくて話す事も出来ないんです。
いい飴はないですか?」 「そうかい。それなら、いいのがあるよ」
そう言っておばあさんが取り出したのは‥‥茶色をした、見るからに妖しい飴だった。
これは一体‥‥と言うか‥‥ 「あの、ここは一体何を売っている店なんですか?」
オレの質問に、おばあさんはシワの中に埋もれた目を細めて笑った。
「ほっほっほ、そんな事も知らずにここに来たのかい」 「ここは、こう見えても薬屋さんなんですよ。
色んな薬を飴の中に入れて、誰にでも飲みやすいようにしてくれるんです。
特にここののど飴はよく効くんですよ」 おばあさんの代わりに、女の子がオレに説明をしてくれた。
なるほど、だからこの店からは薬の匂いがするんだな。 って事は‥‥
「これ、のど飴ですか」 「ああ、そうさ。そりゃ見た目と味はひどいかもしれないが、効果は保証するよ」
なるほど。そりゃいい。 オレは早速その飴を買うと、店を出た。
「ありがとな。おかげで助かったよ」 「いえ、困った時はお互い様ですから」
女の子はそう言うとぺこりと1つお辞儀をして立ち去って行った。
いやあ、いい人に出会えたなあ。 ホントに助かったぞ。 オレは飴を大事に懐にしまうと、宿に戻った。
「ただいま~、リナ、大人しくしてたか?」 「何よその大人しく‥‥ゴホゴホゴホ!」
オレを出迎えてくれたリナは、さっそく盛大な咳を繰り返していた。
こりゃいかんな。 「ほら、リナ。これ舐めてみろよ」 そう言って飴を差し出すが‥‥
「あによ、これ」 リナは不審そうな顔をするばかりで、舐めようとしない。
う~ん、無理ないか。妖しそうな色と匂いだからなあ。 「これ、のど飴だぞ。よく効くらしいから、騙されたと思って舐めてみろよ」
「‥‥なんであたしがあんたに騙されなきゃ‥‥ゲホゴホゲホ!」
‥‥だから早く舐めろって。しょーがないなあ。 オレはリナの隙をみて、彼女の口の中に飴を放り込んでやった。
リナは目を白黒させながら飴を舐めていたが、すぐに吐き出してしまった。
「何よ、これ!ひどい味じゃないの!」 ええ、そんなにマズイのか?
そー言えば、あのおばあさんも味はひどいって言ってたっけ。 どれどれ。
飴を1個口に入れて、舐めてみて‥‥オレは驚いた。 なるほど、いかにも薬!って味で、ちっとも甘くない。
これじゃリナが文句言うのも無理ないか。でもなあ。 「それ、薬なんだ。我慢して舐めてくれよ。
でないといつまで経っても咳が止まらないぞ」 「別にいーわよ!咳なんて、薬飲んでるうちに治るんだから!」
いや、そうは言ってもなあ。 ‥‥よし。 オレは口の中に飴を含んだまま、リナに近づくと‥‥問答無用でリナにキスをした。
「んむむむむ!」 ジタバタするリナをしっかり抱きかかえて、逃げられないようにすると‥‥彼女の口の中に、オレが含んだ飴を押し込んでやる。
そのまま、彼女の口の中で飴を舐めてやる。 しばらく舐め続けていると、ジタバタしていたリナが段々大人しくなって来た。
もういいかな? そっとリナから唇を離すと‥‥ホウ‥‥とリナが吐息をついた。
「どうだ?飴を舐める気になったか?」 「‥‥あにするのよ」
潤んだ目でオレを睨み付けるが‥‥そんな目をしても怖くもなんともないぞ。
ってか‥‥なんだか妙な気がしてきた。 オレはリナに飴を舐めさせたいだけなのに、なんだかこのまま押し倒したい気分だ。
「何って、もちろんお前さんにのど飴舐めてもらいたいのさ。
このまま大人しく舐めればよし、そうでなければ‥‥もっとオレが舐めさせてやるが、どうする?」
オレの言葉を聞いて、リナは悔しそうにオレを睨み付けていたが‥‥やがて大人しく飴を舐め始めた。
よしよし。 「じゃ、これみんな舐めるんだぞ」 そう言って、さっき買ってきた飴の入った袋をリナに渡すと、リナは大人しくそれを受け取った。
やれやれ、どうやら大人しく飴を舐めてくれるらしい。 安心すると同時に‥‥ちょっとだけ残念に思っている自分がいて、驚く。
リナの唇‥‥柔らかくて、甘くて気持ちよかったからなあ。 もう少し味わいたかったかも‥‥いや、今はリナの風邪を治す方が先だ。
オレが買って来た飴を全て舐め終わった頃、リナの風邪もすっかりよくなった。
「あー、あー、あー‥‥うん、大丈夫そうね」 「リナ、呪文は使えるのか?」
「そうね、1度テストしてみないと‥‥って訳で‥‥空高く吹っ飛べ!
ディル・ブランド!」 オレはいきなり炸裂したリナの呪文で、文字通り空高く舞い上がってしまった。
「な‥‥何するんだよ~~っ!!」 「うっさい!乙女の唇に気安く触ったむくいよ!」
「あれは触ったんじゃなくって、キスした‥‥」 「同じことじゃ~~っ!!ってか、より悪いわいっ!!ディル・ブランド!」
「うどわ~~っ!!」 どうやらオレは言わなくていい事を言ってしまったらしい。
連続で空を飛ぶはめになってしまった。 やれやれ、リナの風邪が治ったのは嬉しいんだが‥‥何も治った途端にオレを吹っ飛ばす事はないと思うぞ。 |