若さという「エロス資本」を失ったあと、オンナはどうするか。

『2億円と専業主婦』が話題の橘玲さん。女性の本音を書き続ける鈴木涼美さん。ふたりの異色対談は今回が最終回。鈴木涼美さんの新刊、『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』には、主婦や独身バリキャリやワーママなど、30人の女性が登場します。前回は、「選択肢が多すぎる女性は、それはそれで悩ましいけど、仕事しかない男性は、そこで失敗するともう一巻の終わり」という結論に。さて、今回は。

若さの喪失を補ってくれるものって何?

橘 イギリスの女性社会学者にキャサリン・ハキムという人がいて、『エロティック・キャピタル』という本を書いているんです。男女の外見の魅力がテーマですが、とりわけ若い女性は大きな「エロス資本」を持っていると述べていて、なるほどと思いました。経済学でいうヒューマン・キャピタル(人的資本)は基本的には学歴・資格・経験ですけど、それとは別に女性には大きなエロティック・キャピタルがある。それは思春期ぐらいから現れはじめて、20歳前後で頂点に達し、それから徐々に減っていって35歳くらいで消失する……。

鈴木 そのとおりですね。

 これは男にはないものだから、その経験がうまく理解できない。かつてのブルセラとか、いまはパパ活やギャラ飲みかもしれませんが、高校生くらいの女の子が自分のエロス資本をマネタイズしようとすると、うろたえたり怒ったりするのはそのせいですね。

鈴木 それこそ19歳くらいで稼ごうと思ったら、女の人は割と、少なくとも男性よりは簡単に稼げちゃったりもするわけです。で、ぜいたくを覚えちゃうんだけど。でも夜の仕事に就いてたことが、その後の人生のマイナスになる場合もありますからね。100万なり1000万なり稼いだのと、後で失っていたものの差額は結構、難しいところだと思うんですけど。

 でも、やる女の子はいっぱいいる。

鈴木 エロス資本を換金する女性が常にいるのは、やっぱり先に見えるお金がそんなにないと思ってるからじゃないでしょうか。かつてはその資本を最高値のところまでもったいぶって取っておいて、25歳とかで一番いい形で売り払って主婦になるっていう、典型的な使用方法がありました。『JJ』が作っていたような価値観です。逆に今の若い子には、そういう最高値まで待てば、最高の形で売り払えるとは思えないから、今、あるうちに換金しておかないと、後でなんにもならないと思って、パパ活やキャバクラのバイトに入って行きやすいのかもしれません。


すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない

 人的資本は学歴に比例しますから、高卒とか高校中退の女の子が風俗系に行くのはものすごく合理的な選択ですよね。将来、スーパーでレジ打ちするしかないのなら、10代や20代のときにエロス資本を使って思い切り稼いで、思い切り遊ぼうとするのは当たり前です。

鈴木 そうですね。

 エロス資本が大きいと幸福度も高いわけですよね、18歳とか19歳とか。そうなると、人生の頂点がそこに来るわけじゃないですか。20歳が人生の頂点だとしても、人生は100歳まで続くかもしれない。残り80年というは、きついですよね。

鈴木 男性の場合は違いますよね。一番お金もあって、女にモテる人生の黄金期が、40代、50代、60ぐらいまでいけるんなら、若い時は報われなくてもそこに向かって頑張って上がってくっていう人もいると思う。女性は、なんか自分の価値が緩やかに下降していっているのと向き合い続けなきゃならない。

 それは男にはわからない経験ですね。

鈴木 女子高生なり女子大生のとき、クラスの男子よりも自分たちのほうが全然、価値があるっていうふうに思えるけども、それがどんどん幻だったかのように消えていって、30、35で消え去ったみたいな。私の場合、去年36歳になったので、さしずめ無価値に近づいていますよね。若いときに得してたんだからとかって言われてもね。自分の価値が減ってくっていう感覚は、男の人は、それこそ70とかになって勃起しなくなったとか、それぐらいになんないと感じることはあまりないと思うんだけど。

 勃起不全でも、今はバイアグラみたいなのがあるし。それより男にとって問題なのは社会的・経済的な競争から脱落することで、稼げなくなると同時にモテなくなる。年を取ってもそれなりに稼げていれば、自分の価値が下がっていくっていう感覚はないですよね、男には。

鈴木 そうかもしれないですね。

 若い時が自分の頂点だという男は、アスリートだけですよね。芸能人だって、年をとってからのほうが渋いとかいわれるし。でも女性はみんな、そう思ってるわけでしょう。

鈴木 29歳の最後の日というか、30歳の誕生日の前日に、女性は持ってる価値の8割ぐらいを剝ぎ取られるような気持ちになる。でも私たちはもちろん女性でもありながら社会人でもあるから、別のところで補うっていうことはするわけです。男性と同じように経済力とか。若い子には何ひとつ、かなわないかっていうと、会社での立場とか、経済力とか学歴とかで何とか自尊心を保つしかないみたいな。子どもを産むっていうのもあるけど、若さの喪失を補ってくれるほどではない気がする。

 子どもがうまく育つかどうかは、けっきょく運ですよね。すくなくとも行動遺伝学では、家庭環境(子育て)は子どもの人格形成にほとんど影響しないという頑健な結果が出ている。賢くてかわいい子どもが生まれたらそれは幸せでしょうが、ギャンブルみたいなものだから、子どもを産めば自尊心が満たされるというのはちょっと違うのでは。

鈴木 違う気がする。

 でも現実には、子どもで自尊心を埋めようとする母親がたくさんいますよね。若い女の子と競い合うようなエロス資本はなく、子育てに専念するために会社を辞め、仕事で自分の価値を感じることもできないとなると、お受験に夢中になって子どもがつぶれてしまうとか。

鈴木 そういう専業主婦はいそうです。

 問題なのは、子育てが「失敗できないプロジェクト」になったことですね。失敗することに対してものすごく大きな恐怖があるから、とにかく何でもやらなきゃと、キャラ弁みたいなのをつくっちゃうわけです。子どもの頃にどんな弁当を食べたかなんてほとんど覚えてないから、どう考えたってなんの意味もないのに。

鈴木 全然ない。例えばSAPIXの特選Aクラスだっていうのは、子ども自身の自慢だっていうならわかるけど、母親が自尊心を持つポイントじゃない。

橘 でも、親のアイデンティティになっちゃう。

鈴木 そう。自分の大学のときの友達なんかも、元々は自分の仕事やファッションなどにプライドを持っていたし、ちゃんと成功していたはずだけど、子供の受験に忙しくなってからは、「特選Aだから学校でいじめられてないか心配」とか、そういうことをツイッターでつぶやくことが増えた気がします。なんかもうそのアピールが単なる報告というより、これこそが今の私の価値っていう。

 子どもはきついですよね。

鈴木 なんか、親にとって自分の作品っていう感じになっている場合はそうでしょうね。もちろん全く本人の意志が不在なわけではないでしょうけど、自分の期待だけでもプレッシャーなのに、親の期待まで背負いこむ余裕ないかな。でも、かつてすごくいい値で売れて主婦になった人たちが、エロス資本は今はもう、自分にないと思ったら、何かしらのところで自分の価値を見つけなきゃならない。なんかすごく見当外れなところではあるけれども、見つけようとあがいているというのは、何となくわかります。不倫に向かう人もいるし。

会社だって、エロス資本でまわってる

橘 仕事の成功はその代替になりますか。失ったものの。

鈴木 純粋にエロス資本が直結しているように見える夜の仕事では、それは難しい。つまり5年働いて、すごく仕事ができるようになって、人の信頼も勝ち得て、これまで店に貢献してきた人でも、昨日、入ってきた新人よりもお給料が低くなっているわけです。風俗嬢だと。

 そういうもんなんですね。

鈴木 キャリアも、経験も、知識も、実力もある。あるいはもしかしたら顔もこっちのほうがきれいかもしれないにもかかわらず。AVだって、基本的には一番初めがいちばんギャラが高い。だからお給料によって自分の価値を感じるっていう、会社で男の人がやっているようなシステムは、夜の仕事ではできない。でも普通の会社だって、露骨に女性を顔で採ってるって公言してる会社はすごく少ないけど、若くてかわいい子がいてくれると助かる会社はいっぱいあるでしょう。そうなると、たとえ昼職と呼ばれるものに就ていたって、エロス資本の低下とは向き合わなくてはいけなくなりますね。しかも、巧妙に隠された会社の意志をどこかで感じ取る形で。

 それは言っちゃいけないシステムになってるから。

鈴木 そう。女性も、女を使って仕事を取るみたいなことは、自覚がなくてもいっぱいしてる。でもそれはタブーっていうことになっていますよね。性産業以外のところで女を売るのは駄目っていう建前

 一般企業の営業職の女の子でも、エロス資本を活用すればもっと売り上げて、成果給なら年収1000万円になるかもしれない。でもそれはダメだという縛りがあるから、会社はその女の子を年収300万円で雇えてるわけじゃないですか。1000万円の資本を持っている社員を300万円で使えるわけだから、会社はものすごく有利ですよね。まさに「エロス資本の搾取」ですが、でも女性社員のエロス資本を金銭に評価すると、夜の商売と同じシステムになってしまう。

鈴木 記者でも、ああ、この子、巨乳だから官邸のクラブへ入れたら、いいネタ取れるだろうみたいな。

 元財務次官のセクハラ問題なんて典型ですよね。テレビ局だって、キャバクラ嬢扱いされることがわかったうえで、ネタを取るために送り込んでいるわけだから。でもそれは給料にはまったく反映されない。

鈴木 そう、容認しているようで、容認されていない隠された資本としてある。実際は動いているけども、使ってないことになってる。で、知らぬ間になくなってるんですよ。だから大体、30ぐらいで女性と男性の、会社での同期の仕事のできっぷりって逆転する。それはもちろん女性が育休に入ったりとかして、その間に男性がごりごり頑張って、若いとき、不器用であまりできなかった男性たちが力を付けてくっていうのもあるけど。でもやっぱり、なかったことになってるエロス資本を失っているのは確かです。性の対象と見ていなくとも、若い女性であることはどこかしら大きな価値を下支えしている気はします。

 だから会社は35歳過ぎの女性社員に辞めてほしいんじゃないですか。それまでエロス資本を十分、搾取したわけだから、それがなくなった時点で辞めてもらえば利益が最大化できますよね。

鈴木 AVは極端にそういう形を体現していて、若い時には十分すぎるほどお金はもらうけど、それこそ30になったらクビになるというか、多くの人に条件のいい仕事はなくなる。他の仕事にもあからさまではないにせよ、そういう側面はありますね。

 エロス資本を正当に評価して、稼げるときにいちばん稼ぎなよというのは分かりやすいですよね。でもすべての女性がそのような人生戦略でうまくいくわけではない。「人生100年時代」には、エロス資本があろうがなかろうができるだけ長く働くしかないわけですから。


2億円と専業主婦

鈴木 もちろん働くことを前提として私たちも生きてるけど、ちょっと、対応しなきゃいけない問題が多過ぎて。なかなか魅力的に、私に合った正解はこれかもって思える見本がない。だって女性政治家で政権に入っている人なんて、およそなりたくない人たちばっかりじゃないですか。

 魅力的じゃないから優秀な女性が政治家になりたがらないし、それでジェンダー・ギャップ指数が下がり続けるという悪循環ですね。

鈴木 かっこいいなって思える女性を、政府も、会社も、社会も、ファッション誌ですらあまり提示できてない気がする。もしくはもう超ファンタジー過ぎて、子ども育てながら仕事もキラキラみたいなのって、すごくハリボテ感がある。こんなのうそでしょうって、みんな、知ってる感じがしちゃうんですよね。

 なんか結論を出すのが難しいんですけど、でも女性のエロス資本はものすごく大きな価値がありながら、これまで存在しないことになっていたじゃないですか。やっぱり男には語りづらいんですよ。だから鈴木さんのような人がこういうことを言ってくれるのは、すごくいいなと思います。

鈴木 エロス資本は、男性がそこに価値を見いだすから資本になってるわけで。そこを分解していくのはなかなか難しいですね。でも本当に、複雑な時代に、私たち女性は生きているな、というのが、実感ですね。

おわり

橘玲(たちばな・あきら)

作家。1959年生まれ。2002年国際金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラー、『言ってはいけない 残酷過ぎる真実』(新潮新書)が45万部を超え、新書大賞2017に。『幸福の「資本」論』(ダイヤモンド社)など著書多数。

鈴木涼美(すずき・すずみ)

1983年、東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府の修士課程を修了。専攻は社会学。2009年から日本経済新聞社に5年間勤めたあと退職、作家デビュー。その他の著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、最新刊は『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(講談社)

オンナの本音、30本勝負! 生き方のヒントが見つかる痛快エッセイ。

この連載について

初回を読む
対談】橘玲✕鈴木涼美 専業主婦と働くオンナ。どっちがしあわせ?

鈴木涼美 /橘玲

共働きで生涯現役を勧める『2億円と専業主婦』が話題の橘玲さん。女性の本音を語らせたら右に出る者のいない鈴木涼美さん。ふたりの異色対談が実現しました。鈴木涼美さんの新刊、『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』には、30人の女性...もっと読む

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    コメント

    _imyour_key0 暗黙の了解を紐解いていて面白い 3分前 replyretweetfavorite

    hoehoe1234 TLでながれてきた記事。おもしろいね。とうか、だれがどうかんがえてもそうだしね。ここから引き出す意味はそれぞれだろうけど。ちなみに同じ構造がSI底辺奴隷派遣過剰残業鬱パワハラ人でなし現場でもよくみれるよ。 https://t.co/O6WPDWl7ZY 3分前 replyretweetfavorite

    ken1trade マドカ・ジャスミンさんも行けますよ 4分前 replyretweetfavorite

    lolyu19 それっぽい引き合いの言葉としての人的資本 11分前 replyretweetfavorite