新型コロナウイルスは、世界的な大流行へと発展するのか?

中国・武漢で発生した新型コロナウイルスによる感染が、日本や米国を含む中国以外の5カ国へと広がっている。すでに少なくとも17人が死亡し、感染事例が急増している。このウイルスによる感染は、このまま世界的な大流行へと発展するのだろうか? 専門家の分析とデータから読み解いた。

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中国で謎の呼吸器疾患の集団発生として19年12月中旬に始まった感染症により、これまでに少なくとも17人が死亡し、多くの人々の感染が確認されている。この新型コロナウイルスは、米国を含む中国以外の5カ国へと感染が広がっている。

米国の保健当局は1月21日、米国で初めてこの新型コロナウイルスの感染事例を確認した。ワシントン州の男性が先週、肺炎のような症状によってシアトル郊外の病院に入院したというのだ。報告によると、この男性はウイルスの感染が始まったとされる武漢を訪れていた。しかし本人の説明によると、発生源と考えられている海鮮市場は訪れていないという。

パンデミックにはならないのか?

問題のウイルスがヒトからヒトへと感染する能力があるという証拠が蓄積されつつあるが、この症例によりさらにその証拠が増えた。先週、世界保健機構(WHO)は、こうした感染が起こりうると警告していた。

新たに公開されたデータによると、ヒトからヒトへの感染はほぼ確実なようだ。中国当局は1月20日、確認された症例数の急激な増加を発表している。数十例からほぼ300例への増加で、武漢の市場とはかかわりのなかった米国の患者と同じような人たちが、さらに多く含まれている。そして21日までに、この数は440にまで増加した。

WHOは1月22日(米国時間)に、今回の大流行を国際的な公衆衛生上の緊急事態と宣言するか否かを判断する見通しだ[編註:検討の結果、判断は24日以降に見送られた]。WHOが気にかけている問題は、「この状況は実際どれだけ悪化する可能性があるのか?」である。

もしいま同じことをあなたが自分自身に問いかけたとすれば、恐らくパンデミック(世界的大流行)ほどには悪化しないと知って安心するだろう。

「パンデミックを引き起こしうる唯一の病原体として、現在わかっているものはインフルエンザだけです」と、ミネソタ大学感染症研究・政策センター(CIDRAP)のセンター長であるマイク・オスターホルムは言う。コロナウイルスには、パンデミックを引き起こす潜在能力はまずないという。最大でも、地理的に局在した大流行を多発的に引き起こすのが精一杯だろう。

答えを導き出す情報は見えてきたばかり

しかし、そうした大流行がどれほど拡大し、致死的になりうるかという問題は、まだ答えが待たれている状況にある。そして残念ながら、解答を導き出すために不可欠な情報、すなわちこの「2019-nCoV」という名称のウイルスが次に何を引き起こすのかを理解すうえで不可欠な情報は、ようやく少しずつ漏れ出してきたばかりだ。

致死的なSARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こした“親戚”のようなウイルスと同様に、猛烈な勢いで拡散するのだろうか。それとも、MERS(中東呼吸器症候群)を引き起こすウイルスのように病原体を保有する動物の体内に身を隠し、周期的に飛び出して毎年数十人の死者を出すのだろうか──。

人間の患者から抽出されたウイルスのDNAを分析した科学者は、はっきりしたことを言うには時期尚早だと言う。

ワシントン大学とフレッド・ハッチンソンがん研究センターに所属する感染症生物学者のトレヴァー・ベッドフォードは、遺伝子データを使用して新興の疾患を追跡するためのオープンソースソフトウェアを構築した。その調査によると、中国とタイの衛生当局によって公開された15のウイルスゲノムを入力した際に、ウイルス間に変異はほとんど見つからなかった。各患者の体内のウイルスは、2019年11月に共通の祖先から分離したものだったのだ。

見えてきた「2つのシナリオ」

それは恐らく、次の2つのうちのどちらかを意味することになりそうだ。ウイルスは武漢の動物間で急速に広まっており、繰り返し人間に乗り換えている。または、動物が人間に1〜2回感染させたあと、現在は急速に人間の間で広まっている。

「DNAからでは、この2つのシナリオのどちらであるかは判断できません」と、ベッドフォードは言う。「疫学的なデータか、病原体を保有する動物から得たDNAを調べないとわかりません」

2003年にSARSにより約800人が死亡してから、テクノロジーは大幅に進歩している。だが、新しい疾患がどのように拡散するのかを把握することは、いまだに現場に足を運ぶ疫学調査の実施に依存する。新規症例を確認し、患者に聞き取りを実施し、患者たちが接触したすべての人を見つけ出し、その人たちすべてを観察するしかないのだ。

そのとき初めて、流行の状況と範囲を理解するために、症例を時間軸に沿ってプロットし始めることができる。いまのところそれらの情報は何ひとつない。「現時点では潜伏期間がどれくらいか、どのくらい致死的なのかさえわからないのです」と、UCLAで新興の疾患を研究する疫学者のアン・リモインは言う。

不足するデータ

公式発表によると、これまでのところ中国の衛生当局は武漢の患者と接触した1,070人を追跡し、そのうち739人を除外したが、まだ331人を監視している。中国は個別症例についての情報を、まだ国外に公開していない。患者の年齢、性別、症状発症の時期、曝露した可能性のあるもの、現在の患者の病状についてなど、必要不可欠な詳細を明らかにしていないのだ。

ハーヴァード・メディカルスクールとボストン小児病院をベースとするコンピューテーショナル保健情報科学プログラム(CHIP)の公衆衛生研究員マイア・マジュムダーによると、その情報は「2019-nCoV」ウイルスに関する死亡リスク因子を評価するうえで不可欠かもしれない。「詳細がわかれば、感染で死亡した人と回復した人の違いをもたらしたものが何なのか分析できるでしょう」

こうしたデータが不足しているので、研究者はウイルスの致死率について曖昧な推定しかできない。計算はかなりシンプルだ。死亡数を既知の死者数または生存者数で割る。入院患者を計算に入れたい誘惑にかられるかもしれないが、経過が不明なので誤った安心感が生じてしまうかもしれない。

中国本土では、感染した471人中9人が死亡している。それほど悪い状況ではないようだが、もし入院中の数百人(死亡するか生存するかまだわからない患者)を除外したら、死亡率は20パーセント近くなる。

これは実際の死亡率に、かなり近いのだろうか。それはわからない。流行のこの時点で症例数しか得られなければ、これはまったくの推測でしかないのだ。

鍵となる「スーパー・スプレッダー」の存在

ミネソタ大学のオスターホルムによると、少なくともパズルのピースのひとつは明らかになりつつある。中国の衛生当局は20日、14人の医療従事者の検査結果が2019-nCoV陽性だったと確認し、14人全員が1人の患者から感染したと発表した。

これが真実であれば、大量のウイルスをまき散らして一度に多人数を感染させる「スーパー・スプレッダー」の存在が示唆される。「これは深刻な感染拡大であり、SARSで見られた状況にはるかに類似しているかもしれません」と、オスターホルムは言う。

スーパー・スプレッダーが1人いる場所には、おそらくほかにもいるだろうと彼は指摘する。それでも、中国で状況が悪化した場合に起きることと比較して、米国内での大規模な2019-nCoVの流行を彼はそれほど心配していないという。

だが、米国は製薬と医療用品の生産の多くを中国に移している。もしそうした産業の中心が公衆衛生対策を強化するなかで閉鎖させられたり、サプライチェーンが隔離されたら、結果として薬剤が大幅に不足するかもしれない。「現時点で本当に恐れているのは、そのことです」と、オスターホルムは言う。

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猛毒の「インドコブラ」のゲノム全解析に成功、新たな抗毒素の開発に光が見えた

猛毒をもつことで知られるインドコブラのゲノムを全解析することに、米国などの研究チームが成功した。これによって次世代の抗毒素の開発が可能になると期待されている。

TEXT BY MEGAN MOLTENI
TRANSLATION BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

cobra

MARTIN HARVEY/GETTY IMAGES

アルベール・カルメットというフランス人の医師が1891年、ベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)に狂犬病や天然痘の研究を行うための施設を開設した。ある日、そこにインドコブラが現れ、鋭い牙で近くにいた人たちを次々とかんで神経毒を注入していった。インドコブラの毒牙にかかった人たちの血管は破裂し、筋肉が麻痺したため、心臓や肺が機能しなくなって死亡した。

この恐ろしい事件を目にしたカルメットは、すぐにヘビ毒の研究に着手した。そしてウサギにインドコブラの毒を少量注射すると、体内で毒への抗体がつくられることをフランスに戻ってから発見し、これがのちに世界初のヘビ毒に対する血清の誕生につながっていく。カルメットはウマとロバを使った血清の生産を開始し、1895年には初めてヘビにかまれた患者を救うことに成功した。

血清の生産においては、いまでもカルメットが考案した手法が主流を占める。つまり、ヘビの毒を抽出してウマに注射し、その血液を採取するという中世のような作業が行われているのだ。これは費用や手間がかかるだけでなく、問題も起こりやすい。現状を変えるために必要なのは、猛毒のタンパク質のスープのレシピ、すなわち遺伝子とそのスイッチをオンにする周辺のDNAの情報である。

38本の染色体すべての情報が明らかに

こうしたなか、2年におよぶ国際チームの共同研究によって、インドコブラのゲノム解析が完了した。学術誌『Nature Genetics』に掲載された論文では、38本の染色体すべての情報が明らかにされている。ヘビ亜目のゲノム解析としては最も完璧なものだ。

ここにはインドコブラの神経毒をつくる遺伝子の詳細という、これまで誰にも解明できなかった情報が含まれている。科学者たちはこの研究が、新たな抗毒素の開発における道しるべとなることを願っている。

テキサス大学アーリントン校の進化遺伝学者トッド・カストーは、「こんなことは20年前に終わっていなければならなかったのではないかと思われるかもしれませんが、ヘビのゲノム解析という領域はこれまで完全なブラックボックスだったのです」と話す。なお、カストーは今回の研究には関わっていない。

科学者たちは当初、毒の生成に関係ある遺伝子について、体の維持管理などを行う無害な細胞に絡むものだと考えていた。ところが、この遺伝子はよく見られるDNAのコピーエラーとそれに伴う突然変異を引き起こすことが明らかになった。これが繰り返されると、タンパク質はさまざまなかたちで毒性をもつようになる。

結果として、毒をつくる上で鍵となる遺伝子の塩基配列は反復パターンが増える。このため正しく並べることは非常に困難だ。似たような形の雲がいくつも散らばっている空の絵のジグソーパズルを想像してみてほしい。それぞれのピースがどこにはまるのか、どうやって見極めればいいのだろう。

新たな抗毒素の開発が可能に

反復の多い塩基配列の正しい順番を見つけるため、インドのバンガロールにあるSciGenom Research Foundation代表のソマセカル・セシャギリをはじめとする共同研究チームは、非常に長いDNAを読むための新旧の方法を組み合わせることにした。同時にDNAの3次元の形状を検出する技術を使って、構造的に微細な部分についても推測の精度を高めていった。

塩基配列が確定すると研究者たちは、毒腺細胞ではオンになっているが、それ以外の細胞ではオフのままの遺伝子を分析した。インドコブラにかまれて死亡もしくは身体障害が残った人について、原因となったゲノムの暗号部分を特定するためだ。

インドコブラの毒は十数種類の有毒成分とその他の物質からなり、獲物(もしくは不運な人間の犠牲者)の生体システムに攻撃を仕かける。研究チームはこの毒をつくり出すための遺伝子19個を特定した。ヘビ毒とそれを構成するタンパク質を生成するコードとが、ここでつながったのだ。

これと同じ方法を使えば、ほかのヘビの毒も組成を特定できるだけでなく、新たな抗毒素の開発が可能になる。セシャギリは「ゲノミクスが有意義なのは、より効果的な解毒剤を生産できるようになるからです」と話す。「将来的には、ヘビにかまれたときの解毒に、ウマの血液から取り出した何だかよくわからない魔法のような薬を使う必要はなくなるでしょう」

培養による合成にも成功

血清ではない新たな抗毒素の開発に向けては、まずはそれぞれの有毒成分の遺伝子を酵母菌か大腸菌に移して、菌を培養する。有毒成分を大量に合成するためで、バイオ燃料や美容品、人工肉、インスリン製剤など、さまざまなものの生産過程でも同じ手法が採用されている。米国、インド、ドイツの3カ国の科学者で構成される共同研究チームは、インドコブラの毒に含まれる最も強力な有毒成分について、培養による合成に成功した。

次のステップでは、これらの有毒成分のタンパク質が、無数にあるヒトの抗体とどのように反応するかを調べる。ここでは、2018年にノーベル化学賞を受賞したファージディスプレイと呼ばれる技術を利用する。

具体的には、ファージという細菌感染性をもつウイルスの表面に特定の物質(この場合はヒトの抗体)のペプチド配列が表出するようにして、それをインドコブラの毒のタンパク質と混ぜる。どれがうまく結合するかを見れば、抗毒素として効果を発揮する可能性が高いヒト抗体がわかる仕組みだ。

昨年はデンマークとコスタリカの研究者が、アフリカに生息するブラックマンバという毒ヘビについて同様の方法で抗毒素を開発し、マウスを使った実験で成功を収めている。ただ、デンマークの研究チームを率いたアンドレアス・ラウステンは、ラボでの成功が必ずしも市販薬の完成につながるわけではないと指摘する。

ラウステンは2013年にVenomABという会社を立ち上げたが、昨年には事業の継続を諦めざるをえなかった。理由は人材と資金の不足だ。彼は現在も次世代の抗毒素の開発を続けているが、現場ではなく学術研究の世界にいる。

ラウステンの研究室では、これまでに複数の毒ヘビについてそれぞれ有効なヒト抗体を発見しており、どれも1年以内に治験を開始することが可能だという。ただ、実現には数千万ドルの資金が必要になってくる。

状況は変わりつつある

次世代の抗毒素の開発は急務だ。セシャギリの故郷のインドでは毎年46,000人以上が、特に強力な毒をもつ4種類のヘビ(アマガサヘビ、インドコブラ、カーペトバイパー、ラッセルクサリヘビ)にかまれて命を落とす。死者数は世界全体では年間10万人近くに上り、さらに数百万人が障害の残る体になっている。

ただ、状況は変わりつつある。世界保健機関(WHO)は2017年、ヘビ毒の被害を「顧みられない熱帯病(NTD)」のうち優先順位の高いもののリストに含めた。昨年には、2030年までに犠牲者の数を半減させる目標が設定されている。

また、やはり昨年には、医学研究の支援などを行う英国のウェルカム・トラストが、この分野に1億ドル(約1億1,000万円)を投じることを決めた。こうした動きのおかげで、例えば米国ではVenomyxというスタートアップが独自の抗毒素の開発を進めている。同社は2021年には臨床試験を行う予定だ。

もちろん、道のりは平坦ではない。ただ、インドコブラのような毒ヘビのゲノムが明らかになったことで、100年以上前にカルメットが考案した血清より安全かつ効果的で、同時にウマやヘビなど動物の権利にも配慮した抗毒素の開発が促進されるだろう。

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