@kazkodaka
Kazutaka kodaka/小高和剛

苗木誠、人生最悪の日①

 これは、始まりの――さらに前の話。
 後に、希望ヶ峰学園でコロシアイさせられることになる生徒たちが、まだ希望ヶ峰学園に入学すらしていない頃の話。
 何かが始まる前の――まだ何も始まっていない頃の話。



「――最後に、もう一つご報告があります」
 と、希望ヶ峰学園長は言った。
 そこは希望ヶ峰学園の中にある会議室。だが、普通の会議室とは違う、特殊な会議室だった。部屋の中央には木製の大きな円卓が鎮座し、床一面に赤い絨毯が敷き詰められ、窓には分厚いカーテンが掛っている。学校というよりは、老舗ホテルのような荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「……何だね? まだ続くのか」
会議が終わったと思い込んで席を立ちかけていた評議委員会の四人は、面倒臭そうな顔を隠そうともしなかった。
「……で、報告とは何だ?」
 学園長は凛として答える。
「第七十八期生の《超高校級の幸運》の選定結果の件です」
 途端に、あちらこちらから落胆のため息が上がった。
「なんだ、外れ枠のことか…」
 超高校級の幸運――それは、希望ヶ峰学園が全国の高校生の中から抽選で選ぶ《超高校級》のことである。抽選で当たった者は無条件で希望ヶ峰学園への入学を許可されるが、評議委員会の四人はそれを外れ枠と揶揄していた。『運など才能とは呼べない』というのが、彼ら共通の考えだった。
「まったく、貴重な枠の浪費だな……」
「他にもっと研究すべき才能があるんじゃないか?」
 と、評議委員会の面々は口々に不満を漏らしている。
 希望ヶ峰学園評議委員会――彼らは希望ヶ峰学園の実質上の支配者であり、その権限は学園長の任命にまで及んでいる。つまり、学園長であっても下手なことは言えないということだ。たとえ彼らがいかに見当違いな発言をしようとも、だ。
「お言葉ですが、私は《運》も才能の一つだと考えています」
 学園長は穏やかな口調で反論した。内心では頭の固い評議委員会の面々にうんざりしていたが、それをまったく感じさせない態度だった。
 学園長であるこの男には、ある大きな志があった。
 その志を成し遂げる為にも、評議委員会に睨まれる訳にはいかない。とは言え――それを恐れるあまりに、志を曲げてしまっては本末転倒だ。
 だからこそ、学園長はいつも以上に慎重に説明をした。
「時に《運》というものは、他の優れた才能やあらゆる努力を超えてしまうことがあります。だからこそ、我々は誰もが《運》を祝福し、畏怖するのではないでしょうか。マグレやラッキーで済ませてしまうのは簡単ですが、私にはどうしてもそれを無視することができないのです。《運》というものはただの不確定要素なのか、それとも才能の一種なのか、それをハッキリさせる為のサンプルとして――」
「だから言っているだろう。運など才能ではないと」
 うんざりしたような声が学園長の言葉を遮る。
「そもそも、運などというものはただの印象だ。確率の低いことが起こった時に、それを運と呼んでいるだけのこと。すべてはその結果を観測した者の印象でしかない。だが、実際は起こるべくして起こったことだ。確率が低かろうと、起こる可能性があることは起こるんだ」
 学園長はその言葉に小さく頷いた後――ゆっくりと口を開く。
「ですが、本当にそれだけなのでしょうか?」
「……なんだと?」
「たとえば、前回の超高校級の幸運ですが……」
 その言葉に評議委員会たちの顔色が変わる。まるで、触れてはいけない禁忌を話題にされた時のような反応だった。
「すべてが起こるべくして起こったことだと言うなら、どうして、あんなにも彼に都合の良いことばかりが起こるのでしょうか。彼を見ていると、運がただの結果論だとは私にはとても思えません」
「だとしても……その結果があれではな」
 吐き捨てるような声だった。評議委員会たちは誰もが苦虫を噛み潰したような顔になっている。その人物の話題になった途端、ずっとそうだ。
 彼らが話しているのは、前回《超高校級の幸運》として入学した、ある男子生徒のことだった。確かに彼は問題児だった。それも相当な問題児だ。他の生徒たちを引っかき回して問題ばかり起こしている。その上、性質が悪いのは、当の本人にまったく悪気がないということだった。そんな彼の存在は、学園長にとっても悩みの種ではあったが――
「とは言え、彼の運に関しては我々も認めざるを得ないはずです。あれは才能と呼ぶに相応しい力だとは思いませんか?」
 評議委員会の面々は揃って口を噤んだ。言い返す言葉が見つからなかったのだ。
 しばらくすると、根負けした評議委員会の一人が背もたれに寄り掛かりながら言った。
「考えを変える気はさらさらないようだな。だったら好きにしたまえ」
 その言葉を待っていたように、学園長は即座に頭を下げた。
「ありがとうございます」
 深いお辞儀の後でゆっくりと頭を上げると、彼は用意してあった一枚のプリントを手に取った。
 そこには、第七十八期生の《超高校級の幸運》として選ばれた、ある高校生のプロフィールが書いてあった。当の本人でさえ忘れてしまったような詳細な情報までしっかりと書いてある。だが、希望ヶ峰学園はいったいどのようにしてそれを調べたのだろうか。
 答えは聞くまでもない。
 それができるからこその――希望ヶ峰学園なのだ。
特別な才能を持つ高校生だけが入学を許され、国の将来を担う《希望》を育て上げることを目的とし、各界の重要ポストに卒業生を揃える政府公認の特権的な学園――そんな途方もない学園を、常人の常識で測ろうとすること自体が無意味というものだ。
学園長はその生徒のプロフィールを手に、報告を再開した。
「今回、我が希望ヶ峰学園は厳正なる抽選の結果、全国の高校生の中から一人の生徒を《超高校級の幸運》として招き入れることに決定しました」
 すでに興味を失っている評議委員会を前に、学園長は朗々と言葉を紡いでいく。
「その生徒の名は――」
 そこで学園長は手にしたプロフィールに視線を落とすと、そこに記されている生徒の名前を口にした。
 ある女子高校生の名前を――


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