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今日って
2020年03月26日 (木曜日)
さくら さくら 弥生の空に♫
この「弥生」って3月のことなのですよね。
3月5日の啓蟄に春を感じ始め、旧ひな祭の今日を迎え、日本は春です。
それに今日は大安。
何かステキなことが起きそうですよ。
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伊達政宗
2020年03月26日 (木曜日)
「独眼竜政宗」と耳にするだけで、カッコいい男性を思い浮かべるのは私だけでしょうか。
関ヶ原の戦いのすぐ後に、正宗は仙台に居城を造り始めました。
仙台といえば、南から西に蛇行しながら流れる広瀬川があり、この広瀬川の西側の崖上65mの高さの場所に、仙台城又の名を青葉城が築かれたのです。
仙台という町は、「丁」と付く所が侍屋敷、「町」は町人が住む所、と厳格に区別されています。
現在は丁と町の意味を知らない人もおられるかもしれませんが、広瀬川に近い中島丁や片平丁は、上級家臣が住む武家屋敷があった場所です。
町人達が住む場所というのは主に街道沿いにありました。
関ケ原以後、防衛を重視した仙台城は、西には山林が広がり、東側を流れる広瀬川と共に、天然の要塞として城を守っていました。
戦国大名の中で、生まれて来るのが遅すぎたと言われるのが伊達政宗です。
政宗が誕生した翌年には、すでに織田信長は時の将軍足利義昭を擁立して上洛していたのですから、天下取りレースからは遅れをとっていたのがわかります。
今とは違い当時は情報を手に入れるのに時間も掛かってもいましたし、その情報の正確さも、判断する者によっては違ったかもしれません。
移動手段も限られていて、仙台から京都に上洛して天下をとるのには現実的に難しかったとしか思えませんし、それよりも、天下を狙うのではなく伊達家の存続を考えていたのが政宗だった気がするのです。
政宗は、第三代将軍の徳川家光まで仕え、69歳でこの世を後にしましたが、“伊達男”と言われるくらいにかっこいい男の代名詞に付くくらい、政宗はかっこいい男だったと思います。
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松原照子の個別相談受付を再開致しました!
2020年03月25日 (水曜日)
新年明けましておめでとうございます。 会員様限定の【松原照子のマンツーマン】個別相談受付を再開致しましたのでご報告申し上げます。 松原照子に直接、ご相談・カウンセリングをご希望の会員様は、個別相談受付にお進みください。 […]
【第39回世見深掘り】ノストラダムスは3797年までを予言した?
2020年03月25日 (水曜日)
月刊ムー制作担当者が、世見を独自の視点で探究する会員限定特別コラム「世見深掘り」。 第39回は、2020年3月16日の世見「ノストラダムス」に書かれている内容を深掘りします。
【開催中止】第13回「松原照子特別講演会in東京」開催中止のお知らせ
2020年03月23日 (月曜日)
平素より「幸福への近道」をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 第13回「松原照子特別講演会in東京」につきまして、参加募集を見合わせておりましたが、未だ収束の目処が立たない新型コロナウイルスの現状を踏まえ、誠に残 […]