古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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誤字脱字報告いつもありがとうございます。めっちゃ助かってます。


第4話 皇帝とエンリ・エモット

 バハルス帝国の帝都アーウィンタール。

 そこは、帝国のやや西側に位置する都市だ。皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスのいる皇城は、帝都中央部にあり、そこから放射線上に様々な重要機関が置かれている。

 王国とは違い、ほぼすべての道路がレンガや石で覆われており、その技術力の高さに訪れた者からは感嘆の声が上がるものだった。

 

 さて。そんな帝国の皇城内の一室。ジルクニフの執務室には、現在複数の人間が集まっていた。

 まず、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。色白の肌に映える輝く金髪。切れ長の濃い紫色の瞳は、見る者全てを圧倒するオーラを放っている。彼はソファーに腰かけ、一枚の書状を呼んでいた。

 そのすぐ側に立っているのは、フールーダ・パラダイン。身長の半分程もある白髪をたたえた老人だ。勿論ただの老人ではない。彼こそが、第六位階魔法を使用出来る、大魔法詠唱者(マジック・キャスター)。英雄を超えた逸脱者とも呼ばれる男だ。

 二人に向かい合うように立っているのは、雷光と激風と呼ばれる騎士達。

 この帝国内ではトップクラスの実力を持つ騎士達だ。

 顎髭を生やし、ガッシリした体格を鎧で覆う雷光こと、バジウッド・ペシュメル。彼は、平民――それも裏路地出身ではあるが、騎士としての実力がジルクニフに認められ、今では彼の警護として供回りをする役割を務めている。

 その隣に立つのは激風こと、ニンブル・アーク・デイル・アノック。金髪に深い青の瞳。爽やかな風貌は、人々が想像する騎士像そのものだろう。彼はその優秀さから、ジルクニフから伯爵位を与えられている。

 

 帝国でも有数の実力を持つ者達が、こうしてこの場に集まっているのは、先日帝国に届いた一通の書状が原因だった。

 

「――遂にきたな」

 

 ジルクニフは、薄い笑みを浮かべながら彼らに視線を向けた。

 フールーダが興奮を隠しもせずにジルクニフに詰め寄る。

「陛下、直ぐにでも使者を送るべきですぞ! あぁ、やはり私の見立ては間違っていなかった! あの物語は真実だった……ッ!!」

 両手を広げ、天を仰ぐように歓喜の声をあげる男に、ジルクニフは呆れたように溜息を吐く。

「爺よ。気持ちは分かるが少し落ち着け」

 しかし、魔法の深淵を覗きたいと常日頃願っているフールーダにとって、今回の件はかなりの衝撃だったに違いない。興奮するなというのが無理な話だとジルクニフも理解していた。

 そんなフールーダの姿を見て、バジウッドがカラカラと笑う。

「ハハハ! 陛下、俺らだって信じられねぇ気持ちなんですから、フールーダ殿がこうなっちまうのも仕方ないっすよ」

 皇帝に対してかなり砕けた口調だが、彼の場合はそれが許されている。どんな相手だろうが、実力さえあれば取り立てるのがジルクニフのやり方だった。

 彼の隣で、僅かに眉間に皺を寄せながらニンブルも口を開ける。

「そうですね。正直、未だに嘘なのではないかと思いたくなるのですが……」

 その視線が、ジルクニフが手に持つ書状へと向けられた。

 

 この書状には、300年の時を経て目覚めたアインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドの王が、嘗て世話になった男がいた村を庇護下に置き、その上でその周辺一帯を国として支配する旨が書かれていた。

 

 そして、自分が例のおとぎ話に描かれている『嘆きの死の王』である、とも宣言している。

 

 自身が300年の眠りにつく原因ともなった、膨大な魔力。だが、その魔力があったからこそ、アインズは豊富な知識で様々な魔法の実験を成功させる事が出来た。そんな彼が、乞われれば自分の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての知識を生かし、その知恵を貸そうと書状に記されている。

 

 フールーダが興奮していたのはそれが原因だった。

 

「しかし、書状に書かれてある内容はそれだけでしたけど、実際の狙いは違うのですよね?」

 ニンブルが冷静に問いかけてくる。ジルクニフはフールーダを宥めながら優雅に頷いた。

「あぁ。お前らも知っているだろうが、例のいけ好かない王女から流れてきた情報によれば、その死の王とやらは、私がしている事を世界規模で行うつもりらしい」

 それを聞きバジウッドが首を傾げる。

「陛下がしてる事って言ったら、アレですかい? 無能な奴や邪魔立てする輩は消すっつーアレ。代わりに有能な奴は取り立てるぜってやつ」

「その通りだ」

 

 ジルクニフは、父親である前皇帝が死亡後に即位した。その後、驚くべき早さで母方の貴族を皇帝暗殺容疑で断絶させる。母親である皇后は事故死したが、恐らくジルクニフが手を下したものだと周囲は理解している。

 自身の兄弟達も次々に処刑し、反対する貴族達を騎士団の力で制圧。忠誠心の強い者だけを残し、中央政権を確立させた。その結果、鮮血帝と呼ばれることになる。

 さらに、無能な貴族達からはその地位を剥奪し、有能であれば平民からも取り立てる政策を行った事で、その権力を確固たるものへと変えていった。

 

「奴は私がしているそれを、人間種のみならず他種族にも広げるつもりらしいな」

 ジルクニフ個人としては、彼の考えには共感出来る。無能な者達が世界に蔓延れば、いずれそれは破滅の道へと繋がるからだ。

「しかしそれは、所謂世界征服というものではないでしょうか……?」

 恐る恐るといった雰囲気でニンブルが問いかけた。それに対しジルクニフは、至極軽い口調で答える。

「まぁ、そうだろうな」

「まぁ、そうだろうな――じゃないですよ陛下!! 下手したら帝国が潰されるかも知れないんですよ!?」

 声を荒げるニンブルに対し、ジルクニフは薄く笑みを浮かべた。

「だから、そうならないように行動すれば良いだけの事だ。フールーダに調査させたんだが、どうやらこの書状は他の主要国家にも送りつけられているらしい。となると奴は、それらの国々がどう動くのか注目するだろうよ。どの国が、自分に害を為そうとするのか。どの国が、自分に取り入ろうとするのか」

 そう語るジルクニフの隣で、フールーダは憤慨した表情を浮かべる。

「聖王国等は、恐らく御方に対して不敬な態度を取るでしょうな」

「あぁ、その可能性は高い。あの国は宗教色の濃い国だ。神殿勢力が黙ってはいないだろう。だが、今はそれどころじゃないだろうな。あの国は亜人への対策で手一杯だ。あの国にも書状は届いているのだろう? だがまぁ、他国の事などどうでも良い。要するに、帝国さえ存続出来れば何も問題は無いのだから」

 フフッと笑うジルクニフを見て、バジウッドが楽し気に肩を揺らした。

「つまり陛下は、最終的に人間国家は帝国さえ残っていれば、それが人類にとって良い事だって考えなワケですね?」

「そうだとも。それだけの価値が帝国にあると、奴に理解して貰わなければな」

 書状を眺めながら、ジルクニフは今後の対応について考える。

 そんな彼の様子を、ニンブルは意外そうな目をして見つめた。

「……私は陛下の事だから、てっきり死の王を倒そうとするのかと思いました。それこそ、潜在的な帝国の――いや、人類の敵に成りえる力を持った存在ですから。なので、周辺国家と同盟を組み、連合を作って対策を練るのかと考えていたのですが――」

 その方が彼らしいとニンブルは思う。対してジルクニフは「最初はそれも考えた」と苦笑を浮かべた。

「だが冷静に考えてみろ。相手はアンデッドだぞ? しかも、強大な力を持った魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。自身の弱点となる属性も、確実に対策は取っているだろう。第一『死の王』だぞ? どう考えても勝てる要素が浮かばない。それに、奴はアンデッド故に死ぬ事が無い。永遠に王として君臨する事が出来る。対して我々は人間だ。勿論寿命があるので死ぬ。しかし、人間という種族を残す必要があるだろう? その場合、不死の王の庇護下に入る事で、未来永劫人間が存続出来るのならば、それに越したことは無い」

 薄い唇をを三日月型に歪ませて、ジルクニフは目を細めた。

「……まぁ、正確に言うのならば、帝国が未来永劫存続するのならば、というのが一番の理由だがな。その為なら奴に頭を下げるのだって安いもんだ。しかし、最初から属国を提案するのではなく、まずは同盟国として契約を結ぼうと考えている。奴はこの私のように、有能な存在を評価するからな。だから、最初から下について慈悲を乞うのではなく、対等な存在として自身をアピールする。上手く取り入ったら機を見て属国を申請するつもりだ。それなら、なかなか好待遇を受けられるんじゃないか?」

 長々と語った自らの王に対し、バジウッドは感心したように頷いた。

「俺、アンタが皇帝で良かったなぁって思いますよ。王ってのはなかなか頭を下げたがらない奴が多いですからね。それに、王国なんかは幾ら自国が滅びの道を辿っていようが、死の王と同盟を組もうとは思わんでしょうな」

「それには私も同意しますよ。あの国は庇護下に入るという考えも浮かばないでしょうね。それこそ、あんな化け物の庇護下に入るのはカルネ村だけだと考えている筈です」

「そうでしょうな。しかし、かと言って戦うわけにもいかず、結局どうする事も出来ないまま、ただ破滅を待つだけでしょう」

 フールーダが呆れた様子でそう話す。

 

「さてと。そんな王国だが、次の戦争で私は完全に潰そうと考えている」

「!!」

 

 真剣な表情を浮かべて、ジルクニフはそう宣言した。

 彼のその眼差しを見て、三人も姿勢を正す。

 

 ジルクニフは丁寧に書状を封筒へと仕舞うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「その為にも、まずはアインズ・ウール・ゴウンと接触しなければなるまい。そこでだフールーダよ。私と共にカルネ村までついて来い、お前達二人もだ」

「陛下自ら行かれるのですか……? それは、些か危険では……」

 戸惑うニンブルに、ジルクニフは「大丈夫だ」と軽く手を振るった。

「私には爺がいる。それならば何も問題はあるまい。爺の弟子達も何人か連れて行こう。城の警備は騎士団の連中に任せるが――そろそろお前達以外にも、もう少し強い奴を探しておく必要があるな。有事の際にお前達二人を連れ出すとなると、何かあった時の城の警備が、やはり多少心配だ」

 ふむ、と顎に手を当て考え込む彼に、ニンブルが進言した。

「それならば陛下、レイナース・ロックブルズなどは如何でしょうか? 彼女の戦闘能力は非常に高く、下手をすると我々二人よりも高いかと思われます」

 その言葉に、ジルクニフの目が興味深そうに見開かれた。

「ほぉ? そんな人物がいたとは。最近はお前達がいれば十分だと思っていたから、あまり他の騎士の事は調べていなかったのだが……いかんな。慣れとは時に逃してはならない瞬間を逃す可能性がある。気を引き締めなければ」

 軽く頬を叩きつつ、ジルクニフはニンブルへ視線を戻した。

「では、色々片付いてからにはなるが、そのロックブルズなる人物に会ってみるか。だがまずはアインズ・ウール・ゴウンを優先的に考えよう。明日にでも、カルネ村へと向かうぞ。そこで彼との謁見が可能か確認を取る」

 そこまで言ってから、ふと気付いたようにジルクニフはフールーダに問いかけた。

「そういえば、カルネ村の様子は確認出来なかったのか?」

「えぇ。何やら特殊な感知阻害の魔法をかけているようでして。いやはや流石ですな。なので、実際に現地に行ってみない事には、その村の様子は分からないのですが」

「構わん。むしろそうだろうなとは思っていた」

 軽く肩を竦めながら、ジルクニフは答える。

「では、明日出立する。今日はその準備に取り掛かれ」

「ハッ!!」

 三人は深くお辞儀をすると、足早に執務室から出て行く。それを見送ると、ジルクニフは再びソファーへと腰を下ろした。

 

「はぁ。一気に疲れたな……」

 彼らの前では皇帝として完璧に演じて見せたつもりだ。

 だが、やはりあのアインズ・ウール・ゴウンなる男の出現から、正直胃がキリキリと痛んでいる。ラナーの元に送り込んでいるメイドから情報を得た時は、それこそニンブルが言うように世界の終わりだと思ったものだ。

(だが、まだ希望はある。奴は、殺戮を好んでいるわけではない。あくまで、自身に歯向かう存在には容赦しない、と宣言しているだけだ。現に奴が庇護しているカルネ村は、王国から鞍替えした後、目覚ましい発展を遂げていると聞く)

 

 そこなのだ。

 どうやら彼は、自分が守ると決めた存在には惜しげも無く力を貸す。それを狙うしか生き残る術は無い。

 奴と正面切って戦おうとするなんて愚か者のする事だ。それこそ、完璧な計画だと考えていたら唐突に奴が現れて「ところで何をしているんだね?」と止めを刺しに来るに違いない。絶対そうだ。そんな目には合いたくはない。帝国の未来を守る為にも、自分はあの化け物に従うしか道は無いのだ。

 

(何であんな存在が目覚めたんだ!? いっそそのままずっと眠っていれば良かったのに……)

 

 そういえば、この世界には『世界の守り手』と呼ばれるドラゴンがいるらしい。

 彼らはこのアインズ・ウール・ゴウンに対してどう対処するのだろうか?

 アインズ自身も、その存在は知っている筈だが――国を作るなどという目立つ事をするのだから、何かしらの考えはあるのだろう。

 

 だが、幾ら考えたところで、自分に出来る事は限られている。

 ならばそう。余計な事は考えない事だ。今は明日の為に頭を働かす事にしよう。

 

 流石に尋ねに行ったその日の内に謁見が出来るとは思わないが、念の為、そうなった場合も考えて書類仕事は今日中に片付けておこう。

 ジルクニフは重い腰を上げ、机の上に溜まっている書類へと目を通すのだった。

 

 

   ・

 

 

 豪華な馬車が、豊かな草原を駆けて行く。

 肌寒い風は、馬車の中では勿論感じる事は無い。様々な魔法を施してあるこの馬車は、帝国がかなりのコストをかけて作った為、振動も無く、温かな室温が保たれている。馬は普通の馬ではなく、馬に似た魔獣、八足馬(スレイプニール)だ。

 馬車の周囲には、警護の為の騎士達が馬に乗って複数並走していた。

 

 ようやく目的地の村が見えてくると、速度を増して走り続ける。

 だが、一行は窓から見える村の様子を見て、驚愕に息を飲んだ。

 

(何だこれは……これが『村』だと?)

 

 馬鹿な。

 今、目の前にある村は、どう見ても要塞にしか見えなかった。厳重な塀が村の周囲全てを囲っており、中の様子が見えないようになっている。だが、その塀の向こう側に物見やぐらがあるのがチラリと見えた。

 

「フールーダよ、報告によれば、確かカルネ村は小さな農村だった筈だが?」

「その筈です陛下。しかし、これがただの農村だなんて、そんな事ある筈が無いですぞ……!! これこそが、アインズ・ウール・ゴウン様のお力だと言うのでしょうか……」

 素晴らしい、と歓喜の声をあげるフールーダ。

 まだ村にも入っていないこの状態で既にこれでは、先が思いやられる。

 

 ただの村だった筈のカルネ村が、ここまでの発展を遂げている。それを実際にこの目で見る事が出来たのは、ジルクニフにとっては都合が良かった。

 やはり奴の庇護下に入るという考えは正しい。

 それが確信へと至る事が出来たのだから。

 

 ジルクニフが満足げに頷いていると、馬車の速度が緩やかなものへと変わった。

 そして、ピタリと止まる。

 どうやら村の入り口に到着したようだった。

 

「陛下、バジウッドから伝言(メッセージ)が届きました。村長と話がついたようです。私が先に行きますね」

「あぁ、任せた」

 

 同席していたニンブルが周囲を警戒しながら戸を開ける。すると、バジウッドが村長の元から戻って来たらしい。大丈夫ですぜ、と言ってジルクニフらを呼んだ。

 ただ、その表情には困惑の色が浮かんでいる。

 馬車から降りながらも、どうかしたのかと彼に問いかけると、予想外の言葉が返って来た。

「いや、そのですね。彼女が問題無いって言ってたんで大丈夫だとは思うんですけど……俺ではちょっと判断が付かないので、実際にフールーダ殿に見て頂いた方が宜しいんじゃないかなって」

「何だと?」

 フールーダの瞳が、力強い光を放つ。

 彼を必要としているという事は、魔法的な何かだろうか? ジルクニフは更に詳しい説明を求めようとしたが、その前にフールーダが村の入り口を見て――固まった。

「? おい、どうし……」

 フールーダの視線の先。ジルクニフがゆるりとそちらへ視線を向けると、そこには村長と思わしき女と『何か』がいた。

 

「な、んだアレは……!?」

 

 それは、アンデッドの騎士だった。

 身長は2、3メートルはあるだろう。黒光りする全身鎧には、血管のような真紅の文様があちこちに走り、鋭い棘が所々から飛び出している。

 ボロボロの漆黒のマントを身に纏い、顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えていた。

 顔は腐り落ちかけた人間の顔だ。不思議と腐臭はしなかった。

 ぽっかりと空いた眼窩には、滴り落ちる血のように赤い灯火が揺らめいている。

 右手には赤黒いオーラを纏わせた、1メートル以上はあるだろうフランベルジュ。左手には、体の四分の三は覆えそうなタワーシールドを構えている。

 

 それが二体、目の前にいた。

 何故かそれぞれ左腕に、赤と青のスカーフを巻いている。

 彼らは一人の少女を守るように立っていた。恐らくあれが、村長のエンリ・エモットだろう。

 

「く、くくく……フハハハハハ!! 素晴らしいいいいぃぃぃ!! 素晴らし過ぎますぞ!!」

「!?」

 突如、フールーダが高らかに笑い出した。

 一同が驚いて彼を見ると、両手を空に掲げ、その目尻には涙がジワリと浮かんでいる。常日頃、賢者然とした雰囲気の彼からは、想像もつかない程その感情は昂っていた。

 他の馬車に乗せていたフールーダの高弟達も、目の前にいるアンデッドの騎士達を見て呆然としている。中には腰を抜かして座り込む者もいた。

 フールーダを筆頭に、明らかに様子が可笑しい。

「おい! あのアンデッドの騎士達は一体何なんだ!?」

 腰を抜かしていた青年に言い寄ると、彼は震える声で説明し始めた。

「あ、あれは死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在です……! 魔法省の最下層に、我々は一体の死の騎士(デス・ナイト)を拘束しているのですが、未だに支配が出来ておりません! その為、封印に近い形で警戒態勢が敷かれております……そいつを捕縛する為に、師と、我々弟子達が何人も協力して捕縛したのです!! 奴一体だけでも、帝国が崩壊する危険性があります!!

 最後は最早悲鳴に近かった。

 ぶわりと背筋に悪寒が走る。バジウッドやニンブルも、目の前の存在から視線が逸らせない。逸らした瞬間、首を撥ね飛ばされるのではと思う程の気迫が、二体のアンデッドから発せられているからだ。

 その二人に挟まれる形で、平然と立っているエンリという娘は、明らかに異常だった。

 

「そんな死の騎士(デス・ナイト)が二体もいる! しかも、見たところきちんと制御されているではないか!? それをやってのけたのがあの御方だと言うのならば、まさに死を支配する王!! 魔法の深淵に至った存在!! 至高なる御方と言わざるを得ない!!」

 そう叫ぶフールーダの瞳は、爛々と輝いている。そこには、魔法の更なる高みを目指す、英雄としてのオーラが確かにあった。

 

 フールーダをここまで豹変させる存在。彼らが持つ死の気迫とも言うべきそれらを、一切感じていない様子で立っているエンリという少女。だが、その表情にはどこか困惑の色が見て取れた。それもそうだ。目の前でこんなにも騒がれれば、流石に戸惑うのも無理はない。

「あ、あのですね、実はその、死の騎士(デス・ナイト)さん達は二体だけじゃないんです!」

「――な、んだと?」

 彼女の言葉に、フールーダはプルプルと体を小刻みに震わせた。

 ジルクニフらも、信じられない気持ちで彼女を凝視する。

 一体いるだけで帝国を崩壊出来る存在が、二体以上いるだと――!?

 信じられないとばかりに、一同は戸惑いと恐怖を隠せずにいた。

「そ、それは真か!? 一体あと何体おる!?」

 フールーダの勢いに若干引きつつも、エンリは正直に答える。

「じゅ、十人はいます!! 全て、アインズ様がお作りになったんです!」

「十人、だと……ッ!?」

 あまりにも規格外の人数に、フールーダは呆然と立ち竦んでしまった。

 勿論、ジルクニフ達も同様だ。

 

 有り得ない。

 いや、あってはいけない事だった。

 だが、現実に死の騎士(デス・ナイト)は存在している。その事実に、ジルクニフは眩暈がしそうだった。

 

「ヴァ、ァアア」

 不意に、赤いスカーフを巻いた方の死の騎士(デス・ナイト)が、エンリに向けて何かを訴えた。

 それを受けた彼女は、うんうんと頷いている。

「そうですね、彼らは恐らく大丈夫だと思います。わざわざ皇帝陛下自らがいらっしゃった位ですしね」

 そう会話するエンリを見て、フールーダが驚きに声を上げた。

「ま、待ってくれ! お主、もしかして死の騎士(デス・ナイト)の話している事が分かるのか!?」

 彼の問いかけに、エンリは軽く頷いた。

「えぇ、そうですね。私が名前をつけた死の騎士(デス・ナイト)さん達は特に分かります。他の名無しの死の騎士(デス・ナイト)さん達が話している事も、何となくですが理解は出来ていますよ。アインズ様が仰るには、私が死の騎士(デス・ナイト)さん達に名前を付けた事で、指揮官系の能力が生まれたそうなんです。それ故に、彼らを指揮する上で彼らの思考を理解出来るようになったんじゃないかって」

 そう語るエンリの傍らで、二人の騎士は自慢げに胸を張った。

 ジルクニフは、エンリが話した内容を頭の中で理解すると同時に、驚愕で目を見開いた。

(待て。今彼女は何と言った? 『彼らを指揮する上で』と言っていたよな? 彼女が死の騎士(デス・ナイト)を指揮するのか――!?)

 その衝撃と疑問は、勿論フールーダも感じたらしい。

 慌てて彼女に詰め寄った。

「お主、死の騎士(デス・ナイト)を支配出来るのか!?」

 それに対してエンリは、苦笑を浮かべつつ小さく頷いた。

「大元の支配権はアインズ様ですがね。私にも一応指揮権は与えられていますが、それは私がアインズ様から何人かの死の騎士(デス・ナイト)さんの命名権を与えられたからってのが大きいです。勿論、名無しの死の騎士(デス・ナイト)さん達も私の指示に従ってくれます。基本的にアインズ様がいらっしゃらない場合――つまり、普段の村での生活ですね。その時は私がトップとして彼らを動かしていますよ」

 普段、アインズ様はお城にいらっしゃるので。と彼女は語った。

 

 余りにも、過剰戦力過ぎる。

 これは一つの国家だ。この小さな村は、まさに『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』に相応しいだけの戦力を有している。これ程までカルネ村を重要視しているのか。此処を起点に、彼は世界を掌握しようとしているのかも知れない。

(いや、事実そうなのだろう。この村の状況を見せつけ、自身に歯向かう事の愚かさを暗に示しているに違いない。何かあればこの村にいる死の騎士(デス・ナイト)達が、お前らの首を撥ね飛ばすぞという意思表示だ……!)

 何て恐ろしいのだろう。

 やはり彼と同盟を組み、ゆくゆくは属国となる計画は帝国にとって正しい道だと思えた。

 

「では、そろそろ村の中へご案内しますね。ここで立ち話も何ですし」

 そう言うと、エンリは二人の死の騎士(デス・ナイト)を引き連れ、重厚な門を軽く叩くと声を上げた。

「ズィークさん! 門を開けて大丈夫です! バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様がいらっしゃいました!」

 彼女の声に答えるように、門が鈍い音を立てて内側から開いていく。

「あ、申し遅れました。私、カルネ村の村長を務めさせて頂いております、エンリ・エモットです。こちらの赤いスカーフを巻いているのはストライフさん。青いスカーフを巻いているのはペイルさんです」

 彼女に紹介された二人の騎士は、返事をするかの如く一度大きく呻いた。

「こちらこそ、挨拶がまだだったな。そちらが先程紹介してくれたように、私の名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。バハルス帝国の皇帝だ。そして先程騒々しかった爺がフールーダ。こちらはバジウッドとニンブルだ」

 軽く一同を紹介すると、エンリはニコリと笑みを浮かべた。

「ご紹介、ありがとうございます。それでは、まずは村の案内をさせて頂きますね」

 そう話している間に、門が完全に開いた。その先には、先程ズィークと呼ばれていた存在――やはり死の騎士(デス・ナイト)だ――が、エンリに対し深く頭を下げていた。

「ありがとうございます、ズィークさん」

「ォアアアア!!」

 雄叫びを上げつつ、ズィークは頭を上げると、その巨体を揺らしながら門の側に再び立った。

 ジルクニフ達が村の中へと入ると、再びその重厚な門を閉めていく。

 完全に門が閉まるのを確認すると、ジルクニフ達はゆっくりと村の様子を見渡した。

 

 まず、村のあちこちに永続光(コンティニュアル・ライト)が街灯として設置されているのが目に入る。

 王国ではまず見かけないものだ。アインズが設置したのだろう。

 そして、村のあちこちにゴーレムや死の騎士(デス・ナイト)達がいる。スカーフを巻いている者とそうでない者。それらは半々くらいだ。先程ズィークと呼ばれていた死の騎士(デス・ナイト)は、左腕に白いスカーフを巻いていた。

 彼らは丸太を運んだり、農工具を大量に運んでいる。獣の死骸を運んでいる者もいた。

死の騎士(デス・ナイト)さんやゴーレム達には、主に農耕作業と狩りを任せています。力仕事なので、凄く助かってるんですよ!」

「おぉぉ……! これぞまさに、我々が研究していた分野そのもの! アンデッドは疲労などのバッドステータスが無いですからな。これは是非とも御方にご教授願いたいものだ……」

 フールーダの言葉に、エンリが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「是非そうなさって下さい! アインズ様もきっとそれをお望みですよ」

「本当か!? あぁ、そうならどれ程嬉しい事か……」

 恍惚とした表情を浮かべながら、フールーダは弟子達に視線を向けた。

「お前達、仮に至高なる御方から知恵を授かる機会があるのならば、その全てを頭に叩き込むのだぞ?」

「も、勿論です我が師よ!」

 慌てて頷く弟子達を見て、フールーダは満足げに頷いた。

 

「……なぁ陛下。フールーダ殿は大丈夫なのか?」

「恐らく大丈夫じゃないな」

 バジウッドが小声で耳打ちしてくる。対してジルクニフは、仕方ないなとばかりに肩を竦めた。

「こうなった爺はもう止められない。それに、問題は無かろう。エモット殿の様子を見る限り、むしろ好印象を与えているようだしな」

 そう小声で返すジルクニフ。その隣で、ニンブルも大きく頷いた。

「取り合えず、掴みは問題無いという事でしょうね」

「だろうな。一先ずは安心だ。さて、カルネ村がどのように発展しているのか、良い機会だ。じっくりと見て回って今後の参考にしよう」

 

 一同はエンリに連れられてぞろぞろと歩き出した。

 村人達は既に死の騎士(デス・ナイト)に慣れているらしい。彼らが畑を耕す直ぐ横で、同じように鍬を持ち土を耕している。ゴーレム達も同様だ。死の騎士(デス・ナイト)の他にはスケルトンも何体かいる。彼らは村の子供達と共に、薬草を潰す作業をしていた。死の騎士(デス・ナイト)よりも細かい作業が得意なのだろう。

 薬草を潰していた一人の子供がエンリに気付くと、元気よく駆け寄って来た。

「お姉ちゃん!」

 ひしっとエンリに抱き着く子供。元気一杯といった感じの少女は、どうやらエンリの妹のようだった。

「ネム。薬草の方はどう?」

 ネムの頭を優しく撫でながら、エンリが話しかける。ネムは、ニシシと笑みを浮かべた。

「バッチリだよ! ンフィーレアのお兄ちゃんに頼まれた分も、もう直ぐ終わりそうなの!」

「え、そうなの? 随分頑張ったのねぇ! 偉いわよ、ネム」

 妹の頑張りを見て、エンリは更に彼女の頭を撫でた。ネムは自信ありげに胸を張る。

「スケルトンさん達にも一生懸命教えてあげたんだ! 最初は上手く出来てなかったけど、段々上手に薬草を潰せるようになったんだよ。私もお姉ちゃんみたいな『しきかんけい』の力があるのかなぁ?」

 小首を傾げる妹を見て、エンリは隣に立つ二人の騎士を見上げた。二人はネムと同じように、僅かに首を傾げている。

「ペイルさん、ストライフさん、どう思います?」

「ヴァ、ァァァァア、ア?」

「ですよね。まだ分かんないですよね」

 エンリはネムへと視線を戻すと、小さく苦笑を浮かべた。

「まだネムは小さいから、その力があるかはよく分からないんだって。でも、スケルトンさん達に色々教えてあげるのは良い事よ。これからも、その調子で頑張ってね?」

 姉の励ましに、ネムは大きく頷いた。

「うん! ネム、頑張るよ!」

 そう言うと、ネムはエンリの後ろにいたジルクニフ達をチラッと見た。

「王様、あのね、死の騎士(デス・ナイト)さん達はちょっと怖いかも知れないけど、お姉ちゃんに凄く優しいの! だから、倒しちゃ駄目だよ? アインズ様が村の為に作ってくれた大事な人達なの。だから、そっとしといてね!」

「大丈夫だよ小さなレディ。そんな真似はしないとも」

 そうジルクニフが返事をすれば、安心したように彼女は笑った。そして、再び勢いよく元居た場所へと駆け出していく。それを見届けると、エンリ達は再び歩き出した。

「あんな小さな子供も、死の騎士(デス・ナイト)達に慣れているのだな」

「えぇ。でも、流石に最初は驚きましたが、そもそもアインズ様がアンデッドですので。直ぐに慣れましたよ」

「それもそうか」

 そんな中、ニンブルが真剣な表情を浮かべてエンリに問いかけた。

「……失礼。少々お尋ねしたいのだが、アンデッドという事は元の死体がある筈。それは何処から調達してきているのですか?」

 ピタッとエンリの足が止まった。ジルクニフ達を振り返ったその視線は、どこか申し訳なさそうに彷徨っている。

「その、カッツェ平野から持って来てるんです。あの地は誰の物でも無いですから、問題は無いと思うのですが……これは以前、王国戦士長殿にも問われたので、同じように答えました。帝国の皆さんはどう思われますか?」

 そう問われ、ジルクニフはフールーダへと顔を向けた。フールーダは長い髭を触りながら、一つ頷く。

「ふむ。それについては特に問題は無いと思われますな。確かにあの地は現状誰の物でもない。ちなみにその死体とやらは、どの程度の破損でも問題なく死の騎士(デス・ナイト)を作り出せるのですかな?」

 そう問うフールーダ。エンリはうーんと小さく唸った。

「分からないです。今の所、アインズ様が持ち込んだもので私が見たのは、比較的綺麗な死体だったので。先程門番をしていたズィークさんは、アインズ様が初めてお作りになった死の騎士(デス・ナイト)さんなんですが、彼は原型を留めていましたからね」

「では、こちらの二人は?」

 エンリはまず、赤いスカーフが巻かれた方――ストライフを見上げた。

「ストライフさんは、右腕が取れた状態の死体でした。あと、お腹に刺された痕がありました」

 ストライフは、自身の腹を見下ろし、直ぐに視線をエンリへと戻した。彼に生前の記憶はあるのだろうか?

 続いて彼女は、青いスカーフの巻かれた方――ペイルを見上げる。

「ペイルさんは、胸を刺された状態の死体でしたね。その他は特に目立った傷跡はありませんでした」

 ペイルは自身の胸を軽く触り、ゆるりと首を傾げた。

「どの死体でも、きちんと死の騎士(デス・ナイト)さんになっているんで、多分、損傷が酷い場合でも問題は無いんじゃないかなって私は考えてますね」

「成程。良い話が聞けました」

 満足そうな笑みを浮かべるフールーダは、その瞳にいつも以上の探求心を燃やしている。

 彼の探求心が満たされる事は、帝国にとっても良い事だろう。

「あんた、随分と肝が据わってるんだな。他の村人達はその死体の状態を見ていないから少しはマシかも知れんが、アンタは実際にゴウン殿が死の騎士(デス・ナイト)を作り出す場面を見たんだろ? こえーとか思わなかったのか?」

 バジウッドの視線が、エンリから死の騎士(デス・ナイト)へと向けられる。彼らはバジウッドの視線をどう感じたのか、ジリッとエンリを庇う様に僅かに前に出た。

 エンリは少しだけ考え込みながらも、バジウッドの疑問に澄んだ瞳で答えを出した。

「……正直、怖いとは思った気がします。でも、それ以上に、この力があればカルネ村を守れるんだって気持ちの方が強かったです。今まで私達は、何度もランポッサⅢ世に村の現状を訴えに行きました。でも、毎回有耶無耶にされるだけで、明確な答えが返ってきた事はありません。税を減らす措置も取られず、人手が足りないと言っても、兵を貸し出す事も無かった。でもアインズ様は違いました。アインズ様は、私達の訴えを認めてくれた。そして、村を守る力を貸してくれました。ようやく私達は、前へ進む事が出来るんです。自分達の手で、未来を創る事が出来る。諦めたくなくて、みっともなく足掻いて、それでも駄目なのかと悔しい思いをしていた私達に手を差し伸べてくれたのは、アインズ様だけだったんです。ですから、私も、村の住人達も死の騎士(デス・ナイト)さん達を受け入れる事が出来るんだと思います」

 その答えは、何よりも本心だった。

 ジルクニフは、この村が今までどんな思いであの王に訴えてきたのか、何となくだが理解出来た。

 この村の住人達は十分に戦ってきたのだ。

 それを、王は気付かぬ振りをしてきた。見て見ぬ振りをして、その内解決出来る筈だと答えを先延ばしにしていた。その結果がこれだ。カルネ村の現状を嘆いて、アインズが鞍替えさせるのも当たり前だ。

 みすみす大事な村を滅亡させる訳にはいかないだろう。

 

(やはり王国はもう駄目だな)

 

 救いようがない国。それが王国だった。

 

「成程。君達の考えはよく分かったよ。そして、村の為にと動くその姿勢は評価されて当然のものだ。それを見て見ぬふりをした王国の程度の低さが窺えるな」

「――そう仰って頂けると、有難いですね」

 

 その顔には、様々なものを背負う上に立つ者としての強さが見えた。

 ジルクニフは思う。

 彼女だからこそ、アインズはカルネ村にここまで加護を与えているのではないか、と。

 最初こそ、トーマスという男への恩を返す為だったのだろうが、エンリ・エモットという力強く足掻く、アンデッドには無い生者としての輝きを見たからこそ、ここまでこの村を発展させようと考えたのではないかと。

 

 そんな事をジルクニフは考えながら、一同は再び村の様子を見て回る為、歩をを進めるのだった。

 

 




エンリさんはその精神が強いと思います。

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