第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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サブタイトルに悩むのは相変わらず。
サト×ラナ第二話です。




悟の長い一日

 そして夜が明けた。

 

 

 

 "黄金の姫"という異名を持ち、誰もが目を奪われ、心を掴まれるほどの美しさを持つ第三王女ラナー。王家の人間の中では一番注目されている存在だろう。

「誰が黄金の姫様の伴侶となるのか?」

 これは数年前から酒席で必ずといっていいほど話題なり、真剣にあるいは軽い調子で議論されている。王国の民の中には身分違いの恋をするものも多数おり時には議論から口喧嘩、やがて殴り合いになることも珍しくはなかったという。

 そんなラナーのお相手は有力貴族の子弟や、婚姻外交により他国の王族となる·····というのが有力候補と言われていたが、国王が可愛がっており中々縁談は進まなかったという。

 ラナーの婚約者として選ばれたのが、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。城塞都市エ・ランテルを本拠地とする大貴族の嫡男であった。七大貴族の末席という評価の家柄だが、国境付近を領土にしていることもあり交易により収益で財政面・軍事面で一目置かれる存在だ。

 しかも、姫の熱心な嘆願に近いご指名を受けてのものであり、姫様ご自身が選んだのなら仕方ない。家柄も問題ないし·····という風潮になっていたそうだ。

 悟はまったく知らないことであるが。ちなみに現在の悟いやサトルは当主を継いでいる。

 

 黄金の姫ラナーとその婚約者であるナザリック公ことサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックが一夜を共にしたことは、あっという間に王宮中に知れ渡り、朝食の時間の頃にはすでに王城中いや王都へと広まっていた。人の口には戸が立てられないと言われているが、それにしても凄い伝達速度である。それだけ注目されていたということだろうか。

 

 

(·····何もしていないのに、"ゆうべはお楽しみでしたね"という目で俺を、俺達を見るなあー)

 ラナーと手を繋いで歩く悟を見る人々の目は、羨望の眼差しと、やっちまったのか? と訝しむ目線。それと年長者達の生暖かい目。メイド達のやりやがったな? と刺すような目線はちょっと痛く感じる。

(俺は何もしてない! してないんだー!)

 してないというよりも、出来ないのが正解かもしれないが。もちろんちゃんと機能はするので肉体的なものではなくメンタル的な面でという意味だが。もし、ユグドラシルでの悟のアバターであるモモンガ──骸骨の魔王というべき姿──であったら物理的に無理だっただろうが。

 

「サトル、次はちゃんと最後までしてくださいね」

 ラナーは悟の頬にチュッと軽く口づけしながら囁いた。

「あっ、はい」

 言質を取られたことにすら気づかないほど動揺する悟。そんな彼は、現実世界の彼とは違って歳は22歳と若返り、顔立ちは元の顔(リアル)の四割増でカッコよくなっている。いや、六割増しかもしれない。髪は黒髪のままだが、長さは肩まである。そんな貴公子然とした自分に驚いたのは一時間ほど前だった。それまでは鏡を見ていなかったので自分の姿を知らなかったのだ。人間の姿ということはわかっていたが。

 悟は着たこともないやや派手な色遣いの貴族服が恥ずかしかったが、ラナーと並ぶとまったく違和感がなくなる。

 これはもちろんラナーがコーディネートしたものである。装備品ならともかく、悟に服を選ぶ·····それも貴族の服を選ぶスキルもセンスもない。

 

「·····王族との朝食会とか緊張するなぁ」

「まあ、初めてでもありませんのに」

 悟の呟きに対し、ラナーはクスクスと笑いながら眩しい笑顔を向ける。

(いや、マジで可愛いな·····)

 対女性耐性が低い·····いやほとんどない悟にとってラナーの笑顔は破壊力が高すぎる。

(いや、それよりもだよ·····本当に俺は初めてだからなぁ)

 ラナーの知るサトルは慣れたものなのかもしれないが、昨晩サトルになったばかりの悟には、王族の朝食会なんて初めての事である。そもそも悟は他人と食事をすることすら稀だったのだから。

 

「·····記憶のない俺からしたら初めてなんだけどね」

「あら、そうでしたわね。でも、皆は貴方の事をよく存じておりますよ」

「ですよね·····」

 そう、それが問題だ。こちらは知らないのに自分を知られているのは辛い。

(相手の情報なしに、こちらの情報を知られた上でPVPするようなものだよなぁ。うん、勝ち目がないぞ)

 負けて学習して、対策を練ってから戦うスタイルだった悟。ユグドラシルのアバターモモンガは、それで強敵を倒してきた。そんな彼にとって今の状況は最悪だった。マナーもしきたりもわからずさらに相手を知らない。ハッキリ言って勝ち目のない戦いだ。

 

「ラナー、事前にある程度情報をくれないか?」

 悟としては、当然の願いである。

(ダメとはいわないよね?)

 一晩を共にしたとはいえ、未だ目の前の婚約者を全て理解しているわけではない。

「もちろん、いいですよ。でも、私のお願いも聞いてくださいね、サトル」

「あ、うん」

 ここでノーとは言えないので、頷くことしか出来ない。どんなお願いをされるのかとドキドキしていた悟だが、ラナーは後で言いますねと先送りにする。やはり、悟よりも一枚も二枚も上手のようだった。

(何をいつお願いされるんだろうな·····)

 どんな願いでも拒めないだろう。そんな予感がする悟だった。

 

 ◇◇◇

 

 

 ラナーから悟は一通り出席者の情報を聞き終え、多少なりとも備えをして朝食会に臨むことになる。幸い出席者の中に親しい者はいないらしい。

「サトルがいつもと違っても気にされないと思いますわ。それに·····した後だと思われていますから·····ポッ」

「うええっ·····ボッ」

 ラナーは赤くなって俯き、悟はそれ以上に赤く·····3倍の速さで動けそうなくらいに真っ赤になって顔を背けた。

(認めたくないものだな。自分自身の勇気のなさを)

 悟は気を取り直し、会場となる部屋に入った。

 

 出席者は国王ランポッサⅢ世、第一王子バルブロとその妻、さらには第二王女と第二王子ザナック。それとラナーと悟である。

 国王は穏やかで、人が良さそうな印象を受けた。

(でもラナーとは似てないな·····)

 若い頃はイケメンだったのかもしれないが、ラナーの父親として似てはいない。

 

(ふーん、第一王子と第二王子は兄弟とは思えないくらいに似てないな。王族だけに別腹なのかな?)

 悟の第一印象としては、どちらにも好感は持てなかった。ラナーの美貌を基準に絵になる王子を想像していたのが、原因の一つであるのだが。

 まず第一王子バルブロは体つきこそ立派だが、ゴツイせいで貴公子というタイプには見えない。

(分類するなら戦士系か?)

 ユグドラシル的な思考で分類する。なんとなくだが、顔に偉い身分独特の驕りが感じられるのも、マイナス材料だ。

(権力を背景にやりたい放題我儘放題なんだろうな·····)

 今の状況だと義理の兄となる相手なのだろうが。低く評価する。

 

 第二王子ザナックは背が低く太り気味で美男子とはほど遠い。人当たりは良さそうで、バルブロよりは仲良くなれそうに思えた。驕りもあまり無さそうだ。

(上の兄よりはマシそうかなぁ·····)

 ラナーからもそんな話を聞いていたのだが、実物からもそのような印象を受けた。

 

 そしてこの似ていない二人の王子をもう一度国王ランポッサⅢ世、そしてラナーと見比べてしまうが、何度みても国王とは同じ血を引いているとは思えないほど似ていないし、ラナーともやっぱ似ていない。ラナーと似たいんところがあるのはあえていえば第二王女だろうか。

(た、種付けは肌馬の影響が強いって聞いたけど、それと同じかな?)

 競走馬は同じ種牡馬(ちちおや)でも肌馬(ははおや)によってかなり容姿も能力も変わると昔ギルドメンバーから聞いたことがある。もちろん同じ父母でも能力は同じにはならない。

(ここにいる四人の子は全員同じ父とは思えないくらいに似てないからな。特に第二王子とラナーは似ているパーツが一つもないぞ。実は父親が違うとか·····まあ昔の王室ってのはドロドロしていたらしいし、この国でも有り得なくはないのかな。とりあえずラナーは母親似だと思うことにしよう)

 悟はそう結論付け、ゆっくりと食事を味わう。それは今までに悟が食べていたものとは違うちゃんとした食事だった。

 朝食ということもあり、パンにスープ、卵料理にハム、そしてサラダという簡素なものだったが、悟にとってはご馳走である。

 悟が現実世界で食べていたのは、言ってみれば固形燃料というべき物で、それを食べれば腹は満たされ栄養はとれて活動するエネルギーチャージは出来るという味気ないもの。もはや食事というよりは燃料補給に近いものだった。

 温かいスープなど、何時食べたか記憶にないくらいだ。

(これは美味い。食べられる体でよかった。もし、モモンガのアバターだったら食べられないもんなぁ)

 悟はなるようになるだろうと、半ばこの世界を受け入れつつあった。もともと彼は元いた世界に友人も家族も恋人もいない。

 一時期ギルドメンバーだったぶくぶく茶釜といい感じになったことはあるが、彼女の弟であるペロロンチーノとのことを考え、もう一歩を踏み出す勇気がないまま、やがて彼女が多忙のためにログインしなくなったこともあり、次第に疎遠になってしまった経緯がある。

 

「今日のナザリック侯は美味しそうに食べるわねぇ」

 こう呟いたのは第一王子バルブロの妻である。彼女はラナーほどではないが、ラナーとはまた違う大人の色香を感じさせる美人だった。金色の髪はナチュラルにウエーブがかかり、翠に近い蒼い瞳は優しさを感じさせる。肉体派のバルブロと並べるとまさに美女と野獣という感じだった。

 

(たしか、七つの大罪·····じゃなくて七大貴族の筆頭ボウロロープ侯の令嬢だったよな。政略結婚って奴か)

 悟はパンを味わいつつ、ラナーの情報を反芻しながら皆を観察している。

 

「そりゃナザリック侯は昨日ハッスルしているから腹が減ってるのだろうよ」

 第一王子バルブロが面白くなさそうにそれに応じた。悟は知らない事だが、バルブロは王位継承が決まればラナーを自分の手駒となる貴族に嫁がせる腹づもりだったのだ。

 

(品がないやつだな)

 バルブロの評価を悟は思いっ切り下げる。もはや最低ランクだ。少なくとも仲良くしようとは思わない。

 

(このままラナーと結婚とかなったら、此奴が兄貴になるのか。嫌だな·····心臓握り潰してやりたくなりそうだ)

 すでに魔法はモモンガの時のまま使える事はわかっている。冗談ではなく握り潰すことは可能だが、いくらなんでもまだ早い。

(仲良くなったら良い奴かもしれないしな!)

 仲良くしようとは思っていないのにそんなことを考えてしまう。このあたりに悟の人の良さがでるのだろう。

 もっとも今のところは仲良くする要素はない。そんなバルブロに対し呆れという感情を浮かべたのは、第二王子ザナックだった。

(ラナーの話では二人は王位を争うライバルらしいな)

 悟はその二人の間に火花が散るのが見えた。

 

「兄上は表現力がありませんね。ナザリック侯は、民が作った作物に対し感謝の意を込めて美味しそうに食べているのです。我々も感謝せねばなりませんな」

 ザナックが嘲れば、バルブロは声を張り上げる。

「ふん。平民が作物を作るのは当然のことではないか。俺は今日のナザリック侯は食欲旺盛だから美味そうに食えるのだと言ったまでだ」

 二人はテーブルを挟み睨み合う。そんな二人を見て父親であるランポッサは眉を少し寄せ、小さくため息をついた。ラナーと姉である第二王女はいつもの事だと我関せず。

 

「スープが温かいうちに召し上がってはいかがです?」

 話題の主は食事に夢中になりながら、ついでのように二人を窘めた。だが、本人にその自覚はない。素直な気持ちであったからだ。

(温かいスープは温かいうちの方が絶対美味いんだよ)

 控えていた係りの者にお代わりを頼み、悟はマイペースに食べ続ける。

「くそっ」

「たしかに·····」

 バルブロとザナックはそれぞれ馬鹿馬鹿しくなってまた食事に戻る。

(馬鹿ブロ相手にするよりは温かいスープを味わう方が有益か。しかし、ナザリック侯はよくこのいつもの朝食をああも美味そうに食せるものだな)

 ザナックからすれば飽き飽きするようなメニューだからこそ、それを美味そうに食べる悟を不思議なものを見る目で見てしまう。

(ラナーとハッスルかぁ·····馬鹿ブロも間違ってはいないのかもな。俺も相手決めるか)

 妹に先をこされた気持ちになったザナックは、嫁取りを真剣に考え始める。

(でも、第二王女(あねうえ)が先か·····)

 自分より年上の第二王女の腰入先がまだ決まらない以上は、ザナックを先にするわけにも行くまい。

(ナザリック侯が本命候補だったはずが、いつの間にかラナーとくっついてしまったからな·····)

 第二王女と悟いやサトルの年齢は釣り合いが取れていたため、ランポッサもナザリック候を第二王女の婚約者筆頭候補に上げていたのだが、今までまったくと言ってよいほど男に興味を示さなかったラナーが、異常なほどの執着を見せ、奪うように婚約したという経緯がある。

 悟はまだわかっていないが、王国は一枚岩ではない。七大貴族は、何かしらの部門──例えば武力や経済──において、ひとつは王家を凌ぐ力を持つ。だからこそ王に物申す力を持っているし、あわよくば王に代わり国を支配したいと考える者も存在する。そのような者が集まるのが貴族派閥。逆に王に権力を集めたいのが王派閥である。七大貴族のうち悟以外の六人はいずれかに属しているし、その中でもさらに次期国王については意見がわかれる。

 

(ナザリック候がどちらに着くかは重要だからな)

 現状を理解し、不利であることを自覚しているザナックからすれば、悟をぜひ取り込みたい。もともとそう考えていたところで、ラナーとの婚約話が持ち上がり、しかも既に同衾済だ。悟を取り込めばラナーも着いてくる。国民人気が高いラナーの支持を得られれば効果は計り知れない。

 ザナックはそう考えながら、お代わりをたいらげる悟を見ていた。

(どうしようかと思っていたが、これは食べ物で釣れそうだな)

 ザナックは策を巡らせる。自分が王になる瞬間を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 






賢さの足りないバルブロを書くのは久しぶり。書いてるうちにうっかり賢くなりそうで困ります。


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