第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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ご無沙汰しております。
普段書かないような話を書いてみました。


悟とラナー

 

 

 鈴木悟は、愛してやまないユグドラシルのサービス終了をたった一人で迎えていた。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは41人のメンバーにより構成されていたが、ほとんどのメンバーが引退し、残るは僅かに4人。鈴木悟のプレイヤーキャラであるモモンガを除けば、他の者は引退同然であった。

 

「あの頃は楽しかったなぁ。もう抜け殻同然になってしまって久しいけど……もうあんな日には戻れないんだな……」

 円卓の間で、仲間を待っていたが誰も来やしない。断りのメールすら返ってこなかった。

「もう、みんなどうでもいいんだろうな……。なんか、俺までどうでもよくなってきたぞ……」

 いったい自分はなんのためにこのギルドを維持してきたのだろう。

 みんながいなくなってからも、悟はモモンガとして一人頑張ってきた。

 他に趣味もなく、家族もいない。そんな彼にとって、ユグドラシル……そして自らがギルド長を務めるギルド"アインズ・ウール・ゴウン"は救いであった。

「でも、もう終わりなんだな……明日からは……何を楽しみに生きればいいんだろう。ユグドラシルⅡとか始まらないかなぁ」

 悟にとってユグドラシルは人生の全て……は大袈裟にしても、それに近かった。給料の大半をぶち込み、レアアイテムを狙い頑張ってきた。

 

「さて、残り時間も少ないから、各守護者でもみてまわろうか……いや、そうだ! 最後くらい俺のNPCでも見ておこう」

 完全な気まぐれである。モモンガは宝物庫に移動し、ギミックを解除。

 宝物庫の守護者をしている自らが作成した100レベルNPCパンドラズ・アクターを久しぶりにみた。

 

「俺が創ったパンドラズ・アクター……お前も消えてしまうんだよな……。みんなで色々あーでもない、こーでもないとやっていたのが懐かしいよ。ここがなくなると生きていく楽しみがなくなってしまった感じがする。なあ、パンドラズ・アクターよ、お前は何を感じていたのだろうな。……答えは聞けないか。あたりまえだけどな……」

 悟はため息をついた。

「もしも願いが叶うなら、美人なお姫様と仲良く暮らしながら、冒険したり恋愛をしたりして生きていきたいね。俺の今持っている能力や魔法が使える世界でな。きっと楽しいぞ!」

 出来もしない夢のようなことを、パンドラズ・アクターに語る。

「さあ、あと30秒を切ったか。では、サヨナラだパンドラズアクター。残念だが、もう会うこともあるまい」

 悟……骸骨の魔王は、パンドラズ・アクターの肩にポンと手を置いた。

「さようなら、アインズ・ウール・ゴウン。さようならナザリック……グッバイ……モモンガ……ありがとう俺の青春。虹色に輝く楽しい時間だった……よ」

 悟は目を閉じた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 聞いたことのないキザな声が聞こえた気がした。

 

「ん? なんだ今の声は。他のプレイヤーの声? 最後にきて混線とか、さすがのクソ運営だよ……あれ?」

 悟は違和感を感じ、周囲を見回した。

 

 いつの間にか彼はふっかふかのベッドに寝ている。それも天蓋付きの豪華なキングサイズのベッドだ。ピンク色を基調としたいかにも女性の物という印象のものだ。

 彼の家にあるシングルベッドとはまるで違う。そう映画やドラマで見るようなお姫様が使うような可愛いベッド。しかも超高級と分かる。目に入る壁紙や調度品などもプリンセス仕様といえる。

「えっ? どこここ·····」

 知らない部屋、知らないベッドの上。しかも女性の部屋と思われる場所。慌てて自分の手を見るが、骸骨ではない。恐る恐る顔を触ってみるがちゃんと人間の顔をしている。

(どういうことだ。夢? それとも新しいゲームの·····ユグドラシル2のオープニングとか? 最初は人間スタートなのかな?)

 理解が及ばない悟にさらなる異変が起きる。

(な、なんだこの良い香りは·····女性のシャンプーの匂いみたいだけど·····って匂い? 香り? いやいやいや、電脳法で禁止されているだろっ!)

 ゲームと現実世界を区別するため、電脳法では味覚と嗅覚を禁止している。さらに触覚もセーブされているのだが、今悟が感じている嗅覚は現実と同じもの。それに触覚も明らかに現実感がある。

(え? ゲームしているうちに攫われたとか? だが、俺なんか攫っても仕方ないだろう。ならこれは現実なのか? 理解が出来ない)

 そして悟は良い香りが自分の胸の当たりから香っていることに気づく。

 今悟は、枕に頭を乗せ、仰向けでベッドに寝転がり、肩のあたりまでシーツにくるまっている状態だ。

(そういや、胸元が妙に暖かいような·····)

 そっとシーツを捲ると、そこには人が居る! 

(えっ! だ、誰? )

 悟は慌ててシーツを腰くらいまで下げてみると、上半身裸の自分の胸に、金髪の女性いや少女だろうか? が顔を乗せスヤスヤと眠っているではないか。

「な、なんでこんなことになってるんだ?」

「う、うーん」

 少女が悩ましげに呻き、寝返りを打つ。

「き、綺麗·····そして、か、可愛い·····」

 ハッキリ見えた少女の顔は美少女などという言葉では語り切れないレベルで可愛い。昔日本では、美人すぎる〇〇という表現が流行ったそうだが、今目の前にいるのは美少女すぎる美少女中の美少女。もはや意味がわからないだろうが、悟が知る限りでぶっちぎりの美少女だ。もし勝てるとするなら、彼の仲間がキャラデザインしたナザリックのNPCくらいではないだろうか。

(あれは、あくまでも作品·····こんな可愛い子は現実では見たことないよ)

 彼女が立てる寝息まで、めちゃくちゃ可愛い。

(いったいどういう状況よ、コレ。俺どーすりゃいいの)

 まず、状況が把握できないし、女性経験がない悟にとってはこんな状況で何をしてよいかもわからない。一つだけわかったのはここまで異性と接触できる以上はユグドラシルの中とは思えないということくらいだろうか。

「いったいここは何処? このとても美しい方はどなた様??」

 頭の中は? が飛びかっている。

「·····美しい方とは私のことですの? 」

 聞いたことのない美しい声。持ち主は当然例の美少女だった。ブルーの瞳で上目遣いで見られている。

「ほ、他におりますか、お嬢様(フロイライン)

 動揺しまくっている悟は、自ら黒歴史の扉を開いてしまう。ドイツ語は、自ら作成したNPCであるパンドラズアクターに与えた設定だ。なんとなくドイツ語をカッコいいと思っていたのだ。昔の自分は。

「もう。私のことはラナーって呼ぶ約束でしょ?」

 ぷうっと頬を膨らませる姿が無茶苦茶可愛い。陳腐な表現だが、悟にはそれしか言えなかった。

 すでに悟は可愛いらしさの前にK・O寸前である。目の前にいる少女がラナーという名前であることはわかった。しかし、自分とこの少女の関係はわからない。だが、こんな状況でも──二人でベッドにいても──怒られない相手らしい。

「ラナー」

 試しに口にしてみるとラナーは美しい·····まるで黄金のような微笑みを浮かべる。

「はい。なに、サトル?」

 悟はびっくりする。まさかサトルと呼ばれるとは思ってなかった。

(ペロロンチーノさん···ならどんな反応するだろうな)

 そんなことを考えながら現実逃避をしようとしたが、逃げられない。

(茶釜さんに見られたらどんな反応されるのだろう)

「モモンガさん、さいてー」

 そんな声が聞こえてきた気がして、なんとか逃避しようとするもやっぱり無理だった。仕方ないので悟は受け止める方向へ切り替える。

「ラナー、聞いておきたいことがあるんだ。俺は誰で君は誰なんだい?」

「サトル? 貴方まさか記憶を?」

 ラナーはあっさりとそう推理してくれたらしい。正解ではないが、正解に近い。悟はユグドラシルのサービス終了までの記憶しかないのだから。

「どうやらそのようだ。ここが何処かすら分からないんだよ」

 初対面の女の子相手に話すには情けない内容だが、仕方がない。実際にわからないのだから説明は必要だ。

 ラナーはしばらくの間悟を見つめていたが、やがて決意を固めたようだった。

「どうやら、私をからかうおつもりではないようですね。本当に何も覚えてないのですね。ラナーのことまで忘れてしまうなんて酷いです」

 ラナーの瞳から涙が溢れ出すのを見て悟は罪悪感を覚える。二人が親しい関係であれば覚えていないのは罪に近い。

(だけどなぁ、俺からすれば初対面なんだもの仕方ないじゃないか)

 アワアワしながら涙を拭いて頭をヨシヨシとなでる。子供扱いしているわけではないが、女性の扱い方など悟にはわかるわけもないし、現在の状況はハードルが高すぎるというか、ハードルの高さすら見えない。

「ぐすっ·····サトルの馬鹿·····」

 もはや反則級の可愛さである。悟はさらにアワアワする羽目になってしまった。そんな彼を見てラナーはクスリと笑い機嫌が多少良くなったようだ。

 

「ここはリ・エスティーゼ王国の王都にあるヴァランシア宮殿の私の部屋ですわ。私は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。この王国の第三王女。人々は私を黄金のラナー姫と呼ぶそうですが、サトルは私のことはラナーと呼ぶ約束です。そして、貴方はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。私の婚約者ですわ」

 知らない方が良かった情報ばかりである。

「君が王女様で、俺がその婚約者?」

「ラナー」

 またもや頬を膨らませられてしまった。悟は、仕方なく言い直すことにする。

「ラナー、君が王女様で、俺がその婚約者?」

「そうですよ、サトル」

 ラナーは悟の胸にチュッと口付けてくる。

(女の子と付き合ったこともないのにいきなり婚約とか、マジか! いや、可愛い子だし悪い気はしないけども! それに、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックってなんだよ。昔の王族になんとかオブなんちゃらっていたらしいけど、そのノリなの? 俺が婚約者なのはいいけど、身分はどーなってるんだ?)

 やはりわからないことだらけである。

「あのさ、ラナー。俺ってどんな身分なのだろうか? 王女と婚約できるような身分だったかな?」

 悟はユグドラシルでこそ、ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"のギルド長モモンガとして、非公式ラスボスなどと呼ばれた有名プレイヤーであるが、現実世界の彼は単なる小卒の小市民に過ぎない。

「本当に何も覚えてないのですね。サトルは、このリ・エスティーゼ王国の七大貴族の一人、エ・ランテル近郊を収める領主です。貴方の名前に冠されているオブ・ナザリックは、その地に伝わる由緒正しき血を引く者ということだと、私はサトルから聞きました」

 ラナーは美しい声で語ってくれた。

(ナザリックは俺の、いや俺達のナザリックと関係あるのだろうか。それにしても俺が貴族? しかも領主とはとんでもない設定だな。無理だろ。そういえば、俺は最後にこんなことを言ったような気がする。『もしも願いが叶うなら、美人なお姫様と仲良く暮らしながら、冒険したり恋愛をしたりして生きていきたいね。俺の今持っている能力や魔法が使える世界でな。きっと楽しいぞ!』と。もしかして俺魔法使えたりする? )

 悟の脳裏に一瞬にして魔法の使い方の情報が浮かぶ。というより体が知っているようだった。

(これは願いが叶ったということだろうか? なぜ、どうやって? 考えられるとしたら·····流れ星の指輪(シューティングスター)か。そういや何故かパンドラの指に嵌ってたな。誰かが持たせたのか?)

 思考の海に沈んでいく悟。当然よく思わない人がいるのだが、悟はその存在を忘れて考えこんでいる。

「サトル? サトルってば! もうっ!」

 呼びかけに答えないのに焦れたラナーは悟の首筋に噛み付く。·····もっとも甘噛みだが。

「うわっ! ちょ、ちょっとな、何っ!」

「何じゃありません。ラナーのことを忘れてたでしょ? 記憶から私が消えただけでもショックですのに、目の前にいることをも忘れるなんて酷すぎます」

 また泣かれて、悟は狼狽する。

(精神抑制は効かないのか。参ったなぁ)

 もうお手上げ状態だった。

「ご、ごめんラナー。自分の立場とかわかったら訳分からなくなって考え込んでしまったんだ」

 とにかく謝罪と言い訳をしてみるがラナーは泣き止んでくれない。

(どーしたらいいんだー。〈時間停止(タイムストップ)〉)

 無意識に魔法を発動してしまう。

(そうか、時間対策は必須なんだがな·····。とかカッコつけてる場合かっ! 時間を止めて美少女をどうするつもりだよっ! ペロロンチーノっ!)

 完全にエロバードマンが好きなエロゲのような展開になってしまいさらに慌てる悟。取り敢えずバードマンに文句をつけてみたが何の解決にもなっていない。

(機嫌を取るにはプレゼント、デート、甘い物·····うわあああっどれもハードル高いけどプレゼントにしよう。なんかあるだろ)

 悟は、昔国民的人気を誇った猫型ロボットのように収納(インベントリ)をガサガサしている。

(アクセサリーがいいよな。髪飾りとか·····おっ、首飾りがあったぞ·····死の首飾り·····ダメだ! ベルトは? 呪いのベルト? 悪魔のしっぽ·····なんでこんなのばかりっ!)

 説明しよう。実際にはロールプレイの一環である。それっぽいものを何となくしまっていただけだが、当の本人も忘れている。ちなみに既に時が動いていることも気づいていない。

飛行(フライ)のネックレスなどはよいかも)

 見た目も悪くない。

「サトル、それはなんですの? 」

 先程から泣き止んでいたラナーは悟がどこからともなく取り出したネックレスをみている。

「これか? ラナーにやろうと思ってな。ちょうど二つあるし、ぺ、ペアだ」

 やはり恥ずかしく動揺を隠せない。

「サトルが初めて下さる贈り物ですわね」

 ラナーは感激からかまた涙を浮かべる。美少女の涙は最強の武器なのかもしれない。

(婚約者なのに何も渡していないのか。だったら指輪の方がよかったか?)

 悟はそっとラナーの首にネックレスをかけてやる。鼻腔を良い香りがくすぐり、悟はまたまたノックアウトされそうになるのを耐える。

「ありがとう、サトル。大切にしますわ。あら? これは·····飛行(フライ)が使えるようになるのですね?」

 ラナーはネックレスの効果を言い当てる。

(説明はしていないし、特に道具を鑑定する魔法を使った様子もないのになぜわかるのだろう?)

 不思議に思いながらも悟もネックレスを付けてみる。

(うわー上半身裸でネックレスだけつけているなんて、チャラ男みたいだ、くはっ!)

 つけてみてわかったが、使い方が自然と理解できる。

(なるほど、そういうことか)

 悟はこの世界独特の現象を便利だと判断した。

「サトル、お空のデートをしましょう。一度飛んでみたかったのです。飛行少女に憧れていたの」

 悟が生きていた世界では昔からあるギャグだったが、ラナーが使うとまた違う印象だ。どちらかと言えばそれを見てみたいと思ってしまった。

「いいね。でも今日はあれだし、明日の夜にでもほ、星空の、で、デートをしよう。うん、そうしよう」

 悟は耳まで真っ赤になっている自信がある。これが生まれて初めてのデートの約束だ。それもとびっきりの美しさを持つ姫君との約束だ。

「約束ですよ、サトル」

 ラナーは今日一番の笑顔を見せ、悟の胸に飛び込んでくる。

(くうっ·····可愛すぎる。ところで年齢的には大丈夫なのかな? そもそも俺は何歳なんだろう)

 悟の疑問に今は答えはない。ラナーをぎこちなく抱きしめながら、二人は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 






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